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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
1 動き出す光と伏す竜
16/134

1-16話 誘拐

「……あいつがターゲットか?」

「銀髪に金色の瞳。間違いないぜ、バスタルドの兄貴、あいつだ」


 カフェの外、注文を済ませて楽しそうに会話をしている二人を見ている男たちがいた。

 街人の格好をしている四人が、路地の影から楽しそうに話をしている二人をじっと眺めている。


「そうか、わかりやすくて助かるな。ところで、隣にいるお嬢ちゃんは誰だ?」


 バスタルドの兄貴と呼ばれるリーダー格の褐色でスキンヘッドの男が、再び質問を返すと、赤髪を風になびかせるアンブラスカは「わかりません」と首を左右に動かして答えた。


「バスタルドの兄貴、時間もねぇし面倒だから一緒に連れて行っちまおうぜ。身なりがしっかりしているようだし、いいところのお嬢ちゃんじゃねぇんですか? うまくいけば身代金を取れるかもしれやせんぜ」


 バスタルドに枯れた声で雑に答えたのはペスト。ゴリラにも似た風貌で、口周りからアゴにかけてヒゲを生やしていた。


「ケッケッケ、そうですぜ。よく見れば顔も整ってやす。あれならきっと高く売れやすぜ」


 二人の会話に割り込むように話しかけてきたのがコペラ。一言なにかを話すごとに、その表情がいやらしく笑む。歯がところどころ抜け落ちた顔と、いつも猫背なせいで百六十センチの小柄な体格をさらに小さく見せて薄汚れたネズミのようでもあった。

 この四人の男たちは、いつルーセントをさらおうか、とタイミングを見計らうために監視を続けていた。


 しかし、この四人もまた監視されていた。



 建物が密集する一番高い建物の上、屋根と屋根の間に隠れるようにして、下にいる男たちを監視している伯爵の密偵の五人がいた。


「あいつらは何者だ? これも国王に関わっているのか?」

「さあ? その割には……、なかなかに間抜けそうじゃないか? 約一名はそうでもないがな。で、どうするよ? 隊長」


 同じ屋根の上、隊長と呼ばれた男が不審者から目を離すこともなく、部下である男に顔を近づける。


「とりあえずは旦那様に報告だ。しばらくの間は問題ないだろうが、動くなら機を見て対処する」


 部下の男が了承すると、そのまま夕陽に溶けるように消えていった。そこにもう一人の男が報告に戻ってきた。


「隊長、国王の密偵ですが動く気配はありません。それにしても一人だけっていうのは気になりますね」

「そうだな。報告にしろ、行動を起こすにしても、最低でももう一人が必要なのは向こうが一番わかっているはずなんだがな。面倒なことにならなければいいが……。引き続き監視を続けろ」


 男がうなずくと、一切の音を立てることもなく消えていった。


「いったい何を考えているんだ? 国王は……」


 隊長がぼそりとつぶやくと、その視線は再び路地の男たちに戻っていった。



 日が傾いて街を金色に染め始めたころ、ルーセントとフェリシアが会計を済ませてカフェから出てきた。

 ルーセントはフェリシアを検問所まで送るために、西に向かって細い路地を歩き出した。それを見て、二人のうしろを四人の男が距離を開けて歩き出す。人通りの少ない路地から完全に人がいなくなると、男たちが歩く速度を上げてルーセントとフェリシアを囲んだ。


