山賊が金髪巨乳のエルフだったときの冴えた方法(上)
「いやー、異世界の森を車で走る。実に気持ちいいじゃないの」
窓から入る風を浴びて浮土長春は口元だけで笑って言った。
牧野洋介は操りなれない左ハンドルと固く入りにくいシフトレバーに四苦八苦して、浮土のような気持ちにはなれなかった。彼らが乗っている車は、かつてドイツの国民車としてカブトムシの愛称で親しまれていた。しかし、この車もいまでは約六十年落ち。一部の趣味人が愛好しているにすぎない。
芥子色のボディーは、どこか軽薄で信用しきれない浮土に似ていた。洋介は、未鋪装の異世界の大地を走るにはこれほど不向きな車もない、と思った。パタパタと大きな音を立てて回転する空冷エンジン。少しの段差で大きく揺れる足回り。さらに車内スペースのなさは、大人の男性が二人乗るだけで気持ち悪いまでの密着感があった。
まだ隣が見目麗しい女性であると言うのなら、まだ許せたに違いない。だが、現実は厳しく三白眼の身汚いおじさんが乗っている。これでため息をつかない人間がいるのならお目にかかりたいものだ、と洋介は横目で浮土を見て思った。
「このエルフの森を抜ければすぐに我らが愛するドワーフの村だ。彼らのおかげで新しいツアーは予約が殺到しているよ」
「そんなエルフの森を車で通っていいんですか?」
不信感丸出しの声で洋介が尋ねると浮土は、何でもないという風に答えた。
「大丈夫だよ。エルフは森のふかーいところで引きこもっている。ある意味、異世界ニートみたいなもんだからね。わざわざ、こんなところまで出てこないよ。それよりも早くドワーフの村に向かおう」
彼がドワーフの村に行きたがっているには訳があった。
浮土が先週から始めたツアーこそ『伝説の武器を作ろう!』である。この安直とも言えるツアーが大当たりしている。初回三十人程度を見込んでいたバスツアーは、箱を開けると五十人を超え、補助席をひろげなければならないほどであった。
これには武器作りの指導をお願いしていたドワーフたちも驚き。
「材料が足らねぇよ。ミスリルもアダマンタインもホイホイと出てくるもんじゃないんだ」
と、嘆いていた。それでも村中からかき集めてもらった材料で一回目のツアーは終了した。
いま二人がドワーフの村に向かっているのはツアー客が作った自称伝説の武器の磨きが終わったからである。これを日本に持ち帰ってツアー客の自宅に郵送すれば、お仕事終了である。少し前に流行った一日陶芸ツアーに似た仕組みだと洋介は思ったが口にすることはしなかった。
森の中を続く道は、ところどころ大きなくぼみがあったり、ぬかるんでいる所があり浮土の愛車である芥子色のカブトムシは危ない動きを見せながらもなんとか進んでいる。
大きな水たまりを越え、茶色の水しぶきを飛ばしてようやく森から抜ける瞬間であった。車が大きく跳ねあがり、車体は坂道を転げ落ちるように横転して止まった。洋介には地面が爆発したように思えた。しかし、現実には、大きな土の腕が拳を突き上げるように隆起したのであった。
「あいたた、どうしてこんなところで横転するかねぇ」
頭を抑えながら浮土が這いずるように車から出る。運転席の洋介は目を回していたがシートベルトのおかげかめぼしい怪我はみられない。
「おい、ヒツジくん。起きるんだ。起きないと王子様がキッスしちゃうよ」
三白眼を細めて浮土が言うと、洋介は虚ろから目覚めた。横転した車の中から洋介は浮土を見上げて訊ねた。
「一体何が?」
「そりぁ、あそこにいるこわーいのに聞くしかないよ」
浮土は所々にヒゲが伸びた顎をしゃくると、森の出口に立っている影を指した。影は幽霊やドラゴンのようには見えない。それは人であった。ただその人影が普通でない点があるとすれば二つ。巨大すぎる胸と尖った耳であった。
「社長!? エルフですよ!」
