表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
120/134

4-26話 卒業試験12

 新たに現れた軍勢は、ディフィニクス前将軍の援軍として出ていたトール・バリモアの部隊であった。トールはメーデル王国の鷹武将軍(ようぶしょうぐん)としてカウザバード砦を守ってはいたが、サラージ王国の侵攻とともに砦を失っていた。


 カウザバード砦は、外周が二十八キロほどある丘陵地に作られた丘陵城砦で、いたるところに貯水地が存在している。急な斜面と地形を利用した立ちはだかる城壁が攻略を難しくしていた。

 さらにはメーデル王国子爵領トパケタ、パストラルと、サラージ王国が占領しているベロ・ランブロアの間に位置していて、どちらの街の防衛にも非常に重要な役目を果たしている。発電所を守るウォルビスの軍だけでは挟撃されてしまうために、牽制(けんせい)するためにもディフィニクスの出陣は必須であった。


 茶色の草が多くなった丘陵地の丘陵城の城壁のさらに下、その根本に敷かれた陣のなか、ディフィニクスが将台に立っていたる。その鎧の上に羽織っているコートが風に吹かれてなびいていた。


「さて、どうやってここを落とすか。あらためてみると、ずいぶんと攻めづらい場所だな。あいつのこともある。あまりのんびりとしてもいられないな」


 城壁を左右に見るディフィニクスに、軍師のバーゼルが前将軍に並んだ。


「おそらくは、意地でもあの砦からは出てこないでしょう。ここで時間が稼げれば、それだけ向こうの都合のいいように動けます」

「だろうな。向こうにも厄介な軍師がいるようだ。あっちにはルーセントらもいる、突っ走った行動をしなければいいが……」

「報告を読む限りでは、武衛将軍を誘き出すために油断させている、としか考えられませんからね」

「そうだな。あいつももっと頭を回してくれれば、楽になるんだがな」

「ですが、さすがは前将軍の弟ぎみです。あの武力と統率力には何度も助けられています。今回も私たちが補佐をすれば問題ないでしょう」バーゼルが緩やかに笑む。

「だと、いいがな。……あぁ、バーゼルちょっと耳を貸せ」


 ディフィニクスの言葉に、バーゼルが無言で顔を将軍に寄せる。何事かを話し終えると、お互いに含みを持たせた笑みを浮かべてうなずいた。


「いまからトール将軍に書状を飛ばす」ディフィニクスが颯爽(さっそう)とコートの裾をひるがえして、将台にある止まり木にいる鷹に、十センチメートルほどの金属の筒を脚に取り付けると飛び立たせた。


 バーゼルが将台から目の前にそびえる城壁を眺めていると、うしろで物が倒れたような音がした。

 護衛に立つ兵士の「前将軍!」との緊迫した声に軍師が振り向くと、そこにはディフィニクス前将軍が倒れていた。

 近くにいた兵士がすぐに集まる。動く気配のない前将軍の身体を仰向けに変えると、その名前を呼び続けていた。


 これから戦が始まろうか、というタイミングでの出来事に、軍全体に混乱と戸惑いが広がっていく。騒がしくなる陣内で、部隊長である将軍たちが騒ぎを鎮めるも、不安の色は隠せなかった。

 次々と将軍たちが将台へと集まる。そこにはモーリス、ルード、ラグリオ、ドレアス、ランブルなど、王国内でも名のある将軍たちが集結していた。


「前将軍はどうされたのだ! 無事なのか!」モーリスがバーゼルに詰め寄る。

「まだ分かりません。書状を飛ばしたあとに急に倒れられて……」

「ふざけるな! さっきまで何ともなかったであろうが! どうするつもりだ? このままでは戦になんてならんぞ」


 バーゼルが目を閉じて十秒にも満たない短い時間の間に考えをまとめると「ここはひとまず撤退をしましょう」と声に出した。


「クソ! 仕方ないか。前将軍は無事なんだろうな」


 モーリスが再びディフィニクスのもとへと戻る。将台の上で目を閉じたまま横になっているディフィニクスの身体を見下ろすと、左腕に先ほどまでなかった赤い布が巻かれていた。


