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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
101/134

4-7話 精霊錬金術師8

 轟音を立てて砂煙が吹き出す通路から、五つの影が飛び出してきた。


「ま、間に合った……」

「ゴホッ、ゴホッ、生きたまま土葬とかシャレになんねぇよ! ハニワじゃねぇーんだぞ」

「もう、だめかと思いました」

「私、当分洞窟なんて、行かないわよ」

「スリル満点だったね。みんな、無事?」


 飛び出してきた5人の顔は、砂まみれだった。


 ルーセントを残して、他の四人は地面に横になるか座り込む。ルーセントは全員の無事を確認するが、その表情はどこか楽しそうにも見えた。


 その顔を見て、パックスは呆れたように頭を振る。


「最後にいたお前が無事なら、みんな平気だろ。足は生えてるか? なくなってたら、もぐらに生まれ変わってかわいいお手てで穴でも掘ってろよ」

「あぁ、大丈夫そうだね」

「きゅう!」


 パックスとルーセントの会話に割り込んできたのは、聞き慣れた鳴き声だった。

 全員が声の主の元に振り替えると、いつの間にかきゅうちゃんが座っていた。


「あれ? きゅうちゃんどうしたの? よくここだって分かったね」

「あんなに来るのを嫌がってたのに、どうしたんですか?」


 ルーセントに続いてティアも疑問を口にする。

 全員がきゅうちゃんに注目する。少しの間だけ沈黙が流れた。きゅうちゃんがルーセントを見上げる。


『残念だが、余はきゅうではない。すべての精霊を束ねる王、ヘルゼリオンと申す』


 聞こえてきたのはいつもの鳴き声ではなく、低音が心地よい年を重ねた男の声だった。


「え!」


 全員が驚愕とともに一斉に驚きの声をあげる。頭に響くように聞こえる声に戸惑いつつも、ルーセントが警戒する。


「きゅうちゃんはどうしたの?」

『心配せずとも良い。きゅうは余と自我を交代して今は眠っておる。余も時間がないゆえ、協力してほしい』


 きゅうちゃんが無事だと分かると、ルーセントは警戒を解いて近付いていく。


「どうすればいいの?」

『そこの奥に祭壇がある。そこまで来てほしい。詳しいことは歩きながらで良いか?』

「分かった、みんな行こう。えっと……」


 ルーセントは人格が変わったきゅうちゃんをどう呼んでいいか分からず戸惑っていると穏やかな声が響く。


『余なら精霊王でも、ヘルゼリオンでも好きに呼ぶといい』


 ルーセントが精霊王と名前を呼ぶと右手を差し出した。


「精霊王、肩に乗りますか?」

『すまんな、この身体では移動が不便でな』


 ヘルゼリオンはルーセントの腕に乗ると肩まで移動した。神殿とも教会とも取れる空間に入ると、ヘルゼリオンが精霊について語り出す。


『その昔、精霊は世界中に多く存在していた。何度か問題はあったが、人類と共存しておった。しかし、ルーインが現れたことにより状況が一変する。ルーインの血から生み出される魔物は、我々と同じように魔力のみで構成されており、ルーインから魔力の供給を受けて生きておったのだ』


 千年前の出来事を淡々と語るヘルゼリオンの話に、全員が興味深そうに一言も発することなく聞き入る。

 過去を思い出しながら語るヘルゼリオンがさらに続ける。


『我々精霊とは、自然界にたまった高濃度の魔力から生まれる。まずは妖精として、さらに魔力がたまると精霊として生まれ変わる。きっかけは偶然であった。精霊を喰った最初の魔物が強化されたのだ。さらに魔力を自力で供給できるように進化した。それからと言うもの、やつらは我々を集中的に狙うようになった。もともと魔物は己で魔力を生み出すことも、吸収することもできなかったのだ』

「ひどいね。でも、そんなに強くなれるものなの?」


 ルーセントがヘルゼリオンに同情する。ヘルゼリオンがきゅうちゃんの身体でうなずいた。


『そなたたちも知っておるはずだ。体毛は金色か銀色に変色し、圧倒的な力を手にした魔物を』

「それって、エンペラー種のことよね。エンペラー種って、魔物が精霊を食べちゃったやつだったんだ」


 フェリシアは、行軍訓練の時に出会った強化種の魔物を思い出していた。あれも同じようなものかしら、と


『その通りだ。その情報はルーインを通じてすべての魔物へと伝達された。そのせいで群がるように魔物に襲撃され始めたのだ。その結果、我々は数をどんどん減らしていった。結局、残ったのは余を含めて六柱の精霊だけであった』

