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帰り道

作者: 享花

特にこれといったストーリーがあるわけではないので、『私』の独り言をただ聞いておいてください

 


 2018年、私、高校一年

 今日は部活の試合で歌詠鳥(うたよみどり)駅から地下鉄を経由して会場まで行った。

 その帰りである。友達の話を六割がた聞き流しながらすぐそこの風景に気が移った。その歌詠鳥(うたよみどり)駅で非政府組織が募金活動を行っていた。

 そこには『5秒に1人が死んでいる』とのキャッチコピーと一緒にアフリカの幼児の写真が乗せられていた。手足は折れそうなくらい細くあばらは浮き上がってるのに、お腹はぽっこり出てて、無垢な目がまっすぐこちらを見ている。

 その時社会科の先生が急に言い出した雑談を思い出した。

 そのキャッチコピーの言うように、世界では不足する予防接種や地雷なんかの多要因を含めて3秒に1人のスピードで子供が死んでいってるそう。その中でアフリカでは5秒に1人の割合で人が栄養失調により死んでいるそうだ。

「5秒で1人……ねぇ……」

 友達に聞こえない様な声で言う。

 単純計算で1分に12人。歌詠鳥(うたよみどり)駅から自宅最寄りの東酒井(ひがしさかい)駅まで9分で着くが、その間に108人死んでるんだ。

 電車一本で108人。

 驚異的な数字だ。

 しかし通行人の誰も募金をしようともしなかった。友達は見送って私はそこで20分ほど待った。それでも誰もいなかったのだ。

 例えば1000円募金したとしよう。それで人命1つが救われるなら大した仕事じゃないか。小学生でも解る簡単な話だ。

 だが人は、その場を無視して通り過ぎる一方である。

 結局私は、募金しに行く勇気もなく、後ろ髪を引かれる思いのまま改札を足早に抜ける。

 見ると次の電車まで10分あった。

 どうしてこんな時に……。私は早くここから離れたいのに。

 友達がいたら気にしなかっただろうか。普段は同じ方面の仲のいい子がいるはずだけど、先に帰ってもらったから誰もいない。

 ほんとに参った。

 元々変な事を人一倍、いや人三倍考えてしまう性なのに。普段はいい暇つぶしになるし、別にそれ以上気にしなかったけど、今はこれを只管ひたすら恨んだ。

 どうして私はあそこで募金しに行けなかった?私だけじゃない。どうして誰も何もしなかった?

 自分がしない理由は『他がやらないから』、つまりは周りに流されてると言うのが挙げられる。

 私は全くそれだ。

 恥ずかしいから?からかわれるのが嫌だった?募金を自分だけしたら損すると思った?

 ここで理想主義者は『人がやらないからは理由にならない』とか『意思を強く持て』などなど、そんな感じの言葉を吐くんじゃないだろうか。

 確かに大切な事かもしれないが、考えてみれば馬鹿馬鹿しい。周りに合わせようとするその協調性は当たり前なものじゃないか。人は1人じゃ何もできないんだから。自分の意見だけ通そうとするのは傲慢だし自己中心的だ。

 かぶりを振って思考を外に追い出す。

 違う違う、そんな事を否定して自分を正当化しようとするんじゃない。

 問題は、理想主義者が言うような事じゃない。

 周りがしないから自分もできないなら、問題は『何故 周りはそれをしないか』だ。

 勿論『関係ないから』だ。大雑把に言えばそういう事だろ。

 でも、一般人は目の前で死にかけている人をそのまま見殺しにできるような生き物だろうか。救う方法を知っていて、それは自身に可能だとして、それでもなお無視し続けるほど冷酷だろうか。

 内心かぶりを振った。

 ふざけるなと言おう。

 冗談じゃない

 そこまで落ちぶれはいない

 でも、募金箱の前を通り過ぎた人はそれと同じ事をしているという事になる。

 では問題は何か。

 以外にもそれを思い付くのは早かった。

 やり方じゃないかと思う。

 非営利組織を批判しているわけではない。これは人の心理の問題だ。

『5秒に1人が死んでいる』と掲げても、結局それは唯の文字でしかない。ようするに現実味が全く湧かないのだ。人は無駄を嫌い無意味を嫌う。

 なら、何をどうすれば、欠けている現実性を持たせ、通行人の心に訴えられるんだろう…………


 私の思考はこれ以上先には行けなかった。


 変な事を考えてると自覚しても、それは通常の範囲内で変なだけで、別に私は天才じゃなければ頭の回転が速いわけでも、特異なヒラメキがあるわけでもないのだ。

 出てくるのは机上の討論レベルのものばかりである。

 今更になって募金しなかった事を後悔し始めた。

 どうしようもないのに。

 正しいと思う事を正しいと言える勇気がなかった。それを実行する勇気がなかった。

 地下鉄歌詠鳥駅到着から帰宅までーーーー48分。

 この間に死んだ子供達ーーーーーーーーー576人。

 今となってはもうこれ以上子供達が死なない事を祈るばかりだ。


 家に帰ると4歳の弟が泣いていた。

 聞くと、私の物を壊してお母さんにしこたま怒られたらしい。

 普段なら怒るに怒れない苛立たしい気持ちになるが、今はそんな気分じゃなかった。

 でも、きっとこの気持ちも数日後にはなくなってる。

 私には部活があって兼部をしていてテストがあって友達もいて弟もいて、毎日が思ったより忙しい。

 なんて幸せな苦労だろう。

 だってこの国では泣いている弟が栄養失調で死なないし、道を歩いていて地雷があるわけでもない。風邪を引けば病院がある。薬局がある。家のために働かなきゃいけなくもなければ、毎日三食望めば好きな料理にありつける。勉学に励む事ができる。自由に恋愛できる。

 この事を友達に電話したら「アンタって割と変な事を考えてるよね?ww」ときて2人で笑いあった。

 幸せだ。何気ない日常が。


 非政府組織の募金活動。私は今度は協力したい。必ず。だから……無責任かもしれないけど、これからも彼等に頑張ってほしい。

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