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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
119/134

4-25話 卒業試験11

「防御体勢に入れ! 絶対に陣を崩されるな! 後衛には魔法で迎撃させろ!」


 戦場にウォルビスの怒号が響き渡る。


 隊の左右からは、地を駆ける馬が作り出す重低音の波が押し寄せ、両横から陣を崩さんと敵が突進を仕掛けてきた。

 上空からは高台から放たれた魔法が次々と降り注ぐ。それは兵士とともに大地をえぐって砂煙を巻き起こした。


 ウォルビスたちは身動きが取れないままに、敵の奇襲に、その凶弾に次々と数を減らしていった。

 それでも、ゆいいつ恵まれていたことがあるとすれば、ウォルビスが陣形を変えずに虎陣のままでいたことだった。虎陣の大部分が縦列にならんで組み立てられている。中衛は特に層が厚くて横からの攻撃には強かった。

 それでいてアンゲルヴェルク王国の八陣は、突然の奇襲にも対処できるように、遊兵と呼ばれる騎馬部隊が陣の先端以外をぐるりと囲んでいる。左右から挟撃されようとも耐え抜くことが可能だった。

 しかし、前後左右すべての方向から攻撃されてしまっては、身動きがとれずに耐えるしかなかった。

 前からは息を吹き替えした敵本隊の歩兵が盛り返してくる。激しい剣戟音が至るところで響いていた。

 止まることのない苛烈な敵の攻撃に、ウォルビスの苛立ちは最高潮に達していた。


「調子に乗るなよ雑魚どもが!」


 ウォルビスが偃月刀を空に掲げると、広範囲の場所で高速で渦を巻く水柱が何本も出現した。それらは頂点から分厚い水の膜を発生させて、柱と柱をつないで空間を埋めていく。ドームのように空を覆った水の屋根は、上空からの攻撃を防ぎ、屋根の下にいる敵には圧縮された水流の刃が何十、何百と降り注いだ。

 敵だけを選んで貫く刃の群れに、戦場では敵兵の悲痛な叫び声が山びこのように響いていた。

 この攻撃により、前線に出ていた大部分の敵兵士が消滅した。さすがのサラージ王国軍も攻める勢いが緩む。騎馬隊は間を開けて待機、敵本隊も後退を余儀なくされた。



 再び魔法による攻撃が始まる。全方位から放たれる魔法に、一人の少年が根をあげそうになっていた。


「なんでこんなことになってんだ? くそっ! おい、大丈夫か? おれが何とかするから、その間に回復しちまえ!」


 パックスが魔法で応戦しながら、うしろで倒れている訓練生に声をかけていた。


「悪い……」


 訓練生は左足と右肩を魔法により貫かれて大量の出血をしていた。青白い顔で、苦しそうな表情を浮かべている。


「足りなきゃ、おれのポーチに入ってるからそれも使え!」


 パックスが左手で自分のポーションを三本を挟むと、うしろにいる仲間に差し出した。


 攻撃は止まずになおも続く。


 次々と倒れていく味方の兵士に、パックスは降り続ける魔法に向かってうんざりした表情を見せた。


「ちくしょう、これじゃあキリがねぇ! さっきの水のドームとまではいかないけど、これくらいなら!」


 ウォルビスをまねるように、魔力を練り上げて放たれたパックスの魔法は、後衛の部隊を囲うように出現した氷の柱から空を凍らせていく。ジワジワと覆っていく氷の天井が降り注ぐ魔法を防ぎ続けた。

 持続する魔法は、維持をするのに魔力がどんどんと削られていってしまう。パックスは機会を見て片手をかざしたまま、空いた手で魔力回復ポーションを取り出し飲み干した。

 後衛を覆う氷にあちこちで驚嘆(きょうたん)の声が上がる。隣にいた兵士がパックスの肩をたたいた。


「大したもんだな。さすがは将来の将軍だ」

「楽しんでるところを申し訳ないんですが、長くは持ちませんよ。魔力をごっそり持ってかれるんで」

「あとどれくらい持つ?」

「一分! それ以上は保証できません」

「それだけあれば十分だ」


 後衛の兵士たちが止んだ魔法に、すぐに体勢を建て直した。後衛を指示する将軍が「さっさと体勢を整えろ! 氷が消えたらすぐに全員で魔法を放つぞ。遠慮はするな、返済の時間だ! 利子をつけて全部返すぞ!」

 将軍の言葉に、戦場にやる気に溢れた声が響く。

 後衛の部隊の全員が、頭上のこおりの先にいるであろう敵をにらみつけて指揮官の合図を待った――。



 突如として現れた氷の屋根を目にしたルーセントとティアは、迫り来る騎馬隊をよそに会話をしていた。


「あれは……、パックスの魔法かな? やるね」

「魔法だけはすごいですからね。でも、終わったらうるさいですよ、きっと」

「一週間は聞かされるだろうね」

「帰りに耳栓を買っていきましょう」


 空中に浮かぶ巨大な氷を見ながら会話をしていた二人に注意が飛ぶ。


「お前ら! よそ見してんじゃねぇ! 来るぞ、構えろ!」


 二人が向き直ると、十メートルほど先に騎馬隊の先鋒が到達しようとしていた。


「まずは、こっちからですね」

「ああ、千年前のルーイン(あいつ)や洞窟のクモに比べたら、こんなのなんてことはない」


 ルーセントとティアの二人が攻撃体勢を取ったとき、前方から敵本隊が再び攻めてきた。

 最初に前衛の騎兵がぶつかり陣形を崩そうと突撃をかける。前衛の中央に構えるルーセントとティアは、大盾のうしろについて対処していく。


「くそ! せめて一カ所からの攻撃なら何とかなるのに」


 横に長い相手の陣形に戦力が分散されてしまい思うようにいかない。それでも、盾の間から槍を突き出してはその数を減らしていく。

 ルーセントが必死に対処していると、少し離れた部隊に盾を飛び越えてきた騎兵に陣形をくずされてしまった。なだれ込んでくる騎兵にルーセントが槍を投げる。気付くのが遅れた先頭の兵士は、その身体を貫ぬかれて落馬した。


