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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
127/134

4-終話 卒業式

 光月暦 一〇〇九年 三月十八日


 卒業試験からおよそ二カ月後、ルーセントたちは王立べラム訓練学校の卒業式を一週間後に控えていた。

 卒業試験に参加したルーセントの部隊は、多数の怪我人や致命傷に近い打撃を受けた者もいたが、なんとか無事に帰ってくることができた。


 ディフィニクスの軍が引き続きベロ・ランブロアの防衛にあたると、サラージ王国の西部域の軍は防衛に舵を切る。最終的に体勢を立て直したメーデル王国が占領されていた中央部の一群を取り戻すと、サラージ王国は北部から北西部沿岸の四群を占領するにとどまった。


 これを境にサラージ王国とメーデル王国の戦闘は小康状態となる。ここから半年後には、援軍として派兵されていたアンゲルヴェルク王国軍が少しずつ撤退をはじめると、数カ月の後にはすべての部隊が撤退していった。



 訓練学校の高等部三年の生徒は、三月になると進路の選択を迫られる。卒業後の活動をどうするかの提出をしなければならない。

 戦闘教練科の生徒たちは、八割近くが軍人としての希望を出す。残りは冒険者としての道を選んでいく。

 フェリシアのいる神聖科では、治療師として軍人となるか、教会で治療師として活動するのがメインとなる。もちろん、冒険者としても活動する者も少数ではあるが存在する。神聖科の生徒は、回復や治療ができるために、冒険者たちの間では大変に人気で重宝されている。


 商業科や芸術科は、一定額の税金を納めている大きな工房や工場、一流の商会へと流れていく。そして、ヴィラのいる錬金科では、主に王国や各領主の研究所、工房へと流れていくのが普通である。錬金科や商業科などの非戦闘員で冒険者になる者はほとんどいなかった。


 いずれも先に生徒が進路を提出後に、王国から各人のプロフィールや成績が領主や特定の工房など各地に配られる。そして、どの人材が欲しいのかの希望を募っていく。この時、生徒が希望する場所には優先的に知らされて、お互いに一致すればその時点で進路が決定される。

 そして生徒の希望が通らなかった場合には、生徒に集まった票が手渡されて、その中から選択していく。気に入らなければすべてを断ることもできるが、冒険者として強制的に登録されてしまう。


 卒業が近づけば大部分の生徒の活動先が決まっていく。昼休みでにぎわう食堂ではあちこちで進路についての会話が行われていた。

 ルーセント、フェリシア、ティア、パックス、ヴィラの全員が冒険者としての希望を出していた五人は、食堂のテーブルを囲って今後について話し合っていた。


「ところで、みんな荷物は片付いたか? 六年間も過ごすと荷物がすごくてさ」


 昼食も終わってみんなが一息ついたとき、パックスが自身の荷作りに苦戦している様子を伝える。


「オレはあとちょっとかな。それよりも、できるだけ早く住む場所を見つけないと」答えたのはカップをテーブルに置くルーセントだった。


 続いてヴィラがパックスを見た。


「卒業式から一週間しか寮にはいられないんだったね。冒険者として活動するなら拠点は確保しておきたいな」

「毎日を宿で過ごすのは高くつきますからねぇ」


 ヴィラの言葉を引き継いで答えたのはティアだった。

 実習期間にためた資金がある程度はあったが、王都に部屋を借りて、となると心許なくもあった。

 まずは安い部屋探しからか、と全員が沈黙したとき、きゅうちゃんと遊んでいたフェリシアがニコニコしながら顔を上げた。


「あ! それなら平気よ。お父様が用意してくれたから」

「おお~!」


 さも当たり前のように発するフェリシアの言葉に、ここぞとばかりに発揮される貴族の財力と権力に全員が驚き感嘆の声を上げた。

 フェリシアは皆がなぜ驚いているのか理解できず、軽く首をかしげるがさらに続ける。


「お城がある西地区に行くのに検問所があるでしょ? あそこの居住区にあるマンションを一棟まるごと買い取ったみたい。護衛と使用人の人たちも一緒に住むみたいだから安全よ」