「いやーエルフだね。これほどにもないくらいエルフだね。森の中にも何人か隠れてるし囲まれたね」
横転した車に肘をつきながら浮土は、気だるそうに言った。
「変な動きをすれば、殺す。お前たちには人質になってもらう」
エルフの女はそう言うと手にした杖を二人に向けた。
「ヒツジくんさ。ここで俺が逃げたら怒る? まぁ、怒るわな」
いつも以上に不誠実な声で浮土は語りかけるとにぃと口を広げて笑う。それは、詐欺師が鴨を見つけたように邪で、ネギはいつでも用意できるという顔だった。
「……まさか、とは思いますけど」
「そうだね。ヒツジくん。俺も辛いんだわ」
浮土は右手で、まだ車内に取り残されている洋介の肩をぱんぱん、と叩くと「ぐっどらっく!」と叫んだ。駆け出した浮土は、およそ普段からは想像がつかない俊敏さであった。仲間を見捨てて走り出す浮土に一瞬、あっけにとられたエルフが「えっ?」、と目を見開く。浮土はそこを見逃さずに地面から土をすくい取ると見事なアンダースローでエルフの目をめがけて投げつけた。
目潰し、といえばいいのかもしれないが、その動きは卑怯そのものであった。
「この! 人間が!」
エルフが杖を闇雲に振り回すが浮土には当たらない。
「ヒツジくんすまない! いまは君を贖罪しょくざいの山羊にするしかないんだ。まぁ、ヒツジもヤギも漢字すれば一緒だし、いいよね。あと、そこのエルフたちには目に物を見せてやる。覚えてろよ!」
目をこすりながらエルフが杖を構え直すと、周辺で小さな爆発音が連続したが、浮土が巻き込まれて痛がる声は聞こえなかった。破裂音が止んで洋介が横転した車から這い出したときには彼は森に隠れていたエルフたち。そして、悔しそうに杖を握り締めた巨乳エルフに取り囲まれていた。
「エルザ。こいつ一人だけになったがやるのか?」
弓を手にしたエルフが言う。エルザと呼ばれた金髪巨乳のエルフは、緊張した顔をした仲間を励ますように微笑むと「ええ、当たり前よ。森の未来は私たちの手にかかってるんだから」、と言った。
間延びした軽薄な声が聞こえる。
「君たちは完全に包囲されています。ねぇ、無駄な抵抗はやめて人質を開放してみない? いまなら気の迷いで終わるかもよ」
声の主は洋介の雇い主でありイカイ観光社代表取締役である浮土だった。彼は刑事ドラマに出てくるような黒い拡声器を片手にどこか信用できない笑みを浮かべている。
洋介が監禁されているのは、エルフたちの隠れていた森から少し離れた古い砦跡である。かつて勇者と魔王が異世界で覇権を争ったときの名残らしいが、いまはただの廃墟として時間の流れに埋没している。そして、いまこの砦跡を大勢のドワーフたちが取り囲んでいる。
彼らは硬い髭をたっぷりとたくわえ。手には彼らが作り上げたミスリルの防具やアダマンタインの武器を握り締めている。
「気の迷い? それはお前たちだ。貴金属を掘り出すために母なる大地にひっくり返し。穴ボコだらけにして異世界の住民相手に小金稼ぎ、とは恥ずかしいとは思わないの。それともネズミのように小さな種族はせせこましく小汚く生きるしかないのか」
金髪巨乳エルフ――エルザが冷たい緑色の瞳をドワーフ達に向ける。彼らの身長はエルフや人間と比べると半分くらいしかない。それが彼らにはコンプレックスなのかドワーフたちが顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。
「この長耳族め。技術のなんたるかもわからん田舎者!」
「寿命が長いことしか取り柄がない癖しやがって」
「魔法が使えるからって偉そうに! 森に引っ込んでろ」
ドワーフたちは地声が大きいらしく。拡声器なしでもその声が砦跡まで聞こえる。洋介は周りにいるエルフたちの様子を窺ってみる。彼らは基本的に整った顔に白い肌。輝く金髪。そして、長い耳が特徴である。確かに完成された美しさのある種族である。
