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ある論文

作者: まよ

N教授が科学雑誌に発表した論文は人々に衝撃を与えた。ある人は暴動を起こし、ある人は静かに自死を選んだ。そして波紋は少しずつ広がっていき世界中が混乱に陥った。自暴自棄になった人達による犯罪の増加、集団自殺。そして戦争の勃発。このままでは人類は滅亡してしまう。そこで、この混乱の元凶であるN教授が記者会見を開くことになった。そして、その会見の司会を私が担当することとなった。どのような経緯で私が選ばれたのかは分からない。N教授からの指名だと言うが、教授とは面識もないし、そもそも私には司会の経験などない。話の流れによっては、さらに世界を混乱へと導いてしまうような大役に、私が相応しいとは思えない。けれども、引き受けてしまったのは何故だろうか。N教授に会ってみたいというミーハーな気持ちか。世界の命運を握るということへの高揚か。まあ何にせよギャランティは良かった。私が一生働いても稼げないような額だ。会見の流れ次第では、そもそも金に意味がなくなってしまう可能性もあるのだが。



「本日はお集まりいただきありがとうございます。それでは、これよりN教授による記者会見を始めさせていただきます」

事前にN教授と会うことは許されなかった。教授の安全を確保するために、面会が禁止されていたのだ。会見の流れを決めておき、流れに沿って波風を立てずに終えようという計画はお釈迦になってしまった。ただ、それならば何故、私を司会者に選んだのかという疑問は深まるばかりだった。

「まずは、教授より論文の内容について説明していただきます。N教授、よろしくお願いいたします」

壇上には上下とも真っ黒なスーツに身を包んだ細身の男性が座っている。この人こそがN教授である。ネクタイも黒色であり、これで数珠でも持っていたら、喪服にしか見えない。そしてゆっくりと弔問客は語り始めた。

「そもそも君達は論文の内容を理解しているのかね。よく理解もせずに混乱している人もいるし、そもそもここにいるあなた達も理解できているのか怪しいものだけどね」

どうして一言目から刺激するようなことを言うのだ。この人は混乱を望んでいるのか。今日の喪服も人類に対する弔問だとでも言うつもりか。できるだけ穏便に話を進めていこう。

「申し訳ありません。私の勉強不足でして、論文の内容をよく理解できていないのです。今一度説明していただけますでしょうか」

「ふむ。では仕方がない。君にも理解できるように簡単に説明してあげよう」

何かと鼻に付く教授だ。

「私の発表した論文の内容を一言で表すならこうだ。生物の記憶は電波なのだよ」

「もう少し詳しく説明願えますでしょうか。生物の記憶は電波とはどういうことなのでしょう」

「君はテレビ番組を見たことがあるかね」

「ありません」と答えてやりたかったが、そうもいかない。

「毎日見ておりますが」

「では、そのテレビ番組はどのようにして、君達の家に届いているのかね」

「テレビ局が電波を発信して、それを家のアンテナが受信しているからですよね」

「まあいいでしょう。すると外はテレビ番組の電波が飛び交っているわけだが、君はそれが見えるかい」

「いいえ。見えません」

「当然だね。アンテナがなければ見ることはできない。それくらい分かっているみたいだね」

感情を逆撫でするような話し方だ。ストレスが溜まる。

「それと生物の記憶が同じとは、どういうことなのでしょうか」

「記憶というものは脳に蓄えられていくのではなく。電波として発信されており、それを脳が受信しているんだよ。簡単に言うと脳はアンテナということだね」

理解しようと必死に考えている間にも教授の話は続く。

「今、目の前に見えているもの、これまで経験してきたこと、その全てが電波として発信されていて、それを脳が受信していたにすぎないのだよ。言うなれば、生まれてからずっとテレビ番組を見ているようなものだね」

「それでは今まで見てきたものは全て嘘だったと言うことですか」

たまらず一人の記者が口を開いた。

「あとで質疑応答の時間をとりますので、質問は後ほどお願いします」

とっさに止めたが教授は答えた。

「そう言うことにもなるかな。幼い頃の思い出。学生時代の苦悩。それら全てはあなた方が経験してきたことではなく、発信された電波を受信しているだけだということなのですよ」

「では、それは誰が配信しているのですか」

「質問は後ほどお願いします」

とは言ったものの、それは私も気になるところだった。

「それは分からないんだよ。いつどこで誰が発信を始めて、この記憶のいつからがただのテレビ番組だったんだろうね。もしかしたらごく最近のことかもしれないし、もしかしたら紀元前からか、または生物が地球に現れる前からかもしれない。ただ、今言えることは、現在地球上の生物が見たり聞いたり経験していることは、ただのテレビ番組でしかないということだ。チャンネル数はいくつあるのか分からない。もしかすると皆が同じ番組を見ているのかもしれない」

会場がざわめき出した。隣の席同士で相談する者もいれば、思考停止して呆けている者もいる。暴れ出す者はまだいないようだ。下手をするとここで暴動が起きてしまう可能性だってある。私は落ち着いた口調で質問をした。

「それを証明することはできますか」

ゆっくりと、上ずりそうな声を抑えながら、極力落ち着いた様子を装って精一杯の質問だった。

「ああできるとも。というより、もう証明していると言ったほうがいいかな。現在、私の研究所からとある電波を発信している」

「とある電波とはどのようなものですか」

最悪の答えが返ってくることは分かっていた。世界は何故混乱しているのか、瞬く間に理解ができた。

「私の記者会見の司会をするという電波だよ。今世界中の人間が私の記者会見の司会者をしている。という番組を私に強制的に見せられているんだ」

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― 新着の感想 ―
[一言] こないだやったエロゲのモブ役でお願いします
2018/10/13 05:03 退会済み
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