4-10話 ヒールガーデンへ
コローレベルッツァを倒して三日後、ルーセントたちはヒールガーデンへ戻ることになった。
長老、アーク、レーベン、土精霊スベトロストが村の入り口まで見送りに来た。
「いろいろとすまんかったのう。お前たちのおかげで先祖を見舞うこともできる。精霊錬金術も復活できるやもしれん。感謝してもしきれんわい」
「俺も感謝している。また遊びに来てくれ」レーベンが爽やかな笑みで片手をあげた。
「お前らならいつでも歓迎だ、必ずまた来いよ。それとルーセント、もしどこかでダグラス・バスターって名の男を見つけたら伝えてくれ“さっさと戻って来い、お前の息子が一発殴りたがっている”ってな」
「任せてください、見つけたら必ず連れてきますよ」
明るい表情でほほ笑みかけるアークの頼みに、ルーセントが笑顔で返した。
ふわふわと空に浮かんでいるスベトロストは、寂しそうな表情でヴィラに飛び付く。
「本当はオイラもみんなと一緒に行きたいけど、魔力を回復させないといけないから、ここで待ってるよ。オイラを忘れないでくれよ」
「大丈夫さ、全員と契約したら必ず戻ってくる。約束だ」
ヴィラは両手でスベトロストの前脚の腋を持つと、そのまま腕を伸ばして掲げた「必ず戻る」と。
村のみんなと別れて、厩舎から預けていた馬に乗るとヒールガーデンへ向けて出発した。
振り返るルーセント、そこには白い雲と紺碧の空から降り注ぐ何本もの光の筋が村を照していた。村を流れる清流は、光を反射させてキラキラと輝く。そして、村を包むような緑の絨毯と、色とりどりの夜光草が、まるで五人を見送るかのように風に揺れていた。
五人は森を抜けて、丘陵地が続く街道をのんびりと進んでいた。フェリシアは、長老からもらった小さな金のブローチを手に取り眺める。それは尻尾が五本に別れている鳥の細工が模されていた。
「これがないと迷う森なんて不思議よね。どうなってるんだろう?」
「そうだね。ぱっと見は普通のブローチなんだけど、厚みがあるからこの中に何かあるんだろうね。この鳥も見たことないし、何の鳥だろう?」
フェリシアの言葉に反応したのはルーセントだった。ルーセントもブローチを手に取っていろいろな角度から眺めている。
「精霊錬金術を使っているのは間違いないだろうね。それに、精霊たちの支配地域を思い出してみるといいよ。精霊王が治めるのはあの村。恐らくこれが精霊王の姿なんじゃないかな」ヴィラがスベトロストの姿を思い出して推察する。
「なるほどな。どうなんだ? きゅうすけ」
「きゅう?」
パックスが一理あるな、とヴィラの言葉に納得してうなずく。そして、そのままルーセントの馬の頭の上に座っているきゅうちゃんに向かって「これが精霊王の姿なのか?」と問いかけた。
しかし、きゅうちゃんはが精霊王の姿を見たことはない。それでも、ちょっとだけ考えるしぐさを見せたが、パックスの顔を見て分からないと言うように首をかしげた。
「まぁ、知るわけねぇか。あ、そうだ! 同じ景色を見てても飽きるからよ、村まで競争しようぜ」
「いいですよ~。負けた人は学校に戻ったとき、夕飯を奢るって言うのはどうですか?」ティアが瞳を輝かせて賛同する。
「乗った!」
「負けないわよ」
「僕だって負けないよ」
パックスとティアの提案に全員が乗っかる。そして百メートルほど前方にある木をスタート地点として、競争が始まった――。
日が傾きかけた頃、五頭の馬がヒールガーデンの入り口にたどり着いた。
「僕の負けだね、さすがは戦闘教練科。馬の扱いがうまいね」
「ヴィラにはちょっと不利だったかしら?」
「いや、構わないよ。たまには負けてみるのも悪くないさ」
「イヤな言い方をしやがるぜ」万年ブービーなパックスが、優等生のヴィラの発言に眉をひそめた。
「おっと失礼、ブービー君にはわからなかったか」
「おまえ! 覚えとけよ」
負け惜しみのようにも聞こえるヴィラの言葉に乗せられるパックス。その言葉の通り、競争に負けたのはヴィラだった。しかし向上心の塊のようなヴィラは、自分より優れた者が上にいることで、さらに高みへ登れると、パックスをからかいつつも、その顔には爽やかな笑みが浮かんでいた。
