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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
118/134

4-24話 卒業試験10

 高台を放棄したサラージ王国軍に取って変わってアンゲルヴェルク王国軍が占有すると、再び両軍のにらみ合いが続いた。

 体勢を建て直すアンゲルヴェルク王国軍は、ポーションを使って仲間の治療を行い、戦えるものは陣形を建て直していった。高台からサラージ王国軍を見下ろすウォルビスの視界には、敵が横列に並ぶ様子が写っていた。


「ふん、新しい陣形か。往生際が悪いな」


 ウォルビスがつぶやいた言葉を聞いて、隣に立つノームが眉間にシワを寄せる。


「同感ですね。こっちと比べて千人ほどは少ないはず。もはや大勢は決したようにも思えますが、なぜ逃げないのでしょうか? そこが気になりますね」


 副官からの質問に一度だけノームの顔を見たウォルビスは、再びサラージ王国軍を見下ろす。


「そうだな、誰が見たって勝ち目がないのくらいは分かる」

「ええ。それに、この先にあるのはベロ・ランブロアだけです。戻ればそれなりに兵もいるでしょう。いまここで戦うよりは遥かにマシだと思うんですがね」

「たしかにな。とは言えあの数だ。何かするにしても無理だろ、準備が終わり次第進軍する。あいつらを蹴散らして街まで一気に落とすぞ! 今回は兄貴の出番はなしだ」

「かしこまりました」


 ノームが頭を下げるとウォルビスに背を向けて離れていく。すれ違い様に状況を報告する兵士がウォルビスにひざまずいていた――。



 陣形を維持したまま、それぞれの担当官が忙しなく動く中、ルーセントは訓練生五十人の無事を確認していた。


「ケガは大丈夫?」


 ルーセントは負傷して座っている訓練生に声を掛けていく。手にしていたポーションを手渡すと受け取った訓練生が一気に飲み干した。


「悪いな、助かった。それにしても、お前はすごいな。尊敬するわ」

「急にどうしたの?」


 急に称賛されたルーセントは、少しだけ照れを見せながらほほ笑むも、その理由にたどり着けなかった。


 答える訓練生は少し前の出来事を思い出す。


「ここにきた時に、お前が森の中で一騎打ちしたときがあっただろ? あの時だって、俺はビビってまともに動けなかったんだ。それでも最後には何とかなった。でも、今回の戦は桁外れだ。馬は大量に突っ込んでくるわ、吹き飛ばされるわで何にもできなかった。いまだって、相手の殺気や威圧感を思い出すだけで身体が震えそうなほど怖い。それなのに、お前はいつもと変わらずに動いていたし、誰が見たってわかるほどに活躍してただろ? だから尊敬するって言ったんだよ」

「慣れ、じゃないかな? ほら、オレは前にディフィニクス前将軍と山賊退治に行ったことがあるから。だからだよ。それにあの時は今と違って、怖くて怖くて吐きそうだったんだぞ。食欲なんてまったくなかったし、似たようなもんだよ。初めてなんて誰でも一緒だろ?」

