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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
1 動き出す光と伏す竜
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1-10話 いざ王城へ

 翌日、宿の一階にあるレストランで朝食を済ませると、朝の九時には宿を出ていた。

 見上げる空には、灰色の雲が支配していた。日が当たらないせいか、穏やかに吹く風はいつもより涼しかった。


 バーチェル、ルーセントの二人が魔導エスカレーターで空中回廊に上る。

 すべてのものが物珍しいルーセントは、歩く人波を縫ってきょろきょろとしていた。


「それにしても、この空中回廊っていうのはすごいですね。これなら馬車や馬を気にしないで歩けます」ルーセントが強度を確かめるように両足で飛びはねる。


 バーチェルが歩みを止めて息子へと顔を向けると、路肩にある魔道エスカレーターを見た。


「そうだな、あれも細かに設置してあって降りるのにも困らんからな。とはいっても、すべての道にあるわけではないのが、ちと残念だな」

「今のところは大きな通りだけみたいですよ。それに、四階建てや五階建ての建物も商業区や工業区だけみたいです。宿の人が教えてくれました」


 バーチェルがあらためて街の様子を見渡す。ルーセントを引き取ってからというもの、めっきりと訪れることがなくなった都市の姿に、過去の記憶と違う風景に驚きを隠せなかった。


「ここに来たのは、ずいぶんと前になるが、ここまで高い建物はなかったな。やはり王都ともなると変わるものだな。ここらの店ならお客も多いだろうし、倉庫や出稼ぎで来る従業員も多かろうよ。その分だけたくさん必要なんだろうな。建物が高くなるのも納得がいくな」


 バーチェルがいくつもある建物の中から一棟を見上げる。その変わった形の建物を凝視していた。


「しかしなぁ、その建物にしても、三階、四階、五階建ての家がひとつにくっついて一戸の住宅みたいになっているのは、どうなっているんだろうな」

「壁の色もピンク、白、オレンジと全然違いますね。不思議ですね。都会は」

「まったくだな」と刀を持ち直すバーチェルがうなずくと、二人は観光がてらに空中回廊を進んでいった。


 住んでいた場所しか知らないルーセントには、景色が変わるたびに、きょろきょろと興味深そうに周囲を見渡している。そのとき、街中にそびえる何本かの深緑の塔に視線を止めた。


「父上、さっきから気になっていたのですが、あそこの緑色の高い塔はなんですか? いっぱいあるみたいですけど」ルーセントが塔を指さしながら言った。

「ん? あぁ、あれは魔法障壁と魔力を遮断する結界を張るための塔だな。王都を守るために、常時結界を張り続けている防御塔だ。まあ、魔力遮断は王都の東エリアのみで、非常時だけしか使われないがな。まあ、あの塔は維持も大変で、ほとんどの国では首都にしかなかった記憶があるな」

「へぇ、そうなんですね。城壁にあった砲台もそうですけど、あんなものが作れるなら、自動で速く走る馬車みたいなのは作れないのですかね? それがあれば移動が楽になるのに」


 バーチェルは息子の鋭い指摘に「おお」と感心した声を上げた。


「いい発想力をしておるな。まだ試作段階ではあるらしいが、魔導二輪と四輪だったかの、一応は開発されているみたいだぞ。ただまあ、燃料と強度に問題があるらしくてな、実用化にはほど遠いらしい」

「いいなぁ、一度でいいから乗ってみたいです」


 ルーセントは、どんな形をしているのだろうか、どれくらい速いのかな、と未来の乗り物に思いをはせていた。


「ルーセントが大人になるころには、完成しているかもしれんぞ。高くて買えんだろうがな」

「じゃあ、お金持ちにならないといけませんね!」


 バーチェルは自分の年齢的に見ることはかなわぬであろうな、と憂うと、ルーセントは逆に、希望に満ちあふれた目をしていた。


「よし! がんばろう」と輝かしい未来のために気合を入れた。

「まずは、守護者の解放からだな」と、バーチェルがほほ笑んだ。


 二人は王都を東西に分断している三十メートル幅の大きな川の前までやってきた。ルーセントが保護柵をつかんで川をのぞく。まるで切り落としたかのような、それでいて吸い込まれそうなほどの深く続く絶壁に、引きつる顔の少年が、ぶるっと身体を震わせて柵から離れた。


