魔王を育てることになりました
ネタが急に降ってきて腐らせるのも勿体なくて、
とりあえず触りの部分だけでもと短編で書いてみました。
──。貴殿のご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。──
「はあ…、またダメだった…」
一身上の都合、どんな事情があろうとも、そう書いてしまえば一言終わってしまう。そんなくだらない理由で前の会社を辞めることになってどれくらい経ったことか。先ほど手元に届いた何度目かの不採用通知を片手に、肩を落とす。
これといって手に職もないのに職歴に空白ができてしまったいい歳の人間を雇ってくれる場所なんて、今のご時世そうそう見つからない。失業保険ももうじき切れてしまう。田舎に帰ればできることはあるだろうか…。
正社員を諦めてもこの先の道を探さなければ、待つ先は孤独死もありえてしまう。
明日もまたハローワークに行ってみようと決めて、床に付いた晩のできごとだった。
「──。─…。…せんかぁー…。誰か居ませんかぁー…、聞こえる人居ませんかぁー…」
何か人を探しているような声がする。とても疲れているのが声だけでも伝わる感じだ…。応答してみようか。
「あのー…、何かをお探しですか…?」
「あぁ…、ようやく反応らしきものがぁー…ぐすっ…」
「あの…、いきなり泣かれても私も困ってしまうのですけど、どうされたのですか?」
自宅で寝ていたと思ったのに私はどこで着替えてどう移動してきたのだろう。私服姿な私の前には、コスプレ以外ではまず見ないような奇抜としか言えない格好をした女性が突然現れて涙目でへたり込んでいた。
「ぐずっ…、ずーっと…、ずーっとですねぇ、いろいろなところにですねぇ、呼びかけをくり返してたのですけどぉ、初めて反応を返してもらえたのでぇ、思わず泣けてしまったのですよぉー…」
「はぁ…、それは良かったですね…。ところで、なぜ呼びかけをしてたんですか?そして、ここはどこなんでしょう?」
私たちが居る場所には周囲に何もない。そう、何もなさ過ぎて風景すら存在していない。ただひたすらに私たち二人以外、影も形も見えないような真っ白な空間だった。
もしかしてファンタジーとかの創作に時折出てくるような神様と出会って転生してしまうのかとも思ったが、目の前にいるとても奇抜で非常に残念そうな雰囲気の女性は神様にはとても思えない。
「あ、それはですねぇ、ここ夢の世界なんですよぉ。一応あたしはこれでも夢魔の端くれなんでぇ、あたしの世界とぉ、貴女様の夢とぉ、繋がせていただきましたぁー」
「へ…?これ…が…、夢? …っていうか夢魔だって!?」
「そうなんですぅ、いつもはぁ、殿方にぃ、気持ちいい夢を見せてぇ、精力って呼ばれてるのをもらうんですけどぉ」
「えっ…でも、私は女性なんですが…、いったいその…どういう…」
思わぬ回答にドン引きする私。
「あっ、ちょっと待ってくださいぃ」
「何ですか、意味不明な相手から逃げようとするのは当然でしょ」
「そのぉ、違うんですぅ、今はそういう目的じゃないんですよぉ」
忌避感を剥き出しにして彼女から逃げようとすると、必死に追いすがってくる。鬼気迫るものを感じたので、ひとまず話だけでも聞いてみることにする。
「じゃあいったい何だって言うの。夢魔が何を目的に夢に……」
「実はぁ…、そのぉ…」
「ほら、とりあえず話だけなら聞いてあげるから言ってみてよ」
「あのですねぇ…、今あたしたちの世界ではぁ、勇者っていう奴の率いてる人族って奴らの勢力が強すぎてですねぇ…、世界のパワーバランス?っていうのが崩壊気味らしいんですよねぇ…」
「……、うん、…それで?」
「魔王様が倒されるとぉ、新たな魔王様がぁ、降臨なされるんですがぁ、そのぉー、やっぱり降臨直後はぁ、生まれたてなんでぇ、お育てする前に強襲されたりするとぉ、滅されちゃったりするんですよぉ…。
このままではぁー、平和に暮らしたいあたしたち魔族がぁ、人族に絶滅させられちゃうかもしれないんですぅ…」
「それはまた…なんというか…、うん、かわいそうなことで…」
「それでぇ、“創造神様のお告げに縋ってみよう”ってことになりましてぇ…。その結果ぁ、“異世界に匿うべし”というお告げがぁ…」
「………………………………」
壮絶に嫌な予感がする。まるで、前職の職場で最後に上司に呼ばれた時のように。
