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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ペットのすゝめ

作者: あばば


 







 昼間は大学に行って勉強して、夜はバイトに行って働いて、家に帰って朝まで寝て、起きて昼間は大学に行って勉強して、夜はバイトに行って働いて、家に帰って寝て、休日は友人と遊んで、友人の都合が合わない時は寝て過ごす。

 そんな生活を初めて二年、


 「…もう勉強するのも働くのもやだ」


 俺は勉強する事と働く事に嫌気がさしてしまい専業主夫になることを決めた。



 それからというもの、誰か養ってくれるお姉様はいないだろうかと学内のありとあらゆる女性に声をかける俺の日々が始まった。

 最初は同学年から、そして下の学年、上の学年、はてや女性教員まで。その範囲たるや、壮大であった。そうして半月の時をかけて声をかけにかけまくった結果…


 「やばい。全敗だ」


 見事に全敗した。

 誰一人として首を縦に振ってくれるどころか、俺の事を変態でも見るような目で見て逃げて行った。なんて失礼なんだ。

 まぁたしかに俺の見た目はお世辞にもいいとは言えないけど、『俺をお婿さんにして一生楽させてください』って言っただけでなんであんな反応をされなくちゃいけないんだ。いくら友人から鋼の鈍感キチガイハートと定評のある俺でも傷付くものは傷付くんだぞ。


 「お婿さん作戦は変更した方がいいのかもしれない」


 「いや、そもそも初対面のヤローからいきなりそんなこと言われたら誰でもドン引きだっての」


 「え。俺だったらすぐにOKしちゃうけどな!美人限定で!」


 「美人限定って自分で言っちゃってる時点で気づけよ。お前は美形でもなんでもない、平凡ヤローだろうが」


 「…あぁ!たしかに!」


 あまりの成果のなさに作戦内容を変更した方がいいのではないかと頭を悩ませる俺の隣でレモンティーを飲んでいた友人が至極どうでも良さそうに指摘を入れてくる。

 ずずずーずずずーと最後の最後までレモンティーを吸い上げようと奮闘する音の合間に返されるそれらは逐一的確で、どうして今まで気づかなかったのかと俺は項垂れた。


 「おいおい。まじかよお前まさか今の今まで自分が平凡ヤローだってこと忘れてたとか言わねーよな?さすがのお前でもそこまで頭ゆるゆるじゃねーよな?」


 机に突っ伏す俺にようやっと満足したのかストローから口を離した友人が珍獣でも見るような目を向けてくるが、そう言うお前も充分平凡だって気付いてるか?


 「おいおい。俺がそんなにお馬鹿さんだと思うか?俺が平凡だってことは俺がいっちばん分かってるさ!そんでお前も充分平凡だってこともな!」


 「一言余計だ」


 「あー。誰か養ってくれないかなー」


 「無視とはいい度胸だなてめぇ」


 「ん?なんか言ったか?」


 「…べっつにー?何もいってねーけどー?」


 「そ?ならいいけど」


 なんだか友人が拗ね気味だけどまぁいいっか。

 というかさっきからガジガジストロー噛んでるけど、そんなに欲求不満なのか…?まぁ、俺と一緒で平凡である友人に恋人とかいないから溜まるもんは溜まってるんだろうな。

 でも恋人が居ないのは俺も一緒だけど、そんなに欲求不満にはなんないけどな。…意外とせいりょくおうせいだったんだなお前。


 「てかお前はいつまでこんな馬鹿なこと続ける気なんだ?」


 友人の新たな一面に感心していたら、ストローを噛んだまま友人がフガフガと聞いてきた。

 ストローくわえたまま話すとかお行儀の悪い奴め。


 「諦めたらそこで試合しゅーりょーなんだよ!」


 「あー。要するに諦める気は無いんだな。ここまで見事に玉砕しといて」


 「おう!」


 お婿さん作戦はうまくいかなかったけど、俺は他の作戦に変更してでもやり遂げるつもりだ。そんな覚悟を持って友人の問いかけに答えれば、奴はやはり至極どうでも良さそうに「…ま、頑張れよ」と形だけの応援の言葉を送ってくる。

 おい。面倒臭くなったのがもろばれだぞ。


 「あーあ。お婿さん作戦結構いい線いってると思ったんだけどなー。専業主夫になれば働かなくてすむし、家のことしてればいいだけじゃん?俺って家事は嫌いじゃないから毎日美味しいご飯作って待ってるのに」


