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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
1 動き出す光と伏す竜
13/134

1-13話 伯爵令嬢との出会い

 国王との謁見から無事に一夜を開けて、二人は宿にこもっていた。


「魔法の使い方は守護者を解放した時点で、頭の中に入ってくるからわかっているとは思うが、感覚としてつかんでおいた方がいいだろう」


 バーチェルは、ルーセントに魔法と魔力の使い方を教えていた。


「まずは、魔力の使い方から始めるぞ。身体の中心にエネルギーの塊みたいなのがあるのはわかるな」

「はい、ぼんやりとですが、わかります」

「ならば、それを全身に流すようなイメージを持て」


 ルーセントが目を閉じて集中をする。へその辺りで、ぼんやりと暖かい何かがあるものを、息をはくタイミングで網を張り巡らせるように流す。すると、微細な光がルーセントの身体を包み込んだ。そっと目を開いて疑問の顔をバーチェルに向ける。


「父上、なんか身体が暖かくなってきました。これでいいのでしょうか?」

「おお! すぐにできるとは、なかなかいいセンスをしておるな」

「えへへ、そうですか? あっ!」


 ルーセントが褒められたことに気を良くすると、まとっていた魔力が霧散してしまった。


「相変わらず褒められると弱いな。これが無意識のうちに使えるようにならねば、話にならぬ。まだまだだな」バーチェルは、ため息とともに首を横に振った。


 負けず嫌いなルーセントは、ムッと悔しそうな顔を父親に向ける。


「そんな顔をしてもムダだ。平凡なままで終わりたいのであれば、止めはせぬ。しかし、いまよりももっと上を目指すのであれば、これが自由に使えなければならん。それに、これは何よりも便利なもので、夏であろうが冬であろうが、魔力をまとっている限りは快適に過ごせる。おまけに、これは武器にも使える。刀身に魔法をまとわせることで、劣化や損傷を防ぐことができる」


 バーチェルが手にしていた刀を引き抜くと、そこにかすかに光る膜が刃をおおう。そのあとには、風が持ち手から広がっていって全体におよんだ。


「おお!」と感心した声を出すルーセント「絶対に身につけて見せます!」と意気込んだ。


 しかし、何度も試すが、すぐに霧散してしまう。だんだんとイラついてくるルーセントに、バーチェルがかすかに笑う。


「最初は苦労するであろうよ。まぁ、あせらずやることだ。コツさえつかめば維持するには苦労しない。そもそもが、魔法というものはイメージを魔力で具現化したものだ。これを認識するだけでも習得率が全然違ってくる」


 この後も練習が続いたが、自由に維持することはかなわなかった。ルーセントが気分転換を図るために休憩をしていると、バーチェルが「伯爵との夕飯までは、まだまだ時間がある。今日はとことん付き合ってやろう」と、やる気があふれる息子に技術を教え込んでいった。


 夕方の六時を迎える少し前、部屋にノックをする音が響いた。


 バーチェルが対応しに扉に向かう。そこにはタキシードを着こんだ、白髪混じりのオールバックな髪型をした男が立っていた。

 バーチェルは見たことがない人物に、足から顔までを見上げる。


「どちら様か……、ひょっとして、伯爵様の使いの方かな?」

「はい、わたくしはベーテスと申します。屋敷では、お嬢様の護衛と世話係をしています。本日はよろしくお願いいたします」ベーテスが深々と頭を下げた。

「おお、ご丁寧なあいさつ、痛み入ります。ワシはバーチェルと申す。今日はよろしく頼む」バーチェルも答えて頭を下げた。

「それでは早速ですが、外に移動馬車を待たせております。準備ができましたら、宿の外までお越しください」


 ベーテスが「失礼いたします」と、再び頭を下げて立ち去っていった。


 バーチェルが見送るうしろ姿に「さすがは伯爵の使用人であるな。あれは穏やかに見えて、なかなかの使い手であろう。一度くらいは戦ってみたいものだな」と、闘志をあらわにする。そして、いまだに魔力の扱いに四苦八苦している息子を見て「ルーセント、伯爵の迎えが来たぞ。準備せよ」と伝えた。