「たったの六柱……、あれ? でも精霊って千年前から途絶えたって伝わってるわよ。どうして?」

「そうですよ! 私の国でも精霊は絶滅したって本に書いてありましたよ」


 フェリシアとティアは、生き残りがいたと言うヘルゼリオンの言葉に疑問を呈した。


『それはな、この村を作った青年にとある施設で封印を施してもらったのだよ。そして絶滅したと情報を流したのだ』

「本当の絶滅を避けるため?」

『そうだ。そして、それはルーインを討伐したあとに解放される予定であった』

「それなら何でずっと封印されたままだったんだ?」


 フェリシアとティアに変わり、今度はパックスが理解しがたい表情で聞き返した。


『……その時にはすでに余らは封印されており、詳しいことは分からぬ。が、状況を見るに魔物が自立していたからであろう』

「興味深いね。でも、精霊は封印されて存在を消していたはず、どうして魔物は自立できるように?」


 残った精霊はわずかに六柱、それも封印されて隔離されていたはずなのに、無数の魔物が自立しているのはどういうことなのか、と今度はヴィラが聞き返した。


『別に不思議なことではない。余らは魔力溜まりから生まれる。そしてそれは常に星を駆け巡っておる。皆が知らぬだけで妖精はいつでも生まれている。だが、それだけではない。この星においては、魔力を持たぬのは人間だけなのだ。他の動物や植物は魔力をエネルギーのひとつとして吸収している。それをため込み、発散させている。精霊ほど強くはないが、動物を喰らえば自立するくらいはできるであろう』

「そうか! そのルーインと言うやつが過去の英雄に封印されて魔力の供給が断たれた。でも、すぐには消えずに残っていた。そこに精霊を食べれば自立できると言う情報だけが残った。やつらはそれを元にこの世界の生物を食べたのか」ヴィラが長年の疑問を解決する。

「あぁ、なるほどな。同じ効果が得られるかもしれないと思って、動物を食べて今の状態になったのか」


 的を射た答えにパックスが納得した表情を浮かべる。

 ここで祭壇の前まで来たヘルゼリオンは、ルーセントの肩から飛び降りて玉座のような祭壇に着地した。


『他に聞きたいことがあるなら答えよう。まだ何かあるか?』精霊王が金のイスの上に乗る。

「そう言えば、封印って誰が解いたんだ? 今まで誰にも見つからなかったんだろ?」パックスが素朴な疑問を口にした。

『余らの封印が解けたのは数年前、とある森の地下の施設であった。見つからないのは無理もなかろう。なにせ、地表にある入り口も岩に擬態しておったからな』

「えっ! 森にある地下の施設?」


 ヘルゼリオンの言葉に反応したのは、ルーセントだった。


「それって、ベシジャウドの森にあるカーリド合金鋼を作ってた場所? 赤く光る三つ目の化け物がいた?」

 ルーセントは引きつる顔で答えを合わせるように質問を返す。

『そうだ。余らの封印を解いたのはそなたと、このきゅうだ。三つ目の化け物とは余らを守るために配置された機械兵のことであろう』



 ――およそ四年前、強くなりたいとバーチェルに連れられて訪れたベシジャウドの森。魔物との戦いにも慣れたルーセントが一人で来ていたとき、偶然にも見つけた施設、これこそが千年前にアトモスフィア帝国が極秘に建造した先進技術実証研究所“ガラエルパ”であった。ここでは、新型飛空艇、稀少金属の精製、その他にも高度精霊錬金技術の開発などを行っていた。ルーセントが戦った機械兵もそのうちのひとつであった。