「何か言って欲しいのですぅ」
「えーっと…、それは、この状況と、どういう関係があるのかなぁ…?」
「あたしたちのぉ…魔王様を預かって育てて欲しいんですぅっ!!」
「……はいぃっ!?」
聞くところによると、彼女たちの世界はこちらの世界と違って多数の人と呼べる種族が住む世界という話だ。
多くの種族が居れば当然の如く種族によって友好的な種族も居れば排他的な種族も存在し、その排他的な中の急先鋒であるのが勇者という輩の存在する人族であるらしく、人族の他に存在するのは、獣の特徴を宿した獣族や、鳥の特徴を宿した鳥族、魔法的な存在で肉体を持たない精霊族、彼女たちのような純粋な動物以外の異形を宿した魔族などらしい。
人族はあちらの世界では特異な能力のない一番シンプルな種族であるものの、繁殖力は他の種族の比ではないらしく、種の人口が増えればそれだけ多くの住む場所と食料を供給する場所が必要となる訳で、結果として、増えた分の数を頼みに今まで他種族が住んでいた領域まで侵食をしてきているという話だ。
魔王様自体については、魔族の象徴であるため種族特有の特殊な力を秘めてはいるものの、その力の方向性は生まれたばかりで未知数の状態であるということで、教育の仕方次第ではどのような特性も持てるとかで、その気性等についても周囲の環境や育て方次第なところがあるらしい。
「なんというか、こちらにはよくある空想の話では聞いたことがあるような話っぽいんだけど、それって事実なんだよね?」
「はいぃ…」
「あなたたちがこっちの世界に渡ってきて、そして育てたりするって訳にはいかないの?」
「界渡りの法ってのがですねぇ、あるにはあるんですけどぉ、潜在的な力が強い方でないとぉ、異界に長期間耐え切れないらしくてですねぇ…、あたしたちのぉ、世界の生き物ではぁ、大半がぁ、そちらの世界でいう一日もぉ、渡れないらしいんですぅ。
だからぁ、あたしがこうしてぇ、お話してるのもぉ、身体を送らずにぃ、意識体って奴だけぇ、波長が合った方にぃ、飛ばさせていただいてるんですよぉ…。
今の魔族でぇ、界渡りにぃ、そこで生活するほどぉ、耐えられるのはぁ、どうやら魔王様だけらしくてですねぇー…。だからぁー、思念だけでもぉ、やりとりできる夢魔のあたしがぁ、連絡役にぃ、選ばれたんですぅ。
魔法の効果だけならぁ、基準点が判ればぁ、なんとかぁ、飛ばせるらしいんですけどぉ…」
「そ、そうなの…。でも、魔王様って言うけど、その子がこっちの世界に居るだけでそんなに変わるものなの?」
「創造神様によりますとぉー、魔族の種の象徴たる魔王様の強さがぁー、あたしたちへのぉ、創造神様からのぉ、加護を与える経路にぃ、直結するらしいですぅー。
ただぁ…赤ちゃんのままだとぉ、そういうのはほとんどないらしくてぇ…。それとぉ…今はぁ、人族の象徴の勇者がぁ…、強すぎるのでぇ…。そこからお護りするにはぁ、異界に頼らざるを得ないとかですぅ…。
あたしたちの世界のぉ、人族には魔力がないのでぇ、世界を超える法は利用できないらしいのですぅ。だからぁ、まず間違いなくぅ、安全であるらしいですよぉ」
「うーん…そこまで聞くと助けてあげたくなりはするんだけどさ。今の私は自分の生活すらままならない状況になりつつあってね…、そんな状況で子育てなんてとてもじゃないけど無理だと思うのよね」
向こうの事情については一通り把握できたので、今度はこちらの事情についても説明をしてみることにした。
今は働き口を失ってしまっている状況であること、日々の糧を得るための金銭についてもどうにかする算段がついていないこと、状況的に自分一人の暮らしすら今後どうなるかわからないので子供を養う事は厳しい事等々…。
「でしたらぁ、今回のお話はぁ、ちょうどいいと思いますよぉー。えーっとぉ、貴女様の世界にある中でぇ、言葉を選ぶならぁ、“わたりにふね”っていうやつですかねぇ」
「どういうことなの」
「あたしたちの世界のぉ、こわーい人族からの影響がないと言ってもぉ、やっぱりぃ、魔王様にはぁ、いつもご一緒していただける方がぁ、望ましいんですよぉ」
「そりゃ子育てならそうでしょうね」
「なのでぇ、日々の生活に必要そうなぁ、養育費って言うんですかぁ?そーいうものの代わりと言ってはなんですがぁー、魔王様の分だけでなくぅ、貴女様の分についてもぉ、食糧ですとかぁ、衣類ですとかぁ、こちらの世界に合わせたものでぇ、送らせていただきますぅ。
