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(後編)

お題は『モラルで作られた枷が外れそうなほど・最期の景色が君であるように・彼と自分のコントラスト・内清外濁・この部屋に引っ越そうかな』です http://shindanmaker.com/35731





「この部屋に引っ越そうかな?」

 などと突然言われた時には、頭の痛みがさらに加速したかのような錯覚を受けた。

 ……事実さらに痛む結果となっていたのだが、決して彼女が発した言葉の所為では無いと思いたい。




 「解熱効果があるから」と無理矢理入れて飲まされていた、薬草の匂いが強い紅茶を思い切りむせて咳込む。そんな私を見て、部屋を見渡していた彼女がこちらを振り向いた。

 本棚と机と、後はベッド位しか置いていない質素な部屋の何処がそんなに珍しいのやら。

 どうも彼女の感性だけは、幾ら時間を掛けたところで私には到底理解出来そうも無い。


「どうした? 酷く咳き込んでいたが……」

「……いえ、何でも」

 別段慌てたりする事では無いのだが、表面上は何事も無かった様に取り繕ってしまう。

 だが、それでも私が不意に見せてしまった先の行動は余程珍しかったらしく、彼女は蒼く大きな眼を輝かせて立っていた窓際から私の元へとやってきた。

 私が半身だけ起こしているベッドの淵へ腰掛けると、丁度彼女の視線が私の眼の高さと合う。

 普段ならば背の高い私を見上げる形が多い為、それですらも新鮮なのだろう。さして何を言うわけでは無いが、彼女の顔には普段のものとは違う上機嫌な様子が漂っていた。

 彼女の後を嬉しそうに付け回っていた我が家の飼い猫も、彼女に続いてベッドの上へ飛び乗り、新たに1人と1匹が乗った安物のベッドが軽い音を立てて軋んだ。


「お前がそんな顔をするなんて、初めて見たぞ。

そんなに茶が不味かったか?」

「……確かに、お世辞にも美味いとは言えない味ですね」

 どうやら、彼女は私が咳き込んだ原因は手にしたティーカップの中にあるものが原因だと思っているらしい。私がそれと無く彼女が欲しているであろう返事を返すと、彼女は「そうだろう」と不味い事の何処が嬉しいのか、一度だけ笑顔で頷いた。


「私も不味いから嫌だと言っているのにな、毎回熱を出す度にそれを無理矢理飲まされるのだ。

薬までそれで飲まされるのだぞ? あれは間違い無く、一種の拷問とも言える」

「……その拷問を、貴女は今私に行っているわけですが? 楽しいですか?」

「当たり前だ、こんな楽しい機会はもはや訪れないだろう?」

 しれっとした顔で当然の如く恐ろしい言葉を吐く彼女の顔を見て、溜息しか出てこなかった。

 どうも彼女と出会って話をすると、破天荒な言動や我侭ばかりの言動に溜息が多くなってしまう。


 だが一体……、彼女は何処で私の状況を聞き付け、さらにはどういう経緯でこの場所まで突き止めてやって来たのだろう?


 直接聞く気にもなれず、私は「一種の拷問」である紅茶を再び啜りながら、思考を巡らせる。

 前回請け負った仕事の際、不覚にも敵である呪術師から受けた呪いを解呪した際の後遺症に過ぎない頭痛と発熱なのだが……それでも、その事実を知る者はそう多く無い筈だ。

 暫く養生する、と余り周囲の者に告げた記憶は無いのだが、私の状態を彼女にこっそりと告げた者は記憶を辿れば大体察しは付く。今度出会った際には何があっても口を割らない様、なるべく自分の怒りが伝わるよう剣を首筋に当ててでも念を押さねばなるまい。

 そんな事を考えながらまだ幾分熱を持った紅茶を喉に流し込んでいると、腰を掛けてこちらを見ていた視線がさらに近くなる気配を感じ、私は思考を中断した。


「……私の顔に何か付いてますか?」

「えっ? いや……別に……」

 視線が合った事に余程驚いたのか、私の顔を見ていた彼女は慌てて首を振ると蒼い眼を伏せた。

 常に気丈な振舞いを魅せる彼女にしては幾分違和感を覚える動作だったものの、私も自分の顔をここまでじっくりと凝視される事には慣れていなかった為、さして追求はせず自分の内心を誤魔化すべく苦笑を浮かべるだけに留まった。



