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異世界旅行のイカイ観光社へようこそ!  作者: コーチャー
第一章 古城観光へ行こう!
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プロローグ

 ネットゲームで出会った相手とリアルで会ったら美少女だった、という展開を期待しなかったか、と問われれば当然、「期待していた」である。夢も希望もない現実に牧野洋介まきの・ようすけは打ちのめされていた。正直、万が一にもなんて思っていた自分を恥ずかしい。


「いやー、助かるわ。ほんと人手が足りなかったのよ。ほんと」


 そう言って笑うのは中年のおっさんだった。


 白髪まじりのオールバックに三白眼。エラの張ったフェイスラインには剃り残しと思われるヒゲが残っている。はっきり言えば小汚いのである。洋介にはこの男が信頼できる人間のようには見えなかった。怪しげな健康食品やグッズを販売しているのが似合う男は笑いながら机に名刺を置いた。


 机の上に置かれた名刺には、


 イカイ観光社 代表取締役

 浮土長春ういつち・ながはる


 と、いう文字が並んでいる。


 いくら貯金の残高が底に近いとはいえ早まりすぎたのではないか。洋介はそう思って目を閉じた。

 始まりはネットゲームであった。


 50対50攻城戦MMO『Siege of Drogheda』。通称SDは洋介にとって唯一現実を忘れられる娯楽であった。それは勤めていたIT会社が突然の倒産という事実から目を背けるための逃避であった。同僚や先輩が次々と再就職を決める中、洋介はひたすらにネットゲームにのめり込んでいった。


 再就職は失業保険が切れる九十日後、と笑っているうちにあっさりと時間は過ぎさり。まぁ、貯金がある、とたかをくくってさらに六十日。洋介のプレイキャラである『ヒツジ』のレベル上昇に比例して貯金はどんどんと減少していった。


 ちょうどそんなときに同じギルドに所属する『素レイヤー』とチャットをすることがあった。


ヒツジ>いよいよヤバイ。

素レイヤー>なにが? 廃課金で死にましたか。課金は家賃の半分まで!

ヒツジ>もっと切実な話。来月の家賃払う金がない。失業保険も終わってるし\(^o^)/

素レイヤー>なら、俺の会社の面接を受けてみろよヽ(´▽`)/


 そうして面接を受けているのがこのイカイ観光社である。


 素レイヤーはバーサーカーと呼ばれるゴリゴリ筋肉系キャラで一人でガンガン城門を突破していく頼れる仲間であった。正直、女の子だとは思ってはいなかったが、それでもこんな無気力なおっさんではない、と洋介は思っていた。


「いやー。ヒツジくんがさ。こんなしゃーっとした好青年だなんて思ってなかったよ。いや、ほんと就職雑誌に募集かける手間はぶけちゃうし、ほんと助かったんだわ」


 どこまでも軽い声でお礼を述べると浮土は雇用に必要な書類を乱雑にまとめると「じゃ、これ記入してきてね」、と洋介に押し付けた。


「あの、浮土さん。具体的に俺はどんな仕事をするんです? 来て履歴書渡して、あとはネトゲの話しかしてませんよね」


「あーそうね。仕事仕事。まぁ、観光業だよ。ほら、バスで観光地行ったり。話題の食べ物屋さんとかお土産物屋さんとかよって。お客さんにほどほどに喜んでもらってバイバイみたいな。ね」


 なにが「ね」なのかは分からない。だが、零細観光社だということは何とか分かった。正直、ここもあっという間に倒産するかもしれない。洋介は新たな不安を胸に深く刻み込んだ。そんなときだった。事務所兼応接室といった部屋のドアが開いた。


「あっ、もう面接始めてたんですね」


 入ってきたのはスラリと長い脚にぴっちりとしたタイトなスカートをはいたモデル体型の女性であった。首元に淡い赤色のスカーフをしているあたりバスガイドといったところであろう。ただ、洋介は彼女を見て驚いていた。


 それは彼女が美少女であった、ということもあるが彼女の腰まである髪が目の覚めるような青であったからだ。原色というべき鮮やかなその色はゲームや漫画ではよく見るが現実で見ると恐ろしく違和感のあるものだった。


「あっ、スゴイでしょ? ちょっとでもお客さんに雰囲気を感じてもらおうと思って染めたんです」


 青髪の少女は両手で髪をすくってみせた。


「あー、彼女は久米梨衣くめ・りいさん。まぁ、見た通りのバスガイドさん。まぁ、この姿で運転手だったりしたら詐欺なんだけどね」


 浮土はにっと歯を見せて笑ったが三白眼の目だけが笑っているようには見えなかった。


「俺は牧野洋介。よろしく」


 洋介が手を差し出すと梨衣は洋介を見定めるように右左と彼の顔を見つめると「私、先輩だからセンパイ、と呼ぶように。ヒツジさん」、と言って彼の手を握った。


「まぁ、本格的な仕事は明日から、ということで」

「明日ってことはお城観光ですか?」


 お城、といえば洋介たちがいる四之山市から百二十キロほど離れた国宝姫路城や大阪城が有名である。日帰りのバスツアーとしては手頃だし、洋介も高校のときに行ったことがある場所だった。


「そう。ヒツジ君も研修だと思って軽い気持ちで同行してくれたらいいから。もし、亡霊兵とかゴーストに出会っても聖水もあるから大丈夫だよ。あとガーゴイルは日中は動かないからヘーキだからね」

「ば、ゴースト? ガーゴイル?」


 どうしてRPGにでてくるような生き物の名前が出てくるのか。洋介が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていると、梨衣は何かを察したのかポン、と手を叩いた。


「社長? もしかしてヒツジさんにうちが異世界観光専門って言いました?」

「あらー、そういえば言ってなかったね。こりゃこりゃまいったね。まぁ簡単にいうとうちは日本初の異世界専門の観光会社なのよ。人気なのは本物のゴーストが彷徨うろつく古城ツアーや魔王城に宿泊する一日魔族体験。変わり種では伝説の剣を鍛える鍛冶屋体験なんかコアな人にバカウケ。鍛えた伝説の剣は持って帰れるから家で飾るなり、魚を捌くのにもオススメ」


 洋介は自分が馬鹿にされているのか、と思ったが二人はいたって真剣に見えた。


「ヒツジさん、お仕事ですからまずはやってみましょう」


 梨衣はそう言うと洋介の腰をバシっと叩いたが、彼は一言「まぁなんとか」、というのが精一杯であった。

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