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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
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4-21話 卒業試験7

 無事に発電所まで戻ってきたルーセントは、武装を解除すると報告のためにウォルビスの執務室へと足を運んだ。肩にきゅうちゃんを乗せたルーセントは、机を挟んで書類に目を落とすウォルビスの前に立った。


「将軍、訓練生五十名は全員無事です。負傷したものもいますが、現在治療を受けて全員が回復しています」

「そうか、無事でなによりだ。それで? あいつらはまともに動けたか?」


 椅子に座ったままのウォルビスは、書類から視線をあげて目の前の少年の顔を見た。そしてねぎらいとともに、これから本当の戦が近いうちに起こるであろうことを見越して実戦で使えるのか、と様子をうかがう。ルーセントはウォルビスの言葉に、あらためて戦闘場面を思い出す。


「はい。最初は緊張していたせいか、うまく動けず戸惑いと恐怖もあってか追い込まれるときも多々ありました。負傷したのもその時がほとんどだと思います。ですが、時間がたてばいつも通りに動けていたと思います」


 ウォルビスを見るルーセントのまなざしは、自信に満ちたようすで説得力があった。

 じっとルーセントの顔を見ていたウォルビスがうなずく。


「大したもんじゃないか。たとえ訓練を受けていたとしても、初陣なんてまともに動けるやつなんていないからな。……ところで話は変わるが、お前一騎打ちをしたらしいな。ノームが言うにはお前の事を知っている感じだったと言ってたが?」


 ウォルビスの表情が一気に険しくなる。


 その鋭い視線にルーセントがたじろぐが、話すことができない大事な部分を隠して事実だけを話始める。


「ノームさんの言う通り、向こうはたしかに自分の名前を知っていました。ですが、会うのは今日が初めてです。自分はアンゲルヴェルクどころか、ヒールガーデンすら出たことがないので、なぜ向こうが自分の名前を知っていたのかはわかりません」

「そうか、それならいい。記憶にないほどだ。仮に会ったことがあるとしてもずいぶん昔だろう。他に報告はあるか?」


 ウォルビスはルーセントの言葉に疑う余地はないと判断した。すべての報告を終えて切り上げようとしたルーセントは、去り際に言われたヴェールの言葉を思い出した。


「あっ! ひとつだけあります。一騎打ちをした相手“ヴェール”という名前の少年でしたが、去り際に“近々発電所をもらいに行く、楽しみにしておけ”と言わ……」


 ウォルビスはルーセントの言葉を最後まで聞くことなく、ヴェールからの伝言にふくれあがる怒気とともに左手を握りしめて机の天板を強くたたいた。振動で机に積まれていた書類が床に崩れ落ちた。


「きゅっ!」


 突然響いた大きな音に、きゅうちゃんが驚いてルーセントの胸のポケットへ入り込むんだ。その小さな空間で両手で頭を抱えるように丸まった。


 怒りが収まらないウォルビスがさらに呼吸を荒げる。


「上等だ、なめくさった小僧が! とことんまで追い込んで後悔させてやる。ルーセント、訓練生に伝えておけ。明日より戦争準備体制に移る。武装解除は許可しない。いつでも出られるように準備しておけ」

「待ってください将軍、これは罠では? 相手にいちいち“攻める”なんて言うでしょうか?」

「関係ねぇ、罠だったらそれごと押しつぶすまでだ。……下がれ」

「失礼します」


 憤るウォルビスをよそに、ルーセントは一礼をすると執務室を出ていった。すれ違い様にウォルビスに呼ばれた兵士が部屋の中へと入っていった。



 三日後、ウォルビスの要請によりディフィニクス前将軍の本営から五千八百二十名の援軍が発電所に到着した。しかし全員は入らないため、半分は敷地内にテントを建てて必要な施設を作り上げていった。入りきらない兵士は、防壁を背に森と発電所の間の開いた空間に陣営を築き上げていた。この援軍を率いていたのは、零宝山の戦いの時にルーセントがいた部隊を指揮していた鷹武将軍(ようぶしょうぐん)のモーリスであった。

 ウォルビスの部屋にノーム、モーリス、その補佐であるバスターが集まって今後の事を話し合っていた。


 最初に口を開いたのはモーリスだった。


「状況はどうだ? バーゼル殿も攻めてくる可能性が極めて高いとの見方だったが……」


 現況をウォルビスに尋ねるモーリスが腕を組んだ。ウォルビスも思案しながら机に寄りかかった。


「やつらが占領しているベロ・ランブロアに忍び込ませている偵察によれば、準備はほとんど終えているそうだ」

「なるほどな、動くなら数日のうちか。地図はどこだ? バーゼル殿の見立てによれば森から五キロほど離れた場所に布陣するんじゃないか、と言っていたが……」

「五キロ? ノーム地図を取ってくれ」


 ウォルビスがノームに向けてアゴをしゃくった。ノームが机の上を片付けて地図を広げると、全員が地図をのぞき込む。


「森から五キロって言うと、……この範囲か」


 ウォルビスは円規(えんき)を取りだして森を支点に半円を描く。全員が描かれた半円に目を落とした。


「こんなところに何かあったか?」ウォルビスが首をかしげて眉を潜めた。

「たしか、この辺には小高い丘があったかと」


 ウォルビスのつぶやきに答えたのは、何度か巡察に出ていたノームであった。先に布陣されれば地の利は向こうにある。そして、おそらくは休息する間もなく戦闘をしなければいけないであろう状況に陥ることにモーリスが口を開いた。