みんながヒールガーデンの入り口にある厩舎に馬を返すと、バーチェルの道場へと戻ってきた。
「父上、いま戻りました」
ルーセントの声が道場と住居内に響く。
しばらくしてバーチェルが五人を出迎えた。
「ずいぶんと遅かったな、心配したぞ」
「すみません。村に行ったあとに依頼を頼まれちゃいまして、そこでちょっと時間が掛かってしまいました」
「そうか。まあ、無事で何よりだ。……ところで、行きと服装が違うがどうした? 鎧もボロボロではないか」
バーチェルの指摘に全員が自分の身体を見た。そして、気まずそうにルーセントが答える。
「実はさっき言った依頼が原因なんです。少し長くなるので中に入ってからでいいですか?」
「おお、それもそうだな」
ルーセントはリビングまで行くと、バーチェルにアーゼル村で起きたことを順を追って説明していった。
バーチェルは途中で口を挟むことはせず、相づちを打ちながら静かに聞いていた。
「なるほどな。しかし、にわかには信じられんな。とはいえど、何の因果か偶然にもルーセントときゅうの行動が精霊の封印を解き、その精霊を魔物が食って強化されたということか」
「はい、異常に素早くて魔法主体の攻撃に成す術もありませんでした」ルーセントが強敵を思い出して顔をしかめた。
「魔物はコローレベルッツァと言ったか。こっちの魔法はほとんど当たらなかったのではないか?」
「え! 何でわかるんですか? 父上の言う通りまったく当てられませんでした」
まるで近くで見ていたと言わんばかりに、バーチェルに苦戦したことを的確に当てられたルーセントが目を見開き驚いた。その顔を見たバーチェルは、笑いをこらえながらルーセントにその理由を教えた。
「簡単だ。あいつらはな、温度を見ることができるのだ。だから、いくら気配を消そうが関係なく襲ってくる。戦闘エリアの温度と違う魔法を放てば避けられてしまう。厄介なやつではあるな」
「それで魔法を放つと、来る場所が分かったかのように避けられていたんですね」
「ワシらのような近接攻撃を主体とする者にとっては不利ではあるな。どれだけ研鑽を積もうが、遠距離から攻撃されればどうにもならんからな」
「それが、そうではないかもしれませんよ。父上」
ルーセントは待ってました、と言わんばかりに、バッグの中からアークにもらったノートを取り出す。目的のページをめくり「父上、ここのページを見てください」と本を手渡した。
バーチェルはルーセントからノートを受け取ると、魔法と魔力について書かれているページを読み始めた。文章も中盤に差し掛かかったとき、その表情が変わった。
そして終盤の項目、ベルオースト国と書かれた千年前の国の機密事項を見たとき、バーチェルの表情はさらなる驚きに変わった。
「ルーセント、これはどうしたのだ?」
「アーゼル村でお世話になったアークさんという人に報酬としてもらったんです」
「アーゼル村……。聞いたことがあるな、千年の時を守る精霊錬金術師の村か。この年まで生きても、まだまだ知らぬことは多いな。時に、このベルオースト国と言うのは、今のディストラアレオ王国のことであろう。いったい、いつの時代のものなのだ? これは」
「アークさんが言うには、約千年前らしいです」
「千年だと! これが、か」
バーチェルの予想を遥かに越えたルーセントの返答に、思わず大きな声を上げてしまう。そして一度ノートを閉じると、表と裏表紙を交互に見て、再びペラペラとページをめくった。
「これが千年前の物か? 新品にしか見えんぞ」
「すごいのは、それだけじゃないんですよ。このノート、精霊錬金術を使っているみたいで、燃やしても水に浸けても一切劣化しないんです」
「もはや言葉もないな……」
バーチェルは新しく得た知識を試すために、全員の前で披露する。訓練生たちは、その技術を身に付けようと、いとも容易く習得するバーチェルから教わることとなった。
二日後、ルーセントたちはヒールガーデンにある鍛冶工房の前までやって来た。
ルーセントが見上げる建物は、日用品から武具までを扱う鍛冶工房ヴェグナパス、王国で一番の腕前を持つ“名工ガンツ”が立ち上げた工房である。