「そうか。じゃあ、あいつもそうだったのかな?」


 訓練生の視線の先、親指に誘導された方向には、足取りも軽く近付いてくるティアがいた。


「ああ、そういえば怖がってるところは見たことがないね」

「だろ?」


 ティアは自分に指を指して笑いあっている二人を見つけると、顔をしかめて近付いてきた。


「何ですか? 怪しいですね。悪口だったら敵と間違えて斬ってしまうかもしれませんよ」

「それは勘弁してくれ。お前の恐怖心はどこをほっつき歩いてるんだって話をしてたんだよ」

「ひょっとして怖いんですか? でっかい身体をして情けないですね」

「おい、身体の大きさは関係ねぇだろ! あんなのが突っ込んで来たら誰だって怖いだろうが」


 すっかり元気を取り戻した訓練生が立ち上がると、頭一個分は下にある小さな頭をにらみつけた。

 ティアは見上げるような形で笑みを返す。


「考え方を変えればいいんですよ。人だと思うから怖くなるんです。馬の毛が固まって転がってきたと思えば大したことありません。馬の毛を怖がりますか?」

「なるほど、……いや、それはそれで怖いだろ」


 会話を続けている三人のうしろから、ルーセントの名を呼ぶ声が聞こえた。ルーセントが振り返ると、そこには四人の訓練生を連れたパックスがいた。


「よお、ルーセント。全員、無事か?」

「何とかね。ケガ人もいたけど、ポーションで治るくらいだし問題はないかな。そっちは? 平気?」

「ああ、問題ないぞ。こっちはほとんど敵が来なかったからな」


 パックスの話を聞いて、先程の訓練生がぼやく。


「いいよな、お前らは。俺と変われよ、喜んで変わってやるぞ。こっちは本当にひどいからな」


 うんざりした様子で話す訓練生に、パックスは笑みを浮かべて肩に腕を回す。


「いやいや、こっちは落ちこぼれ組に任せて、エリート様は前線でバリバリ点数稼いでくれたまえ。はっはっは」

「くっそ! ブービーをうらやむ日が来るなんて、ありえねぇ」


 うなだれて肩を落とす訓練生に、優越感に浸るパックスを見てティアがつぶやく。


「人間、ああなったらおしまいですね」


 ティアのつぶやきに苦笑いを浮かべるルーセント、そこにパックスが思い出したように告げる。


「あぁ、そうそう。さっき部隊長の人が話してたんだが、もうすぐ攻撃を開始するらしいぞ。報告するなら早く行った方がいいんじゃないか?」

「そっか、ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくる」


 そう言ってルーセントはパックスの分隊の様子を最後に、全員の安否を確かめるとウォルビスの元へと走っていった。

 ルーセントが報告を終えると、二十分後に再び進軍すると聞かされて自分の持ち場へと戻った。



 アンゲルヴェルク王国軍とサラージ王国軍のにらみ合いが続くなか、先に動いたのはアンゲルヴェルク王国軍であった。

 少しだけ強めの風が吹き抜ける緑の丘陵地に太鼓の音が鳴り響く。

 縦長に展開される虎陣、その周囲を遊兵隊の騎馬が囲んで高台から勢いをつけて駆け降りていった。


 サラージ王国軍はウォルビスが動いたのを確認すると、悪あがきのように残った部隊で車輪陣を形成する。

 車輪陣は先頭の騎馬二隊のうしろに、前後二列に五部隊の計十部隊の歩兵が横列に並ぶ。そして、その横列の外側両方の部隊がひし形を作るようにハの字を作った。さらにそのうしろには、殿後として左右に三部隊、合計六隊の騎馬隊が迎え撃つ格好を取った。人数差を埋めるために、殿後部隊を削っての陣体制であった。


 ウォルビスの部隊、その半分ほどが高台を下ったとき、サラージ王国軍から一発の信号弾が打ち上げられた。甲高い音を響かせながら天高く赤い光の球が昇っていく。


 急に打ち上げられた信号弾に驚きを隠せないウォルビスであったが、いまさら止まることもできずに勢いを増して坂を駆け降りていく。ウォルビスが馬上から空を見上げる。敵の策略であろうはずの明るく光る発光弾に余裕の笑みを浮かべた。


「今さら小細工しところで遅せぇんだよ! 全軍、構うな! このまま突撃! あいつらを貫けぇ!」

「オー!」


 ウォルビスの声が届いた兵士が一斉に声をあげる。その言葉は全部隊へと伝播して一気に士気を押し上げた。

 サラージ王国軍へ一歩、また一歩と怒涛の勢いで接近していった――。


 信号弾を打ち上げたあと、サラージ王国軍にヴェールの指示が飛ぶ。


「いいか! 森に置いた伏兵はすぐに追い付きあいつらを囲う。それまで耐えろ! 合図とともにすべての兵士は止まることなく魔法を放て! 第二の合図で大盾兵は前で構えよ。攻撃以外の兵士は盾を支えろ! 何としてでも持ちこたえろ!」

「オー!」


 こちらの勢いも死んではいなかった。すべての兵士が大声をあげてヴェールに答える。ウォルビスの軍が四百メートルほどに近付いたとき、サラージ王国軍からドラの音が鳴り響いた。攻撃の合図のその音に、最前列の兵士は直線的に、後方の兵士は山なりに魔法を放つ。


 ウォルビスの展開する虎陣は縦に長く、備えは前後に重きを置く。正直に言えば突撃に向いた陣形とは言えない。

 数的有利は変わらないが、変わらず降りそそぐ魔法に進撃速度が衰える。魔法を回避するために陣形が崩れて小さな混乱が生じた。ウォルビスの軍も応戦して魔法を放ちながら近付くが、攻めてくるものを迎え撃つサラージ王国軍は強く、ただただ被害を増やしていった。


 少数だと侮ったウォルビスが一杯食わされた形となってしまう。それでも、数で上回るウォルビス軍は、日頃の訓練のたまものか、練度の高い兵士たちはすぐに立ち直ると突撃を続けた。

 ヴェールはウォルビスの軍が二百メートルほどに近付くと、太鼓を鳴らさせて突撃に備える。


 そして、両軍が激突した。


 両軍の盾を持つ前衛は互いに盾をぶつけ合う。その合間から槍兵が攻撃を繰り出す。サラージ王国軍の隊と隊の間には、ウォルビス軍の騎馬隊が駆け巡って歩兵の援護を行っていた。

