山賊が金髪巨乳のエルフだったときの冴えた方法(下)
「ヒツジ君。ここはひとつ真面目に勝負させてもらうからね」
上下を白銀のミスリルでかためた浮土長春が笑う。口の動きに合わせて兜がガチャガチャと音を立てる。ひと目で身の丈があっていないことが分かる。牧野洋介は自分の上司を白けた目で見つめた。
小高い丘の上にある廃砦はところどころ壁が崩れてはいるが、丘の下を見下ろすには十分であった。エルフたちは高台で弓を構えてドワーフたちの襲来に備えている。洋介と浮土が出会うことにったきっかけはネットゲームであった。五十対五十攻城戦MMO『Siege of Drogheda』。通称SDにおいて浮土の戦いは方は非常に簡潔なものである。バーサーカーと呼ばれる脳筋丸出しのキャラクターで城門や人を殴りつけていくスタイルである。そこには駆け引きなどなく。ただ力押しがあるだけである。
「ゲームで見るより弱そうですよ。現実の社長はバーサーカーみたいにムキムキじゃないんですからそんな鎧着てるとバテますよ」
そう。ネット上での浮土は『素レイヤー』と呼ばれる気骨逞しいキャラだが、現実の彼は胡散臭いおじさんである。腹こそ出てはいないが、体力がある風でもない。鎧をつけて走ればすぐに息切れを起こして倒れるに違いない。洋介は相手をそう判断した。
洋介たちが篭る廃砦から見える敵は約三十人。ドワーフたちは揃いのミスリル鎧に棍棒を携えてゆっくりと進んできている。その先頭を歩いてくる浮土は妙に自信げであった。
「ヒツジ君こそ、ゲームと違って『虹色の羊』も連れていない君が俺の敵になると思っているのかな」
虹色の羊とはSDに登場する囮のCPUである。洋介が使っていた羊飼いというクラスだけがデコイとして使えるものだ。プレイヤーはこの羊を囮にして敵を誘導したり、防御線を張るのである。
「社長みたいに突っ込んで来るだけの人にそんなもの必要ないでしょ。それに前から言おうと思ってたんですけど、社長のチームは短期決戦狙いのプレイヤーしかいないじゃないですか。社長もそうですけど、『まじかるラム☆』なんて開始五分で出オチしてるんですよ!」
「ああ? いいだろう。圧倒的な火力で相手を蹂躙する。ロマンじゃないか」
洋介や浮土が所属するチームには『まじかるラム✩』というプレイヤーがいる。
ステータスの九割を魔法攻撃に振分けた傾いたキャラだ。ゲーム開始と同時に大規模魔法を使って敵味方に被害を出した挙句にMPがゼロになるという完璧な出オチスタイルと『敵も味方もまとめて一掃だミ✩』という決め台詞で多くのプレイヤーの怒りを集めている。
「どこがです。戦場を戦術もくそもないずぶずぶの泥沼に変えてるだけですよ」
「ヒツジ君はまったく分かっていない。そのずぶずぶこそが面白いんじゃないか。本物の戦争みたいにカチカチしたゲームなんて面白くもないさ」
洋介はさらに何か言い返そうと思ったが、背後から服の袖をひかれてやめた。背後では弓を握り締めたエリザが射っていいか、と無言で尋ねていた。浮土たちとの距離は約二百メートル。エルフの技術なら難なく射抜けるに違いない。しかし、今回は戦争ではない。陣取りゲームだ。
殺し合いにならないようにドワーフたちの武器である棍棒や角材には布が巻かれているし、エルフにしても矢には矢尻はついていない。この距離で当てても鎧にはじかれるに違いない。だが、射つべきだった。
「やってください、エルザさん」
洋介が言うとエルザは仲間のエルフたちに手で合図を送った。風を切る音が一斉に鳴った。その直後にドワーフたちの野太い声と金属音が響いた。見える限り効果はない。だが、牽制としては十分だった。ドワーフの歩みは止まっている。
「いい気味じゃないか。私も一矢、射たせてもらおう」
エルザは金色の髪をなびかせて弓を引いた。その姿は凛として美しかった。だが、洋介はそれを凝視できずに少し顔を背けた。彼女の巨大な胸は革製の胸当てに収められているのだが、彼女が矢を放つときに生じる衝撃だけは抑えきれないようでボヨン、と揺れるのである。
