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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
106/134

4-12話 動き出した時間

 夜が明けてルーセントは防具を身に付けないまま刀を手に取る。そのまま、きゅうちゃんを肩に乗せて外へ出た。


「あ! おはようございます。早いですね」

「ああ、おはよう。ティアがガードだったんだね。オレが見てるから少し休んできなよ」

「いいんですか! じゃあ、お言葉に甘えて眠ってきます」

「うん、おやすみ」


 ルーセントがティアと護衛を入れ替わる。

 ティアは嬉しそうに笑みを浮かべてテントに戻ろうとした。しかし、ルーセントを背中に置くティアがふいに立ち止まって深刻な顔で振り向いた。


「ルーセント、私たちに倒せるでしょうか?」

「ん? 誰を? ……もしかして、ルーイン?」


 ティアの視線の先には、顔を出したばかりの朝日が森を照らす。薄い霧が視界をぼやかせて、木々の緑色が霧と溶け合って周囲を淡い緑色に染めていた。


 霧の中で銀髪を輝かせるルーセントに、ティアは無言でうなずいた。


「そうです。アーゼル村で見た日誌の通りなら、私たちは無力なんじゃないでしょうか? あんなの倒せるはずがありません」

「かもね。いくら最上級守護者を持っているからって、できることには限界があるだろうし。それに、日誌に書いてあった隕石を落とす魔法を使われたら、今度こそ世界が壊滅するかもしれない。自分たちだって何もできずに死ぬかもしれない」

「どうしてそんなに冷静でいられるんですか? 怖く、ないんですか?」

「怖いよ、相手を知れば知るほどね。相手が大きすぎて、自分がどんどんちっぽけな存在になっていく気がして。なんで自分がこんなことしなきゃいけないのかって、女神様を恨みたくもなる。でもね、ルーインが蘇った以上は誰かが相手しなきゃいけない。それなら、ダメでも納得ができるように自分で処理したい」

「すごいですね、ルーセントは。私は怖くて仕方がないです。逃げられるなら今すぐ逃げたいです」

 ティアはうつ向いて拳を握る。そして心から湧き出る恐怖に耐えようと身体を強張らせた。

「そう思うのは当然だよ、悪いことじゃないさ。でもね、逃げたいって事は、それに自分が向き合わないといけない、ってことなんじゃないかって思うんだよ。楽な道を進むのは魅力的だけど、言い換えれば滑り落ちてるのと変わらないからね」

「それはそうですけど……」


 ティアの言うことも理解できるルーセントは否定をしなかった。ティアもルーセントの言うことに理解はするものの、簡単には納得できなかった。生まれる沈黙、そこにルーセントが再び口を開く。


「人生なんて、迷って悩んで転んで、それでも起き上がって、また迷う。それの繰り返しでしょ。だから面白い。人は道に迷うことで、やっと進むべき道がわかるようになるんだよ。だから限界が来るまであがいてみない? みんなと一緒にさ。たしかに歩く道は平坦(へいたん)ばかりじゃないけど、坂がキツければ登る途中で振り返ったとき、見下ろす景色もきっと格別だよ。歩みは小さくてもできることから始めてみようよ」


 ルーセントの顔には自信があふれていた。耐えず命を狙われては死にかける人生を歩いてきた少年。多大なる苦労、それを乗り越えた先には、いつか自分のためになるものがある、とほほ笑んだ。その顔は、優しく背中を押してくれるように、見守られているような安心感をティアの心に生み出した。


「それに、強いやつを相手にして悩めるってことは、まだまだ強くなれるってことさ。強いやつが上にいるから高みに登っていける。逆にあいつに教えてやろうよ、絶望ってやつを。それに、オレは誰にも負けるつもりはないよ。ルーインにもティアにも父上にも誰にもね」

「ルーセントは欲張りですね。悩んでいた私がバカみたいです。……よし! 私も負けませんよ~。いつか必ず倒して見せます。だから、私の前を走っていてください。私がまた逃げたくなったら、前を向いて走れるように」