 二人が準備を終えて外に出る。その瞬間、馬車からベーテスが出てきた。ベーテスがすぐに馬車へと促す。


「やっぱり、緊張しますね」ルーセントが刀を強く握りしめて答える。

「まったくだな、こればかりは慣れる気がせんわい」バーチェルが息をはいて答えた。


 二人が馬車へと乗り込む。入城門の前まで来ると、そこに止まっていた豪華な馬車へと乗り換えた。黒い光沢のある外装に、金の細工が施された権力者のものと一発でわかる豪華な馬車には、クリスタルに巻き付く金の蛇が描かれていた。伯爵家の紋章が描かれたその馬車は、貴族街にある伯爵の家へと動き出した。



 屋敷を目にした二人は、目の前に広がる光景にあぜんとしていた。外壁が続く広大な敷地、数百メートルはあるかと思われるその敷地の中央には、四階建ての大きな屋敷が構えていた。

 魂が抜けたかのような顔の二人が、大きな鉄柵扉を越えて中へと入る。そこには、緑の芝生がおおっていた。それだけではなく、噴水やそこから続く水路に、多くの植木が存在していた。日が傾きオレンジ色に染まる庭園を、門から玄関まで続く並木道を馬車が走る。


「ベーテスさん、門から屋敷までは、どれくらいの距離があるのですか?」


 ルーセントの素朴な疑問に、ベテランの使用人が笑みを浮かべる。


「そうですね。むかしに聞いたところでは、五百メートルはあると伺っております」

「家まで五百メートル!」ルーセントは、まばたきを繰り返すのみで固まる。


 それを隣で聞いていたバーチェルも、おどろきを隠せないでいた。そして、そのまま視線を窓の外へと移した。


「それにしても、この庭もたいしたものですな。これほど立派だと、管理が大変ではないですかな?」

「そこは、わたくしが関わっているわけではありませんので、大変さはわかりかねますが、専属のスタッフを見る限りは大変でしょうね。いつも忙しそうに見回っておりますよ」


 夕暮れに染まる庭に、バーチェルが剪定師(せんていし)を見つける。この時間になっても汗をぬぐいながら仕事をしていた。それだけではなく、庭にも何人かの兵士が巡回していた。ご苦労さま、と心の中でねぎらうバーチェル。馬車はしばらくして玄関へとたどり着いた。


 馬車の扉を開けるベーテスに、二人が感謝をすると屋敷を見上げた。


 屋敷は紺色の瓦屋根に、そこから伸びる壁にあるたくさんの窓は、一つ一つが身長ほどの大きさがあった。その開放感あふれる窓からは、オレンジ色の光が煌々(こうこう)ともれていた。

 玄関の上には、横に長いバルコニーがあって、それを支えている石柱が二人を出迎えた。

 薄茶色や栗色、灰色のレンガでくみ上げられた屋敷の三階部分には、伯爵家の紋章が掲げられていた。


 ゲストである親子が荘厳な景観にあっけにとられていると、近くを五人の兵士が巡回に現れる。バーチェルとルーセントに会釈をすると、そのまま通り過ぎていった。


 まったくの別世界の光景に、庶民な親子二人は、いつまでもぼんやりと立ち尽くしていた。そんな二人の顔を見ていたベーテスが誇らしげに笑みを浮かべる。


「どうぞお入りください」そう言って玄関の扉を開ける。


 屋敷に入った二人のおどろきはまだ続く。視界に飛び込む廊下を支配する赤いじゅうたん。そこに広がるエントランスの天井には、絵画が描かれていた。その天井は奥の階段まで続いていたが、天井は流線型を描くように階段だけの穴を残して壁と一体化していた。シャンデリアに照らされた二人がキョロキョロとロビーを見渡す。ベーテスは、その様子を楽しそうに見ながら急がせることもなく応接室へと案内していった。