 「そうだなー」


 それも口だけのお婿さんじゃないんだぜ。炊事洗濯家事全般はちゃんとやるし、快適な家庭環境は提供するつもりだ。いがいとほら、近頃は働く女性が増えてきて家の事が疎かになりがちって聞くからちょうどいいと思ったんだけどな。


 「お婿さん作戦がダメだとすると、次は何作戦でいけばいいと思う?」


 「そうだなー。ヒモ作戦でいいんじゃね?」


 「それはだめだ!俺はそんなだらしない存在じゃなくて、愛し愛され必要とされる存在になりたいんだ!」


 「一生働く気のねぇ奴がいうとこうも説得力がないもんなんだな。負け犬の遠吠えにしか聞こえねぇ」


 「負け…?!もういい!もうお前なんかに相談しないもんねーだ!」


 「え?まじで?めっちゃ助かるわ」


 全くもってやる気のない友人なんか無視だ。無視してやる。

 こっちは真剣に相談しているというのに、もっと親身になって話を聞いてくれてもいいじゃないか!このいけず!

 でも真面目な話、ヒモ作戦はなしとして次の作戦はどうしたものか。

 ここまで男一人養う気概のない女性達ばかりとは予想外だった。日頃から見る女性達は男子がドン引きしてしまうほどのオラオラ系でもはや男女の立場が逆転してるのに、養うより養われたい願望がまだ強いと言うのか?!一人暮らしでもペットは飼って養ってるくせに、なんで人間の男だとダメなんだ!!!


 「…あ」


 「なんだよ今度は」


 なんか俺閃いちゃったかも!

 次の作戦思いついちゃったかも!


 「そうだよ!ペット作戦があるじゃないか!」


 「人間を捨ててまでお前は働くのが嫌なのか?!」


 「この際人間にこだわってる場合じゃないからな!なんたって俺の将来がかかってるんだから!」


 「はぁ…。阿呆らしすぎるからもう思う存分お前のやりたいように誰かのペットにでもなんでもなっちまえ。ちなみに俺はすでにかわいいにゃんこを飼ってるから無理だからな」


 「馬鹿言うなよ。俺にだって選ぶ権利はあるんだからな。どうせ飼い主にするなら金持ちで美人がいい」


 ペットにだって選ぶ権利はあるんだぞと主張したらなんだか生類憐みの令みたいな目で俺を見てくる友人。「ヒモはダメでペットはいいとか意味わかんねぇ」とかなんとかぶつぶつ言っているけど、好きなだけ言わせておこう。俺は今、新しい作戦実行について考えなくちゃいけないからな。


 「飼い主だから範囲は男も含まれるのか…」


 まぁ、希望は美人なお姉さんなんだけど、こうなったら腹を括るしかないか。そうしなければ俺の安寧の将来は訪れないんだから。


 でもお金持ちで美形でペットの俺も可愛がってくれそうな奴って…


 「あー。ワンちゃんじゃん。どったの考える人みたいなポーズして?…新しい遊び?」


 「あぁ!犬飼!!!」


 「うるっせぇよ!んな大声で言わなくても聞こえるわ!」


 「え?なに?たしかに俺は犬飼ですよー?」


 そんな奴いるわけないじゃないかと頭を抱える俺の目の前に彗星の如く現れたイケメンに神の啓示が舞い降りた。まさしく『神の声』だ。

 勢い良く椅子から立ち上がって、声をかけてきたイケメン…もとい犬飼の元へ駆け寄りその手をがしりと握りしめる。その俺の行動に首をかしげる犬飼と「お前、まさか…」というドン引いた声をあげる友人。


 ふっふっふ。あぁそうだ友人よ!そのまさかだ!

 金持ちで美形でなおかつペットである俺を可愛がってくれるやつなんてもうこいつしかいない!


