表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

幽霊づくり

作者: 愛理 修

 幽霊っていると思います?

 それとも、いないと思います。

 ほんとうのところどっちなんだろうと、わたしは常々考えていました。いると言う人にはいて、いないと言う人にはいないというのが、もっとも正しい答えなんでしょうけど、それではつまりませんよね。

 で、幽霊はほんとうにいるのか。そしてそれはどんなものなのか。女には似つかわしくない研究だと揶揄されながらも、わたしなりに調べました。時間がかかりました。文献を読みまくり、多くの人に話を聞きました。体験談というのも、大学ノート5冊ぶんに相当する数を収集しました。カメラや機器をたずさえて、心霊スポットなるものにも行ってみました。

 それでわかったのは、幽霊の存在を立証するようなものは、いま現在この世にないということでした。実話と称される話や、体験者の方の話は、やはり信憑性にとぼしいと言わざるを得ません。主観が強すぎて客観性に欠けるのです。精神疾患、幻覚、夢、錯覚、偶然で多くのものが説明できます。幽霊屋敷の類も眉唾でした。心霊写真や心霊動画も、作り物、偽物ばかりです。××協会認定などという肩書がついていたとしても、その協会自体が信用できない団体です。あの最も有名だったネッシーの写真が捏造だったぐらいですから、なにをか言わんです。幽霊の存在を信じ真面目に研究されている方の著書を読んでも、幽霊を目で見るということは、実際のところ稀の稀だそうです。多くは気配とか雰囲気とか、ちょっとした不可思議な現象をもってしか、いまのところ幽霊は知覚されていないというのが真実らしいです。また、幽霊が人を殺した実例はひとつもありません。

 けっきょく、幽霊はいるのかいないのかはっきりしませんが、いないほうが確率は高いという結論にいたりました。


 では、幽霊はいないのか。いいえ、わたしはそうは思いません。幽霊はいます。身近なところに、思いもよらないそばに――。


 調べていてわたしは思ったのです。幽霊というのはある種の記憶ではないかと。人の死や、それにまつわる記憶が、なんらかの知覚で捉えることのできたものが幽霊の正体ではないのかとです。統合失調症、解離性障害などといえば、限られた人たちの話のようになりますが、記憶とすれば、どなたもお持ちのはずですよね。そして記憶というのは、当然過去の出来事なわけですが、それを再現している時点では、いま現在になっていることはおわかりいただけるでしょうか。つまり記憶とは、過去のことでありながら、いま現在のことにもなりうるということです。過去の出来事がいまになり、そこに知覚の作用が加わったら、それが幽霊になるのではないかとわたしは考えついたのです。

 大雑把な例えですが、あなたがホラー映画をテレビで見ているとします、すると背後で足音のような音が聞こえます。部屋にはあなたしかいません。そういう経験をしたら、あなたは幽霊を想起しないでしょうか。ホラー映画が記憶で、足音を聞くのが知覚作用と思ってください。

 このように記憶が再現され、その時知覚作用が同時に起こり、その記憶と知覚が結びついた場合に、幽霊という現象が生じるのではないかとわたしは考えています。もちろん、これだけですべての現象を説明しきれているわけではありません。しかし、幽霊の謎を解く、ひとつの手がかりにはなるのではないでしょうか。

 記憶と知覚、それがキーポイントだと、わたしは深く考えるようになりました。そこに幽霊の存在を立証するなにかがあるのではないか。新しい幽霊の解釈ができるのではないか。もしかしたら、幽霊を作ることもできるかもしれないと。

 記憶の再現、知覚での認識。逆の場合もありうるでしょう。つまり、知覚での認識のあとでの記憶の再現。とにかく、記憶と知覚、この二つが幽霊出現の決め手です。

 そしてわたしは気づいたのです。日常目にしている本や手紙が利用できるのではないかということにです。本や手紙というのはすべて過去に書かれたものです。つまり記憶ですね。それをあなたが読むことによって再現し、そこに知覚を作用させれば、わたしの条件にぴったりです。そして、あなたがいまネットで読んでいるこの文章も同じことです。わたしはいま、キーボードを前にしてこの文章を打っています。わたしにとってはそれがいまです。しかし、これをいま読まれているあなたにとって、それは過去のわたしです。あなたが読むことによって、過去のわたしの考えや思いがいま甦っているわけです。甦るとは、なんともいえず幽霊らしいとは思いませんか。つまりわたしは思うのです。これこそが幽霊体験につながるのではないかと。もちろん通常言われている幽霊とは、かなり違います。しかし幽霊の元となっているのは、このシステムではないでしょうか。むかし自分で書いた日記やメモを読んで、見知らぬ自分をそこに感じたことは、あなたにはありませんか。

 しかしそういうふうに言われても、あなたには納得していただけないでしょう。本や手紙を読んだり、このネットの文章を読んだりすることが、幽霊を体験しているということにつながるとは。まして、そうやって幽霊を作りだすのが、取りも直さずいまあなたがしている行為だと言っても。では、こうしたらどうでしょう。


 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。


 これはどうです。


 呪ってやる、呪ってやる、呪い殺してくれる。


 苦しい、苦しい、苦しくてつらい。助けて、助けて。


 少しは幽霊らしくなりましたか。

 ひひひひひ……。


 ねえ、幽霊っていると思う?


