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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
112/134

4-18話 卒業試験4

「報告します! 北西八キロ付近でサラージ王国軍と遭遇、交戦中です」


 息を切らして宿舎にあるウォルビスの執務室へ駆け込んできたのは、見回りに出ていた兵士だった。

 いつもなら余裕を持って報告に来ていたはずが、この日はいつもと違って切羽詰まっていた。ウォルビスの部屋に緊迫した空気が漂う。


「いつもの事だろ、何をそんなに慌てている?」

「それが、今回は今までより数が多く劣勢に立たされております。早く援軍を!」肩を上下に動かしながら、兵士がひざまずいた。

「落ち着け、敵の数は?」 

「およそ二百です」

「こっちの四倍か、さすがにまずいな。おいノーム!」


 ウォルビスが顔をしかめると、顔にあせりを浮かべた。そして近くに立っていた兵士“ノーム・リサード”の名を呼んだ。ノームはウォルビスの机を挟んで正面に立つ。


「ここに」

「訓練生は今何をしている?」

「全員がグラウンドで訓練を受けております。いつでも出られるように装備は完璧です」

「よし、お前は訓練生を率いてすぐに援軍に駆けつけろ! 戦に不慣れとは言え、上級守護者を持つやつらだ。それにルーセントにティアもいる、数は少ないが何とでもなるだろ。」

「かしこまりました。負傷者の面倒を見るため他の兵を二十名ほど連れていってもよろしいでしょうか?」 

「許可する、急げ!」


 ノームはウォルビスに一礼すると駆け出していった。

 そこに、ノームと入れ違い様に違う兵士が駆け込んできた。


「報告します!南東五キロにて、巡回の部隊がサラージ王国軍と遭遇、交戦中です。敵の数はニ百、至急応援を」

「今度はそっちかよ! くそが、すぐに送る。お前も戻れ」


 ウォルビスが立ち上がると拳を握りしめて机を殴り付けた。部屋のなかにゴン、と鈍い音が響く。


「やってくれるじゃねぇか、遊びは終わりだってか? 俺を見くびるんじゃねぇぞ、クソどもが――」


 ウォルビスはいらだちを隠せず、発電所の周辺の地図を見ながら、ノームの帰りを待ち続けた――。



 部屋を飛び出したノームは、グラウンドへ向かう途中で遭遇する兵士に声をかける。

 手の空いている部隊が集まると、準備をすぐに始めた。

 発電所内のグラウンドで訓練中のルーセントたちの元に、ノームの口から全員の出陣が命じられる。

 訓練生は慌ただしくすぐに準備に取りかかった。

 ポーション類の確認を終わらせると、槍を手に取って馬を用意する。そして、他の救出部隊と合流すると急いで交戦中の仲間の元へと急いだ。


 強めの風が吹く。どんよりとした分厚い雲が空を支配するなか、援軍のルーセントの部隊は、未舗装の森の中の街道を二十分近く馬を走らせていた。その耳に、前方から鳴り響いている剣戟(けんげき)音が届いた。次第に大きくなる戦闘音に、全員の表情が強ばり緊張を帯びていった。


 ルーセント、ティア、パックスの三人以外の訓練生には、これが初めての実戦となる。ルーセントがうしろを走る仲間に振り向く。視界に入り込んだのは不安を帯びた表情だった。なかには平気そうな者もいたが、大体の訓練生が短く浅い呼吸に肩を上下に動かしていた。その顔は青ざめていた。


「大丈夫! まずは自分のできることをやれば良い! 近くの仲間との連携も忘れずに! 俺たちは強い、恐れることなんかない!」

「お、おう! やってやるぞ! お前ばっかりに良いところを持っていかせるか!」


 ルーセントは、仲間を元気付けるために大声をだした。それに答える訓練生も、自分に言い聞かせるかのように次第に大きな声を出していった。そのおかげか、訓練生のなかに芽生える恐怖心や不安は和らいでいった。


 ルーセントの一言で、落ちかけていた士気を取り戻すと、訓練生の顔には、やる気であふれていた。

 先頭を走るノームは、ルーセントの行動に笑みを浮かべる。訓練生を包んでいた重い空気がなくなると、ノームは大声で指示を出す。


「いいか! このまま敵に突っ込むぞ! 隊列を整えろ!」

「おお!」


 ノームの指示を受けて二十メートル幅の街道にそれぞれが間隔を開けて走り出した。戦場が近付くにつれて焦げた匂いと、森を支配しようと広がる煙が視界に入る。馬で疾走する全員の目に、サラージ王国軍と戦う味方が見えた。


