山賊が金髪巨乳のエルフだったときの冴えた方法 プロローグ
「ヒツジ君、一緒にお仕事する気ない?」
それは、我らが愛すべき社長――浮土長春だった。三白眼に緩んだ口元。整髪も中途半端であれば、ヒゲも剃り残しがちらほらと覗いている。とにかく怪しいおじさんである彼が声をかけてきたとき、牧野洋介は気づくべきであった。
ロクなことにはならない、と。
だが、イカイ観光社に入社してまだ二ヶ月である彼にはそれがまだ分からなかった。もし、これがメリーさんこと久米梨衣であれば、その経験によって「あっ、私まだ仕事が残ってんだー。いけないけない。社長、ちょっと手が離せないので今度ということで!」、と逃げていたに違いない。
「いいですけど、何するんですか?」
彼はこのとき軽い気持ちで返事をしてしまったことを大いに後悔することになる。
「いやー悪いんだけど新しく観光ルートを作ったドワーフの村まで荷物を引取りに行くんだけど、今後は君たちにも行ってもらうこともあると思ってね」
不気味な微笑みをたたえた浮土が洋介の間近で言う。浮土の顔が近い。彼は仰け反るようにして言葉を聞くと首を縦に振った。それをにぃと口を広げて確認すると浮土は「じゃー行こう。すぐに行こう」、と笑った。
それから二時間後、洋介は山賊に監禁されることになる。
ただ、山賊はただの山賊ではなかった。エルフの山賊だったことがのちに大きな問題になる。しかし、不幸にも人質となった洋介にはそれさえも些細な問題であった。頭に浮かぶことは一つだけだ。
もう二度と浮土と仕事はしたくない。
「おとなしくしている限り、お前の命は保証しよう。だが、よくあんな上司のもとで働いているな。もしかして、お前は奴隷なのか?」
金髪を風になびかせ、古めかしい杖を握り締めたエルフは呆れたような顔で洋介を見た。楔石のように鋭い輝きを満たした緑色の瞳の持ち主は、長い耳と暴力的に蠱惑的な胸の持ち主だった。誰もがイメージする金髪巨乳のエルフがそこにいた。
普段ならその絵から出てきたような姿に見蕩れていただろう。しかし、人質として手足を縛られた洋介にその余裕はなかった。
「奴隷じゃない。正社員だ」
「正社員? 囮として捨てられるのでは奴隷と変わらぬ気がするが、まぁいい」
「で、どうすれば俺は開放されるんですか?」
洋介の問いにエルフは大いに胸を張って言った。
「あの軽薄な雇い主とドワーフたちが身代金を払えば、お前は晴れて自由の身だ。払わぬときはただ星がひとつ流れることになる。だけど、安心して。楽に死ねるように取り計らう。私を信じて欲しい」
清々しいまでに真摯な瞳でエルフは洋介を見つめると杖を掲げてみせた。
この状況で何を信じろ、というのだろうか。洋介はこの世に信じられるものは自分だけだと知った。
「君を信じても殺されるときは殺されるんだろ?」
「ん? まぁ、そうだ。だけどお前が奴隷じゃないなら、普通の雇い主なら金を払うに違いない。あと、私の名前はエルザだ。短い付き合いだろうがよろしく頼む」
エルザと名乗ったエルフは丁寧に頭を下げた。このとき大きな胸が大きく揺れたが、洋介の心を癒すことはなかった。なぜなら、彼の上司である浮土が普通の雇い主であるとはとても思えなかったからだ。なによりも浮土が洋介を犠牲に逃げ出したときの捨て台詞が頭に残っていた。
「ヒツジくんすまない! いまは君を贖罪の山羊にするしかないんだ。まぁ、ヒツジもヤギも漢字すれば一緒だし、いいよね。あと、そこのエルフたちには目に物を見せてやる。覚えてろよ!」
悪党が言い放ちそうな台詞を残した上司が今どこにいるかは洋介には分からない。
だが、きっと良くない企みをしていることだけは分かる。
洋介は「ああ……」、とため息を吐くと天を仰いだ。