「こっちに来るぞ!」ルーセントが身体の向きを変えて叫んだ。

「ふっふっふ、待ってましたよ。槍はやっぱり苦手です」


 ティアは槍を地面に突き刺すと、虚空から短刀を取り出して走り出した。最初の敵兵をジャンプしながらすれ違い様に首を斬り裂いた。そのまま馬の尻を土台に空高く飛ぶ。そして、落下と同時に虚空から次々と短刀を取り出しては投擲した。


 ティアが着地すると、十人近い兵士が倒れていた。

 ティアの目の前では、騎兵が槍で刺そうと構えていた。


「遅いですね、ハエの方が速いですよ」


 ティアは認識阻害、気配遮断の魔法を使うと、敵兵の左側へ移動して、難なくその首を切断した。

 この攻撃に敵兵が混乱していた。

 ティアの魔法により、端から見れば何もないのに、いきなり血を吹き出し倒れていく味方を恐れて、敵は動きを止めてしまった。


 次々と屠っていくティアに、ルーセントがつぶやく。


「あれはずるいよな。オレもあの魔法がほしい」


 ルーセントは、ティアが地面に突き刺した槍をつかむと、混乱してうろたえている敵兵に向かっていった。一瞬で速度をあげると武器を投げた。回転して飛んでいく槍は敵の身体に刺さって後方に吹き飛ばした。

 金の目を光らせる少年は、さらに速度をあげると落下する敵兵に追い付いて、貫通した穂先部分を掴んで引き抜いた。

 血濡れの武器を構え直すと、次の敵へと向かっていく。ルーセントに突撃してくる騎兵の槍、それをギリギリのところで交わすと、ルーセントは馬の足を槍で払って転倒させた。痛みと苦しさにうめく敵兵ごと槍を地面に突き刺した。敵の落とした武器を拾うと、再び駆け出して敵を押し戻していった。


 ルーセントとティアが前後左右に立ち代わり入れ替わりに侵入する敵兵を屠っていく。

 二人の多大な活躍に部隊が沸き立つ。


「あいつらがいると楽だな。さすがは前将軍のお気に入りだな」味方の一人が笑みを浮かべた。

「お前ら! 訓練生ばかりに良いところを持っていかせるな! 最強の名が飾りじゃないことを証明して見せろ!」前線を指揮する将軍が声を張り上げる。


 この指揮官の一言で落ちかけていた士気に火がともる。咆哮を上げるウォルビス軍前衛、事態が好転していくと勢いを取り戻していった。



 高台から続く攻撃は、パックスの氷壁が消えると同時に放たれたウォルビス軍の魔法の一斉攻撃によって、サイレスの部隊は後退していた。


 軍全体に静寂が生まれる。


 ウォルビスは状況を確認するために軍隊内に伝令を飛ばした。戻った伝令の報告をまとめると、三千五百名ほどいたウォルビスの軍は千七百近くにまで減少していた。

 五十名いた訓練生も、十二名が戦闘不能になるほどに重症を負っていた。


「このままだとまずいな、半数近くも減ったか。向こうの攻撃もまだ終わりそうもねぇしな」

「武衛将軍、このままでは陣形の維持も難しいかと。あと何回耐えられるか分かりません」


 返り血を浴びて顔を赤く染めるノームが、ウォルビスの横に付いて冷静な意見をのべた。


「どうするもなにも、こうガッツリ囲まれてたら耐えるしかねぇだろ。とりあえずは訓練生の治療を急げ。絶対に死なせるな」

「かしこまりました」

「それと、使える武器は拾ってでも使え。特に盾を優先にな。部隊を縮小してでも囲ませて侵入させないようにしろ」

「すぐに取りかかります」


 ノームが去ったあと、ウォルビスは空をあおぎ「くそ!」とつぶやいた――。



 ウォルビスの軍が包囲されて死闘を繰り広げていたころ。

 アンゲルヴェルク王国軍とサラージ王国軍の戦場から東南に五キロメートルほど離れた場所に三千名の兵を率いた軍が行軍していた。

 前軍として偵察に出ていた兵が、中軍にいる総大将のもとに馬に乗ったまま近づく。


「報告します! ここより五キロ先、アンゲルヴェルク王国軍がサラージ王国軍に包囲されて窮地に晒されております」

「驚いたな、本当にあの方の言った通りになったか。どこまでも侮れんな」


 この言葉に隣にいた副官が反応する。


「まったくです。しかし、のんびりはしていられませんよ、手柄を上げるなら今がチャンスです」

「分かっている、借りは返さねばな。全軍に伝えろ。これより強行する」

「はっ」


 緑の大地に青い空を彩るように、盾をつかんだ鷲の紋章が描かれた旗が風になびいていた。

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