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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
5 それぞれの時間
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5-3話 途絶えたスラープ村2

 ガンツとディフィニクスのにらみ合いが続くが、最初に口を割ったのはガンツであった。


「ならば聞くが、仮におまえにルーセントのことを話したとして何ができる? 王に従ってあいつの言うことしか聞けないおまえに」

「権力さえあれば、何かあったときにはおまえよりは自由に動けるだろう。軍があれば助けられることだって増える」

「その結果が村の壊滅か? バーチェルがいなければ、ルーセントはあのときに死んでいたかもしれないのだぞ」

「……貴様」


 ディフィニクスが怒りに拳を強く握るが、現実に軍を率いて助けに行ったが間に合わなかった。どれほどの悔しさと後悔をにじませても、その事実に言い返すことができずに黙り込んでしまう。

 軍神とまで呼ばれるほどの男に、権力も軍も役には立たないと突きつけるガンツがさらに不満をぶつける。


「大体おまえは、あのまがい物の王にいつまで尻尾を振っているつもりだ」

「まがい物だと?」ディフィニクスの目に鋭さが増す。

「おいおい、さすがにそれは……」


 ガンツの放つ死罪になってもおかしくないほどの不敬な言葉に、さすがのローグ兄弟の顔色が変わる。ウォルビスはすぐに幕舎の入り口に顔を向ける。そして聞いていたものがいないか気配を探った。しかし当のガンツは一切気にした様子がない。ガンツは一度だけウォルビスの顔を見たが、すぐにディフィニクスへと戻す。


「おまえはあの男が王家に伝わる刀を抜いたところを見たことがあるか?」

「刀? いや、一度もない」ディフィニクスは考え込みながら短く答える。

「刀って、玉座の横に掛けてあるあれだろ? 俺も陛下が持っているところは一度も見たことがないな。あれがどうかしたのかよ。王家の象徴でしかないだろ?」


 兄に続いてウォルビスも答える。ウォルビスが思い出している王の刀は、王家に古くから伝わる至宝で、その刀を受け継ぐものこそが、大国アンゲルヴェルク王国の王として君臨できる証、ただそれだけの飾りだろうとしか思っていなかった。


 ガンツは「だろうな」と答えて、さらに続ける。


「あれは女神の祝福が与えられた神鋼エラ・ミシュマルで作られている。最初の英雄にして初代国王でもある村の開祖、スティグ・レイオールドが女神から与えられた至高の武器だ。それは初代国王の血統の者が持てば、淡く青白く光ると言われている」

「その話は本当か?」ディフィニクスは、どこにでもありそうな伝説の話に疑いのまなざしを向けた。


 ガンツがお茶に手を伸ばして間を開ける。


「もちろんだ。この話は、千年前から代々長老になる者に伝えられる。これにウソはないだろう。なんと言っても、これを伝えたのはスティグ本人だからな。俺は過去に一度だけ、手入れのために王城に呼ばれたことがある。そのときに国王があの刀を抜いたのだが、光ってはいなかった」

「おい、マジかよ……。じゃあ、今の王は偽物ってことか?」

「ウォルビス、言葉を慎め。どんな経緯があろうと、この国を統べるのは今の王家であり陛下だ。それは変わらん」

「それはそうだけど……」

「それ以上は言うな。俺に、おまえの首を斬り落とさせる気か?」


 兄の言葉に、なにかを言おうとしていたウォルビスが短く息をはいて黙り込んだ。ディフィニクスは口を閉じて指を添えると、そのまま何度かうなずいた。


「だが、それで納得がいった。陛下がなぜ、あの村の住人を警戒しているのか。なんでいつまでも俺たちを警戒しているのかもな」

「俺たちも、って俺も入ってるのかよ」

「当たり前だろう。だからおまえは、俺の軍に配属されているんだぞ。何かあったときにまとめて処分ができるようにな」

「マジ、かよ。なんだってそんなに気にしてんだよ」

「わからんか? スラープ村はスティグ・レイオールドが作った村で、とある一族を保護し続けている。今の王家が正統なものではないのなら、本来あの玉座に座るべきはエイリフト家、つまりはルーセントの家族であるべきだ」


 兄の話を聞きながら、ウォルビスの顔がだんだんとしかめっ面になっていく。


「いやちょっと待ってくれよ。じゃあなにか? 陛下はその事実を隠そうとして、俺たちに目をつけてるってことか?」

「そうだ、あの村の出身者は全員、俺の軍に回されていたからな。相当警戒しているのだろう。それに、無理難題を与えられたのだって、俺たちを体よく処分しようとしてのことだろうからな」

「勘弁してくれよ。じゃああれか、ルーセントの一族、ましてやその事実を知っているかもしれない俺たちは反乱分子でしかないってことか。村が壊滅したのは陛下からしたら都合がよかったんだろうな」