「これは……」モーリスが眉をひそめてそっとつぶやく。


 その言葉に、集まっていた将軍たちが一斉にモーリスを見た。そしてうなずくと、全員が立ち上がった。

 護衛についていた兵士に前将軍を任せると、モーリスが最後に「撤退でいいんだな」と、バーゼルとすれ違い様に聞いた。

「そのように」バーゼルはどこまでも冷静に答えた。



 アンゲルヴェルク王国最強の軍の動揺が、カウザバード砦にいるベルドア将軍にも伝えられた。


「報告します! 敵の将軍、ディフィニクス前将軍が病に倒れた模様。現在、敵陣が混乱しております」

「なんだと! それはまことか!」


 立派な木製のイスに座っていたベルドアが、興奮とともに肘おきをたたく。そのまま勢いよく立ち上がると、城の屋上へと上がっていった。

 ベルドアが手を横に伸ばすと、副官が望遠鏡をその手に置いた。


「将台はあそこか。ずいぶんと人が集まっておるな。さすがは前将軍、人望の厚い男よ。ここからではよくわからんが、あれだけの騒ぎだ、間違いないな」


 ベルドアが副官に望遠鏡を返すと「これより打って出る。準備せよ」と伝えた。


「お待ちください! 軍師殿には何があっても砦を出るな、と何度も言われております」

「馬鹿者が! 軍の進退には時がある、離れた場所にいるものが、一分一秒の出来事を理解することなどできぬであろう。ましてやここで、あの男が倒れることなど計算できるはずがない。ひとたび戦場に出れば、状況など流れるように変わる。それに合わせて己の判断で動くために将軍がいる。いちいち命令を聞かずともよい。すぐに準備せよ!」

「かしこまりました」


 しばらくして砦内に進軍の太鼓と鐘の音が鳴り響く。それと同時に城壁の外、丘陵地の下で陣を敷いていたディフィニクスの軍も撤退の鐘の合図とともに下がっていった。



 逃げるディフィニクスの軍と、追撃を仕掛けるベルドアの軍が砦から五キロメートルほどまで離れたとき、両軍は通路の両側が高い丘陵地の崖に見下ろされる形で対峙(たいじ)していた。

 突如としてディフィニクスの軍から鳴り響くドラの音、その合図で両方の崖から伏兵が現れた。

 見事に誘い出されてしまったベルドア将軍であったが、気付いたときにはすでに手遅れだった。


「伏兵だと! これは一体どういうことだ?」


 ベルドアが崖を見上げるその顔は、圧倒的に優勢だったはずなのに、なぜいま自分が敵兵に囲まれて窮地にたたされているのか分からずに困惑していた。

 そこに「憐れだな。大利を捨てて小利に惑わされるとはな」と、倒れていたはずのディフィニクスが威風堂々と鋭い視線をベルドアに向けていた。


「おのれ、仮病か! 全員後退せよ!」ベルドアの張り上げた声がサラージ軍全体に伝播(でんぱ)する。


 その瞬間、ディフィニクスの振り上げた腕が振り下ろされた。そして、ベルドアの声をかき消すように声を張り上げる。


「撒き餌にかかった憐れな小魚どもだ。一匹たりとも逃すな!」


 鳴り響く攻撃の合図とともに、アンゲルヴェルク王国軍の一斉攻撃が始まる。降り注ぐ魔法と歩兵がベルドアたちを襲う。ベルドアが先ほどの命令を取り消すように「応戦せよ!」と声が喧騒(けんそう)にまぎれて溶けていく。どちらの命令を聞けばいいのか、とベルドアの兵士たちが立ち往生すると混乱を極めて次々と倒れていった。


 将台に立つディフィニクスが、敵兵に混ざっているベルドアを見つけると、槍を手に取って炎をまとわせた。そのまま軽く踏み込むと、勢いよく燃え盛る槍を投てきする。轟音をたてて何人かの身体を貫通していくと、その穂先にはベルドア将軍がいた。驚きに固まる顔のまま、心臓をひと突きに馬から落馬をすると、その生涯を終えた。


 総大将の討ち死にによってサラージ王国軍がさらに混乱を極める。多くの兵士が武器を捨てて逃げ出していく。しかし、なんとか逃げ出した兵士が砦まで戻ると、すでにそこにはメーデル王国の旗が風になびいて揺れていた。城壁と城門の前には多くの兵士が集まっている。逃走兵はどうすることもできずに、メーデル王国軍に投降すると捕虜として捕らえられた。


 砦は勲功に逸ったベルドア将軍の命令で、守備兵を三百人ほどしか残していなかった。そこに、ディフィニクスから書状を受け取ったメーデル王国のトール将軍が現れる。まんまとディフィニクスの奇策にハマった空に近い難攻不落の城は、一万九千人ほどで攻めてくるトールの軍によってあっけなく奪われてしまった。


 ディフィニクスが砦に戻るのと同時に、トール将軍からウォルビスが敵の伏兵によって窮地に陥っているとの報告を受ける。

 前将軍は当初の計画通りに、軽騎兵で構成させた足の早いトール将軍を援軍としてウォルビスに送る。前将軍自身は、すぐに体勢を整えて補充を済ませると、ベロ・ランブロアに向けて総勢二万八千百六十人の兵士をつれて進軍していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