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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
113/134

4-19話 卒業試験5

 槍を手に向き合う二人、大粒の雨はさらに勢いを増して遠くの景色を霞ませていた。上空では、放電する雷が空を支配して分厚い雲に光を何本も走らせる。震える空気が何重にも重なり轟音を響かせていた。

 ルーセントとヴェールは、互いに左足を前に出して右足を下げる。左手を刃先側に、右手で柄の後方を持った。

 二人とも土砂降りの雨を物ともせずに、まるで時間が止まったかのように武器を構えたまま動かなかった。


 ヴェールは、赤髪から垂れる雫をものともせず、その鋭い灰色の目を銀髪の少年に向ける。


「ルーセントだったな。さっきも言ったが、お前に聞きたいことがある」

「何だ?」ルーセントが不快に金色の目を細める。

「お前は女神の言うことを信じるのか?」


 強い風が二人の間を吹き抜ける。雨音とともに木々を揺らしざわめかせた。二人を中心としたその空間は、張り詰めた緊張感を漂わせていた。


「当たり前だ。そのためにここにいる」

「そうか、めでたいやつだな。残念だ!」


 ヴェールがルーセントをバカにしたように鼻で笑う。


 そして、言い終わると同時に動いた。


 まずはルーセントの左足を狙って槍を突きだす。ルーセントはそれを右に払うと、そのまま左足を下げると同時に右手を前に、左手をうしろに持ち変えた。

 ヴェールは弾かれた槍を一度引くと、目の前の少年と同じように体勢を入れ替える。そして、ルーセントの腹部を狙って切り裂くような二撃目を繰り出した。

 相手の流れるような攻撃に、一瞬は焦りを見せるルーセントだったが、すぐに落ち着きを取り戻すと襲い来る切先を難なく左へと弾いた。


 雨の音に混じって鈍い音が短く響く。


 自信に満ちた表情のヴェールは、そのまま手元で円を描くように回しながら喉を狙う。短く息をはくルーセントは、すぐに反応すると、うなりをあげて向かい来る刃に合わせて動いた。左足をさらに右後方に下げながら赤髪の少年の柄を上からたたいて抑える。ここでヴェールの攻勢が止まった。


 今度はルーセントが攻める。


 抑え込んだヴェールの槍を巻き上げて頭上まで上げると、大きく左側へと払い除けた。体勢を崩されて無防備にも左脇腹を晒すヴェール。ルーセントは瞬時に両手足を入れ換えると腹部を狙った。

 突き出された高速な槍に、ヴェールは驚愕の表情を浮かべる。そして、こちらも日頃の訓練のおかげか、自然と地面を強く蹴って回避する。身体を回転させながら全力で後方へと飛び退いた。

 ルーセントが繰り出した刃はヴェールの槍の柄に当たって軌道がそれる。“チッ”とイラ立つルーセントが短く舌打ちをした。軌道が外れた槍はヴェールの腹部を掠めるも、回転する身体に流されたうえに、腹部を守っている腹甲によりダメージを与えることができなかった。

 追撃を狙うルーセントだったが、ヴェールが体勢を崩しながらも、右手だけで持つ槍を大きく振り回したために近付くことができなかった。


 再び二人が距離をとると、ルーセントは再び左足を前に出して構えた。


 ヴェールは右手で槍を持ったまま、傷の付いた腹甲を左手でなでていた。

 かろうじて致命傷をまぬがれたことに一息つくと武器を構え直した。


「思っていた以上に強いな、驚いたぞ。能力にかまけて突っ込んでくるだけの猪野郎かと思っていたが、違ったみたいだな」

「小さい頃から父上に仕込まれててね」

「そうか。ところで、女神の戯れ言を信じてると言っていたが、本当に絶望が復活したと思うのか?」

「だから最上級を与えられたんじゃないか」

「よく考えてみろ。おとぎ話のままなら、今頃は絶望のやりたい放題じゃないのか? それなのに封印どころか、どこにいるのか存在すら分からない。信じるには薄すぎると思ったことはないのか?」

