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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
122/134

4-28話 卒業試験14

 ディフィニクスの本隊がベロ・ランブロアに到着すると、二手に分けて街の北門と東門に布陣する。相手の魔法が届かない距離に離れると、大盾兵を前に沈黙していた。

 そこからほどなくして、ウォルビスとトールの連合軍が南門に同じように布陣すると、三個あるベロ・ランブロアの城門を完全に包囲した。

 しばらくして伝令がディフィニクスのもとへと走る。その口からウォルビスたちの布陣が完了したと伝えられた。

 将台でイスに座っている前将軍が、隣に立っている軍師バーゼルへとその顔を向ける。


「さて、ここまでは順調に来たが、問題はここからだ。できれば被害を出さずにあの街を取り戻したいが、なにかいい案はないか?」

「難しいですね。城壁のうしろはすぐに住宅地でしょうから、攻撃を仕掛ければ、どうしても被害が出てしまいます。このまま兵糧攻めをしたところで、最初に害を受けるのは民衆でしょう。どうやっても……」


 ここでバーゼルが言いよどんで口が止まった。


 その様子を見て、ディフィニクスが「どうした?」と、なにかを思い付いたであろう相棒の続く言葉を期待して待った。


 バーゼルがディフィニクスに含みを持った笑みを返す。


「完全に被害をなくせるわけではありませんが、外からがダメなら、内側から崩せば問題ないでしょう」

「ほお、それは興味深いな。だが、この警戒体勢だ。どうやって中に入る?」

「誰にも見つかることがなく、相手のうしろに立つことも、自由に動ける人物が一人だけいるでしょう」

「そんなやついたか? ……あぁ、あの暴走娘か。面白い、たしかにあいつなら問題なく侵入できるだろうな」


 ディフィニクスとバーゼルが、ニヤリと思惑に満ちた表情を浮かべる。前将軍はすぐに筆を手に取ると、命令書を三通書き上げた。

 ディフィニクスがすぐに三人の伝令を呼びよせると、一人ずつに書状を手渡して走らせる。そのあとにもう一人の伝令を呼ぶと、諜報部隊の隊長を勤めるレイラを呼ぶように伝える。四人の伝令が馬に乗って、枯れかけの草を飛ばしながらそれぞれの役目を果たすために散らばっていった。



 書状を読み終えたウォルビスが、顔を傾けて眉をひそめる。


「ルーセントとティア、それに訓練生を十人ほど送れ、か。訓練生は参加させないはずだが、兄貴は何を考えてるんだ?」

「これだけでは推測できませんが、深い考えがおありなのでしょう。すぐに従いましょう」


 ウォルビスが「そうだな」と、理解不能な兄の策略に短く息をはくと伝令を呼んだ。


「今すぐに訓練生のルーセントとティアを呼んでこい」

「かしこまりました」伝令が訓練生に向けて立ち去っていった。


 ほどなくして呼び出された二人がウォルビスのもとに現れた。


「お呼びでしょうか」ルーセントが先に用件をたずねる。

「ふっふっふ、この感じは秘密の作戦ですね」暇をもてあましていたティアが待ってました、とばかりの笑顔を向けた。

「勘のいいやつだな。だが、詳しいことは俺にもわからん。兄貴が連れてこいって書状を送ってきた。お前たちは今すぐに兄貴の陣営に行ってくれ。そこに馬を用意したから乗っていくといい」


 ウォルビスがアゴをしゃくったその先に、馬が十二頭、十二人の兵士が立っていた。


「かしこまりました」二人がウォルビスに顔を向けてそろって返事を返した。

「あぁ、それとルーセント。お前は訓練生の中から、肝のすわった何事にも動じないやつか、戦好きで出世欲の強いやつ、それと身体能力が高くて俊敏なやつ、このどれかに当てはまるやつを十人選んで一緒に連れていけ」


 ルーセントがうなずいて答えると、一度訓練生のもとに戻って人選を済ませる。ふたたびウォルビスのもとに戻ると、あいさつを交わして陣営を出ていった。



 空がオレンジ色に深く染まったころに、ディフィニクスが召集したメンバーがそろった。

 前将軍の目の前には、ルーセント、ティアが率いる訓練生十人と、諜報部隊の部隊長であるレイラに、輜重(しちょう)部隊の錬金隊を束ねるミーナ・オリヴィエラが片膝を地面につけて指示を待っていた。


 ディフィニクスが全員を立たせると、最初にルーセントを見た。


「無事だったようだな。訓練生の状況はどうだ?」

「はい、重傷者は十三名ですが死者は出ていません。重傷者についてはカウザバード(とりで)に移送しています」

「そうか、死者が出なかっただけでも十分だ。お前たちもよく耐えたな。頼もしい限りだ」


 ディフィニクスがルーセントだけではなく、訓練生の全員をねぎらうと「ありがとうございます」と、その場にいる少年たちが誇らしい笑顔を浮かべて答えた。


「さて、お前たちをここに呼んだ理由だが、とある作戦を実行してもらいたい。ただ、命がけの極めて危険な任務となる。訓練生には無理強いをさせるつもりはない。ここで去りたいものは、すぐにウォルビスのもとに戻れ」


