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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
5 それぞれの時間
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5-6話 フェリシア&ティア3

 街を散策しているフェリシア、ティア、ユウカの三人は、青く澄んだ空の下、柔らかい日差しに包まれて衣服を扱う店が建ち並ぶ通りまでやって来た。木とレンガの建物が並ぶショーウインドウを見ながら、それぞれに似合いそうな商品に指を差していく。


「フェリシアだったら、こういうガーリッシュなエンジェルティアーズとか似合いそうですね。いつもはなんのブランドを着てるんですか?」

「ふふ、さすがティアね。私は小さい頃からずっとエンジェルティアーズばかり着てるわよ。小さい頃にモデルをしていたこともあるんだから」少し自慢げにフェリシアがほほ笑む。

「知ってますよ。小さい頃に雑誌でみたことありますから。あれを見て、私もよくエンジェルティアーズの服を買ってもらってました。だから、こうやって一緒にいられるのはうれしいんですよ」

「そうだったのね。ふふ、なんかちょっと恥ずかしいわね。今はリトルレッドフードの服が多いのかしら?」


 フェリシアはとなりを歩くティアの服装を見て、着ているブランド名を答える。ティアはその視線に誘われると、両手を軽く広げて自身の身体を見下ろした。


「そうですね。このポンチョっていうんですかね? マントコートが好きで、長いことリトルレッドフードの服ばかり着てますよ。大人っぽいふわふわしたデザインもあって好きなんです」

「あ、たしかにポンチョはかわいいよね。森ガール風とか、活発そうなところもティアにぴったりね」

「ふっふっふ、シティーガールはなんでも着こなせてしまうんです」

「じゃあ、私もいけるわね」


 二人がほほ笑みフェリシアが楽しそうにティアに同調すると、そのうしろを歩くユウカが周囲を警戒しつつも笑顔を浮かべた。


「お二人ともスタイルがいいし、顔立ちも整っておいでですから、何を着てもお似合いになるのでしょうね」

「あら、ユウカだって十分に美人じゃない。普段はどんな服を着ているの?」


 護衛の声に振り向くフェリシアは、いつも兵装をしている姿しか知らないユウカに質問を送る。


「ありがとうございます。私は、今の職につく前まではフローラルフェザーのブランドを着ていたのですが、今ではデフォリアが多いかもしれないですね」


 女性らしくも上品で落ち着きのあるデザインが好評のフローラルフェザーは、りんとしたユウカにはよく似合っている、とフェリシアとティアの二人が首を縦に振る。

 そして、デフォリアは大人っぽくもクールで、それでいて個性的なデザインの服が多かった。

 頼もしい護衛は、可愛らしくも大人の雰囲気を漂わせている。その姿に、道行く男女が振り向きざまに視線を送る。一七〇センチほどの身長から、胸元まで伸びるシルクのようなサラサラとした髪が風にふわりと揺れる。自分のせいで男の視線を集めているとも知らぬ護衛が、二人を守ろうとすれ違う男たちににらみを効かせていた。


 三人は自分の好きなブランドの店をめぐっては、それぞれを着せかえ人形のようにして次々と服を着せていく。お気に入りの商品を購入していくと、途中で大きな肉まんを買った。食べながら歩いていくと、本来の目的であるパラディーソ・ヴェルーリヤ教会へとやって来た。なかに踏み込むと、青いラピスラズリの壁に星空を模した金の細工、柱には超大型海獣であるチタンと同等の強度を誇る、死してなおも淡い光を放ち続ける乳白色のシーメテオの骨が使われていた。


 この教会は、建築されて七百年ほどがたつ世界三大教会に数えられている。室内は薄暗くて、高い天井にある小さな天窓から入る幾本かの光の筋が幻想を演出していた。主な光源はろうそくであり、数多くの光が灯されている。その薄ぼんやりとした室内の中心には、金糸が縫い込まれた赤いじゅうたんが大きな祭壇まで続く。その側に長椅子が片側に三脚ずつ、合計六脚の長椅子が三十列に渡って置かれていた。三人は長椅子の間を、ろうそくの優しい光に照らされながらも、その荘厳さに圧倒されて無言で祭壇の前まで歩いていった。


 大型の祭壇には、白と紫色の花が大きな花瓶に入れられて何個も飾られている。見上げるその中央には、金の台座に乗せられた女神の像が、暖かくも優しいまなざしで見下ろしている。その左右には、下から光を照らされている最初の英雄の像が、女神を守るように配置されていた。


「さすがは世界三大教会のひとつですね。私の国の教会にも負けていません」

「ティアの国の教会に勝てるところなんてあるの?」


 ほほ笑むフェリシアは、むかしに見たパトロデルメス教皇国の総本山であるキリクラウル教会の写真を思い出していた。汚れがひとつもない真っ白の室内に、大量の金で細工された単純な作りではあったが、そこに鎮座する女神の像は、希代の名工グラッセの終生の最高傑作とも言われている。それはまるで本物の人のようでもあり生きているのではないか、と思えるほどに精巧で、そしてどうやって作ったのか不明な色あせることがない染料によって彩飾が施されていた。さらにはどういう仕組みか、女神像の周囲には常に虹色の光の筋が何本も取り囲むように降り注いでいる。それだけではなく、祭壇には緩やかな滝が流れていて、女神を中心に湖のような水たまりと川が流れていた。滝はそこだけではなく、英雄を模した柱から常に流れている。祭壇と川には夜光草が植えられていて、常に光の珠が教会内を漂っていた。


