第三話 ~閉ざされし者~
アルの叫びとともに、微かな光と暖かい風が倉庫内の空間全てを包み込んだ。
「(なんだ、何をしたんだ?)」
そう思っていると、
「きゃっ!」
ティアの声だ!
普段は何事にも動じず、ほとんど大きな声を出さない彼女が悲鳴にも似た声をあげた。
そのせいかみんなの視線はティアに釘付けになった。
いや、そうじゃない。キッカケは声だっただろうが、すぐさま違う理由に書き換えられた。
彼女の雰囲気が、というか明らかに様子がおかしい。
体が蒸気のようなもので覆われ、水を受ける姿勢でいた掌には小さな……光の…玉?
不思議そうにティアを見ていると、周りから次々と悲鳴や驚きの声があがりだした。
ティアと同様、自分の体に起こった不可思議な現象に恐ろしくなり泣く者、そこまで行かずとも困惑する者、中には何故か喜ぶ者まで。
みんなが様々な反応をみせる中ただひとり、困惑という言葉の意味合いを画す表情をするものがいた。
───俺だ。
いくらか周りを見渡したが、どうやら俺だけなにかしらの現象が起きていない。どんどん焦りと不安が増してきていた。
そんな俺を祭壇に立つアルがジッと見つめていたことにその時、気づかなかった。
「やっぱりそうなのか……ルカ・コーウェル」
アルの呟きを聞いていたのはミネルバだけだった。
そしてミネルバは何も言わず、ただアルと同じようにずっとルカを見つめていた。
「今日はここまでにしよう」
アルは杖を下ろしながらそう言った。
すると、杖が下ろされきったところで不思議な現象は消えてなくなった。
僅かな時間をおいて、数名の者が手を挙げてアルに説明を求めた。
だがアルは、
「うん。でも時間だし、体力が限界の人もいる。次回の訓練でちゃんと説明してあげるから」
そう告げて倉庫を出て行ってしまった。
帰ってもいいのだが、みんな疲れ果ててすぐに帰路につく者はいない。
──違う。
たしかに体力的なこともあるが、それ以上にたった今体験した出来事に戸惑いを隠せないのだ。
アルに何かされたのか、自分たちが何かしたのか。説明はされぬまま何の情報も得られず、答えのない自問自答をただ単に繰り返していた。
遂には数名が集まってグループを作り、あれは何だったのか?体に異変はないか?どんな感覚だったのか?議論を始めた。が、体や感覚のことは共有できても、当然あれのことはわかるはずもなかった。
そうこうしている内に一人、二人と倉庫を出て行った。
そしてそれに釣られるようにまた一人、二人────ものの十数分で倉庫内に残ったのは、俺を含めたいつもの四人とミネルバさんだけになった。
まだ帰りそうになさそうな俺たちに、
「今日はもうお帰りなさい」
ミネルバさんはいつもより優しく声をかけてくれた。
それはまるで、俺に何が起きたのかを知っているかのような素振りで。
帰り道。
いつもはどんなに会話がなくても賑やかになるはずなのに、誰一人として口を開かない。
すると、
「それにしても未だに信じられないわ」
沈黙に堪えかねたのか、意外にも会話を切り出したのはティアだった。
すぐにアレクが続いた。
「たしかにビックリしたぜ。急に体中がブワーっておおわれてよ!」
「そうにゃ!しかも掌に緑っぽい玉もできてたにゃ」
「俺は赤色だったぜ?」
「私は……青色……かな」
堰を切ったように話し出す三人。
「本当に何だろうな、あれ」
「たぶん手品にゃ」
「んなワケあるかよ」
「にゃ~……」
アレクとレジーナは会話に夢中になって、歩く速さが次第に遅くなりだした。
遅れていく二人をよそに俺は意も介さず歩いた。
ティアは俺の横にピタリとつけ、歩調を合わせる。
「ねぇ、あなたは?」
ティアがいつもと違い、少し高揚した気分を抑えきれない様子で問いかけてきた。
「ん?なにが?」
質問の意味が理解できない素振りでとぼけてみせた。
「だから、あれ!あなたはどんな感じだったの?」
「どんなって……同じだよ、みんなと」
「暖かい毛布にくるまった感じ?」
「うん、まぁ表現としてはそんなもんかな」
「ふ~ん。じゃあ玉の色は?」
「…………金」
「えっ?」
「だーかーら。金。」
「金色の玉。……金の……玉って、あなた!!!!私をばかにしてるでしょ」
ティアは顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら怒った。
「冗談。少しからかってみただけだ。何色かは秘密だな」
「もぅ。あなたって人は……」
そんなやり取りしていたらいつの間にかアレクとレジーナも追いついて、分かれ道まで着いていた。
男子は真っ直ぐ、女子は右へ。また学校でと手を振り、別れた。
「───なぁアレク」
「なんだ?」
「お前はどうだった?あれ」
「どうって。だからブワーって……」
「そうじゃなくて。精神的に。恐怖感とか、そういうの」
「一瞬ビビったけどよ、すぐにテンション上がっちまったぜ!またやりてーなぁ」
「……そうか」
「あん?じゃあお前はどうなんだよ」
「俺は────」
と、本当のことを言いかけてやめた。
アレクは知らないんだ、俺だけが体験してないことを。ティアやレジーナも……。
四人の内、一人。四十人の内、一人。
これだけなら大した確率じゃないかもしれない。
でも自分の中のなにかと、倉庫から送り出された時のミネルバさんの雰囲気が、そんな確率の話じゃない予感をさせていた。
だから言うのを躊躇した。そして言えなかった。
「俺のことはまた今度な!学校、遅刻するなよ。アレク」
作り笑いでアレクと別れて家に帰った。
──ガチャ──
「おかえり。ご飯まだだから先にお風呂入っててちょうだい」
「わかった」
「……どうしたのかしら……?」
──ドサッ
部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。
「今日はいろんなことがあって疲れたなぁ……ある意味なかったんだけど。あぁ…腹減った。でも、夕飯まだって母が言ってたっけ?じゃあ先に風呂……入らないと……訓…練で汗…………か……い──────……」
…──
────カ─
?
────ルカ─…
だれだ?
────ルカ・コーウェル──…
おれを…よんでる……?
『──哀れな閉ざされし者よ──』