「おいおい、マジかよ。検問所の近くって相当高いんじゃねぇのか?」

「そうなの? お父様は“チマチマ買うのは性に合わん、それに大した額ではない”とか言ってたわよ。安かったんじゃないの?」

「そんなわけねぇだろ。でもまぁ、これで一番の問題は片付いたのか。で? 他にまだ何かあるか?」


 卒業後はそんなに長くは寮にいられないために、住む場所を確保するのが急務であったが、まるでオモチャを買うかのような伯爵によって、あっさりと解決してしまった。そしてパックスの言葉によって、考え込む一同が沈黙する。そこにルーセントが先に口を開いた。


「やっぱり、精霊の居場所だよね。何カ所かは今も名前が変わってないからわかるけど、現状だと残りがどこにあるかがまったくわからない」


 本来の目的である精霊探しをするために、ルーセントの目がパックスへと返った。


「そうだったな。で? 精霊ってどこにいたっけ?」

「あぁ、ちょっと待ってくれ。いま書くよ」


 前に一度だけ見たことがあった精霊の居場所。パックスは千年前と今とでは、名称が変わっている場所があることをすっかり忘れていた。

 そんなパックスに、ヴィラが笑みを浮かべて軽く手を挙げる。テーブルの中央に置いてある注文表を一枚取り出すとペンで精霊の生息場所を書き出していった。


『水精霊ミシュリー    ボストピエッツァ湖

 火精霊ストレイン     ミディール火山

 土精霊スベトロスト    ベシジャウドの森

 風精霊ヴェールサヴァダラ ティエンヘイズ山

 精霊女王ティターニア  へリングバーグ渓谷

 精霊王ヘルゼリオン       アーゼル村』


「ざっとこんな感じかな。現状で名前が変わっていないのは“ティエンヘイズ山”“ベシジャウドの森”“アーゼル村”だけだね」


 ヴィラが書き出した精霊の生息場所に全員が視線を向ける。ルーセントは「ベシジャウドの森とアーゼル村は解決してるよね」と一度だけきゅうちゃんを見ながら答えた。

「そうね、精霊王なんてきゅうちゃんの中にいるもの」

「きゅう!」


 フェリシアはルーセントの言葉を引き継ぐように、きゅうちゃんに話し掛けると、小さな頭をこちょこちょとなでた。

 きゅうちゃんは気持ち良さそうに目を細めると、一度だけ力強く鳴く。それを見ていたティアが、きゅうちゃんの背中をなでながらヴィラに顔を向けた。


「ティエンヘイズ山はアレスフローガス王国にありましたよね?」

「うん。アレスフローガスの中央部に位置する六千メートル級の山さ」

「冗談だろ! 六千メートルも登んのかよ? あとでいいだろ、そんな場所。勘弁してくれよ」


 パックスは六千メートルの山と聞いて顔を青ざめさせる。登りたくないと愚痴るが、そこにルーセントが追い打ちをかけた。


「そうは言っても、現状だとそこしか場所が分からないんだからどうしようもないよ。ただ、向こうに行ってからの生活費が心許ないから、当分は他の場所を調べつつもここで稼ぐしかないけど」

「だからって、六千メートルだぞ。無理だろ~」


 意地でも登山を回避したいパックスが、ルーセントの言葉にテーブルに突っ伏した。伏せる少年の手が払う食器が音をたてる。押し寄せる食器に、ヴィラが中身の入ったカップを持ち上げた。そして、パックスの背中を軽くたたいた。


「まあ、さすがに六千はね。訓練を受けてる君がキツイと思うなら、僕も厳しいだろうね。だけど、他の場所がわからない限りは仕方ないよ」


 ここで食べ終わった食器をウェイトレスが取りに来た。立ち去るまで皆が黙り込む。ウェイトレスがいなくなると、ふたたびパックスが口を開いた。


「ところで千年前の場所なんてどうやって調べりゃいいんだ? 千年前の地図なんて残ってるのか?」

「問題はそこさ。この街の大図書館にも置いてないんだよ。王城にも図書館みたいなのがあるって聞いたことがあるけど、フェリシアは何か知らないかい?」


 ヴィラは精霊の場所を調べようと、何度もこの国一番の蔵書を誇るティエトラーデ大図書館に足を運んでいたが、ついに見つけることはできなかった。

 しかし、そこで司書に王城にも図書館らしき場所があると教えてもらっていた。そこでヴィラは、伯爵の娘であるフェリシアならなんとかなるかもしれない、と聞いてはみたが、帰ってきた言葉は芳しいものではなかった。