「悪いな小僧、そのままおとなしく付いてきてもらえるか? 隣の子にケガをさせたくなかったらな」


 ルーセントの横を歩く褐色の男が正面を向いたまま話しかけた。

 突然のことに混乱するルーセントは、とっさにフェリシアに顔を向けた。

 そこには背の低いニヤけた顔の男が、背後からフェリシアにナイフを突きつけていた。


「ルーセント……」


 不安と恐怖が混じったフェリシアの顔、ルーセントは自分の恐怖心を懸命に抑えて、隣を歩く少女の震える手を握って「大丈夫」と優しくほほ笑んだ。

 そして、抵抗することは得策ではない、と判断すると「言うとおりにする」と横を歩くスキンヘッドの男、バスタルドに短く伝えた。


「そうそう、子供は素直が一番だ」


 期待した答えが返ってきたバスタルドは、満足したのか笑みをこぼした。

 ルーセントは、司祭から言われていたことを思い出して自分を責めていた。注意をしろと言われていたにもかかわらず、不用心にも現状を招いてしまったこと。伯爵からも頼むと言われていたにも関わらず危険にさらしてしまったことに。


 フェリシアの手を少しだけ強く握ると「絶対に助ける」と心の中でつぶやいた。

 このとき、ルーセントの覚悟に反応するかのように、左手にある文様が一瞬だけ淡く黄色に光ったが、だれも気づく者はいなかった。



「さっさと中に入れ!」


 入り組んだ路地を歩かされてたどり着いた場所は、一軒の古い建物だった。ルーセントとフェリシアの二人が、無理やりに背中を押されて押し込まれた。

 ホコリが舞う荒れ放題の建物は、元々がバーだったのか、広い空間にテーブルが四脚、イスが六脚、最奥には綿のようなホコリが積もった酒棚とカウンターテーブルがあるだけだった。


 さらわれた二人は、木の柱に縛り付けられて座っていた。


 バスタルドがカウンターにあるイスに座ると、腰からナイフを引き抜いて少年と少女に刃先を向けた。


「お前らには、時間が来るまでここにいてもらうぞ。死にたいっていうんなら別に好きにしろ。小僧が暴れれば、そこのお嬢ちゃんが、お嬢ちゃんが暴れれば小僧が、ムダに痛い思いをすることになる」

「……わかった」


 ルーセントは、自分以外が危害を加えられることを嫌がってか、身体の力を抜くとともにうなずく。フェリシアはいまだに顔から恐怖の色が抜けずに、無言でゆっくりとうなずいた。

 じっとしている二人を見て、ペストはテーブルの上に置かれていた琥珀色(こはくいろ)の酒瓶を手に取る。そして空のグラスをつかむと少量をコップに注いだ。何度かコップを回すと、度数の高い酒を一気に飲み干した。


 そして、不安に満ちた表情をバスタルドに向ける。


「兄貴、本当に夜になれば安全に出られるのか?」

「何度も言ってんだろ。そこに抜かりはねぇよ」


 バスタルドが舌打ちをすると、少しイラついた様子でカウンターに置かれたリンゴに手を伸ばした。そして、そのまま雑にナイフでリンゴの皮を削ると一口かじった。

 バスタルドがあらためて三人に今後の計画を伝える。


「昨日も言ったが、あと二時間もすれば、あの場所に馬車が用意されてるはずだ。その中に変装用の衣装があるから、それに着替えたら北の第三城門を抜けて西の山に向かう」

「あと二時間後つったら十八時だぜ? どうやって城門を抜けるつもりだ? 門は閉められてるだろ?」


 バスタルドの計画に、ペストはなおも不安をにじませる。そこにバスタルドがニヤリとほくそ笑んだ。腰に付けたホルダーから、一枚の大きな封筒を取り出した。


「これがあれば問題ない」バスタルドが見せつけるように、ひらひらと封筒をなびかせた。

「それは……、書状ですか? いったいだれの?」


 二人のやり取りを見ていたアンブラスカが、軽く首をかしげて割り込んできた。


「こいつは、俺の(きゃく)だ。男爵のくせして愛国心の薄いやつでな、いつも融通を利かせてもらっている。だが、もう必要はなくなったから、最後に役立ってもらうことにした。何も知らずに人生の幕を引くことになるだろうよ。“裏切り者”にはもってこいの最後だとは思わないか?」


