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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
1 動き出す光と伏す竜
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1-14話 晩餐

 ルーセントが座ると背もたれが頭よりも高い豪華なイス、目の前にあるテーブルは二十人ほどが座れそうなほどに大きくて細長かった。さらにその上には、金でできた燭台(しょくだい)と薄く色のついたグラスが置かれていた。食堂の中はそれだけではなくて、壁には大きな絵画が何点も飾られている。ほかには、大きなガラス製のシャンデリア三点が煌々と柔らかい光を降りそそいで明るく照らしていた。


 テーブルは伯爵を頂点に、その左側には夫人とフェリシアが、その対面にバーチェルとルーセントが座っていた。

 五人がテーブルに着いてすぐに食事が運ばれてくる。色づくグラスには飲み物が光に反射して揺らめいていた。


 すべての準備が整うと、伯爵がグラスをもって立ち上がる。


「今日は最高の食材を使って作らせた。存分に堪能してほしい。ゲストの二人はマナーなど気にせずに食べてくれ」


 全員がグラスを持ち上げると、伯爵の後にグラスを口につけて晩餐(ばんさん)が始まった。

 それぞれが前に広がる彩り鮮やかな料理に手を伸ばしていく。ワインを飲んでいた伯爵がバーチェルに顔を向ける。


「ところで、バーチェルもルーセントも刀を使うのだな。いまではそんなに珍しくはないが、たしか東にある島国が発祥であったか」

「はい。一応はそうなっておりますな。実際には、どこかの民族の者たちが各地に散らばって広まったと聞いたことがあります」

「そうだったか。やはり形状が違えばこっちの剣術とは違うのであろうな」

「その通りです。刀は基本的には両手で扱います。さらに刀は斬ることに特化したもの、受けるよりは一瞬の隙をついて相手を戦闘不能にする。そんな技が多いですかな」


 伯爵が手にしていたグラスを開けるとテーブルに置いた。そばに仕える執事がすぐにグラスにワインを注ぐ。


「それは興味深いな。今度、時間があるときに手合わせなどいかがであろうか」伯爵はそのまま嬉々とした表情でバーチェルとの会話を楽しむ。受けるバーチェルは「こんな老いぼれでよろしいなら、いくらでもお相手させていただきます」と右手を胸に当てて頭を下げた。


 笑みを浮かべる伯爵が、ふたたびワインに手を伸ばす。


「謙遜するではない。そのたたずまいを見れば、かなりの腕前であることは容易にわかる。剣を合わせるのが楽しみだな」

「光栄にございます」伯爵からの賛辞に、バーチャルは笑顔で返した。


 二人の会話を聞いて、フェリシアがそのクリクリとした紅樺色(べにかばいろ)の瞳をキラキラと輝かせていた。


「ルーセントも刀を使うなら、同じ剣術を使うのね」

「うん。父上から毎日、教わっているよ。でも、いつも負けっぱなしで、勝ったことがないんだ」ルーセントは、少しだけ悲しそうに笑った。

「まだまだ子供だもん、これからよ。大人になったらすぐに勝てるかもしれないわよ」


 ルーセントが照れた顔で「うん」と答えると、バーチェルが「これはワシも油断できんな」とルーセントに追い打ちをかけた。困惑するルーセントに、バーチェルが続ける。


「とは言えど、たしかに今のお前では、ワシに勝つのは難しい。だがな、お前はまだまだこれからだ。今はとにかく技術を身に着けることだ。よいか、決して守護者の力にだけに頼ってはならない。生身の技術があってこその守護者だからな」

「ああ、まったくその通りだ。私の騎士団の連中にも聞かせてやりたいな。守護者の力を競うばかりで一向に成長せん」伯爵がバーチェルの言葉に納得して、部屋の護衛に立っている兵士を見た。兵士は、気まずそうに下を向いてしまった。そこに夫人であるアシュリーが「あなた、こんなところで話す内容ではありませんよ」と、兵士をかばってくぎを刺した。


「それもそうだな」と伯爵が笑う。会話が一区切りしたところで、みんなが料理に手を伸ばした。それぞれの目の前に置かれた皿、まるで夜空を切り取ったかのような紺色の皿に好きな料理を乗せていく。ルーセントがアドグラッド豚のローストを堪能し終えると「そういえば、教会ってどこにあるの?」とフェリシアに話題を振った。

「あそこは東エリアの商業区の中にあるわよ。あ、そうだ。せっかくだし、あした一緒に教会に行こうよ」

「いいの?」

「大丈夫ですよね、お父様」断られるとは思ってはいないフェリシアが、満面な笑みで父親を見た。

「ああ、かまわないよ。娘を頼むぞ、ルーセント」二人の会話をほほ笑ましく眺めていた伯爵が、フェリシアの問いかけにうなずいた。


 ルーセントは、伯爵から“頼む”と言われて緊張した面持ちで「は、はい。お任せください」と答えた。

 そのあとも雑談を交えながら食事は続いて行った。一時間近くがたったころ、伯爵が人払いを行った。


 出ていく使用人と護衛にいた兵士、部屋の中には伯爵の家族とバーチェル親子だけになった。庶民の親子は、なにごとか、と突然の出来事に部屋の中を、伯爵の顔をじっと見ていた。

