4-11話 ハンティング
昼夜を問わず、常に薄い霧が立ち込める広大な森ベシジャウド。
ルーセントたちは、街での装備の修理と補給を終えて、この森に来ていた。キャンプ地は、その昔にルーセントが使っていた場所、三方向が三十メートルほどの岩山に囲まれた細い滝が幾本も流れ落ちる湖のほとりだった。そこでは各々がテントを張って拠点作りに精をだしている。パックスはテントを張りながら、目の前に映る原始的な建物らしき物に指をさした。
「なあ、ルーセント。あの小屋みたいなやつはなんだ?」
「ん? ああ、あれは訓練学校に入る前に、ここで修行してたときに住んでた家だよ」
「は? こんな所まで建ててもらいに来たのか?」
「まさか、父上に教わって自分で建てたんだよ」
「バーチェル先生って何でもできるんだな。まぁ、すんなりこなすお前も、どうかしてるけどな」
なかば呆れた表情を浮かべるパックス。テントを張り終えると半分近く朽ち果てている元ルーセントの家を見に行った。
興味を持った他のメンバーも一緒にのぞき込む。
「おお、ベッドがあるな。横にあるこれはたき火の跡か? しかし、どうやって作ったんだ?」
「えっと、ベッドも家の骨組みは細身の枝だよ。紐には蔓と木の皮を使って、壁にはねんど土を、屋根にはガルーダパルムっていうヤシの木の葉っぱを使って作ったんだよ。といっても、屋根はすでになくなってるけど」
「へぇ、ルーセントは器用ですね。生活に困ったらここで暮らせますね」ティアが思ったままの感想をのべた。
「それは、できるだけ避けたいね」
文明世界で生活したい、と少し困ったように答えるルーセントにフェリシアが今後の予定を聞いてきた。
「ところでルーセント。ひと通りの準備は終わったけど、このあとはどうするの?」
「そうだな。滞在期間は最大で五日の予定を組んではあるけど、ギルドで受けた依頼も結構あるから、周辺の探索にでも行こうか。ヴィラの採取も兼ねてね」
「うん、分かった。それじゃあ準備してくるね」
「よし! ちゃちゃっとこなしちまうか」パックスがやる気に腕をまくる。
「ふっふっふ、楽しみですね。何か手伝えることがあったら言ってくださいね、ヴィラ」
「ああ、助かるよ」採取の準備をしているヴィラが笑みを浮かべた。
「じゃあ休憩もかねて、出発は三十分後にしようか」
ルーセントの指示を受けて各々が返事を返す。それぞれが準備のために、と自身のテントへと散らばっていった。
自分のテントに戻ってきたルーセントは、カバンからポーションを取り出して腰に着けるポーチに差し込んでいった。
「回復ポーションが三個と、魔力回復ポーションも三個、携帯食糧に水筒もよし、と。ナイフも問題ないな。弓はどうしようかな? 最近は使ってなかいからなぁ……。うーん、やっぱり持ってくか」
ルーセントは金属鎧を身に付けて腹甲を止める大きな革ベルトに、長さ二十センチメートルあるポーチを左に二つ、右に一つ取り付ける。左右の腹部にひとつずつ、左の背中側に一つと、その反対側には水筒を入れる革のホルダーを取り付けた。さらに腰からは刀についた血を拭うための膝まで長さのある布を垂らしていた。
刀はもう一つの革のベルトを通して、太刀と小太刀の二本を鞘に取り付ける。腰には刃長二十センチメートルの解体用のサバイバルナイフを装着した。
上半身には赤と黒の制服の上から、折り畳まれた弓を取り付けたカーリド合金鋼製の矢筒を装着する。ルーセントは最後にもう一度だけ装備の留め具を確認すると、テントの床の上でルーセントを見上げていたきゅうちゃんを見る。
「きゅうちゃん、久しぶりに狩りをするからよろしくね。だけど、離れすぎちゃダメだよ。カバーできなくなるからね」
「きゅう!」
分かった、とひと声鳴くきゅうちゃんを両手で抱えるとそのまま肩に乗せた。準備を終えたところで集合時間となる。
ルーセントは、テントを出てみんなが集まるのを待った。