 ヴェールも黙って見ているわけでもなく、騎馬隊を送り込む。歩兵がぶつかり合う合間を騎馬隊同士がぶつかり削りあった。

 しかし互いに犠牲を出しあってはいたが、サラージ王国軍は数的不利が仇となって中央の一隊を失ってしまう。戦いながら後退を指示するヴェールと軍の総大将でもある奮武将軍のプロストに伝令が駆け寄った。


「報告します! サイレス将軍が率いる伏兵部隊が動きました。数分後には到着します!」

「良くやった! 下がれ」


 頭を下げて持ち場へと戻る伝令を見ながら、ヴェールは“これで終わりだ、と意気揚々にほくそ笑み部隊に告げる。


「あと数分だ! 持ちこたえよ!」

「オー!」


 ヴェールの大ざっぱな言葉に、状況を理解したサラージ王国軍の兵士たちが奮起するために声をあげる。そのへし折れそうな心を奮い立たせて応戦を開始した。

 ウォルビスは、突然勢いを増したサラージ王国軍に苛立ちを隠せなかった。


「くそが! 悪あがきなんてやめてさっさと諦めろ! お前らも、いつまであんな雑魚どもに時間をかけてんだ!」


 相手の中央一隊を崩したとはいえ、敵は横に長い陣形であり押し込むには厳しかった。それでも少しずつではあるが、敵兵を倒す数も増えて押し込み始めていた。


 しかし、そこに現れた伝令の言葉によってウォルビスの顔色が変わった。


「報告します! 後方の森より現れた敵の伏兵がこちらへ向かっております。その数、……二千はあるかと思われます。すべてが騎馬で編成されており、このままでは数分後に囲まれます!」

「伏兵だぁ? 今まで何してやがった! もっと早く報告しろ! くそが、どこに隠れてやがった。ふざけたまねしやがって!」


 将台の横、馬に乗りながら報告を受けたウォルビスは、ヴェールの仕掛けた策略にまんまと引っ掛かってしまう。伝令につかみかかるウォルビスに、ノームが近付きなだめると後退を進言する。


「武衛将軍、ここは一度高台へ引きましょう。このままでは身動きとれずに囲まれてしまいます」

「分かってる! 全軍に合図を出せ! 今すぐ後退する」


 ウォルビスの命令に、将兵が鐘を鳴らし撤退を知らせる。全軍に響き渡る鐘の音に、優位に戦っていたはずのアンゲルヴェルク王国軍の将兵たちは聞き間違えたのかと耳を疑った。

 しかし、鐘の音は確かに鳴り響いている。将兵たちは後退するほどではないと納得がいかなかったが、逆らうこともできずに進軍を止めて後退の準備へと入っていった――。



 信号弾を確認したサイレスが寝かせていた馬を起こすと、すぐに馬に乗り込み進軍を開始した。


「この戦の勝敗は我々にかかっている! 遅れるな!」


 森を抜ける二千騎ほどの騎兵が緑色の丘陵地を黒と茶色に染め上げていく。

 “一秒でも早く”と馬を走らせる。

 五分ほど走ると、怒号と剣戟音が前方から流れ込んでくる。サイレスは高台を目視すると、それぞれの部隊に指示を出した。


「フリオ、ロスイト、モリヤの部隊は高台の右翼から回り込め! ルスト、スレイル、メイズルは左翼から、残りは我に続け! 高台を奪って魔法で釘付けにするぞ」

「はっ!」


 サイレスと並走していた各部隊長は、サイレスの指示を受けて散開する。両翼の部隊それぞれが八百騎、サイレスの部隊が四百騎の三つに別れた部隊は、高台を中心に展開していく。

 サイレスは高台の上、直線距離を駆け抜けていく。ここを取れなければ作戦の成功が難しくなってしまう。高台の上から魔法を放ち、動きを止めたところを両側から騎馬突撃を繰り出し挟撃する作戦にあったからだ。


 ヴェールは、相手が高台まで戻る時間を引き延ばすために、今まで後退を繰り返しながらウォルビスの軍を引き付けていた。

 先に高台を登りきったサイレスの目には、こちらへと向かってくるアンゲルヴェルク王国軍を眼下に捉えていた。


 すべてが計算通りに進んでいた状況を見て、若き軍師に感嘆の声を漏らす。


「見事だな、机上の空論が今は目の前で形になっておる。大したものだ」

「本当に見事ですね。まさか赴任してからここまでの事を考えていたとは、無能だと馬鹿にしていた自分が恥ずかしくあります」


 サイレスの横に並ぶ副官が自分の浅慮(せんりょ)を嘆くと、離れた地にいる若き軍師に敬意を表した。


「それもやつの作戦らしいがな、フハハハ。さて、逃げられぬ内に仕事をこなさねばな。全員、散らばれ! 合図をもって魔法を放て! あいつらを足止めするぞ!」

「はっ!」


 兵士たちは馬に乗ったまま散らばると、眼下のアンゲルヴェルク王国軍へと魔法を繰り出した――。

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