あとぉ、魔王様のぉ、学習に必要なぁ、あたしたちの世界のぉ、教本みたいなのもぉ、貴女様が理解できる言葉にぃ、翻訳されたものをお送りさせていただきますですぅー」
「それは…なんとも惹かれるものが…」
示された想像以上の待遇に思いっきり心が引きずられる。これは実はとてもいい条件ではないだろうか、支出が光熱費と家賃だけになるのであれば、今の貯金でもそれなり期間の生活が期待できる…。そのうちに収入を何とか確保すれば…。
「あとぉ…、生憎ですがぁ…、貴女様の世界のお金についてはぁ、直接ってのはちょっと難しいんですけどぉ…、換金できそうな物が何かあればぁ、そういうものならぁ、送らせていただくこともぉー、できると思いますよぉ」
最後の一押しだった。
そこまでの条件を提示されて、明日の生活の選択肢すら限られ始めている状況に追い込まれている私は抗うことができなかった。
「分かりました。このお話、謹んでお受けさせていただきます」
「ほんとですかぁ!よかったですぅー!!」
「私はそれでまず何をすればいいのかな?」
「まずはぁ、お受けいただけたことをぉ、向こうに戻り次第ぃ、報告させていただきますぅ。
そしてぇ、明日の朝にはぁ、枕元にぃ、あたしたちのぉ、代表者からのぉ、お手紙を置かせていただきますですぅー。
あとぉ、夢魔はぁ、一度夢を繋いだ方とはぁ、いつでもぉ、もう一度ぉ、お繋ぎすることができるんですよぉ、だからぁ、あたしがぁ、連絡役っていうのになるらしいですぅ」
「あ、ああ、そう。じゃあその手紙を読めばいいんだね」
「はいですぅ、じゃああたしも戻らせていただきますですぅー」
「あ、ちょっと待って、お互い名前もまだ名乗ってないんだからそれくらい教えてよ。私は伊月、斎藤伊月って言うんだ」
「あ、はいですぅ、伊月様ですねぇー、あたしはアムって言いますですぅ、ではまたお会いしましょうなのですぅ…」
翌朝、自室のベッドで目覚めた直後しばらく今見た夢の中身を反芻した。仕事が見つからないあまりに突拍子もない夢を見たのだろうかと思いつつ起き上り、枕元に置いてある眼鏡を手に取ろうとすると、その隣に見知らぬ封筒が置いてあるのに気がついた。
訝しみつつ開封してみると、見慣れぬ記号の羅列に見えたものが、徐々に見慣れた日本語へとその形を変えていく。
斎藤 伊月 様
前略
昨晩は、こちらの夢魔が突然貴女様の
夢に失礼し、お騒がせいたしました。
ご説明させていただいた魔王様養育の
件ですが、色よいお返事をいただけたと
の話を聞き、我ら一同感謝の極みにござ
います。
魔王様は生まれて間もない状況で、そ
ちらの暦で言うとおよそ二週間ばかりと
なります。名付けについては住む世界に
合わせるべきだとの意見もあり、名付け
の儀については未だ行っていない状態に
ございます。
また、種は違えども弱い赤子ですので
傷病等の対策につきましても、そちらの
世界の幼子同様にお気をつけいただきま
すようお願いいたします。
今後、ご迷惑かもしれませんが、定期
的に貴女様の夢にアムを私どもの連絡役
としてお邪魔させますので、ご用命の際
はお気軽にお申し付けいただければと考
えております。
ご迷惑をおかけすること多々あるかも
しれませんが、何卒、我らの魔王様をよ
ろしくお願い申し上げます。
尚、この封書の開封を界渡りの法の発
動条件とさせていただいております。こ
の文書を読み終わる頃、身近な空間に魔
王様の転送が行われますのでご注意くだ
さい。
草々
「………えっ」
まさか、昨夜の夢は夢ではなく現実だったのかと思うと同時、背後から聞き慣れぬ音がする。
振り返ってみると、そこには柔らかそうな生地の衣服で包まれたそれは可愛い赤子が、今朝までは部屋に存在しなかった筈の豪奢なベビーベッドで気持ちよさそうに眠っていた。
「えーーーっ!?」
斎藤伊月、未婚にして一児の母となってしまいました……。
ご指摘点やその他ご意見等々ございましたら、是非よろしくお願いします。
■追記
2014/11/20に続編を投稿しました。
また、“魔王を育てることになりました”をシリーズとして纏めました。
よろしければタイトル上部のリンクよりご参照ください。