先頭はルーセント、そのうしろにヴィラが付いた。さらにそのうしろには、しんがりとしてパックスが歩いていた。左翼にはティアが、右翼にはフェリシアが並んでいる。
「ベシジャウドの森って、本当に一日中薄い霧が出ているのね」フェリシアが見たままの疑問を口にする。
「うん、だから奇襲が一番怖いんだよ。近くまで来ないと、いるのかいないのかが分からないからね。気配や音には十分注意してくれ。足跡なんかも大事な情報だからね」経験豊富なルーセントがフェリシアに助言をする。
フェリシアは、さっそく周囲を警戒しながら歩き始めた。
全員が気を引き締め直して警戒を厳重にしていく。
ルーセントは探索直前にティアが気配探知の魔法を使っていたことを思い出して、どんな状況になっているのかを聞いた。
「ところで、ティアの気配探知はどうなってる?」
「う~ん、ダメですね。生物反応が多すぎて役に立ちません。ちょっと気持ち悪いです」
残念ながら、期待した答えは返ってこなかった。そして、ティアはうめきながら気配探知の魔法を解除してしまった。
キャンプ地を出て十分ほど歩いたとき、木の根元を見ていたヴィラがなにかを見つけた。とっさにルーセントに声をかけて隊列を止める。
「あ! ルーセント、ちょっと待ってもらっていいかな?」
「ん? どうしたの?」
「レゾ草があったから採ってもいいかな?」
「もちろん。じゃあ、みんな、周囲警戒をよろしく」
ルーセントの指示にそれぞれが返事を返すと、ヴィラを囲むように一定間隔の距離を取って警戒を始める。きゅうちゃんも木の上から鼻をヒクヒクとさせて、キョロキョロと顔を動かしていた。
ヴィラはみんなが配置についたのを確認すると、肩からさげる革のバッグを地面に下ろした。その中から水が入った二十センチメートルほどの細長い瓶を取り出す。そして、そのままフタを開けると瓶を地面に置いた。続いてハサミを取り出すと、レゾ草の葉っぱを切り取る。少し慌てた様子で瓶にしまうと、再び生えている葉っぱに触れて何かを確かめるように選別していった。
ルーセントは警戒を続けたまま、その好奇心が旺盛な金色の瞳を輝かせてヴィラの手にしている葉っぱについて質問する。
「レゾ草の葉っぱって回復ポーションの材料だったよね。何で水につけてるの?」
「ああ、これはね、レゾ草というのは地中から魔力を常に吸い上げてエネルギーにしているんだよ。そのせいで、切り離してしまうとすぐに枯れてしまうのさ。だから、保存するためには魔力を吸収する特性がある、カーリド鉱石の砂を水に溶かした液体に浸ける必要があるんだよ。ちなみに、こうすると……」
ヴィラはレゾ草の特性についてひと通り説明すると、一株をつかんでレゾ草を引っこ抜いた。引き抜かれた草は、すぐに萎れてしまった。そして二十秒ほどがたつと茶色に変色してカサカサになってしまう。
「レゾ草はね、光の当たらない湿度の高いところに自生するんだよ。切り取った葉は五分ていどは持つんだけど。根が空気に触れるとすぐに枯れてしまうのさ。変わってるだろ?」ヴィラがその豊富な知識を披露する。
「へぇ、不思議だね」
このあともヴィラは二十枚ほどのレゾ草を採取すると、再び探索へと戻った。
さらに歩くこと五分、ルーセントが左手をうしろに伸ばして“止まれ”とハンドシグナルを出す。そのままゆっくり下げると“しゃがめ”と合図を出した。
そのままゆっくりうしろを振り向いて仲間を見ると、人差し指を唇に当てて前に伸ばす。“音を立てるな”と。
そして、そのまま伸ばした人差し指を歩みを止めた原因へとさした。
ルーセントの指の先には『ハルヴラプス』と呼ばれる全長二メートルほどの山猫の魔物が一頭、周囲をうかがいながら歩いていた。
しなやかな筋肉に包まれている山猫の魔物は、漆黒の体毛に所々に白い毛が混じっている。そして、頭から首のうしろ側まで短いタテガミを生やしていた。霧に紛れてゆっくりと森の中を歩く。
