表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

転生マッチ売りの少女

作者: 猫丸



ひどく寒い日のことでした。

街には静かに雪が降り、日が落ちてあたりはすっかり暗くなった、その年最後の夜のことです。

道行く人々は、年の変わるその時を家族と過ごすために、皆我が家を目指してせわしなく足を動かします。

しかしそんな、寒さと暗闇の中、一人の哀れな少女が歩いていました。

少女は雪の降る夜にあっても、繕いだらけの薄っぺらな服を着ています。

道行く人は皆手袋や帽子、或いはマフラーまでしていましたが、少女は帽子どころか靴もありませんでした。

少女も最初は靴を履いていました。しかし、少女が通りを渡ろうとした時、猛スピードで走って来た馬車を避けるため、慌てて駆けた少女の足から靴が脱げて、遠く道の反対側まで飛んでいってしまいました。

少女は急ぎ靴を拾おうとしますが、別の馬車がやってきて、再び少女の行く手を阻みます。

馬車が通り過ぎ少女が靴を探すと通りに靴は無く、たた少年の後姿が見えるだけでした。

少女ははっとして叫びます。

「私の靴を返して」

しかし少年は振り返る事も立ち止まることも無く、少女の靴を持ち去ってしまいました。

あまりのことに、少女は暫く放心していましたが、やがて、家を出るときに持たされたマッチを眺めます。

マッチは少女の父親から渡されたもので、これを売り切らねば父親からどれ程の暴行を受けるか分かりませんでした。

「12月31日の夜にマッチなんて売れるわけ無いじゃん。こんな寒空にマッチ売りとか死んで当たりまえじゃないの」

少女はマッチを見ながらつぶやきました。

「・・・・・あれ?」

少女は妙な感覚にとらわれます。

今、少女は死んで当たり前と口にしました。それはまるで、この先の運命を知っていたかのようで、少女自身何故そんな言葉が出たのか、わかりません。

少女はマッチを見つめ、何を思ったのか一本を手に取り摺りました。

手元で赤く燃えるその火を見た瞬間、少女は頭を抑えてうずくまります。

少女の口からは苦痛に耐えるうめき声がもれます。

そして少女は次の瞬間勢い良く起き上がると、叫びます。

「思い出した!ここはマッチ売りの少女の世界で、私はマッチ売りの少女!」

少女は更に一本マッチをすりじっと小さな炎を見つめます。

そして信じられないことに。

いいえ、少女の予想通りに、その炎の中に暖かな暖炉の幻が見えました。

「やっぱり、思ったとおりだわ」

少女は夢中で次々とマッチをすります。炎の中には湯気を立てる温かなスープと大きなチキン。ナイフを持った笑顔の男性。

新年の飾り付けがなされた暖かな部屋。ふかふかのソファーに、頑丈なレンガの建物。通りに飾り付けられた煌びやかなモール。

地区番号を示す標識や、豪華な門。そしてくるぶしまで埋まりそうな豪華な絨毯に倒れた人の足。

次の瞬間少女は走り出しました。

靴が無くて足が痛くても今は我慢です。むしろ、まだ痛みを感じられるなら凍傷にはなっていないのだと少女は考えます。

今はとにかく急がなければいけません。

そして、少女は炎の中に見た幻と同じ門を見つけると、更に足を速め門に突撃します。

少女は戸惑うことなく、門をくぐり、玄関をそっとあけると、静かにそれでも急いで家の奥を目指します。

途中少女は壁にかけられた(ちょうな)のような道具を手に取り握り締めます。

そして、奥の明かりの点る部屋へと続く半開きのドアをそっと押し開け、中にいる男を確認します。マッチ売りの少女は(ちょうな)を確り握りしめると、男に向って殴りかかりました。

「うわ! 何しやがる」

驚いた男は叫びますが少女は怯みません。少女にはかつて習い覚えた剣術の知識がありました。

例え、今の体がやせた少女でも、例え習い覚えたのが前世の経験でも、必死で振るわれる少女の(ちょうな)は、戦ったことの無い者にとっては、侮れないものでした。

男は少女の振るう(ちょうな)に対して、自分が持っていた古ぼけたナイフで応戦を試みますが、少女は巧みに(ちょうな)を操り反撃を許しません。

しかし、少女は何故他人の家に押し入り、食事をしていた男性に襲いかかったのでしょうか。


それはなんと、マッチ売りの少女が見た幻が、みすぼらしい身なりでナイフを持った強盗が、裕福な老人の家に押し入った光景だったのです。


終に男は少女の一撃を受けると、ようやく己の不利を悟ったのか慌てて逃げ出します。

少女は男を家の外に追いやると、暫く男を睨んでいましたが、男が完全に逃げだしたと判断し、玄関を施錠して先程の部屋に戻り、倒れていた老人を介抱します。

幸い老人は意識があり、一部始終を目撃していました。

元々老人は足が悪く、怪我は無いものの起き上がって、逃げることができなかったのです。

そこで強盗は老人をしばし放置し、テーブルにあった豪華な食事を食べていたのです。

老人は少女に礼を言うと尋ねました。

「君は何故ここにきたのだい。この部屋は通りからは見えないはずだけど」

少女は笑顔で答えます。

「私は人呼んでマッチ売りの少女。マッチの炎の中に様々な光景を見ることが出来ます。そして倒れたおじいさんと、ナイフを持ったみすぼらしい身なりの男の幻を見ました。だからおじいさんを助けるために走ってきました」