 川を挟んで西側には、王城で働く人たちや、国王に認められた商人や職人たちが暮らすエリアになっている。通行するためにかかっている橋は全部で五本。それらの一つ一つには、一定間隔で魔導機関銃が設置されていた。


 さらに橋の入り口には鉄柵があって、検問所が併設されている。厚みのあるその頑丈そうな鉄柵扉が二人の行く手を遮っていた。

 検問所の近くでバーチェルが立ち止まる。その顔には困り果てた表情が浮かんでいた。。


「う~ん、はたして入城許可証でここを通れるのかの? 書状は王城の門番に渡せと言われておるから違うだろうし……」バーチェルが腰のポーチから書状と許可証を取り出して悩む。

「最初にカードを見せて、だめならラーゼンさんを呼んでもらったらいいんじゃないですか?」

「それもそうだな、試してみるか」そう言って書状を革製のポーチに戻すと、カードを手に取った。



 閉じていく鉄柵扉を見送るバーチェルとルーセントは、身体の向きを変えて歩き出した。


「悩んでいたのがあほらしくなるくらい、スッと通れたな」


 二人が、うしろで扉の閉まる音に反応して振り向いた。


「すごいですね。その許可証」

「これを見た兵士の顔を見る限り、なかなかの待遇のようだな。まるで貴族になった気分じゃわい」


 バーチェルがカードを空に掲げる。まるで不思議なものでも見るかのように、じっと眺めていた。

 貴族気分で意気揚々と橋を渡り終えた二人。その目の前には、東エリアとは違った景色が広がっていた。


 一番高い丘の上に大きな城が構える。その一段下には、無駄に大きな家が立ち並んでいる貴族街があった。それぞれの家には、広い土地がセットになっているようだった。

 さらに丘を降りた周囲には、兵士やその家族が暮らす居住区になっている。多くの戸建て住宅や集合住宅が立ち並ぶ。


 二人が歩みを進める川沿いの道には商業区や工業区でにぎわっていた。


「王城まで結構あるものだな。これは出てくる時間を間違えたかもしれん」


 バーチェルが王城を眺めながら、どうしたものか、と考えていると、ルーセントが一軒の建物に指をさした。


「父上、あそこに移動馬車っていうのがありますよ。あれでお城まで行けるんじゃないですか?」

「ん? おぉ、本当だな。ちょっと行ってみるか」


 助かった、と二人が馬車の看板がぶら下がる建物に入っていった。


 バーチェルが「王城まで行けぬか?」と聞くと「いらっしゃいませ。王城ですか? 直接、乗り付けることはできませんが、入城門前まででしたら可能です。それでよろしいですか?」と望んだ答えが返ってきた。バーチェルは「ああ、かまわぬ。よろしく頼む」と胸をなでおろした。

「かしこまりました。それでは少々お待ちください」


 店員がきれいなお辞儀とともに店の奥へと消えていく。それからしばらくすると、店の脇から馬につながった馬車が一台、それが店の前で止まった。


「お待たせいたしました。入城門の前でよろしかったですか?」


 先ほどとは違った若者が、行き先を二人に確認する。


「ああ、よろしく頼む」バーチェルがにこやかに答えた。


 二人が乗った馬車が間もなく動く。東エリアとは違った優雅な街並みと、点在する自然の景色を眺めながら一時間ほどで入城門へと到着した。

 バーチェルが御者に料金を渡すと入城門を見上げる。門は貴族街と王城を守る城壁の役目も果たしていた。この二つを囲む高い壁は、外の城壁までつながっている。ところどころには、鈍く輝く魔導機関銃もあった。


 父親と一緒に城壁を眺めるルーセントは、歩廊を歩く巡回中の兵士を目で追っていた。その兵士たちは今まで見た人たちとは違って、守りの堅そうな豪奢(ごうしゃ)な鎧を身に着けていた。

 誰が見ても高価なものだとわかるその鎧を着た兵士は、ラーゼンと同じ近衛騎士団の兵士たちであった。国王直轄部隊の城の守護者、そのエリートのみで構成される集団が守る入城門では、四人の兵士が立っていた。


 王城に来るにはふさわしくない平民の格好をした二人に、門番の目が厳しく変わる。手にする槍をいつでも振るえるように、と穂先を下に向けると手をかざして二人を止めた。


「そこで止まれ、本日はどのような用件か」


 あふれ出す威圧感に、ルーセントが怖がって父親のうしろに隠れてしまう。

 しかし、バーチェルはこれといって気にすることもなく笑顔を絶やさなかった。若いころから数々の強敵や困難、あまたの死線をくぐってきた老練なる剣士には、近衛騎士団の兵士といえども、怖がらせるには至らなかった。


