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異世界旅行のイカイ観光社へようこそ!  作者: コーチャー
第四章 山賊が金髪巨乳のエルフだったときの冴えた方法
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山賊が金髪巨乳のエルフだったときの冴えた方法(中)

「きっと、社長たちはもっと装備を整えてやってくる。こちらも用意を整えないと!」


 牧野洋介まきの・ようすけは自分を監禁しているエルフに少し慌てた口調で言った。エルフは面食らった顔をした。この風変わりな人質は、なぜか仲間である人間やドワーフを擁護せずにエルフの味方をするような発言ばかりしている。


「エルザさん!」


 今度は名前を呼ばれてエルフは、この人間が自分に声をかけているのだと気づいた。


 エルザは人間が嫌いだった。姿かたちはエルフに似ていても寿命ははるかに短く儚い。そのくせに地上の王だと言わんばかりに振舞うその有り様は嫌悪の対象であった。知識ではエルフに劣り、精錬などの技術では小賢しいドワーフに劣る。力にいたっては動物にさえ劣る。そんな彼らが頼りにするのはその数だった。産めや増やせで彼らはあっというまにエルフの土地を侵食した。


 人間のせいで住処を移したエルフをエルザは百はそらんじることができる。


 森を育てるためには二百年ほどの時間がかかる。だが、壊すのは一瞬だ。今回のようにドワーフや人間はただ壊し、奪っていく。野蛮な種族としか言いようがない。なのに目の前にいる人間はなぜ、こちらの肩を持つようなことばかりを言っている。


 エルザを油断させようとしているのか、とも考えたがこのヒツジ、と呼ばれる人質は真剣であった。


「言われなくてもわかっています。というか、あなたは一体どういうつもりなのです。あの軽薄な男はあなたの雇い主でしょう。それなのにどうしてあなたはこちらの味方のようなことばかりいうのです」

「……それは、社長たちがやっていることが間違っているからです」


 洋介は自分を恥じるような顔で言った。エルザはそれを見て困惑していた。人間は人間の道理を通す生き物だ。自分たちの種族が生存圏を広げるためにならどんなことでもする。エルフ古来の土地でもそこに契約がなければその土地はだれものでもない、と勝手な理屈を述べて侵略をする。代が一代変わるだけで交わしていた契約を無効だと言って攻め入ってくる者もいる。


 彼らは自分たちが正しいとは思っていない。だが、理屈を重ねてそれを忘れた顔をするのである。人間はわざと忘却する生き物なのだ。だというのになぜ、この男は理屈をつけて非を忘れ去ろうとぜず、認めようとするのか。エルザには理解できなかった。


「分からない。人間は集団の意向に従うものでしょ? あなたの上司はそれを間違いだとは言わない。それなのに部下のあなたはそれを非難する。あなたの言動は集団を破綻させかねない」

「確かに俺はイカイ観光社の社員です。良い社会人なら会社の意向に合わせるのでしょうけど、残念ながら俺は悪い社会人なんですよ。だから、社長のいうことでも間違っているのなら賛同はできないし、一泡吹かせてやりたい」


 エルザは目を丸くして洋介の言葉を聞いた。人間は集団でこそ強い生き物だ。反対に言えば、集団から離れたはぐれた人間は弱い。それこそ牛や羊にも負ける程度の生き物だ。それなのに彼は集団の長を非難している。自ら群れから離れて生きていけない種族だというのに。


「あなたは本当に人間?」


 怪訝な顔をするエルザに洋介は、少し苦笑いをして「人間ですよ」、と答えた。


「嘘。きっとなにかが人間の皮をかぶっているのでしょ」

「人畜無害な羊の皮くらいなら被っているかもしれません」


 洋介を頭からつま先まで眺めてみる。もふもふした羊毛は見えない。エルザは知っている。人間たちが飼い慣らした羊にだって角はある。毛刈りの際に危ない、という理由で切り取られてしまうから気づかない者もいる。だが、羊たちは密かに角を隠し持っているのだ。


「その割には螺旋の角が見え隠れしているようだけど、いいの?」

「本当ですか?」


 洋介は少し慌てたような表情で頭を押さえてみせるが、当然そこには角はない。少し表情のゆるんだエルザに洋介は質問をぶつけた。


「エルザさんは人間がどういうものだと思ってるんですか?」


 エルザは黄金の髪を手櫛でかきあげると、少し考えて言った。


「ずるい種族だ。そして、すぐに死ぬ種族だ」

「エルフは長寿でしたね」


 物語に登場するエルフの寿命は長い。人の一生などあっという間に思えるほどだ。


「人間が二十回代替りしても私たちは変わらない。森も変わらない。だというのに人間はすぐに変わっていく。そして、あなたたちは常に私たちを裏切ってきた。私はもう失いたくはない」