老人が少女の姿を確認すると、少女の足は泥で汚れて、所々血が出ていることが分かりました。

少女は言います。

「おじいさん。私はこの寒い夜に父親に言われて、マッチを売っていました。しかしこの寒さです、このままでは、私は明日の朝を迎えられると思えません。正直に言います。おじいさん、貴方を助けたお礼をください。多くは望みません。暖かな服と食事、床でかまいませんので一晩の寝床を提供してください」

老人は少女の言葉に、目を見張りましたが、ふっと表情を緩めると、立ち上がって静かに食卓の椅子を引き少女を促します。

「お腹が減っているだろう。先ずは温かいスープを飲みなさい。チキンはあの男に食べられてしまったが、パンならまだあるから用意しよう」

そして老人は湯を入れた桶と清潔な布を持ってきて、少女の足を優しく洗っててあてしてくれました。

食事の後は新しい布で体を洗うように言われ、少女は老人の言うとおり体も清めました。

「さあ、服を着替えようか。死んだ妻のもので申し訳ないが、今着れそうな服はこれしかないんだ」

少女が老人の持ってきた服を見ると、それは女性用の寝巻きでした。

「詳しい話は、明日にしよう。さあ寝室に案内するから、今日はもう休みなさい」

少女が老人についていくと、そこはゲストルームでした。もちろん確りしたベットと暖かな布団があります。

それは少女の家にあるものとは比べようも無い豪華なもので、少女はあっという間に眠りに付きました。

少女を寝かせた後、老人は考えます。

マッチの炎に浮かぶ幻というのは、老人には理解できない話でした。それに、少女の身なりから察する生活水準で考えれば、少女はまともな教育すら受けていないと察することが出来ます。ですから、老人は馬鹿なことを言うなと少女を一蹴する事もで来ましたが、あえてそれはしませんでした。

それは、少女の目に宿る強い意志と垣間見える知性に、老人が強い好意を抱いたからです。

少女は老人に対し、明確に助けた御礼をしろと迫りました。ともすれば、単に強欲な少女と判断してしまいそうになりますが、少女は老人よりも絶望的な状況中、自身の危険を顧みず駆けつけたといい、さらには“多くは望まない。だけど貴方の助けが無ければ私は死にますよ”と、老人を脅してきたのだ。

なんと肝の据わった少女であろうか。

少女には強い意志と大人顔負けの交渉術があり、頭の回転も速い。その上テーブルマナーもある程度習得している。あの身なりでは相当貧しい生活をしていたと思うが、親がマナーを教えたのであろうか?

老人は不思議な少女を死なせたくない、叶うことなら自分のもとで、育ててみたいと思い始めていました。

『今日と明日は、メイドや執事に休みを与えているが、明後日には家へとやってくる。そうしたら少女の身元を調べるように記した手紙を、かつての部下のもとへ届けさせよう。こんな夜に子供を働かせるロクデナシには過ぎた娘だからな、私が引き取って確り育てよう』

老人には若くして亡くした妻がいただけで、子供も後妻も有りませんでした。

数日後、老人は少女に養子縁組を持ちかけ、自分の養子として正式に跡継ぎとしました。



少女は夢を見ていました。

その夢は、死んだ祖母が暖かな料理を前に、自分を手招きして微笑んでいる夢でした。

少女は思いました。

『ああ、なるほどそういうことね』

だから少女は祖母に対して、思っていたことを言ったのです。

『ごめんなさい。私クリスチャンでは無いので、神の御許へ行く幸福って理解できないんです。あの貧乏な絵描きの子が飼い犬と共に昇天した話も、天使がお迎えにきたからハッピーエンドって解釈があるみたいですけど、私、あれ納得できないんですよ、そして私もたぶん同じ運命でしたよね? でも私は死にたくないし、死んで幸せとか理解できないので、まだまだ、そちらに行く気がありません。

それが運命でも全力で抗って見せますよ。それに私、前世の日本人で警察官をしていた記憶を取り戻してるし、なんと言ってもマッチの炎で見たい景色を覗き見られる、この千里眼のような能力って、チートだと思うの。この能力があれば、あらゆる捜査に応用できるわ。この時代に個人情報保護法もありませんから、容疑者の行動丸見えですよ。実際、あのおじいさんだって、私が走っていける距離で発生している事件の情報を願ったら、幻で見ることが出来たのだもの。それに、科学捜査は出来なくても、前世の警察知識は役立つはずよ、だから、あと50年ぐらいは生きて、確り出世してみせるわ。今死ぬなんてありえないの』

光の中の祖母は若干口元を引きつらせた笑顔で、静かにゆっくり天に昇って帰りました。


こうして、元王室近衛隊長であった老人と、前世で日本の警察官だった少女はめぐり合いました。

少女は前世の記憶を取り戻したことで、老人に保護され雪の中で凍死する運命を逃れたのでした。























評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