 「俺の飼い主になってくれ犬飼!!!!」


 「…んー?飼い主ー…???」


 「本当に言いやがったこいつ…」


 俺の大声での発言にその場の空気がざわつき出したが、そんなの関係ない。昼食を食べる人でごった返した食堂中の人の視線が俺たちに注がれ、どこからか女子の「ぎゃぁぁぁぁぁっ!犬飼くんがけがされるぅぅぅうぅ」なんて呻き声が聞こえてくるけどそれも気にしない。

 俺は憎たらしいほど上にある不思議そうな顔した犬飼を見つめる。チャラ男で金持ちで互いの名字に入っている「犬」の漢字繋がりで最近仲良くなったイケメン犬飼は、チャラ男にふさわしいゆるふわパーマがかかった髪の毛を揺らし首を傾げていた。さすがのチャラ男でもいきなりの『ペット』発言には太刀打ち出来ないらしい。


 「ワンちゃんは、本当にわんわんになりたいの?」


 こてんと俺がやったらきっとドロップキックを食らわせられるであろうあざとさで逆の方向に首を傾げる犬飼。その仕草にその場に居た女子達の歓喜の雄叫びがあがる。


 「いや、本当はお婿さんの方が良かったんだけど誰も俺を養ってくれそうになかったから泣く泣くペット作戦に変更したんだ」


 「なに?ワンちゃん他のやつのお婿さんになろうとしてたの?」


 「え?…いや、でも無理だったからやめてペット作戦に…」


 「ふーん。…やっぱりあの噂って本当だったんだ」


 俺がお婿さん発言を口にした途端険しくなった犬飼の表情と声にたじろぎながらそう答えれば何事かをブツブツと呟く犬飼。なんて言ったのか声が小さすぎて聞こえなかったけど、いきなりの犬飼の豹変ぶりに完璧にひけごしになってる俺に聞き返す余裕と勇気はなかった。


 「ま、いっか。ワンちゃんが俺を飼い主に選んでくれたから許してあげるね」


 「あ、ありがとうございます?」


 恐々と犬飼の様子を伺う俺に、いつもの調子に戻った犬飼がほんわかと笑みを浮かべる。それに少しだけ安心しながら疑問形で返事すれば、よく出来ましたと笑みを深くするイケメン犬飼。

 でも一体、なにを許してくれるというのだろうか…?いまいちよく分かっていないのに感謝の言葉を口にした俺であった。


 「うんうん。そっかそっか。ワンちゃんは本当のわんわんになるのか」


 「…あのー、犬飼さん?」


 「いいよ。俺、ワンちゃんの飼い主になったげる」


 「え、マジで?」


 なんだかとってもとってーも嬉しそうにブツブツ言いながらニヤニヤしてる犬飼が不思議で(いや、心配か?)名前を呼べば、それはもういい笑顔で犬飼は飼い主宣言をして下さった。

 まさかの一発OKに驚く俺と、割れんばかりの女子の遠吠えに包まれる食堂内と、完璧に傍観者を気取ってる達観顔の友人という実にカオスな空間が3分クッキングも裸足で逃げ出しちゃう速さで出来上がる。


 「うん。マジマジー。今から俺がワンちゃんの飼い主さんだよー」


 なんて呑気に笑ってるけど、本当にこのイケメンは飼い主の意味が分かっているのだろうかと心配になってくる。


 「本当にいいのか?飼い主になるってことは俺の食べ物も住むところも世話もぜーんぶみなきゃいけないってことなんだぞ?俺働かないからな?まぁ、家事はやるけど働かないでずっと家に居るだけなんだぞ?」


 あれだけ散々働かずに養ってもらおうと豪語しておきながら、いざ事が実現しそうになると尻込みしてしまう俺の逃げのような最終確認になぜか犬飼はとろけるような甘い表情をその顔にのせた。


 「いいよー。むしろ大歓迎だもん。ぜんぶぜーんぶ、ワンちゃんの世話は俺が見てあげる」


 「…おぉ、マジか」


 想像以上の快諾具合にそうとしか言えない俺。

 まさか本当に飼い主が見つかるとは思わなかったぜ…。金持ちイケメン犬飼は大海原よりも深くて大きい懐の持ち主だったらしい。たしかに俺犬飼がキレたりとかしてるとこ見たことないもんな。なんて取り止めもないことに思考を巡らせる俺に甘い表情を浮かべたまま犬飼が言葉を続ける。


 「ご飯だって美味しいのを毎日食べさせてあげるし」


 いや、ご飯くらい俺が作るよ犬飼。


 「住むところだって広くて綺麗で安全なところにしてあげるし」


 いや、雨と風がしのげるんだったらボロアパートでも大丈夫だよ犬飼。


 「着るものだって好きなの買ってあげる」


 いや、俺上下ジャージでもいいよ犬飼。


 「なーんでもわがままだって聞いてあげる」


 おいおい。ペットの躾は大切なんだぞ犬飼。


 うっとりとした表情でつらつら語る犬飼に心の中で突っ込む。いつの間にかペースは犬飼で、犬飼の独壇場で、口を挟む隙がないので心の中で突っ込みを入れるしかないのだ。


 「でもその代わり…」


 「うお…っ?!」


 実は未だに手を掴みあったままだったりする手を犬飼に引かれて、バランスを崩した俺は犬飼の腕の中にダイブ。そうすれば蛇のように犬飼の手が腰に回され、これ以上は無理ですっていうほど俺たちの体が密着する。


 あれ?誰も求めてないよねこの絵面。

現にほら!横で友人が『うげー』ってしかめっ面をしてるし、女子に至ってはもうみんな日本語喋ってないよ?!