 彼女は裏切られ続けてきた。過去にはエルフに好意的な人間もいた。だが、彼らはエルフよりもはるかに短い命だった。好意的だった人間の後釜が必ずしもそうとは限らない。ゆえに彼女たちは人間の変節を憎んだのだ。


 洋介は思う。


 時間の流れが全く違う。木々の成長を朝顔の成長と同じように感じられるエルフとそうではない人間では、感覚が全く違うのだ。それでも彼女たちが人間に裏切られた、と思っているのならそれは信頼されてた時代もあったのだ。失望は信頼の裏側だ。それがなくてはそんな気持ちは存在しない。


「人間を信じてください、とは言いません。でも今回だけ俺を信じてください」


 根拠のない自信をみなぎらせて洋介は微笑んだ。エルザは透き通った緑の瞳を洋介に向けると「人間を信頼なんてしません。でも、勝つまではヒツジさんの意見は聞いてあげます」と言った。


「エルザさん、ありがとう」

「別に意見を聞くだけです。それにヒツジさんが裏切る可能性を私は決して捨てません。変な行動をすればわかっていますね?」


 厳しい口調であったがエルザの表情は明るいものであった。洋介は少しほっとした。

 浮土に反撃するには洋介だけでは力不足だった。浮土には道具造りに秀でたドワーフ達がついている。彼らの頑強な肉体とその器用さは様々な神話やツアーを通して洋介はよく知っている。


「そのときは皮を剥がれる覚悟をします」

「皮? ヒツジさんは羊なのだから皮よりも毛を刈られる覚悟をしてください」


 エルザは人差し指と中指を立ててチョキを作ると刈り取るような仕草を見せた。それはどこか楽しげであった。


「刈られるのは嫌ですから、せいぜいドワーフ。いえ、社長を狩ることに集中します」


 洋介は髪の毛を押さえながら笑った。


「せいぜい期待する。人間のヒツジさん」





「ヒツジくんはきっと大きな勘違いをしている。だから、もう勝ったようなもんだ」


 浮土は歯を見せてにやにやと笑うと、ドワーフの村長に言った。


「ホントかい? わしらはあんたらのツアーがなくなっちまうとまた銭を稼ぐ術を失う。いまどきは武器なんざ売れやしねぇ。魔王が大暴れしてたときは良かったんだがなぁ。いまは魔王も開店休業だし、わしらはどうしたもんか」


 戦争によって潤っていた、それは事実であった。ドワーフたちの作る優れた武器は魔王に怯える人々からの求めもあり、飛ぶように売れた。だが、魔王との戦争が終結すると武器は売れなくなった。平和な時代には武器よりも食器や装飾品、農機具などの生活必需品が売れる。そして、それらにはミスリルやアダマンタイン、という希少金属が求められることはない。


 職人として優れた武具を作ることは彼らにとってほまれであった。銀や金で優美な食器を作っても彼らはもう満足できなかった。


 自分たちはもっと優れたものを作ることができる。

 くわすきなんて人の子でさえ作れるものをどうして優れた職人が製作しなければならないのか。


 彼らは日々少なくなる収入とは裏腹に、技術に対する自負を膨らませていた。そこに降って沸いた武器の製造と購入を含めた伝説の武器製造ツアーはドワーフたちにとって、久々に自分たちの技能をめいいっぱいに使える機会であった。


「村長。まかせといてよ。だからさ、今度のツアーも頼むよ。いま予約が入っているだけでもう百二十組は決まってるからさ」

「そいつぁ、すごい。あと百二十振は作れるんだな。戦争が終わってもう無理かと思っていた」


 村長は皺ばった顔をしわくちゃにして笑った。ドワーフの寿命は人と変わらない。エルフのように長い命があれば何十年という忍耐のときも耐えられるのかもしれない。しかし、限られた命である彼らには我慢できなかった。


「さて、そこでだ。村長。エルフたちは弓と魔法の達人だ。しかし、ドワーフはそれに対抗する術がある。それをフルに使っていこうと思うんだわ」


「なるほど、つまり穴掘りと魔法を防ぐミスリルだな」

「どんな弓の名人でも地上にいない相手は撃てないし。彼らがどれだけ強力な魔法を使ってもそれを防ぐ防具があれば問題じゃない」


 浮土はもう勝った、というように口をにぃと開いて微笑んだ。


「エルフはそれでええだろうが、あんたの部下はどうなんだい?」

「ああ、ヒツジくんか。彼はなんの能力もないから大丈夫。これがゲームだったら彼ほど厄介なやつはいないけど、ここは現実だからねぇ。彼には何もできないさ」


 洋介たちが立て篭る廃砦を人の悪そうな顔で望むと浮土は、「どうにもならないことがあるんだよね、ヒツジくん」、と独り言を漏らした。

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