「いっそのこと、こっちから先に攻めると言うのはどうだ?」

「……難しいな。先日、少数だが巡察部隊が奇襲を受けた。どこかに進入路があるらしいが、いまだに見つからない。こんな状況でこっちから出ていったら、外に出ている間に取られるかもしれない。それに、兄貴からは攻める許可は出ていない。おまけに、準備ができてると言っても本当に攻めてくるとも限らん。まったく、兄貴もあんなやつらのどこに慎重になる要素があるのか、さっぱり分かんねぇよ」

虎威将軍(こいしょうぐん)が負けて戻ってきてからでしたね。慎重になったのは」バスターがウォルビスの言葉に反応した。

「あぁルードか、ここから東の方にあるガウザバード砦を攻略中に伏兵に囲まれたらしいな」モーリスが前将軍が慎重になりだした出来事を思い出す。

「はい。一部城壁が脆いところがあったらしく、そこを中心に攻めて崩すことができたそうです。防衛が手薄だったために一気に侵攻したところ、隠れていた伏兵に囲まれて逃げるのがやっとだったとか」


 モーリスのざっくりした説明にバスターが詳しく補足する。その詳細に、モーリスが「詳しいな、バーゼル殿に聞いたのか?」と問いかけた。


「はい。偶然にも話す機会があったもので」バスターがさらっと答えた。

「ルードのやつもなかなかの脳筋だからな、情けねぇ」ウォルビスがアゴを触りながら当人を思い出して目を閉じた。

「お前が言えた義理か、似たようなもんだろうが! いつも前将軍に頭を使えと怒られてるのは誰だ!」

「俺ならあんな軟弱者どもなんて、全員ぶっ倒して砦まで落としてるね。問題ねぇよ」

「お前、頭から酢をぶっかけてやろうか?」


 ウォルビスとモーリスのやり取りに笑い声が溢れる。

 笑われた理由が分からず、不思議な表情を浮かべるウォルビスであった。

モーリスが頭を左右に振ると、さらに続けた。


「まぁいい。どっちにしても、相手が強かろうが弱かろうかが、こっちは森を抜けなきゃ話にならない。油断はできないぞ」

「そうなんだよな。最低でも伏兵と火計には用心しないとな。道幅が二十メートルほどあると言っても、一気に進軍できるほどじゃないからな」


 どうしたものかと悩むウォルビスとモーリスに、ノームが進言する。


「それでしたら、水魔法を使えるものを各部隊に配置して、前後に騎兵を置いて伏兵対策に八部隊に別けてはいかがですか?」

「そうだな……、隊列が伸び過ぎるのが気になるが、仕方ないか。八号隊を先頭に一号隊を最後にすれば、すぐに陣形も組めるだろうし、言うほど悪くもないか」


 こうして訓練生の配置も含めて、来るときに備えて話が続けられていった。

 次の日からは、二部隊ずつで訓練が行われて連携の確認を厳重にしていった。



 二日後の朝、サラージ王国軍が占領する街ベロ・ランブロアに放っていた偵察兵が慌ててウォルビスの執務室へと戻ってきた。


「武衛将軍! サラージ王国軍がベロ・ランブロアから出陣しました。数はおよそ三千五百ほどです!」

「来たか! ノーム全軍に伝えろ。これよりサラージ王国軍を迎え撃つ!」

「かしこまりました」


 ノームはすぐに執務室を退出すると、すべての部隊長に命を下す。部隊長は急いで配下の兵に伝えて準備を進めていった。


 発電所の外、街道に隊列が連なっていく。


 防衛に二千三百二十名ほどを残し、四千五百名が戦闘に参加する。

 訓練生は八号隊に八人、残りは六人に別れて配置されている。ルーセントとティアは八号隊、前線に配置された。パックスは一号隊で最後方の部隊に置かれた。


「いよいよですね、ルーセント。あの嫌なやつは来るでしょうか?」

「たぶんね。あの時、部隊を指揮していたのは将軍クラスのはずだから、それと対等の会話をしてたってことはかなりの地位にいるはずだよ」

「すごいですね。私たちと同じ歳なのに」

「それだけ優秀ってことだね。油断しちゃダメだよ」

「分かってます。頑張りましょ~」


 ティアは、まるで遠足にでも行くように余裕を見せる。それとは逆に緊張の表情を浮かべる訓練生。

 ルーセントは笑みとともに「この前より人数が多いだけだ」と声をかけて落ち着かせた。完全に緊張が取れたわけでもなかったが、問題はないだろうと安心したところで進軍が伝えられて歩き出した。

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