 応接室では、部屋の中央部にある大きなソファーセットに座るように促される。ふわっと包み込まれるような座り心地の良いソファー。その快適さに、ルーセントが「おお」と感動していると、どこからともなく現れたメイドが、見るからに高そうなカップに紅茶を注いで部屋の隅に待機した。


「もう少しすれば旦那様がお越しになられます。それまでお待ちください」扉の横にいたベーテスが一礼をして伯爵を呼びに行くために出ていった。


 部屋に残された二人がカップに手を伸ばす。そこからは、白い湯気とともにさわやかでフルーティーな香りが立っていた。


 五分ほどが過ぎたとき、一人の男が入室してくる。昨日、城で出会った男にバーチェル親子が立ち上がって、夕食に呼ばれた礼を述べる。


「本日は、私どもを招待していただき、ありがとうございます」

「なに、気にするな。こっちこそ急に呼んでしまって悪かったな」


 お互いがあいさつを済ませると、伯爵が「座ってくれ」と促した。

 ソファーに座る三人、そこで伯爵が大きな柱時計を見た。


「娘を紹介すると言っておいてなんだが、まだ帰ってきていなくてな。もう少し待っていてくれ」

「どうかされたのですか?」

「いや、べつにたいしたことではない。いま、娘は教会にいるのだが、工業区で事故があったらしくてな、その治療で遅くなっている」

「治療? ご令嬢が、ですか?」

「そうだ。それに関しては娘から聞くとよかろう」


 こうして、伯爵とルーセントたちは、伯爵の令嬢が戻ってくるまで会話に花を咲かせていた。それから一時間が経過したとき、屋敷に一人の少女が帰ってきた。

 少女は客人が来ていることを知ると、部屋に戻って身支度を整えてから三人の前に現れた。


「お待たせしました。遅くなってしまって申し訳ありません」


 ひらひらと淡い青と紫色のドレスを着た少女が頭を下げた。


「事故の方はもういいのか?」

「はい、ひと通り片付いたので戻ってきました」

「そうか。フェリシアよ、この者たちがバーチェルとルーセントの親子だ」


 フェリシアが長いスカートをつまんでお辞儀する。


「初めまして、私は長女のフェリシアです。教会で治療にあたっていることに関して、疑問に思うかもしれませんが、それは私の守護者が関係しています」


 ルーセントを見て話すフェリシアの顔がほほ笑んだ。ルーセントは照れたように視線を外した。

 フェリシアがさらに話を続ける。


「私の守護者の名前は“福音の聖女アンジール”階級はルーセントと同じで最上級よ。水と回復魔法を使うのよ」


 ルーセントとバーチェルがおどろき顔を見合わせる。そして、回復魔法を使うと聞いて教会で働いているというのにも納得がいった。

 教会は、パトロデルメス教皇国がすべての国と契約して民間限定で医療行為を行っている。患者は無料で治療が受けられて、外傷には治療院が、病気など外傷以外の治療には病理診療院が担当している。


「――なので、経験を積むために教会に行って治療をしているのです。というわけで、よろしくね。ルーセント……で、よかったわよね」

「は、はい。ルーセントです。よ、よろしくお願いします」


 急に名前を呼ばれたルーセントは身分の違いからか、それとも別の理由からか、やや緊張気味に顔を赤くして戸惑っていた。


「ふふ、フェリシアでいいわよ。偉いのはお父様であって、私じゃないもの」

「と、まぁ、変わった娘だ。特に方向音痴がひどくてな、困っている。なにかいい治し方があったら教えてくれ」伯爵は悪びれる様子もなく娘の欠点を伝えた。

「お、お父様! い、いまそんなことを言わなくてもいいじゃないですか!」と、フェリシアが恥ずかしさのあまりに顔を赤く染めて反抗した。


 ルーセントは心の中でかわいいな、とつぶやくと、しばらくして「夕食の準備が整いました」と、執事が報告に来た。

 それを合図に部屋にいた全員が食堂へと移動していった。

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