彼らが排他的に森の中に住み続けるのもわからないでもない。
「私たちの要求は三つ! 森の開発の即時中止。傷ついた大地を戻すための資金として金貨三千枚。そして、異世界人による観光旅行を永久に止めることだ。この三つを認めなければ、この憐れな異世界人は臓を四方にぶちまけて死ぬ事になる」
この自然が生み出した美の集大成というべきエルフの中でもエルザは別格であった。均整のとれた輪郭に長いまつげ。すっきりとした鼻筋からきりっと見開かれた瞳からは楔石のような輝きが溢れている。衣服の上からでも分かる。大きな二つの丘は、男性はもとより女性さえも見蕩れてしまう魅力をもっている。腰の曲線はもはや芸術的と言って良いフォルムである。
これが自分を誘拐監禁している犯人でなければどれほど良かったことだろう。洋介はそう思ってこの出会いを残念に思った。そもそもいくら美しくても、自分の臓を魔法で四散させようと考えている相手とはうまくやれる気がしないのである。
「うんわかる。君がこの自然を大切にしている気持ちはわかる。だけどね。ドワーフの人たちだって人間と魔族との戦争が終わって売れていた武器がさっぱり売れない。もーびっくりするほど売れないのよ。武器のかわりにナイフやフォークみたいな食器を作ってみたけど、それもだめ。辛いんだよ、ドワーフさんたちも」
浮土はうんうん、と上辺だけの同意で首を縦に振る。
「辛い? 人の土地を掘り返しておきながら何を言う! 隣にいるドワーフに聞いて見なさい。どれだけ勝手な開発をしたか」
エルザは人差し指を伸ばして人一番大きな髭を蓄えたドワーフを睨みつける。
「ねぇ、村長? 結構、掘っちゃったの?」
「あーうん、まぁ、ちょっとやりすぎちまったかな、とは思わないでもないけど、そーとも言えない気がするんだ。わしは」
そう言いながら目線を合わそうとしないドワーフの村長は、砦跡とは反対側に広がる山の方を見つめる。そこには露天掘りの跡がクレーターのようにぼこぼことあった。穴の底は見えない。穴の周りにはドワーフが使ったであろう道具と掘削した土砂や岩がもろともに放置されている。まさに乱開発というのがふさわしい惨状であった。
「あらー、これは盛大にやったなぁ」
左手を目元にあてて浮土が苦笑いを浮かべる。
「まぁな。でもお前さんが、こっちが用意できるミスリルやアダマンタインの量を無視して客を連れてくこなけりゃこんな開発しなくてよかったんだがな」
ドワーフの村長と浮土は互いに気まずそうに目を合わせると「あはは」、とわざとらしい笑い声を上げた。予想以上の客入りに、ここぞとばかりに稼ぎにかかった浮土。売れなくなった武器をまとめてうるチャンスと見て強引な開発を行ったドワーフ。彼らは間違いなく同類であった。金の亡者である。
「社長と村長が悪いんじゃないですか! とっとと穴埋めて金払って俺を開放してください!」
洋介が叫ぶ。周りではエルフたちが「あいつらが悪いよな」、「この塔の西側はエルフの森なんだから」、とブツブツ恨み節を口にしている。
「ヒツジくん。どんな理由があって環境テロは許されんでしょ? テロだよテロ。テヘペロ、じゃないんだからね。ほら、よく言うじゃないの。私たちはテロには屈しない! ってさ」
「テロとか言う前に社長たちがルール破ったんでしょ?」
洋介の問いを浮土は無視した。
「しかしまぁ、我々だって鬼じゃない。ドワーフの村長も穴を片付ける気はあるっていってるよ。ねぇ、村長?」
浮土は腰をかがめて半開きのニヤついた口を村長の耳元に近づけて言う。村長は慌てて二、三歩後ろに下がると困った顔で言った。
「穴に関してはきちんと埋めるように努力する……ように勤める。そう、前向きに検討する。」
「もう遅い。お前たちが掘り散らかした鉱石や精錬のときにでた物質で木々は枯れ、動物は姿を消した。金貨三千枚はそれらを戻すために活用させてもらう」