「うん」

「ありがとうございます」


 うつ向いた顔は霧が晴れたように輝きが戻る。ルーセントを見据えるティアの瞳には希望の光が宿っていた。

 テントに戻るティアを見送るルーセントは、刀を抜くと正面に構えた。


「きゅうちゃん、これでまた強くならないといけない理由ができちゃったよ。あんなに偉そうなこと言ったんだ、オレが証明しないとね」

「きゅう!」


 きゅうちゃんはルーセントの肩から飛び降りると「その調子だ」とでも言うように力強く鳴いた。

 ルーセントはきゅうちゃんにほほ笑み返すと、素振(すぶ)りを始めた。


「やあ、ルーセント君。相変わらず早いね」


 数分後、テントから出てきたヴィラがルーセントに話しかけた――。



 ルーセントがテントから出てきてティアに話しかけたとき、ヴィラもテントから出て二人の元へ歩いていこうとしていた。

 すれ違うルーセントとティア、突然振り向いたティアの言葉がヴィラの耳にも届く。


「ルーセント、私たちに倒せるでしょうか?」

「ん? 誰を? ……もしかして、ルーイン?」


 ヴィラは、今まで見たことがないティアの雰囲気に邪魔をしない方がいいかな、とテントに身を隠した。


「ルーイン? たしか、おとぎ話に出てくる絶望の名前だったかな? 倒すってどういうことだ?」


 深刻そうな状況に、冗談を言っているようには聞こえない会話。ヴィラは完全に出ていくタイミングをなくしてしまった。


「かもね。いくら最上級守護者を持ってるからって、できることには限界があるし――」さらに続くルーセントの言葉がヴィラを驚かせる。

「最上級守護者! あの二人が?」


 ヴィラの頭はますます混乱していった。いろいろな考えが頭を駆け巡る。そんなヴィラを置いてきぼりにして、ルーセントとティアの会話が続いていった。


 そして、決定的な一言をルーセントが言い放つ。


「――女神様を恨みたくもなる。でもね、ルーインが蘇った以上は誰かが相手しなきゃいけない。それなら、ダメでも納得できるように自分で処理したい」


 この言葉にヴィラの目が大きく見開いた。


「ルーインが蘇った? そうか! それであのとき……」


 ヴィラの頭の中には、アーゼル村での出来事が再生されていた。千年前の日誌に書かれていた隕石の魔法を使った部分を読んだときの二人の顔が。


「ん? まてよ。たしかあのとき、ルーセント君とティア以外にもう一人青ざめてた人がいたな。えっと、そうだフェリシアだ! パックスはなんともなかったし、最上級守護者を持ってるのは現状であの三人だけかな? どうりで、機密の塊であるはずの訓練学校に、他国の人間であるティアがこれるわけだな」


 すべてを理解したヴィラは、再びルーセントの会話に聞き耳を立てた。が、ティアを励ますだけの会話に興味をなくした。ヴィラはルーセントの言葉を思い出しながら、テントの中で考えを巡らせる。


「あの二人があの状況でウソをつくとは思えない。本当にルーインが蘇ったとしたら、いったい自分には何ができるんだ?」


 ヴィラは昨日採取したレゾ草が入った瓶を触る。それを眺めながらさらに思案する。


「千年前は今よりも戦力があったはずだ。でも今は……、倒せるのか? あの三人で。いや、英雄は五人いたはずだ。あと二人はどこかにいるのか? そうか、それでルーセント君は軍には入らずに冒険者になろうとしているのか。でも、五人がそろったところで絶望には……」


 最初の英雄のように五人がそろったところで、いまのままでは、絶望を倒すシミュレートを何度しても、ヴィラの中ではルーインを倒せる映像は浮かばなかった。


「おとぎ話が本当だとすれば、ルーインの身体はいまだに絶望の大陸メルトにあるはずだ。そして、魂はクリスタルに封印されているんだったな。それにしても、封印のクリスタルは国で保管されているはずだ。何かあったなんて聞いたことがない。それでも蘇ったのか? まあ、いいか。仮に蘇ったとして日誌を信じるなら、おびただしい魔物が守ってるはずだ。移動手段なんていまの時代になんてな……」


 ヴィラは途中で考えを止めると、手に持っていたレゾ草の瓶を置いた。そして、自分の右手を眺める。


「あるじゃないか! 僕にもできることが! 精霊錬金術だ。あれをもう一度復活させて飛空挺を作ればなんとかなるかも。あとの事はルーセントたちに任せるしかないけど、あとはあの隕石さえ、なんとかできれば」


 この瞬間、ヴィラの人生が決まった。スベトロストとの約束を果たすためにも、すべての精霊と契約することを再び心に誓った――。



 ヴィラが気づいたときには、二人の会話は終わっていた。ヴィラは今あったことを自身の心の中に留める。そして何食わぬ顔でテントを出ていった。


「やあ、ルーセント君。相変わらず早いね」

「あ、おはよう。もう日課だからね。ヴィラこそどうしたの? こんなに早くに」

「僕はこういうことは初めてだからね。テンションが上がって早く目が覚めちゃったのかも」

「ああ、オレも父上と初めて狩りに来たときはそうだったよ。どう? せっかくだし、剣術教えようか?」

「いいのかい? 僕も普通に戦えるようになりたいと思っていたところだけど、邪魔じゃないかな?」


 ルーセントの申し出に、これからの人生には必要だろうとヴィラは乗り気でいたが、素人の自分でいいのかと気を遣ってしまう。


「そんなことはないよ。ヴィラはビギナーズラックってどう思う?」

「ビギナーズラック? ああ、経験の浅い人がベテランに勝つことがあることかい? そうだね、ベテランの人が油断してたからじゃないかな?」


 ヴィラはルーセントの質問に思い付いたままを答えた。ルーセントがうなずく。


「うん、それもあるだろうね。だけどあれはね、ベテランの人が頭の中で行動をパターン化しちゃうところにあるんだよ。ここはこう来るに違いないってね。でも、経験の浅い人はそんな知識なんてないから、ベテランからしたら思っても見ない行動をとる。だから、達人でも惑わされて対応できずに負けちゃうんだよ」