「今日は息子の守護者解放のために、王城より要請を受けて参りました。こちらが入城許可証と書状です」


 とことん穏やかな口調で答えるバーチェルが、手にする二つのものを兵士に差し出した。


「書状?」めったにない出来事に、対応する兵士がもう一人に顔を合わせる。

「領主様から“王城に入るときに渡せ”と言われております。王家からの書状です」


 バーチェルの言う“王家から”という言葉に兵士の態度が変わる。


「確認いたします。少しお待ちください」と幾分か柔らかくなった態度で、兵士が封蝋を見た。


 そこには王家の紋章がしっかりと、かたどられていた。兵士の視線がバーチェルに戻る。


「たしかに、王家の紋章です。中身を確認させていただきます」


 書状を読み終えた門番が急にかしこまって、二人に頭を下げる。


「失礼いたしました。すぐに担当のものを呼んでまいりますので、あちらの待機所でお待ちください」そういって二人を案内すると、馬に飛び乗って城の方へと向かっていった。


 一時間近くがたって、再び門番が戻ってきたとき、そのうしろには豪華な馬車が帯同していた。

 馬車の中から現れたのはラーゼンであった。にこやかな笑顔で二人に近づく。


「お待たせいたしました。馬車を用意しましたので、こちらにお乗りください」


 再び二人の前に姿を現したラーゼンが馬車の扉を開ける。二人が乗車すると、御者に「出せ」と声をかけた。


「本日は手間取らせてしまい申しわけありませんでした。本当は宿まで迎えに上がりたかったのですが、陛下からの命令でこのような手間をかけることになってしまいました」動き出した車内でラーゼンが軽く頭を下げた。


「いやいや、どうかお気になさらず。息子と一緒に観光しながら来れたのでな、楽しかったわい。なぁ、ルーセント」

「そうですね、見たことがないものばかりで楽しかったですよ」


 二人の気遣いに、ラーゼンが「ありがとうございます」と頭を下げた。そのまま今後の予定について二人に伝える。


「それでは、ここで本日の予定を軽く説明させていただきます。まず、王城へ着いたのちに、すぐに守護者の鑑定を行います。そして、その結果を陛下が確認したあとに、そのまま解放を行っていただきます。解放後には陛下との謁見がありますので、そこまでご案内いたします。そのあとには、担当者による今後についての説明がありますので、それが終わり次第、本日の予定は終了です。なにかご質問はありますか?」


 ラーゼンの言葉に、笑顔を浮かべている目の前の青年とは対照的に、バーチェル、ルーセントの顔は引きつっていた。


「国王様との謁見……」親子が同時に声を出す。

「陛下は気さくな方なので、そんなに緊張することはありませんよ」二人の反応に、ラーゼンが少しだけ笑いながら答えた。

「すぐ斬ったりとかしないですか?」ルーセントがおびえながら聞き返す。


 小さな少年の予想外の質問に、ラーゼンの顔が一瞬だけ答えに詰まって固まる。


「いや、……大丈夫ですよ。どんなイメージを持っているのですか? 何もしていないのに斬られたりはしませんよ。ご安心ください」ラーゼンはどこまでも穏やかな笑みを少年に送った。


 しかし、ラーゼンの言葉を聞いても不安を隠せないルーセントは、今度は父親へと、泣きそうな顔を向けた。


「父上……」

「どうした?」バーチェルがぎこちない笑顔を向ける。

「胃が痛くなってきました」

「奇遇だな、ワシもだ」


 二人が同じタイミングで胃を押さえて息をはく。

 ラーゼンは笑いをこらえられずに「本当に大丈夫ですから」とほほ笑みながら答えた。

 馬車が王城に到着すると、三人は大きな跳ね橋を歩いて渡る。そのまま城の内部へと移動した。

 城に入ったところでラーゼンが振り向く。


「それでは、このまま守護者の鑑定を行いますので、私のうしろについてきてください。はぐれたら捕まりますよ」


 ラーゼンの最後の一言に、ルーセントが「ひぃっ」と短い声を上げる。そのままバーチェルの腕を強くつかむと、鑑定の部屋まで必死について行った。

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