「ないね!」


 ルーセントが無理やりに話を終わらせると、地面を踏みつけてヴェールに向かって飛び出した。最初に仕掛けてきたヴェールと同じように足を狙って突きを出す。

 ヴェールが弾こうとルーセントの槍に打撃を与えようとした瞬間、ルーセントが槍を切り上げるように引いた。それと同時に右足を前に出すと刃先側を左手で持ち直して、刃部分を後方に反転させると石突きをヴェールに向けた。


 そのまま右手の中で槍を滑らせて鳩尾に打ち込んだ。


「ぐっ!」


 まともに攻撃を食らったヴェールは苦しそうに呻きながら、一歩、二歩と後方へとよろめく。絶好の機会にルーセントがさらに追撃を行う。右手で刃の方を握ると左手を滑らせて後方をもつ、そのまま槍を縦に半回転させて頭を狙った。

 ヴェールは、腹部から押し寄せる鈍くも鋭さのある痛みに耐えながら、なんとか両手で槍を横にして頭上で受け止めた。


 しかし、ルーセントの追撃が止まることはなかった。


 頭上で受け止められた槍は、すぐにヴェールの首を狙った。赤髪の少年は槍を立ててなんとか受け止めたが、その顔には最初にあった余裕はすでに消えていた。バカにしていた銀髪の少年の猛攻に、成す術なく防戦一方になっていった。

 ルーセントの攻撃が休むことなく次々と繰り出される。足に、身体に、再び足へと高速の突きがヴェールを襲う。その度に槍を当ててなんとか回避していたが、何度目かの足への攻撃を防いだとき、ルーセントは槍を大きく回して首の右側を狙って打ち込んできた。


 ヴェールは再び刃を下に柄で受け止めると、今度は反撃に移った。受け止めた状態から、がら空きになったルーセントの腹部を狙って槍を左へ薙いだ。

 ルーセントは槍を立てて柄の部分で受け止めると、左足を前に出すと同時に、石突きでヴェールのアゴを狙って振り上げる。槍を視界に捉えていたヴェールは、自分が反応するより先に身体が勝手に動いて回避行動を取った。

 ルーセントの槍は、バク転をして回避するヴェールのアゴの手前をすれすれで通り過ぎて空を切る。

 三度向き合うヴェールとルーセント。


 ヴェールが一度だけうしろを確認する。


「悪いが、今日はここまでだ。一つだけ言っておく、俺は女神の戯れ言なんぞ信じてはいない。だからお前と一緒に戦う気など毛頭ない。仲間が欲しければ他を当たれ」

「封印が解かれてからじゃ遅いんだぞ。お前はあいつの強さを知らないんだ」


 ルーセントは千年前の日誌で読んだ内容を思い出す。その圧倒的な脅威を知らない目の前の少年にイラ立つとにらみつけた。


「それはお前だって同じだろう。物語の中でしかあいつを知らない。やりたきゃお前たちだけで勝手にやっていろ。俺を巻き込むな」

「後悔するぞ」ルーセントの目が一段と鋭さを増す。

「そのとき悩むさ。あぁ、そうだ、今回は俺の負けだ。報酬に一つ教えてやろう。近々、発電所をもらいに行く。楽しみにしておけよ。じゃあな」


 ルーセントは槍を構えたまま、離れていくヴェールをにらみ続けていた。

 ルーインはいったいどこにいるのか、とルーセントが雨の降る黒い空を見上げる。女神様の言う絶望が見つからない以上、ヴェールの言い分を否定することはできない。その悔しさに唇をかみしめた。



 離れた場所で二人の一騎打ちを見ていたノームは、ヴェールが攻撃体勢を解除したことで勝負がついたと確信する。ノームは兵士、訓練生にヴェールを捕らえるように指示を出す。

 全員が武器を手に持ち赤い髪の少年を囲い込む。アンゲルヴェルク王国軍の動きを見て、ヴェールに着いてきていた護衛の兵士が慌てて馬を降りると、槍を手にヴェールの前に出て構えた。

