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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
126/134

4-32話 卒業試験18

 城門では、ルーセントたちがサイレスの指揮する部隊からの魔法攻撃にさらされていた。

 皆が避けながらも魔法で応戦している。

 ルーセントが雨のごとく雷を降らせて、敵の魔法をしのいでいると、サイレスは手を挙げて自部隊の攻撃を止めた。


 ルーセントがその隙をついて叫ぶ。


「全員、盾を拾って密集しろ! 耐え抜くぞ」


 皆が一斉に返事で答えると、それぞれが倒した敵から盾を拾ってルーセントのもとに集まった。

 楕円(だえん)に近い円を描いて壁のように盾が並ぶ。頭上までも盾に覆われていた。


 そこに城門の起動音が響く。そこにサイレスが「槍兵前へ!」と叫んだ。


 城門の正面にいる部隊の盾兵が、自分の持つ盾を横にずらすと、うしろに控えていた槍兵が部隊の合間をぬって現れた。部隊全体が少しうしろへと下がる。槍を突きだして構える兵士の五十人ほどが、ずらっときれいに整列した。


 サイレスが片腕をゆっくりとあげる。そして、そのまま下ろすことなく魔法攻撃の命令を出した。

 ルーセントたちのもとにふたたび魔法の雨が降り注ぐ。


「扉は動いた! 絶対に耐えきってここを守れ!」


 ルーセントの声に、味方の全員が声をそろえて返事を返す。しかし魔法の威力はすさまじく、一人、また一人と吹き飛ばされては盾の壁に穴が開いていく。その度に、なかに控える味方が盾を拾って空いた穴をふさいでいった。


 城門の開閉装置が起動してから開くまでには、重たい鉄の扉のせいで時間がかかる。ルーセントは、音だけをあげているだけの動かない扉に、いら立ちを募らせていった。

 続く魔法の攻撃を何度も防いできた盾は、いつの間にかボロボロになっている。味方も次々と倒れていって、五人しか戦えるものは残っていなかった。


 ルーセントたちは倒れた味方をつかんでうしろへと後退する。それを見て、サイレスが魔法の攻撃を止めた。

 ちょうどその時、鉄の扉が砂利を引きつぶす音とともに開き始める。左右にゆっくりと開いていく扉に、サイレスが挙げていた腕を下ろした。


 槍兵がゆっくりとそろってルーセントたちに迫る。少年たちが盾を捨てて武器を構え直したとき、ルーセントの耳にヒヅメの音が届いた。


 はじめは小さく聞き間違いかと思うような音。しかし、その音は次第に大きくはっきりと聞こえてきた。


 扉が半分ほど開いたとき、正面を向いたままのルーセントの顔がほころんだ。


「みんな、オレたちの勝ちだ」


 ルーセントがそうつぶやいた瞬間、訓練生たちの横を燃えるような赤い馬が横切った。


 敵の槍兵が歩みを止める。


 そこに、すれ違う少年へと馬上から声が届いた。


「よく耐えた。あとは任せろ」


 それは誰よりも強く、どこまでも気高き存在。すべての武人の頂点に立つ男、軍神ディフィニクス・ローグが誰よりも速く駆けつけた。

 ディフィニクスが手綱を強く引くと、馬が前肢を上げて立ち上がる。それと同時に、振り払う燃え盛る炎をまとった偃月刀(えんげつとう)によって、槍兵のほとんどが吹き飛ばされてしまった。


 ふたたび前将軍が武器を振り上げると、今度は渦巻いた青く燃え盛る炎が両サイドにいる敵兵を襲う。ハヤブサの姿に変わったそれは、いとも容易く敵兵を吹き飛ばして燃やすと、一瞬の内に部隊を壊滅させた。


 馬の前肢が地面についたときには、正面にいる敵しか残っていなかった。

 まばらに残った槍兵が後退していく。それを見て、サイレスが前へと出てきた。


「さすがは軍神と呼ばれるだけのことはある。恐ろしい限りだ」

「お前がこの部隊の指揮官か、ひよっこどもが世話になったな」

「ひよっことは言えど、ここまで粘られるとは思わなかったわい。扉が開いたと言うことは制御室も制圧されたということ。大したものだ」


 ディフィニクスの顔がニヤリとゆがむ。そして、偃月刀をサイレスへと向けた。


「このまま、おとなしく降伏するのなら命だけは助けてやろう」


 サイレスは、前将軍がこの状況で自分が命乞いを願っていると思っていることにいら立つと、目を細めてにらみ返した。


「冗談であろう。この場で命を乞うものなど存在せんわ。それに、降伏したら貴様と戦えないではないか。それこそ命を捨てるより惜しいわ」


 そういってサイレスが馬の腹を蹴る。駆け出す馬に合わせて偃月刀を構えた。


「おもしろい、名を聞いてやろう」


 ディフィニクスもほぼ同時に、馬の腹を蹴って飛び出す。すれ違い様にぶつかる偃月刀同士に、風圧が砂ぼこりをあげて円上に吹き抜ける。サイレスが馬を左に旋回させると、ディフィニクスが大きく武器を回転させて右腕だけで偃月刀を後方へと払った。