 「夜は俺といーっぱい遊んでねワンちゃん」


 そんな俺の混乱と友人のしかめっ面をよそに、イケメン犬飼は女子が見たら鼻血を吹き出して卒倒しちゃうくらいの雄の顔と低い声でそんなお願いにも満たないお願いごとを俺の耳に押し込んでくる。

 遊んでねって、どちらかと言えば俺の方が犬飼に遊んでもらう立場のような気がするんだけど。それに飼い主になってくれるんだからそれくらい朝飯前というかなんというか。一々お願いしないでも喜んで相手するのに、犬飼って意外と律儀な性格してるんだな。


 「おう!まかせとけ!夜じゃなくてもいつだって遊んでやるよ!」


 なんかよく分からんが飼い主である犬飼のお願いだったらペットの俺は頑張って叶えるつもりだ。それくらいしか楽させてもらう恩返しみたいなのはできないからな。


 「わーお。俺のワンちゃんは大胆だなー。…まぁでも、ペットのお世話は飼い主の役目だからね、たぁーっぷり可愛がってあげるね」


 「お、おう。お手柔らかにたのむぜ」


 「うーん。それはワンちゃん次第かな」


 そう言って笑みを深くする犬飼。


 …可愛がるって、普通にあそぶだけだよな?ババ抜きとか、花札とか。


 抱きしめられて、犬飼を見つめるように頭の裏を支えられて、息がかかるほどの距離で俺を見つめて目を細める犬飼の可愛がってあげる発言になんだかそれ以上の意味が含まれているような気がしたけど、そんなささいな違和感は頭を撫でる手の感触に紛れていく。

 俺の後頭部を支えていた犬飼の手がお世辞にも綺麗と言えない髪の毛を撫で梳く。

 どうやらさっそく犬飼の可愛がり攻撃が始まったらしい。それにしても、なかなかの手つきだな犬飼よ。ペット初心者の俺でもついうっとりしてしまう手管である。


 「えっと、じゃー、その…末長くよろしくお願いします犬飼」


 「うん。こちらこそー。死ぬまで離さないから安心してね」


 「死ぬまでって、大袈裟だな犬飼は。飽きたらいつでも言ってくれていいんだからな?」


 いくら俺でも飽きられてもなお居座る気は無い。けれども犬飼はそれに『まさか』と首を横に振って否定の意を告げた。犬飼の髪の毛が首を振るたび鼻先をかすめてむず痒い。


 「やっと手に入ったんだもん。飽きるわけないじゃん」


 犬飼よ、お前そんなにペットが飼いたかったのか?お前なら象でもキリンでもすぐにかってもらえただろうに。それにやっとって、まさかペット飼うの初めてなのか?よりにもよって始めて飼うペットが俺って…なんかごめんな。


 「うわー。嬉しすぎて今日眠れないかも」


 …まぁ、でも。犬飼めっちゃ喜んでるみたいだし、俺がペットになって良かったのかもな。いつの日か犬飼が飼い主とペットごっこに飽きてしまうその時まで、心置き無くペットライフを楽しむとしよう。

 それに、これで期限付きではあるが働く日々からおさらばできるわけだし。空いた時間でまずは何をしようかな。そうだ、あの新作のゲームをクリアするのもいいかもしれない。それか一日中寝こけて過ごすとか。なにこれ楽園。

 なんだかさっきよりも抱きしめてくる腕の力が強くなったような気がしながら、俺は今この瞬間から飼い主となったイケメンの腕の中で呆れた友人が声を掛けるまでの間ずっとこれから始まるペットライフに思いを馳せていたのであった。





 でもまさかその日の内に犬飼の家へと連れ帰られて、約束通りベッドの中で朝まで可愛がられ、それから昼夜問わず犬飼に可愛がられる日々が文字通り死ぬまで続くとは、その時の俺は夢にも思っていなかったけどね。




 END

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