 伯爵があらためて真剣な顔でゆっくりと口を開く


「ルーセント、一つ確認しておきたいのだが、守護者を解放するときに、お前も女神様にあったのか?」

「えっ! なんで知ってるんですか?」自分しか知らないはずの事実に、ルーセントの顔はおどろきに染まった。

「やっぱり会っていたか。だが、そんなに驚くことの程ではない。フェリシアも最上級となれば、当然ながら会っている」この言葉に、ルーセントが目を見開いたまま、本当に、と確認するようにフェリシアの方を見た。フェリシアが無言のまま、笑みを浮かべてうなずいた。


 すると、今まで何も知らなかったバーチェルが不機嫌な顔でルーセントに顔を向けた。


「そんなことがあったのか? なぜ言わなかった」

「すみません、父上。解放が終わった時に言おうとしたのですが、いろいろな人に会うことになってしまって、伝える機会を失くしてしまいました」

「あの時は我々も悪かった。許してやってくれ」二人のやり取りに伯爵がすかさずにフォローに入る。伯爵の前だということを忘れていたバーチェル、せき払いをすると「ま、仕方ないか。悪かったな」と息子に謝った。

「それでだ、女神様とはどんな話をしたのだ?」伯爵がワインの入ったグラスを回しながら話を戻す。その言葉に、ルーセントが「はい」と答える。そして、女神との会話を思い出しながら伝えていった。

「……そうか、女神様の力を書き換えるほどの力か。千年前の封印というと、五大国にある“封印のクリスタル”のことだろうな。絶望の本体、それ自体はメルト大陸にあるとのうわさだが、あそこはマグマの河が大陸中を張り巡らしているうえに、エンペラー種の魔物が何匹もいて上陸すらできん。いまだに何の動きもないところを見ると平気だとは思うが、女神様は絶望がどんな存在で、誰を乗っ取ったか言っていたか?」


 伯爵がテーブルの上で両手を組むと、国家だけではなく世界の危機に眉間にシワを寄せた。

 ルーセントが女神との会話をさらに思い出す。


「誰を乗っ取ったかは教えてはもらえませんでしたが、別れる最後に、絶望のことを邪竜王ルーインと言っていました。それから絶望は、禁呪を使って圧倒的な力を得たとも言っていました。流れ出る血からは何十、何百と魔物が生まれてきて、無尽蔵にある魔力のおかげでダメージがほとんど入らずに不死身に近いとも。さらには、この世に存在するほぼすべての魔法を扱うそうです」

「邪竜王ルーインか、たしかに絶望以外に当てはまる言葉が見つからんな。しかし、そんな相手にいくら最上級の守護者があるとは言えど、対処できるものなのか?」


 当然ともいえる伯爵の疑問に、ルーセントがうなずく。


「女神様が言うには、二つの方法があります。ひとつは最初の英雄の人たちがしたように封印をすることです。五人の最上級守護者が持つ封印魔法で再び封じれば押さえ込めるみたいです。もうひとつは、ルーインの魂の消滅です。僕が持つ守護者の召喚魔法で魂ごと消し去ることができるみたいです」


 ルーセントの口から出てきた、かすかな希望の光に、伯爵の眉間のシワがさらに深くなった。


「封印と守護者の覚醒が必要か。現実的なのは、封印だな。五人と言ったな、ほかの者たちがどこにいるかは言っていたのか?」


 伯爵の問いかけに、ルーセントの顔が困った顔で笑みを浮かべた。


「言っていたといえば、言っていたのですが……。女神様が言うには、“グラッセという芸術家が作った作品があるところ”に行けば会えるそうです」


 あまりにも大ざっぱな女神の説明に伯爵の顔が困ったように片眉が上がった。そして、ため息とともに首を左右に振った。


「世界が危ういというのに、ずいぶんと適当な助言だな。グラッセなど数百年前の人物だぞ。いまも残っているとは限らないだろうに。たしか、彼の者も晩年には世界中を旅して行方不明になっているのだったな。いったいどれだけの作品があると思っているのだ。超常の存在の考えることは理解できんな」