 サイレスは刃を下に向けてかろうじて柄で受け止めるが、衰えることのない軍神の一撃に馬が負けてバランスを崩してしまった。


 サイレスはすぐさま武器を反対側に向けると、石畳を砕いて勢いよく地面に突き刺して押し戻す。馬が体勢を立て直すと、ふたたびディフィニクスと対峙(たいじ)した。


「我はサラージ王国、虎武将軍のサイレス・ケフノスと申す。その方と戦えること、我が生涯の誇りである」

「覚えておこう」


 前将軍が言い終わると同時に、両者ともに馬で駆け出した。


 ディフィニクスは右手で偃月刀の刃の根元をもって向かっていく。サイレスは刃を下に向けて立ち合う。前将軍が武器を射出するように柄を滑らせて先制した。

 サイレスは刃を立てて柄で受けると、武器の底部分を相手の刃に沿わせるように回転させてディフィニクスの武器の下をなぞって斬り付けた。


 しかし、ディフィニクスは極めて冷静に偃月刀の石突きの部分で相手の刃を上に跳ねあげると、そのまま右手を柄の前方に滑らせながら握り直すと、地面を削るかのように下から斬り上げた。

 サイレスが瞬時に左手で手綱を握ると、馬を立ち上げながら左へと馬の向きを変える。ひゅっと空気を切り裂いて襲い来るディフィニクスの刃を、右腕に添えた柄の部分で受けきった。


 金属製の柄と刃が擦れて甲高くも鈍い音を立てて火花が散る。自身のうしろへ抜ける刃を見て、老齢なる挑戦者がチャンスとばかりに、軍神の頭をめがけてその右腕だけで持つ武器を振り下ろした。


 前将軍は隙のない追撃に目を細めると、振り上げた武器の刃を左に、柄を右側へと回転させた。指を切られないように添えるだけの左手に、サイレスの刃が重く圧力をかける。ふたたび柄と刃が擦れて火花が散った。

 ディフィニクスがすぐに柄を半回転させて刃を振り上げると、全力で老将の肩をめがけて振り下ろす。サイレスの目があせりに大きく見開くと、偃月刀を真横に構えて前将軍の一撃を受け止めた。


 しかし、圧倒的な力の前に耐えきれなくなった腕が下がると、右肩の一部を斬られてしまう。それと同時に、馬もその力に耐えきれずに脚を折り曲げて地面に付けると、サイレスがバランスを崩して落馬してしまった。


 老将が受け身を取って転がり起きると、斬られた右肩を押さえる。鋭く走る痛みと熱に、手をぬらす生暖かい血にディフィニクスをにらみつけた。

 対するディフィニクスは、右手で持つ偃月刀の刃を下に向けたまま動かなかった。鎧から風にはためく赤いマントが、その威風堂々とした風格が本人をさらに大きく見せる。その目は、もう一度馬に乗れ、とサイレスに無言で訴えかけていた。


 受けるサイレスは、ディフィニクスから目を離すことなく馬に乗ると、馬をゆっくりと歩かせて距離をとった。


 恐らくはこれが最後の一撃であろう、と老将が静かに息をはくと神経を研ぎ澄ませていった。


 前将軍も、刃の先、馬の脚先までもが自分の身体かと思うほどに集中力を高めると、それはまるで波がひとつもない湖面のように微動だにすることなく、冷静に静かにたたずむ。この二人が生み出す圧力に、周囲の人間すべてが動きを止めて見入っていた。

 二人が向き合って数分が経過する。すでに門の入り口には、城壁を占領して入り口に集まる前将軍の軍が到着していた。だが、この二人の一騎打ちを邪魔するものは誰もいなかった。


 通りすぎる風の音だけが鳴っている。全員が静かに馬に乗る二人へと視線を送る。どこかの馬がいななくと同時に二人の馬が駆け出した。


 両手で偃月刀を持つ二人が重なると、ぶつかる金属音とともにディフィニクスが武器を振り抜いた。

 地面に一本の偃月刀が音を立てて数回跳ねる。馬の首に身体を預けて背中から崩れるように落ちたのは、サイレスであった。

 サイレスの身体からはおびただしい血があふれでてきて、地面に赤い水溜まりを作った。


 ディフィニクスが無言で武器を掲げると「全軍、街を制圧せよ!」と号令を下した。


 ディフィニクスの全兵士が鬨の声を上げて、城壁から、城門からも兵士がなだれ込んで敵兵を飲み込んでいく。それはあっという間にティアたちのいる中央制御室のある塔までに及んだ。さらに南からは、打ち上げられた信号弾を見てウォルビスが解放された南城門を通って進軍してきた。


 北に布陣する部隊だけは、逃げ出すサラージ王国の退路を開けるために東へと下がる。その土煙をあげながら退避する部隊の先頭に、倒れたであろうサイレスを想って、街にいるであろうディフィニクスに恨めしい表情を向けるヴェールの姿があった。

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