放たれた矢は青い空に弧を描いて浮土の頭に見事に当たった。ブカブカの兜は衝撃で見事に凹んでいた。矢尻がついていれば、彼はもうこの世にいないに違いない。
「見事なもんですね」
「私は弓に関しては一族でも名手なのです」
褒められたエルザは少し照れたように微笑むと胸を張ってみせた。よく本なので読むエルフは弓に長けているというのは事実らしい。一方でドワーフたちはこの手の飛び道具は持っていならしく矢を防ぐための盾を構えて五人ごとの小集団でこちらにじりじりと近づいてきている。
浮土は凹んだ兜をかぶったままこちらに向かっているが、足元がおぼつかないらしくドワーフから手渡された杖をついている。
「社長! 降伏したらどうですか?」
「ヒツジ君。君は分かっていない」
浮土は他人をあざ笑うように口を横に広げる。彼は手にした杖をかかげると洋介が知らない言葉を唱えていた。それに反応したのは一部のエルフとエルザだった。彼女たちは慌てて弓を杖に持ち替えると地面や壁に文様を刻んだ。
洋介がその様子に驚いていると、浮土は「遅いんだなぁ」と悪戯な微笑みをみせた。
『風よ吹け。頬を吹き破らんばかりに吹け。吹き荒れるだけ吹け。塔もやぐらも押し流せ』
それは魔法というのに相応しいものだった。青く晴れ渡っていた空は浮土の言葉にうながされるように分厚い雲を生じさせ、どす黒い雲から降りてきた風の渦は竜巻となって大地を根こそぎなぎ払った。エルザたちが刻んだ文様は、浮土の起こした大風を受け止めるように岩の壁を生み出したがその多くは巻き上げられていった。
洋介は天に吸い込まれそうになっているところをエルザに救われた。彼女は大地に伏せている洋介のうえに重なるように伏せると杖からバリアのような光の壁を作って自分と彼を守った。竜巻が去ったときエルザの瞳には怒りと驚きに満ちていた。
「ふざけてる。一人で攻城魔法を起動させるなんて。あいつは一体なにものなのです?!」
エルザは洋介に覆いかぶさったまま彼に訊ねた。洋介は密着する背中にエルザの豊かな胸の感触を感じていたが、それ以上に浮土が魔法を使ったことに驚いていた。
「いや、え? 社長が魔法を使えるなんて」
答えに窮する洋介をあざ笑うように砂埃の向こうから浮土の声がした。
「驚いたかい? 俺が日本初の異世界旅行会社をやっている時点で気づくべきだったね、ヒツジ君。浮土長春は稀代の魔法使いなのだよ。別に童貞のままながーい時間を過ごしたわけじゃない。ただ本物の魔法使いだということさ。二つの世界をつなげることもできれば、今みたいに天候さえも操れる。そんな魔法使いなのだよ」
どうせなら童貞の方の魔法使いでいて欲しかった、と洋介は思った。だが、現実は認めなければいけない。浮土はまごうことなく魔法使いなのだ。辺りを見渡すと五十人いたエルフがいまは二十人ほどしか見当たらない。さきほどの竜巻に巻き込まれたのだろう。
「聞いたことありませんよ。社長」
「まぁ、言ってなかったからね。どうだい? 降伏しない? 幸福にはなれないだろうけどさ」
竜巻で巻き上がっていた土煙が晴れていく。浮土は廃砦ですぐそばまでやってきていた。不格好な鎧姿は変わらないはずなのだが、不気味に見えた。彼の背後ではドワーフたちが慌ててほったであろう穴から這い出して来ていた。彼らは土にまみれた姿のまま口々に言った。
「ミスリル装備じゃなかったら危なかった」
「穴掘りが得意で良かった」
「とんでもない奴だ。仲間も巻き込みおった」
洋介はどこかで見た光景だと思った。
「社長……、見事にやりましたね」
「すごいだろう。敵も味方もまとめて一掃だミ✩」
無精ひげの中年がかた目を閉じて可愛らしく言ったそのセリフはとても気持ち悪かった。同時に洋介は確信した。土埃にまみれた自分の身体とエルザを抱き起こすと彼は極めて冷たい目を上司に向けた。
「……なるほど。社長が『まじかるラム✩』だったんですね」