エルザは杖を諸悪の根源である二人に向ける。浮土と村長はたまのような冷や汗を額に浮かべている。
「ま、まて話せばわかる」
「そうだよ。どんな対立だって対話から解決できる。ラブアンドピースだよ。エルフのお嬢さん」
浮土が目の横で可愛らしくピースサインを作ったのが、引き金になったのか、単に堪忍袋の緒が切れたのか。エルザは殺気のこもった魔法を杖に乗せて振り下ろした。灼熱の炎が大きな火球をつくり、轟音を響かせた。砦まで伝わる熱波は彼女が引き起こした爆発の大きさを感じさせるには十分だった。
「あの汚らわしいドワーフに嘘だらけの人間め!」
爆煙が晴れると塔からぞろぞろと離れていくドワーフ達と浮土の姿が見えた。どうやら生きてはいたらしい。自慢のミスリル製品は黒く煤け、アダマンタインの武器は曲がっている。
「ミスリル製じゃなければ死んでいたよ」
「社長たちの自業自得じゃないですか。もう、今回のツアーは諦めたらどうです?」
洋介が呆れた声で言うと浮土は、大きく頭を振る。
「ヒツジくん、それは無理だ。予約は入っている。そして、それをキャンセルすることはできない。だって君たちの給料を払わなきゃいけない。だから、なにがあろうとツアーは続ける! それに収入源を失いかけているドワーフたちはどうする? このまま飢えさせるというのかい」
洋介にも浮土の言うことはわからなくはない。しかし、それでイカイ観光社とドワーフたちは潤うだろう。残されたエルフはどうなるというのか。彼らは森を奪われてさらに懐に入る金もない。
「社長。なら、こうしましょう。この廃砦を攻略できたら社長の勝ち。俺たちが守りきれば社長の負け。ツアーは中止。ドワーフたちは森を戻すために働く」
「……なんだいここで攻城戦MMOの真似事でもしようっていうわけかい?」
「ええ、社長お好きでしょ?」
洋介がイカイ観光社で働く所以となった50対50攻城戦MMO『Siege of Drogheda』。通称SDは浮土と洋介が出会うきっかけとなったゲームである。五十人づつの軍勢で一方は城を守り、一方は城を攻める。時間内に城が落ちれば攻め手の勝ち。落なければ守り手の勝ち、という簡単なゲームである。
「いいのかい? ヒツジくん。俺はつよいよ」
「知ってますよ。社長のキャラがゴリゴリの脳筋バーサーカーだってことくらい」
「ヒツジくん、後悔するよ。だって……」
浮土が何か言いかけたときだった。空に向かって爆音が響いた。洋介が隣を見ればエルザが怒りに満ちた眼をしていた。もっている杖の先端からは煙が上がっている。今の爆音は彼女が空に向かって魔法を打ち上げたに違いなかった。
「お前たちは何を言っている! 要求をしているのは私です。勝手なことばかり言って」
「いいじゃないの。エルフのお嬢さん。勝てば君の言ってる要求は認められるんだよ。しかも誰も死なないし、なにより楽でいいじゃない?」
けけけ、と悪そうな笑い声を上げると浮土は、エルザに向かって三白眼を細めた気味の悪い表情を向けた。それはあからさまに勝ちが転がり込んでくると思っている者の顔であった。
「エルザさん、のってください。社長を倒すことは簡単です」
洋介と浮土の顔を相互に見比べ、最後に仲間のエルフを見たエルザは目をじっと閉じた。そして、ふた呼吸ほど動きを止めてから目を開いた。
「……いいわ。やりましょう」
「社長。そういうことです。俺はこっちの味方です」
余裕を見せた表情で洋介が微笑む。
「エルフにヒツジくん! 君たちの考えはよーくわかった。ならば戦争だ! いまから一時間後からはじめよう。日が沈むまでに砦を落としてみせる」
そう言ってエリザたちを挑発するだけ挑発して浮土は爆発に目を回したドワーフの村長を担ぐと塔から二キロくらいのところまで後退していった。その後ろ姿をエルザたちエルフは憎々しげに。洋介は呆れ果てた目で見送った。