ルーセントは弓を取り出すと音を立てずに組み立てた。
そのままセンサーを起動させると、矢を一本背中の矢筒から取り出しつがえる。センサーに表示される着弾予想地点と、ハルヴラプスの頭を重ねる。そして、その動きに合わせて弓を引き絞った。
樹木に魔物の身体が隠れると、ルーセントは小さな舌打ちを打つ。さらに神経を研ぎ澄まして視点を点から面に変えた。
視界に映るすべての範囲に意識を持つ。
一分近くが経過した時、木々の間からハルヴラプスが頭をのぞかせた。ルーセントはその一瞬を見逃すことなく矢を放った。
放たれた弦の音に反応して、ルーセントたちの気配を感じ取ったハルヴラプスがこちらを向くが一歩遅かった。気がついたときには、魔物の頭を高速で飛翔する矢が貫いていた。
ルーセントはさらに矢を一本取り出すと、他に仲間がいないか周囲を探る。矢を持つ手を軽くあげて前後に動かし“前進”とハンドシグナルを出す。
矢を軽く引っかける程度につがえると、音を立てないように中腰の状態でゆっくりとハルヴラプスの元まで歩いていった。
ルーセントは、木の上を移動するきゅうちゃんに一度だけ視線を動かすと、警戒していない様子を見て矢を矢筒へと戻した。
今度はティアの方を見る。
ルーセントの意図に気づいたティアは、気配探知の魔法を発動させると周囲の様子を探る。周囲に敵性生物がいないことを確認すると、ルーセントにうなずいた。
「もう大丈夫ですよ。近くに敵はいません」
「うん、ありがとう。じゃあ、サクッと解体しちゃうから、ちょっと待ってて」
周囲の安全が確保されると、ルーセントは腰からナイフを引き抜いてハルヴラプスの頭を切り落とす。そして血を抜いて解体を始めていった。
内蔵と頭は地面に埋める。剥ぎ取った毛皮はフェリシアの水魔法で軽く洗うと、各部位の肉も軽く水で血を洗い流した。そして、肉は大きな葉っぱに包んで浄化の魔法で清める。その後には、パックスが魔法で氷付けにして、ティアの時空収納に預けることとなった。
骨は錬金術で使うと言うことで、ヴィラのバッグの中に収まる。そのあともベシジャウドウルフを四頭ほど仕留めると、受けてきた依頼を一つ完了させた。
日が暮れて探索を終えたルーセントたちは、夕飯の準備に取りかかっていた。
「今日は豪華な夕飯になりそうだな。ハルヴラプスって高級肉だろ? どうやって食べるのが一番うまいんだ?」パックスがさっそく腹をならして積み上げられた肉を見る。
「野生の肉は煮込み料理がいいと聞いたことがありますよ。料理と言えばヴィラが詳しいんじゃないですか?」
ティアはヴィラの錬金を料理と同じように考えているために、眼鏡をかける少年にすべてを託した。
「そうだね、料理も錬金術と似たものがあるし、僕に任せてよ。ハルヴラプスの肉は臭みが少なくて処理もしやすい。無難なところで、ティアの言う通りに煮込み料理にでもしようか」
「おお、うまそうだな。手伝えることがあったら言ってくれ」
ヴィラがメニューを決めると、ティアから料理道具と調味料を受けとる。すべての準備を終えたところで、ティアからモモ肉を受け取って料理を始めた――。
二時間ほどがたつと、キャンプ地に「よし! これで完成だ。お待たせ」とヴィラの声が響いた。
「おお、ついにできたか! 待ちくたびれたぜ」パックスが腹を空かせた子犬のように近づく。
「本当ですよ、早く食べましょう」続いてティアが現れた。探索途中で採取した山菜も使って味噌で味を整えた山猫料理。
それぞれのお椀に料理が盛られていく。そこから立ち上る湯気が茶色のスープをかすめて、香ばしい味噌の風味が食欲をそそる。みんながそれを口に入れた瞬間、全員が感嘆の声をあげて一心不乱に鍋を空にした。
きゅうちゃんの前には、シリンイチゴがたくさん置かれていた。小さなルーセントの相棒は、幸せそうに小さな両手でつかんで食べていた。