「な、なにを言ってるのかなぁ。おじさんには分からないな。語尾にミ✩なんてつけたこともないからねぇ……」
「エルザさん、思いっきり射ってください。あの人にはもう力はありません」
頬に冷や汗を垂らす浮土を指差すと洋介は言った。エルザは大丈夫なのか、と不安げな顔を彼に向けた。もう一度魔法が来れば抵抗のしようがない、そう言いたげな表情であった。洋介は彼女の不安を打ち消すように明るい声をだした。
「あれはもう魔法なんて使えませんよ。出オチの名手ですから」
「よくわからないが、やってみよう」
エルザが弓を構えると浮土は数歩後ずさりをした。
「待て話せばわかる。ほら世の中、ラブ・アンド・ピースじゃないか。種族の違いも乗り越えられるさ。おじさんは弱い生き物なんだ。何度も射掛けられたらホントに死んじゃうからね。ねっ!」
エルザの矢は正確に浮土の眉間に当たった。
鈍い金属音と胡散臭い中年の悲鳴が荒野に響く。
十射目には浮土は地面に崩れ落ちたまま動かなくなった。ドワーフたちはそれを冷ややかに眺めている。彼らにとって浮土は仕事を運んできてくれる人間ではあるが、さきほど盛大に魔法に巻き込んできた張本人でもある。率先して助けよう、とは思えないらしい。
エルフとドワーフの冷ややかな眼に晒された中年を洋介は、ゴミでも見るように見下ろした。
「社長。降伏してください。そして、エルフに賠償を。俺に謝罪を」
「くっ、なんて社員だ。社長にここまで牙をむく社員を俺は知らないよ」
べこべこに凹んだ鎧に身を包んだ浮土は、潰されたカエルのような姿でうそぶいていたが、エルザが十一射目を打ち込むと「もう、負けでいい」と、力なく言った。ドワーフたちはこのどうしようもない幕切れに困惑していたが特に文句は言わなかった。
洋介はもはやボロ雑巾のようになった浮土の腕を掴むとゆっくりと立たせた。浮土はよろよろと立ち上がった。
「ヒツジ君、君は勝ったつもりだろうがツアーがなくなればドワーフたちは困窮するぞ。この世界ではもう武器の需要はないんだ。彼らは優れた技術を持ちながらそれを使うところがないんだ。それをどうするつもりだ」
「かと言って彼らが武器を作ろうとすれば、金属の錬成の過程でエルフたちの土地では自然破壊がすすみます。それは見過ごせないでしょう。社長はそれを助長していたのですからエルフに賠償する必要があります」
洋介は思う。何事にも裏と表がある。それは常に一体で片方だけということはない。
「なら、どうするね?」
浮土は洋介を試すように訊ねた。
「それですけど、ツアーで造った武器って持ち帰っても使い道がないって社長知ってます?」
「……えっ? でもお客は伝説の武器が造りたくてツアーに来てるんだよ」
「そうなんですけど、造った武器って基本的に銃刀法違反なんです。どこかに持っていけるわけでもなければ、どこかで使えるわけでもない。つまり、お客さんは家で武器を持て余すことになっているんです。なら、造るのはもっと現実的なものでいいと思いませんか?」
洋介が言うとドワーフたちが不満げな顔をした。彼らは食器や包丁など造りたくないのだ。それはドワーフでなくても造る事が出来る。自分たち種族ができる技術を誇りたいのだ。
「彼らに鉄の包丁や鍋を造れというのかい。それは職人としての彼らを否定しているよ」
「いえ、否定はしません。ただの包丁や鍋を造ろうとするから変になるんです。俺らの世界でも刀匠が造る包丁は高値で取り扱われ、海外の料理人にも喜ばれています。ならドワーフの技術を集めた包丁や鍋っていうのもありなんじゃないですか」
ドワーフたちは不思議な話でも聞いたような顔をするとひそひそと話し出した。
「ミスリルの包丁って売れるのか?」
「魔力を帯びた生き物をさばくにはいいかもな。ドラゴンとかマンドレイクとか」
「それならドラゴンスレイヤーのように特殊な形状の刃なら鉄で、硬いサハギンのウロコ取りができるかもしれんな」
