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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
5 それぞれの時間
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5-5話 フェリシア&ティア2

 フェリシアとティアが戻った夜には、盛大な歓迎パーティーが開かれた。楽団を呼んでの優雅な音楽とともに演じられたのは、街で人気の演劇集団の演目であった。二人のいる目の前のテーブルには、次々と豪華で香ばしい料理が運ばれてくる。飲み物を片手に、笑顔であふれる二人の夜は楽しく過ぎていった。


 その日の夜、みんなが寝静まった頃合いを見て、ティアが伯爵の部屋へと入っていった。天井まである本棚にはびっしりと本がつまっている。それを横目に見ながらソファーセットを通りすぎて、窓際にある伯爵の机の前まで歩みでた。調度品や大きな絵画も飾られていたが、ティアが興味を示すことはなかった。


「これが、教皇からの書状だ」伯爵が、机の上に置いてある小さな金庫から、淡い黄色の封筒を取り出すと、目の前にいる少女へと差し出した。

「ありがとうございます。一応ですが、確認させてもらいますね」


 ティアが自身の能力を発動させると、空中から紫色に光るペンライトを取り出して紙へとその光を当てた。

 ペンを持つ右手を小刻みに左右に揺らして封筒全体に光を当てると、教皇国の紋章が浮かび上がる。


「たしかに、教皇様からの書状ですね。ありがとうございます」

「相変わらず便利な能力だな。だがそれよりも、おまえが黒翼の一人だったとはな。見た目で人は判断できないものだ」

「私は伯爵が黒翼の存在を知っていたことに驚きですよ。私たちのことを知ってる人なんて、両手で足りるくらいと思っていたのですが、そうでもなさそうですね」

「どうだろうな? だが、サラージ王国に攻められたとき、数日で和睦を成立させたのは特殊な部隊が動いたからだ、とうわさになっていたぞ」

「あぁ、それはたしかに私たちですね。いっても私は夜中にこっそりと陣営に忍び込んで、攻めてきた将軍に警告文を置いてきただけですけど。ただ、ほかの仲間は国王の妃を暗殺して、その血で警告文を書いたり、あとは戦争を提案した大臣、その人以外の家の全員を暗殺して来たとか」

「どの国も手を出さないわけだな。それより、これが頼まれていた資料だ。これでおまえをここに連れて来る条件のひとつは完了した」伯爵が、机の引き出しから大きな封筒を取り出すとティアへと手渡す。


「そのようですね。私はこれがなくても、よろこんで来ましたけど」ティアはすぐに封筒を開けると、中に入っていた紙にざっと目を通した。

「黒翼は、一人で二百人分の戦力を持つとされている特殊作戦部隊だ。そんなエリートの中でも一握りしかいない人材を条件付きとはいえ手放すのだ。なかなかに惜しいだろう」

「そうでしょうか? 国籍が変わるわけでもないですし、普段から各地に散ってますから、そんなに気にすることでもなさそうですが」

「ならば都合よく使われた、というわけか。今のところはこちらが大赤字だな。あの男もなかなか油断がならん」


 アンゲルヴェルク王国からすれば、最上級守護者の一人を手に入れた代わりに、こちらの軍事的な情報をティアに抜き取られたことになる。おまけに、黒翼としての任務にできうる限りの協力をすることを条件としていた。パトロデルメス教皇国からすれば、ティアを一時的にでも手放すことは痛手となるが、入手できる情報にはそれ以上の価値があった。


「のんびりしてるように見えるのは見た目だけですよ。でなければ、あのイスには座れません」

「そのようだな。永世中立国を保てるのも、あのイスに座る人物の手腕が代々優れているからに他ならん」

「本人は人を見抜く目はあるが、他は凡庸な男でしかない、と言っていましたよ」

「それが大事なのだ。政治などは大臣どもに任せておけばよい。それがやつらの仕事だからな。だが、どの人物が優れていて、だれがどこに適しているのか、どんな特徴があって、どんな欠点があるのか、だれが信用できて注意すべき人物か、それを見抜くことは容易ではない。私欲や私心を捨てて信賞必罰を徹底すること。優しさだけではなく、嫌われることも恐れずに厳しくもできる。そんな人を扱う天才、将の将たる器にはそれが一番必要なことだ」

「そんな風に言われると、なんだか難しいことをこなしているような気がしますね。私にはそんな面倒なことは無理ですね」

「人にはそれぞれ向き不向きがあるからな。金は金に、土は土にしかならん。金が土になることも、土が金になることもない。どちらが優れているのかではなく、与えられたものを最大限に引き出せればそれでよい。それが一番優秀なのだ。高望みをすることもなく、できることを精一杯がんばればいい」

「では私はこっそりと暴れることですね。シティーガールになるのもあと一歩です」

「……最後のはよくわからんが、今回のことでかかる火の粉は払っておこう。そこは心配するな。それに、その男の情報がたしかなら、この国にも関わることだ。得られた情報はこちらにも回してもらうぞ」

「それくらい平気ですよ。では他にないなら私はこれで失礼します」

「ああ、ゆっくりと休むといい」


 ティアは伯爵に頭を下げて部屋を出ていく。ドアを閉めて部屋に戻ろうとしたとき「夜遅くまで大変ですね」と誰もいない空間に話しかけた。そこには、伯爵を護衛する密偵の二人が隠れていた。

 二人の密偵は、自分たちが見つかるとも思っておらず、おどろきの表情で小さな少女を見送った。



 次の日、昼を過ぎてからフェリシアがティアを遊びに連れ出す。久しぶりの城下町の散策を楽しみにしていた。伯爵たちが暮らす街は細い道が多く、大部分の区画が三角形、または逆三角形の形に整えられている。直線が続く道はほとんど存在していなかった。