 ノームが戦闘中の味方に声をあげる。


「お前ら道を開けろ! このまま突っ込むぞ!」


 敵と味方が入り乱れるなか、戦闘は街道の上だけではなく、森の中にまで広がっていた。

 援軍の到来に、疲労を隠せずにいたアンゲルヴェルク王国軍は「援軍が来たぞ!」と声を上げ士気を取り戻す。

 街道上にいる味方は魔法を放つと隙を見て距離を取った。サラージ王国軍もそれを見て森へ退避しようとしたが、その境界線上を遮るように、氷の槍が何本も地面から突き出した。


「逃がすかよ!」

「ナイス、パックス!」

「やりますね」


 高らかに突き出して交差するパックスの氷の槍、ルーセントとティアが感嘆を友人に贈った。

 突然に生えた氷の槍に、逃げ場を失い、なかには貫かれるサラージ王国軍もいた。そこに勝機を見たノームがさらに声を上げる。


「よし、このまま突っ込むぞ! 全員止まるな、駆け抜けろ!」


 ノームは敵軍に魔法を放って、相手の反撃体制を解除させると、そのまま敵に突撃していった。治療部隊は騎馬突撃には参加せずに後方で止まると防備を固める。

 突撃を続ける訓練生は、魔法を放ちつつ槍で攻撃を加えていく。馬に吹き飛ばされ、槍に刺され、魔法で身体を貫かれて倒れていくサラージ王国軍。

 数十人いた敵兵のほとんどが血を流して呻き声を上げながら大部分が命を散らしていった。


 ルーセントたちが騎馬突撃を終えたとき、どんよりと雲が覆う空から大粒の雨が落ちてきた。敵を貫いた援軍部隊は、ノームの指示で下馬をする。ルーセントたちは二手に別れると森の中へ駆けていった。

 敵の攻撃に、街道から二つに分断されたサラージ王国軍は、訓練生にうしろを突かれる形となった。

 いまだに人数の上ではサラージ王国軍が優勢ではあるが、状況は劣勢へと変わっていった。


 ティアは槍を地面に突き刺し捨てると、腰から短刀を二本取り出して木々の間を駆け抜ける。認識阻害と気配遮断の魔法を使いながら次々と敵を葬っていった。

 敵兵が黒い影を見たときには、首から血が吹き出した後だった。


 パックスは槍を手に、少し離れた場所から孤立した敵を狙い魔法で倒していく。パックスを倒そうと近づく敵は次々と氷に貫かれていった。

 他の訓練生たちも、初めは戸惑っては後手を踏んでいたが、慣れてくると調子を取り戻して上級守護者の力を遺憾なく発揮していく。鎧の上から黒を基調とした、ロングコートのような制服を着込んだ集団に、サラージ王国軍は次々と狩られていった。


 ルーセントは、雨に濡れた銀髪を風に揺らして、槍を片手にゆっくりと歩いていた。そこに敵が群がる。


「くそったれが! お前だけでも仕留めてやる!」

「余裕そうに歩きやがって、調子に乗るなよ小僧!」


 罵声を浴びて、さらには孤立したルーセントが気付けば二十人近くに囲まれていた。歩みを止めたルーセントは、一度周囲を見渡すと下を向いてほくそ笑んだ。


 ルーセントが短く息をはくと槍に炎をまとわせる。そして、最初の敵に金の瞳を向けた。


 正面に立っている敵に狙いを定めたルーセントは、地面をえぐるほどに踏み込むと、相手の反応を上回る速度で飛び込み燃え盛る槍で相手の鎧ごと貫いた。

 心臓を貫いた槍から炎が立ちのぼり、敵兵の身体を一瞬で包み込むと黒焦げにしてしまった。

 ルーセントは瞬時に槍を引き抜くと、黒焦げになった兵士の右側にいる敵兵を視界に捉えるが、瞬時に身体を反転させて、左側にいた敵兵の喉を槍の底の部分で突くと、反転させたその刃で首を斬り飛ばした。


 そのまま今度は後方へ身体を反転させると、手元で円を描くように槍を回転させながら、右から左へ薙いで敵の足を斬る。そして、切り返すように一度槍を大きく回転させて刃を身体の左へ、石突き側を自身の脇の間に挟み込むと、右から左へ槍を薙いで敵兵の首を切り裂いた。


 そして、近付く敵の槍を交わしつつも鎧ごと突き刺した。すぐに槍を引き抜くと、うしろから来る敵に体勢はそのままに、身体を半身にしたまま頭上で弧を描いて振り下ろし頭を叩き割った。

 戦闘はなおも続く。ルーセントが最後の敵兵を倒したとき、もはや近付くものは誰もいなかった。返り血によって銀髪と顔を赤く染めたルーセントの足元には、二十三人の死体が転がっていた。