 フェリシアが手を組むと、無事にルーセントと会って訓練学校を卒業したことを女神に伝える。本当に伝わっているのかは謎ではあったが、フェリシアは満足に笑みを浮かべて女神像を見上げた。

 そこにフェリシアの名前を呼ぶ男が現れた。


「これはフェリシア様、ずいぶんと久しぶりでしたね。大人っぽくなられて、最初は気づきませんでしたぞ」


 この男、五十八歳になるジェイミー・マーティンは、パトロデルメス教皇国において司教の地位についていた。教皇国は、それぞれの国に司祭を置く教会を建てて、それを管理する複数の司教区が存在する。ジェイミーはそのうちの一人であった。


「小さいときに来て以来ね。お元気でしたか?」

「ええ、女神様のおかげでこの通り」ジェイミーが上半身をひねって丈夫さをアピールする。

「フェリシア様こそ、訓練学校に入っていたとお聞きしましたよ。よくぞご無事でお戻りになられましたね」

「ありがとう。となりにいるティアや他の仲間のおかげね」

「ティア様と言うのですね。私は司教を勤めていますジェイミー・マーティンと申します。よろしくお願いします」

「司教っていうと真ん中くらいの地位ですね。教皇様を目指してるんですか?」

「……めっそうもない! 私ではとても勤まりません。必死にがんばって、なんとかこの地位につけたのです。私にはここで司祭の皆を管理して、信者の方々の救いになれれば、それで十分です」


 最初のティアの言葉に、大きく目を見開いて驚く表情を見せたジェイミーではあったが、すぐにその顔を笑顔に戻した。そして柔らかな笑みで自分の役割を話す。

 しかし、ティアの目は鋭さをなくしてはいなかった。伯爵から渡された資料の人物こそ、この男であったからだ。ティアはすぐさま気配を探る魔法を起動させると、周囲を探る。ティアが教皇から受けた勅命は、この男の暗殺とそこに取り巻く人物の調査であった。


 教会では、民間の診療所と孤児院を経営していることが多い。この男は、孤児たちを売り渡して私腹を肥やし、反政府勢力に武器等を売り渡しているとの密告が教皇国に送られていた。永世中立国であるパトロデルメス教皇国では、人質の側面を持つ各国の教会で働く職員や、自国の防衛と安寧のために他国とのあつれきを嫌う。そのために、この手の密告があると即座に黒翼を派遣して調査を行わせる。そして、それが事実であれば関係したものを含めて全員が即日に排除される。


 今回であれば、被害を被る相手が伯爵であり、最強国でもあるアンゲルヴェルク王国のために、教皇は自分たちに反抗する意思がないことを示そうと、ティアとその密約を使って伯爵を味方につけるとともに、黒翼であるティアに調査を任せた。

 そんな事実を知らないジェイミーは、笑顔を浮かべたまま三人の相手をしている。そこに、ここで働いている小姓がやって来ると、司教になにやら耳打ちをした。


 ティアが不審に耳を傾けると、司教は「申し訳ありません。少し仕事をこなさなければなりません。私はこれで失礼しますが、どうぞごゆっくりとお過ごしください」と頭を下げて立ち去っていった。ティアは、男がどこへいくのか、と視線を送ると、フェリシアに呼ばれてしまう。気配の魔法を切ることなく目的地を探っていると、ひとりの礼拝者が青白い顔で女神像に向かって、なにかを話しかけていた。


「ずいぶんとお困りのようですが、どうかされたのですか?」とフェリシアとティアが様子をうかがっている間に、ユウカが礼拝者である女性に話しかけた。

「あ、あなたは?」


 女性は話しかけてきた人物に、青白い顔のままにすがるような思いで目の前の柔和な顔の女性に素性をたずねた。


「私は伯爵家の兵士であり、精鋭騎士の第三部隊長でもあるユウカ・ヴィクトリカと申します。ご安心ください」

「騎士様なんですね。あ、あの、私……」

「水でも飲みますか? こういうときは深呼吸するのが一番ですよ」二人の間に割って入るティアの手には、水の入ったボトルが握られていた。


 女性がその水を受けとると、ひとくち、ふたくちと水を口に含む。そして、大きく息を吸うとはきだした。いくぶんか落ち着いた様子を見せる礼拝者が、自分が経験したことを三人に告げる。


「今日、私は森に薬草を取りに行ったのですが、そこで女の子を見たんです」

「それのなにが変なんですか?」好奇心が旺盛なティアが、ユウカに変わって話を促す。

「それだけなら、私も不思議には思わなかったんですが、でも森に女の子一人なんて危険じゃないですか。だから私は近づいて、その女の子に声をかけたんです。そしたら……、そしたら……、消えたんです! 女の子がふわって目の前で消えたんです。だから私、怖くなって……」


 礼拝者が体験したことに、ティアの好奇心が振り切れる。その顔は満面の笑みに変わっていた。


「聞きましたかフェリシア! OBKですよ! OBK! いまからその森にいきましょう。私、サインもらいます!」

「……なによ。そのOBKって、私は嫌よ」

「おばけですよ! おばけ、早く行かないと成仏しちゃいますよ」


 しぶるフェリシアの背中を押して、強引に連れていくティアのあとを、どうしたものか、とユウカは困った顔で付いていった。

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