 あなたが目にする時点では、いま打っている文章、この文章すらも過去です。あなたが読むことによって、わたしは甦ります。過去がいまになり、いまが過去に引き戻されます。ねえ、わたしの言っていることわかる? 

 わたしは思うのです。幽霊の存在とは、すなわちそういった体験のことを指すのではないかと。幽霊を立証するにはその体験を、あなた自身にしてもらうしかないのではないかと。わたしの考えに基づいて幽霊を作り、それをネットで配信するという方法に、わたしはとり憑かれています。

 この文章を読みながら、少しは、あなたはわたしのことを感じてくれているでしょうか。わたしがあなたの、ほんのそばにいるのがわかりますか。わたしの長い髪があなたのうなじにかかっているのを、わたしの冷たい手があなたの背中を、背骨に沿って撫で下ろしているのを感じてくれていますか。もしかしたら、いま音がしませんでしたか。かすかな、ほんの小さな音です。気配はありませんか。誰かにじっと見つめられているような。


 ねえ、幽霊っていると思う?

 いるとしたら、どんなものだと思う?


 しかし、これだけではまだ足りない気がします。幽霊を作るための肝心のものが欠けています。それは死です。死の感触がなければ、幽霊は完成されません。ええ、覚悟はできています。あなたに幽霊を示すには、わたしはそうするしかないのです。

 しかし、ちょっと考えてみてください。どうしてわたしがまだ生きていると、あなたには言い切れるのでしょうか。わたしはすでに死んでいて、そしてキーボードを打っているのだと言ったら、あなたはどうされますか。この文章を綴っているのは、じつは、すでにこの世に存在していないものだということを、あなたは知ったらどうされますか。

 暗い部屋で、誰もいないのに、キーボードがカチャカチャと文字を液晶に打ち込んでいる光景を、あなたは見たいですか。

 それとも聞いてみたいですか。幽霊のことを考えすぎ、深入りしすぎて、引き返せなくなった女の話を。見えざるものが見え、幻聴に悩まされ、目と耳を針でつぶし首をくくって自殺した女の話を。


 ねえ、幽霊っていると思う?

 ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ……。

 教えてあげましょうか。わたしはあなたに知ってもらいたいの。だからここにいるの。


 幽霊は見えないから怖いのです。見えなくても、そばにいるから怖いのです。

 ふふふ――幽霊っていると思う? ねえ、まだなにも起こらない。


 さて、幽霊はいるのでしょうか。それともいないのでしょうか。確かなことはただひとつ、わたしはいる、ということです。この文章を読まれた時点で、わたしはあなたのそばで息づいています。それを止めることはもはやできません。あなたはわたしの文章を読み、わたしを取り込み、すでに記憶として、わたしの考えやお話したことを刻み込まれています。もう引き返せないの。

 そして、一番重要なことは、これから先なにが起こるかということです。それはもう始まっているのです。わたしは常にあなたのそばにいます。くだらない戯言だ、馬鹿な内容だと思われようと、すでにわたしはあなたのそばにいます。ほんの横かもしれません。今後あなたの行く先々に、片時も離れることなくわたしはついていくでしょう。あなたはわたしに気づかないかもしれません。しかし、いずれあなたはわたしに気づくことになります。

 ドアや押入れの戸の、わずかな隙間に気づいた時かもしれません。風もないのに、カーテンが意志を持っているかのようにゆらめいている時かもしれません。あるいは、ひとりでぽつんと部屋にいる時かも、道の向こう側から知らない女があなたをじっと見ていることに気づいた時かも。夢の中でかもしれないなら、金縛りにあった時かもしれません。わたしのことを思い出し、耳元で女の笑い声が聞こえたらあなたはどうしますか。髪を洗っている時に背後に気配がしたら、夜の窓ガラスに女の顔がうつったら、どんな気分がすると思います。そしてその時に、あなたはほんとうのことを知ることになります。


 ねえ、幽霊っていると思う?

 いたら、見たいと思う?

 

 幽霊がいるのか、いないのかは、これから先どうぞあなたご自身でお確かめください。それがいつになるかはわかりません。ほんのすぐかもしれません。わたしはあなたにずっとつきまとい続けるでしょう。気づいてもらえるまで、いや、そのあともずーっと。


 ひっひっひっひひひひひ……。

 とり憑いてやる、とり憑いてやる、

 死ぬまでとり憑いてやる。

 

 おわかりでしょうか。


 あなたはもう逃げられないのです。


 うふふふふ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