「う~ん、あるにはあるけど、あそこは王族の人たちしか入れないから、お父様に頼んでも無理だと思うわよ」

「やっぱりダメか……。そこら辺で売っていれば苦労はしないんだけどな」

「あ!」


 肩を落とすヴィラに、ティアがなにかを思い出したように突然声を上げた。


「なんだ、トイレか? 漏らすなよ」

「違いますよ!」


 話し出そうとしたティアにパックスがからかうと、トゲトゲ頭の後頭部に鋭い一撃が入った。パックスが痛む頭を押さえて悶絶していた。


「いってぇ! 冗談だろうが!」

「まったく、そんなんだからずっとブービーなんですよ!」

「関係ねぇだろ」

「ところでティア、なにを思い出したんだい?」


 二人のやり取りに苦笑いを浮かべるヴィラが、なにを言おうとしたのか気になって促した。


「そうそう、千年前の地図なら私の国で見たことあるかもしれません。見たのが小さい頃だったのでハッキリとしたことは言えませんが。すごい古い地図だったのは覚えてます」

「おお! 今はどんなことだって見逃せない。たとえ違っていたとしても古い地図なら、なにか参考になるかもしれない、お手柄だよティア!」

「ふっふっふ、任せてください。できる女は違うのですよ。シティーガールならこれくらい当然です!」


 ティアが興奮を隠せずに喜ぶヴィラに褒められて、自信満々な表情を浮かべる。そこに二通りの選択肢ができたことで、これからの行動を決めようとルーセントが口を開いた。


「よし、じゃあこれで当面の行動先が決まったけど、どっちを優先しようか」

「僕はティアの国へ行きたいね」

「私はどっちでも良いわよ」

「おれは山登りはパス!」


 ルーセントの問いかけに、ヴィラ、フェリシア、パックスのが順番に答えて、少し悩んでいたティアにルーセントがどっちがいいか聞き返した。


「ティアはどうする?」

「そうですね、どうせ一度は国へ戻らないといけないので、山はあとの方が良いですね」

「そっか、じゃあ決まったな。最初はティアの国“レギスタン聖騎士教会”を目指そう――」



 雲が一つもなく、透き通るような濃い青空が見下ろす中、卒業式を向かえる訓練生一同は、右胸に付けた花飾りが風に揺れる。白い制服を着てグランドに整列する生徒たちに、学校長が全員に卒業の証“金鵄士卒勲章きんししそつくんしょう”を授与する。

 金色に光るトビをモチーフにされた勲章が太陽の光に反射する。小さな勲章が若者の人生の道を照らすように輝いていた。


 この勲章は階級証にもなっていて、戦闘教練科では兵士として働く場合に限って五品官『偏武将軍(へんぶしょうぐん)』の位を授かる。勲章は名誉とともに数や階級によって、五十歳以降になると国から援助金が出る仕組みとなっていた。

 式は各科から首席、次席者の表彰が始まっている。戦闘教練科からは首席にルーセント、次席にティアが選ばれた。

 神聖科からは首席にフェリシアが、錬金科からは首席としてヴィラが選ばれる。それぞれの首席には金鷹学士勲章きんようがくしくんしょうが、次席には銀鷹学士勲章ぎんようがくしくんしょうが与えられた。


 全員が卒業証を受け取ると、無事に卒業式が終了する。卒業生たちは厳しい規則と勉学から解放された喜びを爆発させる。笑顔を浮かべる少年たちは学校側が用意した卒業パーティーに参加するため、それぞれの寮へと戻っていく。そして、大忙しの厨房をよそに夜遅くまで食堂で騒いでは、別れを惜しむかのように時間が過ぎていった。

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