 この時のルーセントの行動によって施設内のすべてが起動することとなる。しかし、施設に侵入をしたのはルーセントだけではなかった。



 ――空腹に困っていた“きゅうちゃん”は、食べ物を求めて施設に侵入した。

 見慣れない場所に戸惑う“きゅうちゃん”は、ルーセントがいる部屋の前で止まった。


「きゅう? きゅっ!」


 ルーセントの気配を避けて、さらに奥へと進む。そして、偶然にも開いた自動扉の中へと入って行った。その場所は、新型飛空艇と新型機械兵などの開発部門だった。

 きゅうちゃんは、目的の食べ物が見つからずに、どんどんと奥に進んでいく。いつのまにか地下に行くエレベーターに乗っていた。


「きゅう?」道が途切れて周囲を見渡していた。


 ちょうどその時、ルーセントが押したパネルのひとつが、きゅうちゃんの乗るエレベーターの起動スイッチであった。

 突然ガラスの筒の中に閉じ込められたきゅうちゃんは、逃げ出そうと慌てて暴れ出す。しかし逃げること叶わずに地下の研究室へと強制的に連れていかれてしまった。


「きゅ! きゅ! きゅううう! きゅっ! きゅっ!」


 エレベーターが止まるまで、きゅうちゃんはガラスに体当たりをし続けていた。エレベーターが止まってガラスのドアが開くと、きゅうちゃんが飛ぶように逃げ出した。

 たどり着いた先には広大な空間があった。しかし、その中央には朽ち果てた瓦礫(がれき)の山があるだけだった。


 瓦礫の山に登るきゅうちゃんは、またしても食べ物を見つけられなかった。そのまま不貞腐れたように眠り始める。ウトウトし始めたところで、突如頭の中に声が響いた。


『そなたは何者だ?』

「きゅっ!」


 声におどろいたきゅうちゃんは、バランスを崩して瓦礫の山を転げ落ちる。


「きゅきゅっ! きゅ! きゅ! ぎゅうう」

『ん? そなたは動物か? おどかしてすまぬな。余の声は理解できるであろう。余の名は精霊王ヘルゼリオンと申す』

「きゅう?」不思議と理解できる言葉に首をかしげる。それと同時に、どこか懐かしいような感覚が支配した。

『ん? なぜ言葉が分かるのかって? 造作もないことだ。そのむかし、精霊の加護を与えていたものの中に、そなたらも含まれていたからだ』

「きゅ? きゅう、きゅきゅきゅう」

『精霊は何かって? 精霊とは自然が生み出した守護者である。ところで、ひとつ頼まれてはくれぬか』

「きゅう?」

『余らの封印を解いてはもらえぬか』

「きゅ?」自分にできるのか、と首をかしげる。

『余の言う通りに動けば簡単だ。そなたの正面の壁に続く通路の奥。光を放つ筒があろう。取り合えずそこまで来てはくれぬか』

「きゅう!」


 了承するきゅうちゃんは、広い空間の左側面にある六つの光を放つ筒の前までやって来た。

 筒の上下には大小様々なコードが無数に取り付けられている。透明な強化ガラスの筒の中には光り輝く大きな宝石と液体が満たされていた。


 ヘルゼリオンは、小さな来訪者が来たのを確認すると新たに指示を与える。


『すぐうしろに、光る台があるのは分かるな』

「きゅう」


 分かる、と答えるきゅうちゃんは、機械によじ登ってコンピューターの上に座る。そして、意味不明な存在に首をかしげていた。


『その光る画面の右下に赤く光っている場所があるが、分かるか?』

「きゅう?」


 首をかしげて、いまいち理解に乏しそうなきゅうちゃんは、右前足で画面を適当に何回もたたいた。


「きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅ!」


 適当にたたいた最後の一回が見事に解除ボタンを押す。

 すべての筒の上下からガスの噴射音とともに、白い霧状のガスが抜ける。すると、中に満たされた液体が減っていった。

 そのうち“ガシャン”という起動音とともに強化ガラスが上昇していく。そこには、宙に浮く宝石だけが残されていた。


『感謝するぞ。これで再び余らは世界に戻れる。だが、未だ力が足りぬ。迷惑ついでにもうひとつ頼まれてはくれぬか』

「きゅう?」


 ヘルゼリオンは少し言いづらそうに間を開ける。


『……そなたの中で休ませてはもらえぬか? この者らを精霊石に変えるために、力のほとんどを使いきってしまったのだ』

「きゅ?」


 きゅうちゃんは美味しいものが食べられるのか、とヘルゼリオンに問いかける。


『うまいものだと? ハッハッハ、もちろんだ。余らが復活すれば好きなだけ食べさせてやろう。それだけではないぞ、今より強靭な身体が手に入り、人の言葉も分かるようになる』ヘルゼリオンは一瞬だけ呆気に取られると笑いながら答えた。

「きゅう! きゅう!」


 きゅうちゃんからしてみれば、食べ物以外にはまったく興味なかったが了承する。こうして、小さな身体の中に精霊王が存在することとなった――。



 『さて、時間もないのでな、さっさと終わらせてしまおう。ルーセントよ。オレンジ色の宝石、土精霊スベトロストの精霊石を持っておるな。そこの台座に乗せてくれぬか』


 ルーセントが言われた通りに精霊石を台座に置いた。

 ヘルゼリオンが宝石を確認すると言葉を唱え始めた。


『精霊王が命じる。汝に今一度加護を与えて顕現(けんげん)することを許可する。精霊石の封を破り、今よりここに現れよ』


 ヘルゼリオンの詠唱が終わると、きゅうちゃんの身体から光があふれる。光りはオレンジ色の石を包み込んだ。“土精霊スベトロストの精霊石”が宙に浮かんで、今度は幾本ものオレンジ色の光の筋を放った。


 空間をオレンジ色に染めると、精霊石が突如激しく燃えあがる。そこに、トゲのついた何枚もの岩のプレートに守られたトカゲが姿を表した。

 トカゲの名は“土精霊スベトロスト”再びこの世に復活した精霊は、ルーセントの顔を見るなり「やあ、スティグ。久しぶりだね」と声をかけた。

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