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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
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4-30話 卒業試験16

 東門では、激しい剣戟音(けんげきおん)と怒号や、それに魔法の着弾、爆発音が鳴り響く。戦闘が始まって数十分、ディフィニクスより命を受けて侵入した訓練生と城門や城壁にいる守備兵との戦闘が続いていた。


 この街のすべての城門は、街の真ん中にある中央制御室から、キーコードが各城門の制御室に送られて開閉が行われている。ルーセントたち十人は、この制御室の制圧と、自分たちの身を守るために城門を死守をしていた。

 致命傷を受けた敵兵や、その死体が何体も横たわるルーセントが守る門は、いまだに沈黙を守っている。


「くそっ! 門はまだか、どんどん増えてきやがった」


 巨大な鉄扉につながる三つの広い通路から、敵兵が次々と現れる。訓練生の一人“デブラ・デルクアドロ”が押し込まれつつある状況に悪態をついた。

 そこに、隣で戦っている少年が背中越しに反応する。


「俺はこういうのを待ってたんだよ。あいつらにばっかり、いいところを持っていかれてたまるか」


 訓練学校の成績では、いつもルーセントとティアが前にいる。そんな状況を耐え忍んできた“ガルディン・バレス”は、嬉々とした表情で押し寄せる大盾兵を足で押し飛ばすと、恐れることもなく囲ってくる敵を斬り伏せた。


 デブラもその言葉にうなずくと「それもそうだ」と、相棒の背中を狙っていた敵兵を斬った。


 ガルディンがしゃがめば、デブラがそのうしろにいる敵を、デブラが前に気をとられていれば、ガルディンがカバーに入った。少年たちの衰える様子のない気配に、敵兵の動きが徐々に鈍っていく。

 二人の話題の主役の一人、ルーセントはもうひとつの通路から押し寄せる敵を相手にしていた。雷の魔法で遠くの敵を同時に何人も戦闘不能にすると、止まることなく流れるように手にする刀で斬っていく。大盾すらも容易に切り裂いて敵を(ほふ)る。

 まるで銀色の風のごとく舞い続ける姿に、または何の感情もないかのような落ち着き払ったその風格に、サラージ王国の兵士は足を止めた。


「死にたいやつから来い!」


 威風堂々と右手で持つ刀を外に払うルーセントがにらみを効かせる。それは敵兵の怖れという感情を刺激して、対峙(たいじ)している兵士たちの心を追いつめていく。サラージ兵たちの身体は、まるで重力が強くのし掛かっているのではないか、と思わせるほどに動きを鈍らせた。


 それでも、じりじりと大盾兵を前に進むサラージ王国兵ではあったが、その足は銀色の悪魔のような少年を前に足がすくんでいた。


「全員、前に出すぎるな! 周りを見て離れずに戦え!」


 つかの間に生まれた静寂に、ルーセントが仲間を見て大声を出す。その声に、各々が囲まれ始めていた状況を把握すると、お互いが連携をとって下がり始めた。

 鉄の門を後方に、それぞれが自分の背中を預けて半円を組む形で対峙する。両者が一定の間合いを取って、にらみ合いが続いた。


 そこにサイレスが率いる援軍が到着する。その部隊は、すでに三方向の通路を埋めるかのように二百人ずつ、計六百の兵で埋められていた。ルーセントたちの退路はただひとつ、城門を開けることだけだった。

 大盾兵を前にきれいに整列して武器を構えるサイレスの兵士を見て、ルーセントの顔がここで初めて絶望的な色に変わった。静まり返る城門で、それを割って馬に乗った老将が現れた。


「どんなやつが来たかと思えば、ほとんどが小僧ばかりではないか。ディフィニクスの軍は、はな垂れを寄越すほど困っておるのか?」


 サイレスのその言葉に、数百の兵士が笑う。それは今まで恐怖に包まれていた兵士たちの心を解放した。

 圧倒的に劣性となったルーセントは、それでも恐れることなく密集体形を指示して門へと近づき下がる。そこに、城門制御室から機械音が鳴り響いた。

 

それは街中にある中央制御室から、ティアたちが送ってきたキーコードが届いた音だった。

 その音を聞いたサイレスが手にする偃月刀(えんげつとう)を掲げる。そして、瞬時に振り下ろすと同時に「放て!」と魔法の発動を命じた。



 ――ティアたちは、街の中央に位置している数十メートルもある塔のなかに侵入して制御室へと向かっていた。

 広い塔のなかにも、百人以上もの兵が駐在している。ティアは気配を絶つ魔法を使用して、塔の入り口を守る兵士を暗殺すると同時に、生かしておいた敵兵から中央制御室の場所を聞き出すと、その兵をも処分した。


 制御室を目指す十人が、風のように塔のなかを走る。出会う敵兵を片っ端らから斬り倒して、塔の中央に置かれた目的地に向かっていった。

 しかし、ティアたちが出会う敵をすべて片付けていってしまったために、定時連絡が行われるはずの時間になっても、中央制御室本部の警備部に状況報告が届かなかった。そのために、塔全体にある緊急警備システムが発動してしまう。塔内の各階層に、身分を照合するための赤い線が無数に走った。