 バスタルドが下卑た笑みを浮かべながら書状をしまうと、ここを出てからの指示を与える。


「まずはペストとコペラ。お前たち二人は馬車の荷台で小僧の子守だ」

「ああ、わかったぜ。兄貴」

「ケッケッケ、了解でさぁ旦那」


 軽快に返事を返すペストとコペラ。そのうちコペラが立ち上がると、フェリシアに近づいていった。そのまま幼い少女のアゴをつかんで舌なめずりをした。


「ケッケッケ、さっさとこのガキを売っぱらって豪遊したいですぜ」

「さわるな! 離れろ!」


 コペラの言葉と行動に、ルーセントは凍てつくような威圧を含んだ声で叫んだ。

 子供とは思えない覇気に、その場の全員が勢いに呑まれて硬直した。

 コペラをにらむルーセントの左手がまたしても淡く光を放っていた。


 バスタルドは、一瞬でも子供ごときに飲まれてしまった自分に腹を立てて舌打ちをすると、元凶であるコペラをにらんだ。


「おとなしくしてんだから、いちいち煽るな!」


 八つ当たりにも近い怒声に、コペラはすっかりとおびえてしまい「すいやせん」と誤った。そして、フェリシアから離れるとおとなしくなった。

 あきれたように息をはくバスタルドは、今度はアンブラスカに視線を向けた。


「お前は御者として、そこの小娘と乗れ」

「わかりました」


 アンブラスカがうなずくと、バスタルドが手にするナイフをフェリシアに向けてちらつかせる。その瞳はルーセントを見ていた。


「いいか小僧、言うことを聞かないと、そいつが苦しむことになるぞ」

「わかってる」ルーセントは自分の無力さに苛立ちながら短く答えた。


 バスタルドをにらみつける金色の目、先ほどとは別人のような威圧感のない視線に、バスタルドは再びリンゴの皮をむいてかじりついた。



 室内が薄暗くなり、予定の時刻を迎える。

 時間に対して正確に動き出すバスタルドらは、周囲を警戒しながら建物を出ていく。人目を避けながらルーセントとフェリシアを馬車まで連れていくと中に押し込んだ。


 商人の服に着替え終えたバスタルド以外の三人は、それぞれの役割に別れて馬車を動かす。バスタルドだけは護衛役として馬に乗って並走している。その姿は、いつでも戦えるようなものだった。

 馬車が城門にたどり着くと、一人の兵士が門をふさぐように立ちはだかった。


「そこの馬車、止まれ! こんな時間にどこに行く」


 相手をするのはバスタルドだった。馬に乗ったまま、ゆっくりと近づくと心底うんざりした様子で書状を取り出した。


「こっちも参ってるんですぜ、兵士の旦那。貴族様の急な依頼でさぁ。こいつを見せればいいって、うかがってやすぜ」


 書状を手にする兵士は、バスタルドの芝居がかった下手な演技にも気づかずに、封蝋を確認すると中身を読んだ。


「あぁ、カインドスカーク男爵か。お前たちも大変だな、いいうわさは聞かない方だ。ほどほどにしておけよ」書状を読み終えた兵士がバスタルドに同情する。

「へい、ありがとうごぜぇやす。これっきりにいたしやすぜ」

「それがいい、気をつけろよ」


 兵士が門の開閉を行っている施設の窓に手を振る。すると、大きな音を立てて鉄壁を誇る大鉄扉の門が左右に開き始めた。門が開き切ると、バスタルドと馬車が通り過ぎていく。


「……あいつらもバカですね。兄貴」


 門を出てしばらくすると、御者台からアンブラスカがのぞき込むように城門に視線を映した。その目は明らかに兵士を見下すものであった。


「まったくだ。よくあれで守備が務まるもんだな。まあ、こっちとしては好都合だがな。よし、このまま一気に目的地まで行くぞ」


 二人を乗せた馬車は、速度を上げて目的地である西の山道を登っていった。

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