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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
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4-14話 ティベリウスとフロット2

 ジーナの家で、ケガをした少年が世話になること数週間が過ぎていた。そんなある日、ティベリウスとフロットが川に魚を取りに来ていた。ティベリウスはモリで魚をひと突きに、フロットはアミを仕掛けて魚を追いたてていた。

 川の中で、じっと構える元訓練生の少年が寸分の狂いもなく魚を突いていく。それを見ていたフロットが目を輝かせた。 


「わあ、お兄ちゃんすごいね! ボクなんか全然とれないのに」

「コツがあるんだ。今度、教えてやろう」

「ほんと? ぜったいだよ」

「ああ、期待しておくといい」


 悪い気はしなかったティベリウスが、手柄を自慢するように魚が刺さったモリを持ち上げた。

 その時、魚が痛そうに跳ねる様子を見たフロットの目が悲しく細まった。


「でも、お魚がかわいそうだね」


 この言葉に、ティベリウスが跳ねる魚に目を移す。


「そうだな。だけど、世の中には生きていくために奪う必要のある命もある。人は命をもらって生きるんだ。そして次へとつないでいく。死んでも終わりじゃないんだ」

「そうなんだ。でも、死んじゃったお魚はどこへいくのかな?」


 小さな少年の素朴な質問に、魚を腰につけたカゴに入れるティベリウスが少しだけ悩んだ。


「どこだろうな。いつか生まれ変わるとは聞いたことはあるが、さすがにそれは死んだやつにしかわからないな」

「でも消えちゃうって思うとこわいね。ずっと生きていられたらいいのに」

「長く生きることに意味はあるのか?」

「だめなの?」フロットの純粋なクリクリとした、まなざしがティベリウスを見た。

「ダメってことはないが、ただ長く生きるだけが人生じゃない。生き物はな、生まれたときからすでに死にかけてるんだ。どう生きるかより、最後にどう死にたいかを考えろ」


「どういうこと?」フロットが、難解なティベリウスの言葉に首をかしげる。


「どうやって死にたいかがわかれば、それを達成するためにどう過ごせばいいかがわかるだろ? 何が足りないとか、今は何をすればいいのか、何が必要なのかってな。あとはそれに向かってやりたいように生きればいい。だから人生に長いか短いかは関係ない。結局はどうやって生きたかが大事なんだ」

「先に答えを決めておくってこと?」

「その通りだ。あとは、そうだな……、過去に戻りたいってやつがたまにいるが、あれも俺には理解できんな」


「どうして? お兄ちゃんは戻りたいって思ったことはないの?」


「ないな。未来って言うのは、過去の自分かあるから存在する。過去の自分がいまの自分を見たとき、それが未来になる。言い換えれば、いまの自分が未来の自分だ。未来を変えたければ、いまの自分が何とかするしかない。仮に、十年後の自分が過去に戻ってきたとするだろ?」

「うん。それなら、十年後のことがわかるからうまくいくよね」

「それはどうだろうな。時間はこの世に存在する唯一と言っていいほどの平等なものだ。十年の時間をさかのぼったとして、そいつに十年後の記憶が残っていると思うか?」


「どういうこと?」フロットが理解できずに、また首をかしげる。


「いいか、時間はすべてに対して平等だといっただろ? だとするなら、時間をさかのぼれば、そいつも十年前の自分に戻るだけだ。つまりは今が未来であり、十年後の自分を変えられるのはいまの自分でしかない。過去にああすればよかったと嘆くやつがいる。だけど人はな、常にいまできる最良の選択をして生きている。だから後悔しようが、間違っていようが、そいつが十年前に戻ったところで選ぶ選択肢は同じだ」

「そっか、過去があるから未来ができる。過去がなければ未来はできない。過去を作るのはいまの自分だから、いまの自分が頑張れば未来もよくなるってことだね」


「そういうことだ。だから人生の目標を最初に決めるのがいいんだ。Aという出来事があれば、自然とBという結果が起こる。それでも、それすら実行できないやつがいる。それは最初からやる気がないし、妄想しているだけで向いてないんだ。やるだけ時間の無駄だ。それが納得できないのなら、そうならないように何かをすればいい簡単だろ? それに、一発勝負の追い込まれている現実で満足した答えが出せないんだ。何回もやり直せるって甘えた考えがあるなら、まともな選択ができるとは思えない。たぶん、永遠に後悔して同じことを繰り返していると思うぞ」

「それはいやだ。ボクなら耐えられない」


 フロットが思考する。やり直そうと、何回も何回も悲しい出来事を繰り返す自分を。プロトタイプの稼働時間は、魔力燃料を高度に精錬したものが必要で、いまの技術力では作ることができない。フロットに残された時間は最大で十年しかなかった。

