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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
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4-20話 卒業試験6

 雲の隙間から差し込む光が、雨上がりのぬかるんだ道を照らす。そのなかに、三騎の馬がアンゲルヴェルク王国軍から逃げるために疾駆していた。

 目指す場所はベロ・ランブロア。発電所から北西へ二十五キロメートルほど離れた所にある、サラージ王国が占領した十万人が暮らす街であった。

 ヴェールが先頭に立って護衛の兵士二人がうしろを走る。追撃を警戒して何度も振り返る兵士のうちの一人が、最後に投げられた投てき武器が刺さったままのヴェールを心配して自身の馬をヴェールの横につけた。


「ヴェール様、大丈夫ですか? 早く手当てをしませんと」兵士は、走る馬が生み出す風とヒヅメの音に負けないように大声で声をかけた。

「今は離れるのが先だ! こんなもの、かすり傷だ……」


 ヴェールは護衛の声に反応して顔を向けると、痛みに耐える苦痛の表情で逃げることを優先させた。

 最後にティアが放った棒手裏剣は、ヴェールの鎧を貫通して左肩の肩甲骨辺りに突き刺さっていた。その傷が走る馬の振動で刺激されて耐え難い激痛を与えている。顔からは汗がしたたり、身体が跳ねるたびに短い呻き声をあげていた。

 走り出して十五分ほどがたったとき、ヴェールはついに痛みに我慢ができずに馬を降りた。慌てて駆け寄る護衛の兵士に指示を出す。


「早く、こいつを引き抜け。投げたのは女だったな、一体なにを投げやがった」

「鉄の、棒? でしょうか」


 ヴェールの言葉に、兵士が背中を見てそのままを答えた。そこに、もう一人の護衛が近寄ってきた。


「それは棒手裏剣ですね。密偵がよく使う投てき武器です」

「くそ! 面倒くさいやつがいやがるな。早く抜け、我慢できん」

「抜きます」

「やれ」


 一人がヴェールの背中を抑えると、もう一人が棒手裏剣をつかんで一気に引き抜いた。


「があああああああぁぁぁぁ!」


 鉄の棒が抜けると同時に、傷口から大量の血が流れ出す。ヴェールは苦悶(くもん)の表情とともに襲い来る激痛に耐えて地面を力いっぱいに握り締めた。

 兵士がすぐにポーションを振りかけると残りを飲ませる。そのおかげでヴェールの傷はすぐにふさがると穏やかな表情を取り戻した。

 しかし、その顔には疲労が浮かんでいた。立つのもやっとな状態に護衛の兵士が肩を貸すと、近くの樹木を背に座らせた。


「ヴェール様、少しお休みください。ここまで来れば追っては来ないでしょう」

「そうだな、悪いが少し休ませてもらうぞ」

「はい、あとはお任せください」


 ヴェールは兵士が言い終わるのを待たずに眠りについてしまった。護衛の二人が剣を引き抜いて周囲の警戒にあたる。一時間ほどで目を覚ましたヴェールが身体の状態を確かめる。


「迷惑をかけたな。礼を言う」

「めっそうもございません。無事で何よりです、皆が心配します。はやく戻りましょう」

「心配か、喜んでいるの間違いじゃないのか?」

「そんなことは……」

「気を使う必要はない。“無能で調子に乗った臆病者の小僧”と言われてるのくらいは知っている」


 ヴェールがベロ・ランブロアに来て軍師として着任してからというもの、小さな小競り合いを幾度となく起こしてはすぐに逃げ帰る、そんな指示にたいした説明をされていない将軍たちが不満を募らせて呼んでいる蔑称であった。


 ヴェールが気まずそうにしている兵士に笑みを浮かべる。


「だが、無能もここまでだ。準備はすべて整った。戻ったら攻めるぞ」

「準備? これも作戦の内と言うことですか?」

「もちろんだ。相手を騙すには、まず味方からって言うだろ? へたに計画を伝えて相手にバレても困るからな」

「一体、どんな作戦なんですか?」兵士が難解に眉を歪めた。

「ウォルビスの軍を包囲して、あいつの首を取る」


 自信満々に言い放たれた言葉に、兵士二人は目を見開きお互いの顔を見た。そのうちの一人が「包囲ですか?」と言葉を返した。


「そうだ。まずは下地を作って警戒心を緩めなければならない。ウォルビスは兄のディフィニクスとは違って単純だ。自分たちが一番強いと相手を見下す。今のあいつの中では、俺たちはずいぶんと小物に見えているだろうな。警戒すら必要ないと思うほどに」

「しかし、それでは相手を勢い付かせるだけでは? 言いにくいのですが、ヴェール様の作戦でこっちの士気は低下しています。逆効果にしかならないような気がするのですが」


 兵士の疑問に、ヴェールの表情は自信に満ちたまま変わらずにいた。


「問題ない。行き過ぎた自信は傲慢(ごうまん)となり、やがて油断を生み出す。そして、それは伝搬するものだ。逆にこっちは士気が低いとは言え、まともに戦うことを許されずにただ逃げ出していただけだ。不満がたまったままで戦意を喪失しているわけではない。火を着けてやれば、今まで溜め込んでいた分だけ爆発するだろう」

「しかし、それだけでうまくいくものですか?」


 兵士の二人はヴェールの説明を聞いても、相手はあの王国最強の軍団。勝てるイメージが湧かずに不安げなまなざしを若き軍師へと返した。


 問題はない、と赤髪の少年が笑みを返す。


「まずは小分けにして数日をかけて森に伏兵を置く。そのために森の中に陣を築き上げていた。向こうに発見させていたのはただのおとりだ。多少疑わしくても、今のあいつらなら気にもしないだろう。本隊は森の手前で待機する。あいつらを引き受けるためにな。そしてもう一つ、森の中の街道沿いに伏兵を置いて相手が出てきたら奇襲を仕掛ける。こっちは見つかろうがうまく行こうが、さっさと撤退させておびき寄せる。全軍を引っ張り出したら囲って終わりだ」