高さが三メートル、幅が一メートルほどの大きさがある両開きの木製の扉が一行を出迎える。扉の両サイドには、大きなガラスが嵌め込まれた茶色の木枠のショーケース、一階の屋根部分にはツタ植物が覆い尽くしていた。
ルーセントたちが店内へと進んでいく。店の中は昔と変わらず、フローリングの床にレンガ造りの壁、所々に観葉植物が置かれていた。展示台の中には多種多様の武具が飾られている。そこに間接照明が優しくにじみ、店内を照らしていた。
店内中央のカウンターから「いらっしゃい」と聞き覚えのある声が店の中に響いた。カウンターにいる若者は、ルーセントの特徴的な顔を見るなり笑顔になった。
「おや、その髪と瞳はルーセントかい?」
「はい。久しぶりですね、キールさん」
「懐かしいなぁ、五年ぶりくらいかな? 元気そうで良かったよ」
「ありがとうございます。キールさんも元気でしたか?」
「俺はいつも通りさ。で、今日はどうしたんだい?」
お互いが懐かしさにあいさつを交わすと、ルーセントは大きな袋をカウンターに置いた。中から防具一式を取り出す。
「実は何日か前に依頼を受けて魔物と戦ったんですが、結構な強敵でボロボロになっちゃったんです。それで修理できるか見てもらおうと思って」
「んー、簡単な応急処置はしてあるようだけど、これはまた派手にやられたね」
ルーセントが取り出した防具は、誰が見ても分かるほどに傷だらけで、相手をした魔物がどれ程の強敵だったのかをもの語っていた。
「ここまでになると、俺じゃ判断はできないな。親方を呼んでくるから待っててくれ。全員分ある感じかい?」
「あ! 一人は大丈夫なんで四人分です」
「了解! じゃあ、呼んでくるから待ってて」
「お願いします」
キールは少し待つように伝えると、店の奥にある工房へと消えていった。ルーセントたちは、キールが戻ってくるまで店の中を見て回ることにした。
店内には数名の客の姿があった。包丁やナイフを見ながら店員に説明を受けている若い女性や、一目で冒険者と分かる装備を身に付けた壮年の男性が武器を眺めている。キールが消えてから十分ほどがたった頃、ガンツを連れて戻ってきた。
「久しいな、ルーセント。相変わらず無茶をしているようだな」
「ははは、出てくるのが強いのばかりでイヤになっちゃいますよ」
ガンツを見上げるルーセント、その百八十センチメートルの高さから見下ろしてくる男にぐちをこぼした。
五年の年月の流れが、ルーセントの記憶とは異なりガンツの髪とヒゲを灰色に変えていた。それでも、ルーセントの足ほどの太さがあるのではないかと思わせる筋肉に包まれた腕が年を感じさせないでいた。
ルーセントはさっそく防具一式を「直りますか?」と、ガンツに見せる。鎧を手に取る名工は、ひと通り眺めるとルーセントを見た。
「そうだな。多少手を加えれば元通りに、とまではいかないが、なんとかなるだろう。だけどな、今すぐとはいかないまでも、買い換えることも視野に入れておけよ」
「分かりました。お願いします」
ルーセントがガンツに一礼すると、他のメンバーも装備を見せていく。ガンツが確認を終えると「一週間後にもう一度来い」と伝えた。そして、キールともう一人いた店員に装備品を持たせると工房へと戻っていった。
ガンツが工房に消えすると、ホッとしたようにパックスが大きな息をはいた。
「ふぅ、あれが名工ガンツか。何だよあの威圧感は、お前の周りは化け物ばっかりだな」
「うーん、いい人なんだけどね。やっぱりちょっと怖いよね」
「私は泣きそうでした」ティアもホッとした様子を見せる。
メンバーの面々が威圧感に呑まれて、その恐怖を語っていると、けろっとした表情でフェリシアが言う。
「そう? 私は何ともなかったけどなぁ。頼もしそうでいい人そうじゃない」
「さすがは伯爵の娘だな」
「同感です」ティアがうなずく。
「僕もその意見には同意せざるを得ないね」ヴィラもすぐさま賛同した。
「なによ、みんなして。お父様はそんなに怖くないわよ」
自分の父親が、恐怖の対象として見られていることに納得がいかないフェリシアが、ここにはいない伯爵をかばった。店を出た五人は、今だ納得していないフェリシアをなだめながらルーセントの家へと帰っていった。