 そんな街並みにティアが「変わった街の形をしてますね。なんか理由があるんですか?」と隣を歩くフェリシアに問いかけた。


「そうね。攻められたときに勢力を分断させるためって聞いたことがあるわね。細い道が多いのも、一度に大量には進軍できないでしょ? 何個かに別れて進まないといけないように作ってあるみたい。それで、私も詳しくは知らないんだけど、所々で侵入してきた部隊を攻撃する場所があるみたいよ」

「街全体が要塞(ようさい)みたいになってるんですね。さすがは伯爵、抜かりがないですね」

「この街並みを造ったのはお祖父様よ」

「やっぱりすごいです。会ってみたかったな」

「そんなに興味を持たれたなら、お祖父様もきっとよろこんでるわね」


 二人が歩く濃度が違う灰色の石畳の歩道には、何個かの店が連なっていた。そのひとつの赤いレンガで建てられた店には、店の正面に木枠を張り付けたガラス張りのショーウインドウが店のなかを明るく照らしている。軽食と家庭料理を提供している店らしく、昼食時を終えた店内には、数人の利用客とともに香ばしい匂いを漂わせていた。二人が美味しそうだ、と壁にかけられている縦に細長い黒板にあるメニュー表を見ていると、フェリシアとティアに話しかけてくるものがいた。


「やぁ、お嬢さんがった。この僕っが、ごちそうしようではないっか」そう声をかける男のしゃべり方は独特で、波打つような話し方に語尾に変なアクセントをつける人物であった。両脇には護衛であろうか、屈強な男が二人ついていた。自信満々に髪の毛をかきあげる身なりの整った男は、少年にも、若い青年のようにも見えた。

 不思議に首をかしげるフェリシアとティアだったが、ティアはフェリシアの様子を見て、ただのナンパであろうと予想する。


「なんでしょうか? 動物園から逃げ出してきたんですか? 隣にいる二人は飼育員ですか? ダメですよ、珍獣を放し飼いにしては」


 プライドが高そうな男が、生まれてはじめて言われたであろう屈辱的な言葉にぎこちない笑みを浮かべる。


「ん~、君はなかなか冗談がきついではないっか」


 相変わらずの変なしゃべり方にティアの眉がピクピクと動く。


「この僕っは、アールグレオ商会の次男なんだっよ。だから僕はえらいんっだ。そんな僕に失礼なことを言うっと、後悔しちゃうっよ」


 男についている二人のたくましい男の顔がいやらしくもにやける。しかしティアは、そんなことを気にもしないで、独特のしゃべり方を続ける傲慢(ごうまん)な男にイラ立っていた。ティアの目が細まって鋭さが増していく。怒りの限界が近づいていた。


「ところっで、僕ほどの特別な人間にっは、君のような人こそふさわしいっと、思わないっかい?」


 若き青年は、爆発寸前の少女に気付くこともなく自分のすごさを語っていく。そして、その手はフェリシアに向いていた。


「お断りします」


 きっぱりと無表情で即答するフェリシアに、男が片手で顔をおおって天を仰いだ。


「なぁんてことっだい。この僕っの、この僕っの、誘いを断るなんって、アールグレオ商会の力を知らなぁいのっかい?」自分の寿命が尽きかけているとも知らずに、青年がなおも引き下がることなく絡み続ける。

「知りませんよ。害虫駆除の店ですか? 自分を駆除するように頼み込んだらどうてすか?」ティアも一切引くことなく言い返す。

「きっさま! いくら僕でもがまんの限界が、あるんだっよ!」


 怒れる青年を見て護衛の二人が指をならして前に歩みでる。ティアがあきれたように息をはいた。そこに、フェリシアとティアの背後から近づく人物がいた。


「フェリシア様、こちらでしたか。お出掛けになるなら私にも一言声をかけてください。私が旦那様に怒られてしまいます」


 赤いセーターに、コートのような薄手のロングカーディガン、剣を手に持つ所々が色あせた紺色のジーンズを身に付けた、つり目がちの女性がフェリシアに声をかける。女性は目の前にいる男たちに視線を向けると、剣の柄に手をかけた。

 その声に振り返るフェリシアが「あら、ユウカじゃない。どうしたの?」と声をかけた。


「ベーテス様がしばらくの間だけ休暇に入られるので、私が代わりに護衛としてお供いたします」

「そうだったわね、ありがとう」

「やはり二人きりにはしておけませんね。さっそく害虫どもに絡まれているではありませんか。お二人ともお下がりください」


 少女たちの前に立つこの女性は、ユウカ・ヴィクトリカという。伯爵が抱える騎士団の第三部隊長であった。二十代の後半において、渡り合った戦場は十を越えるベテランの戦士でもある。屈強な男たちを前に、一切臆することもなくにらみを効かせた。何度も死地を乗り越えてきたユウカの覇気に、男たちが後ずさりをする。


「若様、ここは引かれた方がよろしいかと」とひとりの護衛が青年に耳打ちする。

「ふん。今日は、このまま引き下がってあげるぅよ。だけっど! この屈辱は忘れないっ、からぁね!」


 何度か三人の顔を見ながら足早に去っていく青年を見送るユウカが「去り際まで見事な小物っぷりですね。恥ずかしくはないのでしょうか?」とつぶやいた。

「恥を知らぬことを恥じるべきね」とフェリシアが返した。そこにティアが「もう手遅れです」とトドメをさした。

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