 しばらくの沈黙の後に、一人の訓練生が歩み出た。


「そんなことで怖じ気づくようなら、最初からここにはいません。やらせてください」


 燃えるような覇気を宿す少年の目、今まで必死にキツイ訓練を積んで、凶悪な魔物にも勝利をしてきた。それだけではなく、先ほどの戦では死線を潜り抜けてここにいる。その自信と軍神とも呼ばれる将軍の特殊任務に参加できる、その事実に功名心の強い少年がなんの疑いもなく自ら進んで願い出た。これを聞いて、ほかの少年たちも負けじと歩み出ると「必ず成功させてみせます」と誓った。


「よく言った。お前たちの顔と名前は覚えておこう」


 ディフィニクスは未来ある少年たちの勇猛さを思うと、胸が熱くなった。

 そこに軍師バーゼルが前将軍と並び立つ。


「では、作戦は私から説明しましょう。まずはティア」

「ふっふっふ、任せてください。今すぐシュパっとシュッパツできますよ」

「頼もしいですね。ですが、出発するのはもうしばらく我慢をしていてください。まずは夜になったら、あなたの得意な魔法を使って、この城壁で守りの薄いところを探っていただきます」

「なるほど、フホーシンニュウですね」

「その通りです。そこから訓練生とレイラの部隊で街に侵入してもらいますが、何日かは住人として過ごしつつも、昼と夜に関しての守備の配置を探ってください。そのあとで、ティアには城門を開ける装置の場所と、それを開ける方法についてを調べていただきます」

「壊さないのですか?」


 普通であれば、開けやすくするために破壊工作をするはずが、予想外の命令にティアが首をかしげた。


 少女の素朴な疑問に、バーゼルがゆっくりとうなずく。


「ええ、今回はできるだけ街に被害を出すことなく、ここを取り戻したいのです。そこであなたたちには、内側から城門の制圧と同時に、門の開放までを行ってもらいます。そして、我々がそこを突破するまでの間、現れるであろう敵の援軍の足止めをお願いしたいのです」


 バーゼルの会話が一段落すると、今度はディフィニクスが歩みでる。


「聞いてわかる通り、大部分はティアの魔法で安全に見つかることもなく、作戦を実行することができるだろう。だが、我々が門を突破するまでは、少数で多勢を相手にすることになる。逃げ道もなく、追い詰められた状態で戦い続けねばならない。どうあがいても命を落とす確率の方が高いだろう。訓練生にもう一度だけ聞くが、立ち去るならこれが最後だ。覚悟があるやつだけ残れ」


 ディフィニクスの言葉を聞いて怖じ気づくような者は誰もいなかった。


 ルーセントが前に出ると「死力を尽くして期待に添えて見せます」と訓練生を代表して答えた。


 前将軍がほほ笑んでうなずくと「戦闘に関しては、お前が頼りだ。任せたぞ」と返した。

 続けてディフィニクスが錬金隊の女性に顔を向ける。


「ミーナ、この者たちを向こうへ送るのに全部で二十人ほどになるが、あの壁を越えるなにかいい手はないか?」

「二十人を気付かれることなくですか、そこの娘の魔法については聞きましたが、見つからないとはいえ、派手な動きや音をたてればバレるとのこと。ハシゴはまず使えませんね」

「そうだ。できるだけ、かさ張らずに短時間で済むものが望ましいが、何かないか?」


 悩ましくも眉間にシワを寄せる錬金隊の隊長を勤めるミーナであったが、盗賊討伐の時に現れたルーセントの仲間でもあるヴィラのことを思い出していた。


「そういえば、盗賊討伐の時にいたメガネの訓練生のアイデアで試作していたものがあります。今回はそれが使えるかもしれません」

「盗賊?……ああ、零宝山のときか。ルーセントと一緒にいたやつだったな」

「はい。初めは武器としての案でしたが、話を進めていくうちに高所に登るための道具として使えるのではないか、と彼の設計をもとに試作しておりました」


「それは興味深いな。どういったものだ?」


「はい。私たちはフックアローと呼んでいますが、前腕部につける小型クロスボウを改良したものです。主軸となる、太く円筒形の矢じり部分の四カ所に、カギヅメを組み込んだものをワイヤーをつけて射出します。普段はカギヅメは飛び出してはいませんが、射出と同時に飛び出す仕組みとなっています。ワイヤーの長さとしては、現状では十メートルの長さで作っています。すべてに自動機構を組み込んではおりますが、目的の高さまで打ち出して止めるのは、現状ですと手動となってしまいますので、ある程度は訓練が必要だと思われます」


「なかなか面白そうだな。壁にそいつを引っ掛けられたとして、登るのはどうするんだ?」


「はい。そこは引き上げ装置をつけていますので、スイッチを起動させれば機械の方で自動で巻き取ります。速さとしては、十メートルなら五秒ほどで登れますが、打ち出すときにはどうしても音がたってしまいますので、低い場所だと気付かれるかもしれません。ですが、今回の城壁は七メートルほどですので気にすることはないかと思います」


 ミーナの説明が終わった時、空はすでに闇が降りていて、オレンジ色の空が閉じ込められていた。暗くなる空とは別に、作戦の大部分が成功したと予測するディフィニクスの目が光った。


「よし、今回はそれを使って忍び込むこととする。そいつは今、どれほどある」

「はい。いまは十個しかありませんが、一日もあれば残りの十個も用意できます」

「さすがだな。それでは道具がそろって、各自が使えるようになった時点で作戦を決行する。二日後から三日後を目標とせよ」

「かしこまりました」全員が跪礼(きれい)をしてひざまずくとディフィニクスに返事を返した。


 こうして準備期間が過ぎていくと、いよいよルーセントたちの特殊任務を決行する日を向かえた。

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