 この塔で働く兵士、職員には、特別な身分証が渡されている。それは緊急時においては身分の証明と、それを持たぬ敵との区別をするためのものであった。


 そのおかげでティアたちの居場所がすぐにばれてしまう。


「う~ん、これはよろしくない感じですね」


 ティアが過ぎ去っていく赤い光を目で追いかけてつぶやいた。


「間違いなくバレたな。目的の場所まではまだあるぞ、どうする?」訓練生の一人がティアの指示を待つ。

「簡単ですよ。全員トッチメてゴーです」

「どれだけ敵がいると思ってるんだよ。こっちだけじゃなくて、ルーセントの方だってある、のんびりとはしていられないぞ」

「ふっふっふ、わかっていませんね。ルーセントならこれくらいどうってことないですよ。敵のおかわりくらい平気です」

「それなら、こっちも向こうも満腹になる前に終わらせないといけないわね」


 レイラが階段から現れた敵兵に投げナイフを命中させて急がせる。この塔は、一定の階数からは階段を上る以外に上の階層にいく手段がない。そこに行くのにも、電子制御の扉を突破しなければ行けなかった。


 ティアたちは階層ごとに置かれた守備兵を倒しながら、目的の制御室へと向かっていく。しかし、目的地まであと数階というところで、敵守備隊の精鋭によって足止めされてしまった。


「ずいぶんと、好き勝手やってくれるじゃないか」


 ティアたちの前に、ひときわ覇気の強い男が抜き身の刀を肩に乗せて歩み出してきた。

 レイラが訓練生をかばうように前に出た。


「ずっとこそこそしてるのも、以外とストレスがたまるのよ。たまには発散しないと」

「ストレス発散で暴れられても困るんだけどな。とはいえ、こっちも簡単に突破されるわけにはいかない。悪いが、お前らはここまでだ」

「できるかしら?」レイラが片手剣を手に飛び出す。

「造作もない」刀を手にする男もほぼ同時に飛び出した。


 二人が切り上げる武器がぶつかる。室内に鈍い音が響くと同時に火花が散った。


 レイラは相手の刀から自分の剣を引き離すことなく、左足を半歩踏み出して、武器を滑らせるように手首を外に回転させて男の頭を狙う。男が一瞬で身体を捻ると、自身の左手で剣を持つレイラの右手を押し込んで軌道を反らした。


 剣身は、男の頭のギリギリのところを流れて、髪の毛を数本切っただけで終わる。その瞬間、男がすぐに反撃に出た。がら空きとなったレイラの腹部に刀を斬りつけたが、諜報だけではなく近接戦闘にも長けたレイラは、瞬時に腰から短刀を引き抜くと、左足を下げながらそれを逆手でもって身体の正面で受け止めた。


 分の悪くなった男が数歩ほど下がると、レイラが追撃を加えて詰め寄っていく。左足、首、再び左足を狙う。男は、女の猛攻を苦悶(くもん)の表情で防ぐのが精一杯であった。

 最初の余裕も今では見る影もない。それでも、なんとかすべての攻撃を防いではいた。だが、レイラの腹部を狙った一撃を防いだとき、その返す刃によって右の脇腹を深く斬られてしまった。


 鋭い痛みが男の身体を襲う。左手で脇腹を押さえると、そのまま膝をついて痛みに耐える。視界に入る左手には、赤い血がべっとりと付いていた。


 レイラが剣先を男に向ける。


「おとなしく投降しなさい。命までは取らないわ」


 その言葉に、膝をつく男が小さく笑う。


「見くびるなよ。こんなかすり傷で、命乞いなどするか。降格などしなければ、いまもまだ戦場にいる。武将の死に場所は戦場と決まっている。俺の今の戦場はここだ。ここを通りたければ俺を殺していけ」


 男がゆっくりと立ち上がると、そのまとう覇気もふくれ上がっていく。前将軍にも劣らないその風格に後ずさるレイラ、そこに風が吹いた。

 両手に短刀を持ったティアが、男の首を狙って斬りつけていた。男は刃を下に向けて左腕をその棟、刀の背の部分に押し付けて防いだ。


「今度は小娘か」男が左手を挙げると振り下ろした。


 その瞬間、今まで待機していた守備兵たちが、男とティアを残して訓練生たちに向かっていった。


 男がティアをじっと見つめる。


「なるほど、お前が一番強そうだ」そう言ってボソッとつぶやいた。

「ふっふっふ、隠し玉ってやつですよ」ティアが自信満々に答える。

「隠れてたか? 今まで一番前で戦ってただろう」男が眉をひそめた。

「細かいことを言ってるとモテませんよ」ティアが少し不機嫌そうに言い返した。

「興味ないね。強いやつがいなくなるなら気にするがな」男が鼻で笑う。

「そうでなくちゃ、面白くありません。行きますよ降格さん」ティアが武器を構え直す。

「くそ生意気な小娘だな」男が刀を構えた。

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