「なるほどね。そんな考えもあるのか。やっぱり、ルーセント君といると楽しいね」


 ルーセントは、褒められたことで照れたようにほほ笑む。


「ありがとう。だからさ、こっちとしては大歓迎だよ。実際さ、実戦で戦うときには考えてる暇なんてないんだよ。相手がこう来たら、こうして、ああしようなんてね」

「そう言われれば、道場でルーセントのおじさんと戦ってるときは、ちょっと動いただけで一瞬で勝負がついてたね。たしかにあれでは考えてる暇はなさそうだ」

「だから父上は道場で“骨と化せ”って話をしたんだよ。意識するより先に身体が動くようになれば負けることはないからさ。あとは心の問題だけどね。で、引き出しは多いに越したことはないでしょ。戦う相手はベテランばかりじゃないからね」

「なるほど、じゃあ僕も教えてもらおうかな。これで、僕もルーセント君の弟子になるわけだね」

「また父上に怒られそうだな。“お前にはまだ早い”ってね」


 ヴィラはルーセントの言葉に笑うと、釣られてルーセントも笑う。落ち着いたあとは「ちょっと待ってて」とルーセントがヴィラに声をかけると、一度テントに戻って小太刀をヴィラに手渡した。

 小太刀を借りたヴィラが刀を引き抜くと、基本からルーセントに教わっていった。


 三日後、森ですべての依頼をこなしたルーセントたちは、ヒールガーデンへと戻ってきていた。

 馬を借りていた厩舎に返して、ルーセントの自宅で報酬を分けていた。


「ハルヴラプスの毛皮がオークション待ちだけど、それを抜いても結構な額になったね」ルーセントが紙幣を数えて言った。

「これで、しばらくは生活に困らないな。あとは、あの毛皮が高く売れればいいんだけどな」パックスが高額で落札される夢を見て指をおる。

「ふっふっふ、これでまた新しい服が買えます。また一歩シティーガールに近付いてしまいますね」ティアは己の野望のために、不適な笑いとともに報酬を財布へとしまい込んだ。

「なんだ? まだそのよく分からんやつを目指してんのか?」少女の野望に野暮な少年が口を出す。

「当然です! 私の夢ですから」


 騒がしい声が家中に響いて静かな家を彩る。そんな賑やかいリビングにバーチェルが戻った。


「やはり、家が賑やかいというのはいいものだ。その様子だと有意義な時間を過ごせたようだな」

「はい、思った以上にうまく行きました。ハルヴラプスも仕留めたんですよ」

「おお、それは運が良かったな。ワシも片手で足りる程しか見たことがないからな。人気の割りに数は少ないから高く売れるぞ」

「今からオークションが楽しみです」

「高く売れるのは確定しておるからな、その気持ちはよく分かる。ところでルーセント、もう聞いたか?」

「何のことですか?」


 笑みを浮かべていたバーチェルが、急に真剣な表情に戻した。何の事を言われたか分からないルーセントが首をかしげた。


「その様子だと知らないようだな。いま、街の中でうわさになっておるぞ、サラージ王国がメーデル王国に宣戦布告したとな」

「え! サラージとメーデルがですか?」

「そうだ、この国とメーデル王国とは同盟関係にある。おまけにあの国は軍事には疎い。ひょっとしたらお前たちにも出兵があるかもしれん。気を付けるんだぞ――」



 光月暦 一〇〇六年 九月二十八日


 この半年前、ひそかにレフィアータ帝国と同盟を結んでいたサラージ王国は、アンゲルヴェルク王国の北にあるメーデル王国に宣戦布告をした。

 サラージ王国は自国の水軍の半数を動員して宣戦布告と同時に一気に侵攻する。メーデル王国の東部で小競り合いをしている間に、領土の西部域に侵攻したサラージ王国は、わずか二カ月で三分の一の領土を占領した。

 後手に回ったメーデル王国は、自国の軍事力ではどうにもならないと判断して、アンゲルヴェルク王国に救援を求めた。


 アンゲルヴェルク国王が、緊急事態にディフィニクス前将軍の部隊を援軍として急行させると、まもなく侵攻が止まった。そこから一進一退の攻防が何年も続くこととなる。

 ルーセントたちが訓練学校に戻ると、生活に一定の制限がかけられた。一週間の半分が軍事演習へと当てられる。いつでも戦場に出られるように訓練が続けられていった。


 おまけに、いままで実習としてギルドの依頼を受けられていたが、無期限延期となった。実習は続けられていたが、メーデル王国と接する国境の警備や、レフィアータ帝国と隣接する難攻不落の要塞(ようさい)関所“天門関(てんもんかん)”の警備を中心としたものに変わった。

 こうして予備兵として訓練が二年ほど続けられていった。ルーセントは高等部三年となって、最後の一年を過ごしていく。


 光月暦 一〇〇九年 一月

 卒業が迫るルーセントたちは、卒業試験としてついにメーデル王国へ援軍として派兵されることとなった。

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