旅は道づれ世は魔王と勇者ばかり プロローグ
旅は道づれ世は情け、という有名なことわざがある。
かつて旅行は危険と隣り合わせであった。行倒れや追剥などに加え、天候不順や流行病といった多くの苦難が旅人のそばにはあった。そんな危うい旅路に頼れる同行者がいるというのは随分と心強いものであったに違いない。
そして、現在の旅行はかつてより安全で安心できるものになった。
電車は定刻通りに駅に現れて、時間通りに目的地へおろしてくれる。飛行機や新幹線は距離と時間の壁を一気に短縮した。徒歩で七日かかった道のりが今では二時間半しかかからない。それがいまどきの旅行である。
だが、昔も今も変わらないことがある。
それは旅の道づれは選ぶことができない、ということである。
旅の友が善人であればその旅は良きものだろう。しかし、それが逆となるとどうなのかは明らかであった。
「メリーさん、どうするんですか? めっちゃ険悪なんですけど」
牧野洋介は隣で車内アナウンス用のマイクを握ったまま途方にくれている久米梨衣に耳打ちをした。梨衣は人工的に染めた空色の髪をなでると、洋介に言った。
「私だって知らないよ。そんな魔王様一行と勇者一行が一緒のバスツアーに来るなんて考えたことないし」
座席を見れば、いかにも魔王ですという真っ黒なマントに山羊のような二本の角を頭に伸ばした少女が憤りを顔いっぱいに満たしている。彼女の隣には同じく真っ黒な衣をまとったほっそりとした中年男性が座っており、彼は少女のことを心配げに見つめている。彼が普通の中年と違う点があるとすれば真っ黒な翼がその背に生えていることだけだった。
「宰相! どうして枯れ果てて今にも焚付に使えそうな勇者がおるのだ。加齢臭がきつくてとても旅を楽しめる環境ではない」
少女は通路を挟んで反対側の座席に座る三人の老人にわざと聞こえるように言った。
「勇者よ。お前さんは加齢臭がキツイそうじゃぞ」
体格のいい老人が小太りの老人に笑いかける。
「なにをいう。女神に愛された勇者であるわしから加齢臭なぞするわけないじゃろ。戦士、お前さんは昔から汗っかきのワキガ持ちじゃ。臭いのはお前だ」
勇者と呼ばれた小太りの老人は体格のいい老人に怒りをぶちまける。その後ろでは禿げ上がった老人が開いているのか閉まっているのかわからない目で二人の老人を見ていた。
「そうじゃ。六十年前から勇者も戦士も臭かった。臭かったのう……」
禿げた老人がかすれた声をだすと、勇者と戦士はしわしわになった細い指で禿げた老人を指差した。
「お前も十分臭かった」
「僧侶は腐った牛乳みたいな匂いじゃった。お前がいるだけで魔物も襲ってこんほどじゃ!」
三人の老人はそれぞれに罵り合うと所々に抜けた歯を見せて笑った。
「……どうして、お祖父様はこんな勇者に敗れたのか」
魔王はまだ幼く可愛らしい瞳を細めて三人の老人を睨みつけた。
「魔王様……。ここは我慢です。あの老いぼれどもが女神の加護を受けていると言ってもいずれは寿命を迎えます。そのころには魔王様は今よりもご立派に成長されておるはずです。いまはどうか堪えて、魔族たちが豊かな生活をできるようにこの機械世界で学びましょう」
洋介たちが異世界と呼ぶ世界の人々は、洋介が住む世界のことを機械世界、と呼ぶ。彼らの世界では魔法やドラゴン、ゴースト、といった洋介が架空の存在だと思っているものが普通に存在する世界だ。だが、反対からみれば機械によって魔法の如き現象を引き起こすこの世界は彼らから見ればまた架空世界ように見えるに違いない。
「負ける、ということは辛いものだな……」
魔王は自らを悔いるように溜息をついた。
「なんのなんのわしらはしぶといぞ。今回の旅行ではスパで『でとっとくす』するんじゃ」
「お嬢ちゃん魔王などいまでもひと捻りじゃからのー」
「もっとボンキュボンになってからがええ。こう、ぼいーん、ぼいーんと」
三人の勇者一行は悲壮感が漂う魔王一行とは逆に好き勝手なことを言っている。洋介は判官贔屓だとは思いつつも魔王を応援したくなった。ただ言えることはただのエロ爺さん集団となっている勇者と憂いる幼い少女では圧倒的に後者が正義に見える、ということであった。
そんなことを考えていると梨衣が洋介の方を見ていた。
洋介がそれに気づくと彼女は少し不機嫌そうに「ロリコン」、と洋介をせめた。
「いや、メリーさん! 違うから!」
彼は首を慌てて左右に振ったが彼女の眼は氷よりも冷たかった。