「おお! 見事な作戦ですね。奇襲を仕掛けるのは無駄に警戒させないためですね」

「その通りだ。まさか、二重で伏兵を置いているとは思いもしないだろうからな。(あなど)っている相手におちょくられたら、あいつのことだ、無警戒に突っ込んでくるに違いない。知恵が働く兄の方ならこうは行かないだろうがな。さあ、戻るぞ。これから忙しくなる――」



 メーデル王国ヘイゼア領ベロ・ランブロア、現在はサラージ王国の占領下にある。アンゲルヴェルク王国から海岸沿いにメーデル王国に渡って連なるベルディア山脈の麓に位置する鉱山都市。

 いびつな形をした楕円形に近い城壁に囲まれていて、山からの魔物の襲撃から守られている。

 無事に帰還を果たしたヴェールの元に、サイレスが現れて出迎えた。


「無事だったか、なかなか戻ってこないから心配していたのだぞ」

「雨上がりの風が気持ち良かったので、少し散歩をしておりました」


 ヴェールは身に起きたことを隠して笑みを浮かべると、冗談を交えて返した。


「ふん、抜かしよるわ。しかし、お前が来てくれて助かった。まさか、あんなにも援軍がすぐに来るとはな」


 サイレスも新進気鋭の軍師を見て、その余裕を持った様子に安堵(あんど)して笑みを返した。


「ええ驚きましたね。あそこだけは予想外でした。当初の計画とは違ってしまいましたが、これはこれで悪くありませんよ」

「ほお、いいのか? あいつを怒らせて冷静さを失わせるのが目的であったのだろう?」

「確かに。ですが、これでウォルビスはますます我らを見下し調子づくことでしょう。こちらが不仲で一枚岩ではない、と言うことも印象付けができましたよ」

「転んでもただでは起きない、というわけか。この作戦を聞いたときも驚いたが、大したものだ」

「軍師はいつでも不測の事態に備えておくものです」

「ならばひとつ聞こう。もし、お前の作戦が失敗したときはどうするのだ?」


 自信にあふれるヴェールに、サイレスはこの世は計画通りに進むことの方が少ない、とでも言うかのように意地の悪い質問を返した。


「そんなことはあり得ません。と、言いたいところですが、起きてみないと分からないのもまた事実です。その時は、ここを捨てて逃げるしかないでしょう。包囲ができない状況となれば、ほぼ壊滅状態です。できることなどありません」

「しかし、どう逃げるのだ? 下手をすればこちらが囲まれているであろう」

「止めましょう。戦う前から負け戦の話などするものではないですよ」

「フハハ、それもそうだな。ワシもモウロクしたものだ」


 サイレスが後頭部にてを当てて参ったな、と笑みを崩した。

 そこに一人の伝令が現れた。


「ヴェール様、ここにおられましたか。もうひとつの部隊について報告がございます」


 伝令がサイレスの顔を見ると、一度うなずいてヴェールへと戻した。


「ああ、あいつらはどうした?」

「ご安心ください。ほとんどの者があの場で死にましたが、逃げ延びた者たちも始末してあります」

「そうか、ご苦労だった。どのみち軍規違反で死罪になる予定だった者たちだ。それよりも、進入路は完全につぶしてふさいだのであろうな」

「そちらは問題ありません。しかし、よろしかったのですか? あそこを使えばあの拠点に奇襲をかけられたのでは?」


 伝令の言葉に、ヴェールの顔が自然とにやけて笑みに変わる。


「相手にも同じことを思わせるのが目的だ。お前がそう思うのなら、この策も成功したと言えるだろうな」

「いったいなんの話だ? 別の部隊を送っていたのはワシも知っておるが……」


 的を射ないやり取りにサイレスが会話に混じる。考えの読めない少年に老獪な戦士の顔が歪んだ。


「大したことではありませんよ。我らの方が人数差では優位に立ってはいますが、戦力としては劣るでしょう。そこで、こちらに向こうにも気づいていない進入経路がある、と思わせれば、どうやってもある程度の数を防衛に回さなければなりません。ともすれば、自然とこちらが相手にする兵数も少なくて済みます。今後の作戦のためにも役立つことでしょう」


 たったひとつの動きで、緻密な計略をいくつも仕込んでいた少年の知恵に、歴戦の勇士でもあるサイレスも驚きを隠せずにいた。まだあどけない少年にもかかわらず、その抜群の将来性にサイレスの覚悟が決まる。必ず、この若者を補佐して頂点に立たせる、と。


 そして、サイレスが最後にした質問“どう逃げるのか?“と聞かれて一度だけ視線を落とし、表情に影を作った少年の顔にすべてを悟った。もしもの時は自分がこの者の礎になろうと。


 サイレスの顔が明るくゆがむ。


「フハハ、見事なものだ。お前に任せておけば、いつかきっと天下を取ることも夢ではないな。付き合え、景気付けに飲みに行くぞ!」

「酒豪の相手ですか? それ、手当て付きます?」


 この国きっての戦士にして酒豪のサイレスに、ヴェールが皮肉にも似た言葉を返すが、付き従う護衛の二人は顔を下に向けた。そのうんざりといった様子にヴェールがあきらめろ、と肩をたたく。断ることができない二人をつれて、ヴェールとサイレスが賑やかくなり始めた街の中へと消えていった。

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