探せば需要はあるのだろう。彼らはしばらくひそひそと話していたが、最後には人一倍立派な髭をしたドワーフが「うまくいくかわからんが、有りという答えになった」と言った。
「社長。こういってますけど?」
「くっ……。なら、エルフはそれでいいのかい?」
「私たちは森が維持できれば文句はない。とりあえず、穴ボコは埋めて欲しいけど」
エルザは呆れ果てたというような苦笑いを浮かべるとドワーフに言った。ドワーフたちはならば埋めよう、とあっさりと同意した。置いてきぼりにあった浮土はしばらく唸っていた。
「では、これで解決ということで」
洋介が言うとエルザとドワーフはおっかなびっくりという様子で手を握った。それは小さな変化であった。ただの妥協だったのかもしれない。それでも洋介は良いと思った。
「いや、まだだ。まだ、解決していない。ヒツジ君」
暗い目を洋介に向けながらゆらゆらと歩く浮土はまるで幽鬼か幽霊のようであった。
「なにが残っているって言うんですか?」
「これだよ。コレ! 俺の車そこで横転して窓ガラスもバキバキなんですけど」
それは洋介と浮土が乗ってきた芥子色のカブトムシと呼ばれるドイツの古い車であった。車はエルザたちエルフが撃ち込んだ矢と魔法でほぼ廃車という様子であった。洋介はそういえばあったな、と遠に昔のことのように車を眺めた。
「社長の悪行のせいだと思って諦めたらどうです。いい人生勉強だと大人な対応を取りましょうよ」
「いや、ヒツジ君。ここにいるエルフとか俺らよりずっと年上だから。それが大人気なく攻撃してきた結果がこれだよ」
環境テロとも言うべき暴挙にでたことは確かに大人げないと言えるが、すべては浮土のツアーから始まったのだ。結局は浮土の責任だと洋介は思う。だが、浮土に詰め寄られたエルフの一人であるエルザは多少の非を認めていた。
「……確かにやりすぎた」
「よし、弁償だ!」
鬼の首を取ったように浮土は言うと、エルザに「金貨百枚」といった。以前、金貨一枚で八万円だと聞いたことがあるので八百万円を吹っかけたことになる。洋介は呆れた顔で浮土の近づくとエルザにも聞こえるようにいった。
「いくら高くてもその半分くらいですよ」
「ヒツジ君さ、本当に君は雇い主に冷たいねぇ。それともなにかい。金髪が好みなのかい? それとも巨乳の方か! このむっつりめ」
浮土の発言にエルザが胸元を押さえて洋介を睨みつける。彼は顔を左右に振って否定するが彼女は疑いの眼差しをやめなかった。
「社長! そうじゃないでしょう」
「まぁ、いいよ。金貨五十枚にまけとく」
浮土はひどく深い溜息をついた。どうやら本気であの車のことは気に入っていたらしい。
「……えっと、なんというかのですが」
エルザがひどく言いにくそうに口を開く。彼女は洋介の腕を引っ張って彼の耳に囁いた。
「エルフは一族の中で物々交換だからお金ってないんだけど……。お金ってどうやって稼ぐべき?」
洋介は目がくらむ気がした。
流石に閉鎖的な種族とは言え交易くらいはあると考えていたのだが、それもほぼ皆無とは考えてもみなかった。そうなると方法は限られている。
「身体で返すしかないですね」
エルザに洋介がいうと彼女はヒッと息を飲んで赤面した。
「……あなた、やっぱり私の身体が目的!」
身体を抱くように手を交差させるとエルザは獣でも見るような瞳で洋介から距離をとった。このときになって彼はようやく言葉がうまく伝わっていないことに気づいた。
「いや、違う。身体でっていっても働くって意味で!」
「どんな卑猥な仕事をさせようというのですか! これだから人間は信用できないのです」
それから彼女をなだめるのに随分と時間がかかった。
「社長、エルザさんにはうちで働いてもらうってことでいいですか?」
「……ヒツジ君。君ね、社長を抜いて勝手に人事を決めるんじゃないよ。まぁ、バスガイドは一人しかいなかったからいいんだけどさ。なんかしゃくぜんとしないよ。今回、俺は損ばかりじゃない?」
こうしてイカイ観光社にもう一人バスガイドが増えた。