 ここでガンツが「都合がいいか」とつぶやいて、懐から古ぼけた書状を取り出した。


「これを見ても、まだそんなのんきなことが言っていられるか?」

「なんだそれは?」


 疑問が浮かぶディフィニクスにガンツが立ち上がると手にするそれを渡す。ディフィニクスが書状を読むと、怒りをにじませて机を強くたたきつけた。


「急になんだよ」驚くウォルビスが、何が書かれているのか気になって兄のもとに近づいていく。

 ディフィニクスが弟に書状を渡すと「これをどこで手に入れた?」とガンツをにらみつける。ガンツは押しつぶされそうな威圧感をものともせずに、ふたたびイスに戻った。


「あの日、俺もあの場所にいた。おまえと同じで着いたときにはすべてが終わったあとだったがな。俺は見つかると面倒になると思って、おまえらを避けて森にはいっていった。そこで生き残りの死にかけを見つけてな、そこでやつらの拠点を聞き出した。俺はそのままあいつらの拠点まで行ったが、ほとんどの連中があの村に来ていたらしく、そこにはほとんど人がいなかった。俺は一人ずつ賊どもを倒して賊長を追い詰めた。そうしたらあのクソ野郎、聞いてもいないのにペラペラと話し始めたよ。国の依頼で動いたってな」


 ここでガンツが話を区切ると、お茶に手を伸ばした。


「これとそれだけで信じたのか?」

「俺の頭は、そんなに容易く信じるほど素直にできちゃいない。そのときはただの戯れ言だと思って気にもしなかった。ただ、あの書状だけは大事な証拠だから、黒幕がわかるまで持っていた。それである日、あいつの言っていたことが本当だと知った。おまえにも分かるだろ。その紙が王城でしか作られていない特注品だと。時間がたって、本来は見ることのできない王家の紋章が浮かび上がっている」

「ふざけんな! だったらなにか? 国王は偽物だってことを隠すために村を襲わせたのか?」ウォルビスが読み終えた書状を地面へとたたきつける。その目は憎しみと怒りに染まっていた。

「それも理由のひとつだろうが、あいつらは探しているものがあった」

「救世の光のことか?」ディフィニクスはあくまでも冷静にガンツに聞き返した。

「そうだ、それがなぜか国王の知るところになった。おそらくはそれを手に入れるためか、もしくはそれを使わせないため、それかその両方だ」

「くそ! ふざけやがって。そんなもののために……。それを知らずに俺たちはずっと仇の下で戦ってたのか?」

「それ以上は言うな。少しは冷静になれ」


 何の感情も見せない兄の言葉に、ウォルビスがディフィニクスの胸ぐらをつかむ。


「ふざけんな! なにが冷静になれだ! 俺たちの仇なんだぞ。家族も友達も全員殺された、どうしてあんたはそんなに平然とした顔でいられるんだよ!」


 弟の言葉に、ディフィニクスが目を閉じて大きく息を吸い込むと、弟の胸ぐらを片手でつかんで力強く引き寄せた。


「俺が平然としているように見えるか? 人生を何度もかき回されて、大事な人も失い、王の無茶な命令で何人の仲間がこの手のなかで死んでいったと思う。これが本当なら、誰よりも先にあの首を斬り落とす。だが、それは今じゃない」


 ディフィニクスは声を落としつつも、怒気をはらんだ強い口調で弟に言い返す。誰よりも怒りにあふれているのは自分だと。しかし、ディフィニクスはどこまでも冷静に自分の立場と国の状態を見極めて思考を張り巡らせていた。


 ディフィニクスが息をはくとともに、弟から手を離すと話しを続ける。


「いまだって忘れたわけじゃない。燃える建物に、焼け焦げた臭い。それに湖のようにたまった赤い血を。それから横たわる光のない目をした友の顔をな。あの地獄のような光景をいまだに夢に見る。だが、まだだ。王が我々に牙を向け続けるのなら、いつか必ず精算をさせる。そして、あいつらを引きずり下ろして真なる王を立てるまでだ。ルーセントを育てて必ず仇を打つ。それまではおとなしくしていろ」

「クソが!」ウォルビスは自分の座っていたイスをけり飛ばして怒りをぶつけた。


 そこにガンツがウォルビスの捨てた書状を拾うと、ディフィニクスの前に立った。


「これが俺の知る、おまえの知りたかったことだ。俺はもう帰るぞ」

「ああ、その書状はおまえが持っていろ。変な気は起こすなよ」

「ふん、その言葉は自分に言え。いいか、おまえの言葉に反対する気はないが、ルーセントを無駄に巻き込むなよ」


 ガンツは前将軍に背中を向けると、立ち止まることなく出ていった。残された二人に沈黙が支配するが、ディフィニクスは弟に「あれだけ騒いでいれば聞こえてただろう。入り口に立っている二人にも伝えておけ。村の仇は必ずとるから余計なことはするな、とな」と伝えた。

 ウォルビスはただ一言「わかった」と答えてディフィニクスの幕舎を出ていった。

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