 さすがの伯爵も困惑の顔を隠せなかった。ため息を漏らすと、残っていたワインを飲みほす。続けて伯爵が口を開いた。


「まぁ、こうなっては仕方がないか。残りの三人についてはこちらでも調べておこう。グラッセの作品というと、ヒールガーデンでは、おとぎ話の大噴水であったな」

「はい、おっきな噴水です」

「そうか、王都で目立ったものといえば、アーティファー教会にある女神と英雄の像か。となれば、おとぎ話に関連した大掛かりな作品ということになるな。いったいどれだけの数があると思っているのか……。それに、ルーインの所在も不明とは、今すぐどうこうできる問題ではないな」


 伯爵の言葉を最後に食堂が静まり返る。その沈黙を破ったのはバーチェルであった。


「それにしても、そんなでたらめの存在を倒す大役がルーセントとは……、いったいなぜでしょうか。最上級守護者とは、まるで絶望を倒すためだけに存在しているようでありますな」バーチェルがため息とともに、視線を手に持つグラスに落とした。

「バーチェル様のおっしゃる通りですよ。私が女神様から聞いたのは、最上級守護者というのは、月でルーインと戦った女神様の眷属(けんぞく)の方々なのだそうです。そして、その眷属の方々が、仕える主を決めるそうなのです」フェリシアが気落ちしているバーチェルの問いに答えた。

「なるほどな、息子は守護者に選ばれたというわけか。もっと楽な人生を歩んでほしかったのだがな」ため息をはくバーチェルが力のない声で答えた。


 二人の会話を聞いていた伯爵もバーチェルに同意してうなずく。


「それは私も思うところではあるが、こうなってはどうにもなるまい。それに、選ばれずとも、絶望がいる限りはたどる未来は同じことだ。なれば、自分で切り開く方がいくらかはマシであろう。力になってやろうではないか」伯爵の言葉に、バーチェルが弱々しく「そうですな」と答えた。



 すっかり夜に差し掛かった時計を見て「今日はこれくらいにしておこう。急に誘ってしまって悪かったな」と、伯爵の笑みとともに晩餐が終わりを告げる。


 バーチェルが立ち上がると「いえ、こんなごちそうは、次はいつ食べられるかわかりません。それに、貴重なお話も聞くことができました。本日はお誘いいただきましてありがとうございました」と、感謝の言葉とともに頭を下げた。

「何かあったら、私が力になろう。困ったことがあったら、私を頼るといい」

「ありがとうございます」


 バーチェルが答えるとともに全員が立ち上がった。伯爵とバーチェルが握手を交わす。

 伯爵が執事を呼び込むと、ゲストの二人を馬車へと案内させる。ルーセントが部屋を出ようとしたとき、フェリシアが引き止めた。


「あ、ルーセント。明日の十三時に橋の検問所の前で待っててね。一緒に教会に行くんだからね」

「うん、わかった。また明日」


 うれしそうな表情を浮かべる二人、お互いに手を挙げて別れた。



 伯爵が書斎に戻って一息ついた。

 誰もいないはずの部屋から「失礼します」と声が響く。いつからいたのか、部屋の片隅から黒っぽいフードをかぶった男が一人、伯爵の近くでひざまずいた。


「旦那様、少しお耳に入れておきたいことがございます」

「何かあったのか?」伯爵がイスに座って背もたれに寄りかかる。

「どうやら、ルーセント様に密偵が一人、付いているようです」


 この言葉に、伯爵が身を乗り出す。


「どこのものだ」

「おそらくは国王様の密偵かと」

「陛下だと?」男の報告に、伯爵が机の上で手を組んだ。

「おそらくは護衛かと思われますが、いかがいたしましょうか?」


 目を閉じて思案する伯爵は、考えをまとめると男に指示を出す。


「明日ルーセントは、フェリシアと教会へ行くことになっている。密偵を増やして護衛につけ。そして、もし何かあったときには、相手の密偵を殺してでも二人を助け出せ。最悪、ルーセントだけでも必ず生かして助けよ。いいな」


 男は、自分の娘よりも庶民であるルーセントを最優先にしろ、という言葉に納得がいかなかった。とっさに「お嬢様より、あの少年を優先させるのですか? なぜそこまで……」と口答えをしてしまった。


 その瞬間、伯爵の鋭い怒気をはらんだ視線が男を射抜いた。


「だまれ! お前の知る必要のないことだ。必ず守り通せ、いいな」


 伯爵の押しつぶされるような威圧感に、男は「か、かしこまりました」と顔を青ざめた。

 そして、伯爵がもう一つの指示を出す。


「それと、人と金はいくら使ってもかまわん。世界中でグラッセの作品がどこにあるか調べよ。絶望と希望の光、おとぎ話に関連したものだけでいい」

「かしこまりました」男がそう答えると、すっと影に紛れて消えていった。


 伯爵がイスから立ち上がって窓の外を見る。


「ルーセントも苦労が尽きぬな。十歳の身には荷が重いだろうに」


 夜空を見上げる伯爵は、ルーセントに同情するようにつぶやいた。

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