 視界の片隅に表示されている減っていく稼働時間、フロットはそれを見ながら最後のときを考えていた。


 そこに、ティベリウスがさらに持論をのべていく。


「人はな、動ける時間が決まっているからこそ、必死になれるものがある。少し前に言っていた“ずっと生きる”って言葉は、簡単に言えば死ねないってことだ。それはいつも誰かと別れなきゃならない。こんなに悲しいことはないだろ? 人は一人じゃ誰も生きてはいけないんだ。いつも自分だけが取り残されて、そして孤独になる。そんなもの生きてるって言えるか? 死んでいるのとなにも変わらないじゃないか。まぁ、そうはいっても自由に、ってやつが一番難しいけどな。ゆっくり考えればいい。迷ったら立ち止まって考えろ。あせる必要なんかないし、なにかを始めるのに遅いなんてことはない」


「うん。ボクがんばる」


 フロットの強いまなざしに、ティベリウスが笑顔で返した。小さな弟のような存在に、ティベリウスの中から、ルーセントのことが消えかかっていた。


「さて、魚も十分にとれただろ。早く家に帰るか、ジーナが腹を空かせて待ってるぞ」

「うん。ボクが四ひき、お兄ちゃんが六ぴき、これならしばらくもつね」


 フロットとティベリウスが手をつないで、意気揚々と家路に急いだ。



 二人が家の近くまで戻ってきたとき、家の中からミトラがほえる声が聞こえてきた。二人が不思議に顔を見合わせる。扉を開けたとき、二人の視界に倒れているジーナと、それを見てほえているミトラがいた。


 ティベリウスがカゴを手放してすぐにジーナに駆け寄った。そのまま抱き抱えると、ジーナをベッドへと寝かした。そしてすぐにポーションを手に取ると、ゆっくりと口へ流し込んでいった。

 しかし、ポーションは外傷にしか効かない。気休めでしかない行為にティベリウスが舌打ちをした。


 そこに、不安げな顔でフロットがティベリウスを見上げた。


「お兄ちゃん、ジーナはどうしちゃったの? もう起きないの?」

「きっと大丈夫だ。すぐによくなる」


 ティベリウスは、自分が指名手配されていることを理解していた。そのせいで医者に見せることが叶わなかった。瀕死(ひんし)の自分を助けてくれた恩人に、なにもしてあげられないことに、激しく自分を悔いていた。

 ティベリウスは、やっと家族らしい日々を迎えることができた自分に満足していた。このままずっと過ごしていければ、と。ところが、それが崩れようとしていた。

 ジーナは、誰が見ても年を重ねた、いつ死ぬかもわからない老婆だった。ティベリウスは、何もできない自分を許せずに拳を握って、下唇を強くかんだ。



 しばらくして、ジーナが目を覚ます。しかし、その表情は苦しそうであった。


「あ! ジーナ、元気になった?」フロットがにこやかにほほ笑んだ。

「ありがとうね、フロット。あなたの顔をみたら、ずいぶんとよくなったわ」

「へへ、ボクね。今日もジーナのためにお魚いっぱいとったんだよ」

「そうかい。それはうれしいねぇ、ありがとうフロット」ジーナがそう言って、フロットの頭をなでた。


 それから数日が経過して、ジーナの体調が悪化していった。

 さすがのフロットも最後の時を悟って目に涙をためていた。


「おばあちゃん、こわい?」こぼれ落ちるフロットの涙。それに答えようと、ジーナが力の入らない震える手で、フロットの顔に触れた。

「怖くはないよ。だって、一人ぼっちだった私に、いきなりこんなに優しくてかわいい二人の息子ができたんだもの。こんなに嬉しいことはないわ。あなたたちに会えて私は幸せよ。ありがとうね」


 これから三日後、ジーナは天寿をまっとうして旅立った。崩れ落ちるフロットとティベリウス。なんの恩も返せなかった自分をいまだに悔やみ続けるティベリウスにミトラが顔をなめた。


「すまない。わかっている」ティベリウスが袖で涙をぬぐう。再び失った大事な人、その記憶にバスタルドも重なった。ティベリウスが、一発だけ地面を殴るとミトラの首輪に手を回した。


 ジーナからの最後の伝言「戸棚の金庫にいくらかあるから、それを使ってフロットとミトラをよろしくね」と受けていた。首輪から鍵を取ると金庫を開ける。ティベリウスが紙幣を握った。


 再び金庫へ戻すと、悲しむフロットに振り向いた。


「フロット、ジーナを庭に埋めてやろう」

「埋めちゃうの? ジーナは苦しくないの?」不安げな顔でティベリウスを見る。

「大丈夫だ。死んだ人は地面に埋めて自然に返してあげるんだ。それでまた、新しい人生を歩める」

「うん、わかった。ボクも手伝う」


 軽くなったジーナを抱き上げるティベリウスに、フロットがスコップを手に庭へと出た。

 無事に埋めると、翌日にティベリウスがコリドールの村から現金と引き換えに墓石を担いできた。

 器用に石を掘っていく。


『慈愛に満ちた母、ここに眠る。ジーナ・ヴァニッシュ』


 そう掘られた墓石を立てて、花を添えた。優しく吹き抜ける風が、ふんわりと花弁を揺らしていた。

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