 周囲を見渡すヴェールは、うんざりしたように息をはく。


「悪いが、お前らと遊ぶのは疲れる。銀髪だけで十分だ」

「ふん、この人数に囲まれて逃げられると思っているのか?」ノームが槍を地面に突き立てる。

「逃げられると思ってなかったら言わねぇだろ。大丈夫か?」


 ヴェールは、ノームをとことん煽るように人差し指で自身の側頭部を何度かつつく。

 ノームの顔が険しく変わる。そして息を大きく吸い込むと、怒鳴った。


「貴様! 絶対に生かしては返さんぞ!」

「あぁ、また今度なおっさん」

「かかっ……」


 ノームが“かかれ”と合図を出そうとした瞬間、ヴェールの護衛兵が腰につけたアイテムポーチから、金属の拳ほどの大きさのある球体を取りだして二個ずつ投げ捨てた。

 金属の球体からは、まばゆい光と煙があふれだすと周囲を白一色に染め上げた。あまりの眩しさに全員が目をふさいで反らした。ただ一人を除いて。


「逃がしませんよ!」


 気配探知の魔法を使ったティアが、目をつむったままヴェールを捉える。手首に着けた手甲から棒手裏剣を一本取り出すと、目標に向けて投擲した。

 馬に乗り込み背中を向けたヴェールの左肩に、ティアが投擲した棒手裏剣が鎧を裂いて突き刺さる。


「いがっ! くそ!」


 痛みに堪えるヴェールは、うしろを振り向くことなく魔法を放つ。放たれた魔法は高さ三メートルの土の壁を作り上げた。その壁は金属のように堅く、行く手をふさいだ。


「逃げられましたか」

「ティア」ルーセントがそれ以上はダメだ、と首を横に振る。

「分かってます。嫌なやつだったのでお仕置きです」


 少しして閃光弾せんこうだんから放たれた光と煙がおさまった。まばゆい光から視力を取り戻した兵士と訓練生は、大声をあげて勝利を喜んだ。


「きゅう!」


 木々の間から滑空してきたきゅうちゃんがルーセントの肩へと止まる。伸ばした手の上を伝って手のひらへと乗っかった。


「無事でよかったよ。きゅうちゃんもびしょ濡れだね、風邪を引かないようにね」

「きゅ!」


 これくらい平気だ、と言わんばかりに短く鳴くと、制服の胸にあるポケットの中に入っていった。いまだに喜びを表す訓練生たちをよそに、いつの間にか雨と風は弱まっていた。遠く離れた場所で雷の音が鳴り響く。

 ノームは喜ぶ兵士たちをまとめ上げると、後始末を救助部隊のメンバーに任せて発電所へと戻っていった。



 ウォルビスの部屋に扉をノックする音が響いた。

 その音に「入れ」と部屋の主の声が響く。

「失礼します」と部屋に入ってきたのは、無事に戻ってきたノームであった。


 雨に濡れて足元が泥で汚れていた。


「よく戻った。どうだった」ウォルビスの顔から険しさは消えていなかった。

「はい、先に遭遇した部隊に七名の戦死者、十六名の重傷者がおります。我々の援軍には死者ともに重傷者はおりません」

「くそが! だが、訓練生が無事で何よりだ。それで? ルーセントは無事か?」

「ずいぶんとあの少年を気にかけるのですね。何かあるのですか?」


 ノームが“ルーセント”と短くつぶやくと、兄弟そろって銀髪の少年を気にかけるようすに探りをいれた。


「いや、たいした理由はないが、未来ある優秀な少年を気にかけるのがそんなに不思議か?」ウォルビスがここでやっと笑みを浮かべた。

「失礼しました。出すぎたことを」ノームがとっさに頭を下げた。

「気にするな。ところで、今日現れた部隊はお前たちのところだけではなかった。お前たちとは真逆の方角からも部隊が現れやがった。これをどう思う」

「真逆から……、私たちの巡回網から、見つかることなく簡単に突破できるとは思えません。ひょっとすると、我々の知らないところに、まだ隠し通路があるのかもしれません」

「そうだよな。クソ、厄介なやつらだ。明日から二部隊を回して捜索させろ。アリの巣ひとつとて見逃すな」

「かしこまりました」


 ノームが頭を下げると、そのまま退出していった。

 ウォルビスは衝立に貼り付けられた地形図をイライラとした様子で眺めていた。

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