 仲間の元へ戻ろうと、周囲を警戒しつつ歩き出したルーセントを見て、敵兵は距離を開けて後ずさる。


 攻勢が止まり、生まれたつかの間の休息に訓練生はやっと休めると肩の力を抜いた。初めての実戦に力が入りすぎたのか、思った以上に疲労を溜め込み肩で息をしていた。


 ルーセントは部隊をまとめると警戒を緩めず、ゆっくり歩いて街道へと戻った。そこを挟んでルーセントがいた森とは反対側、ノームともう一つの訓練生の部隊も戦闘を中断して街道へと戻ってきた。


「無事だったかルーセント」

「はい、平気です。他の訓練生もケガをしたものもいますが、みんな無事です」

「そうか、何よりだ」


 ノームは、無事に切り抜けた訓練生に安堵(あんど)したのか、ほっとした顔で息をはいた。

 サラージ王国軍も少し間を開けて街道へと戻ると、にらみ合いが続いた。


 当初優勢だったサラージ王国軍は、その人数を四十三人まで減らしている。対するアンゲルヴェルク王国軍は二十四人を失うも、治療部隊をのぞいて七十七人もの兵を残していた。


 すでに大勢は決した。サラージ王国軍は戦意を喪失していた。ノームは数歩前に出ると、相手の指揮官に向かって降伏を勧める。


「これ以上戦っても無駄に犠牲者を増やすだけだ。大人しく降伏しろ、悪いようにはしない」

「ふざけるな! 我々は降伏などしない! ……これまでか」


 相手の指揮官は“降伏などない”と憤ると、自害しようと剣を強く握りしめた。その時、サラージ王国軍のうしろから、この場にそぐわない声を出す者がいた。


「何だこれ? なかなか戻ってこないから見に来てみれば、無様だなサイレス」

「ヴェール、貴様! 何をしに来た!」

「だから、いま言っただろ“戻ってこないから見に来た”と、人にケンカを売っておいて、勝手に出ていったと思ったらこのザマか。なかなか笑わせるな、職業を変えたらどうだ?」

「だまれ! あの黒い集団さえ、やつらさえいなければ勝っていたのはこっちだ!」

「黒いやつら? あぁ、初めて見るな、何だおま……」


 サラージ王国軍のうしろから現れたのは、馬に乗って護衛を従えたルーセントと同じくらいの少年であった。


 雨に濡れた赤髪から水を滴らせたヴェールは、アンゲルヴェルク王国軍を見渡す。そして、灰色の瞳が一人の男を視界に捉えてその言葉を止めた。


「……銀髪に金の眼、お前はルーセント・スノーか? 本当にいたんだな」

「何でオレの名前を知っている?」

「鈍いなお前、絶望は見つけたか?」

「絶望……? まさかお前!」

「やっと分かったか。そうだ、お前に一つ聞きたいことがある。その前に、まずは俺と勝負しろ」


 ルーセントは探していた四人目が目の前にいることを悟ったが、その男に一騎打ちを申し込まれた。


「待てルーセント! こいつはなんだ、知り合いか?」二人のやり取りに、ノームが割って入った。

「いえ、今日初めて会います」知らない、と首を振るルーセント。

「おいおい、あれが知り合い同士の会話か? 外野は引っ込んでろ、お前じゃ役不足だ」

「貴様! 役不足かどうか試してみろ」


 わけが分からず突如成立した一騎打ちに、ノームはルーセントを引き止めて事情を聞こうとしたが、邪魔だと煽るヴェールに苛立って自分が戦うと前に出た。


「待ってください、ノームさん。お願いします、ここは任せてください」


 ヴェールは、まるでノームが存在しないかのように振る舞い無視してルーセントの目をじっと見続けていた。

 ルーセントはルーインの関わることだと察してノームを引き止めた。


「無理はするなよ。問題ないとは思うが、ダメだと思ったらすぐに下がれ」

「分かりました。ありがとうございます」


 ルーセントの強いまなざしに、ノームは渋々引き下がると全軍を下がらせた。

 ヴェールも馬を降りると槍を肩に乗せてゆっくりと歩く。そのままルーセントの前に立つと、頭だけうしろへと向けた。


「おい、サイレス。時間を稼いでやる、さっさと逃げる用意をしろ」

「感謝はしないぞ」

「好きにしろ、お前の感情になんか興味はない」


 サイレスもヴェールから距離を取ると、撤退の準備を始める。ヴェールは再びルーセントに顔を向けた。


「悪いな、話があるのはウソじゃないが、ここであいつに死なれても困る。さあ構えろ」


 ヴェールは一方的に会話を切ると槍を構えた。


 ルーセントも状況を察して武器を構える。ここに英雄同士の戦いが始まろうとしていた。

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