「……フォルク」

「何でしょう?」

 飲み終えたティーカップをベッド脇のサイドテーブルへと置いた後。

 彼女が眼を伏せたまま、幾分元気の無い声で私の名を呼んだ。

 いつもの様に命令する訳でも無く、半ば強制にも近い欲求を通そうとする気配も無く、ただ名前を呼ばれただけという初めての出来事に、どうしても違和感が拭いきれない。


 その後彼女が口を開けて発する言葉を聞いてはいけないと、痛む頭が不意に警鐘を打ち鳴らす。

 だが二人きりとは言え流石に彼女の言葉を遮るわけにもいかず、ただ沈黙していた私の耳に届いた言葉は、やはり私のような者が決して聞くべきでは無い言葉だった。



「私を此処に置いてくれないか?」

「……それは出来ません」


 即答されるとは思っていなかったのだろう。

 遮るまではいかないものの、彼女が発した後即座に否定の言葉を私が告げると、彼女はやはり私の想像通り両眼を何度か瞬かせ、やがては美しく整った顔を曇らせた。




「それは……お前は、本心から言っているのか?」

「もし私が『本心だ』と言って貴女が納得して頂けるのでしたら、喜んでそう答えますよ」

「……お前は、意地悪だな」

「貴女こそ、私を余程犯罪者に仕立て上げたいようですね。

王女誘拐など、斬首程度では済みませんよ?

そうですね、せいぜい運が良くとも生きながら永久に苦しみを味わう程度ですか?」

「私は別にそんなつもりで……」

「貴女にはそのような意図が無いとしても、結局は同じ事ですよ。

御自分の立場を考えて頂ければ、その様な言葉はおろか……此処に居る事ですら大きな問題です。

何時だって私の首が飛んでもおかしくは無いというのに……」

「違う! 私は……私は……」

「違いません。『私の元へ来るな』とは言っても、貴女は到底聞くような方では無いと知っています。

だからこそ貴女の父上も、何も私を咎めたりはしないのでしょう。

しかし、くれぐれも御自分の立場を見失った発言は控えて下さい。

それは私にとって、迷惑以外何物でも無いのですから……」

「……フォルク」




 人を突き放すのは、簡単だ。

 自分の想いとは全く真逆の言葉を、ただ無感情を装って発するだけでよいのだから。




 その方法が実に自分勝手だと時には怒られたりもするが、それは今まで職業柄人と深く関わらない為あえて実行してきた私なりの処世術だった。

 人を知れば、人と親しく接すれば、必ず訪れる別れの際……激しく傷付くのは結局自分なのだから。


 だが瞳に涙を溜めてこちらを見る少女に対し、毎度突き放す言葉を告げる事に対して激しく抵抗を覚える自分自身が本当の所一番鬱陶しかった。

 彼女こそ、私が最も心を頑なに閉ざして突き放さなければならない存在にも関わらず、だ。

 数年前から自分の中で芽生えつつある陳腐な感情を抑える事だけを考え、私はかぶりを振った。



「……だから私は、決して貴女を此処へ案内する事は無かったのに。

貴女が御自分の立場を忘れ、いずれはそう言い出すのではないかと薄々感じてはいましたから」

「ならば追い返せばよかったではないか?」

「私にそのような無礼を働けと?」

「…………違う」

 最後に否定する彼女の言葉は、消え入りそうな程に小さく弱くなっていた。



 今年17歳の成人を迎える彼女が抱く、私への感情は薄々だが感じ取ってはいた。

 本来ならばその感情に気付いた時、即座に行動に移すべきだったのだろう。

 元々彼女と私はこうして親しく話したり、接したりする事など決してあってはならない立場なのだ。

 にも関わらず、私は彼女の優しさに甘え結果……こうして今、彼女を傷付けてしまった。

 何もかもが後手へと回ってしまい、本当にらしくない。

 ……本当に私は、どうかしている。

 普段ならば決して臆する事無く言ってのける一言ですら今は口篭ってしまうのは、まだ身体を支配する熱と痛みの所為だと信じたかった。



「私はしがない、ただ一介の傭兵にしか過ぎません。

貴女の父上とは親しくして頂いておりますが、それでも身分はわきまえているつもりでした」

「……つもり、とは?」

「私が中途半端に出した優しさの所為で、貴女は愚かな感情を抱いてしまった」

「私が愚か……だと?」

 それまでただ弱気な姿勢で私の言葉を聞いていた少女の目に怒りが浮かぶ。

 彼女が何に対して怒りを覚えたのか無論分かってはいたものの、否定する気にはなれない。

 私は淡々と言葉を述べる事へと徹する。

「私が指摘せずとも、貴女は無論私の言いたい事を理解されている筈です」

「いい加減にしろ、フォルク。……少々言葉が過ぎるぞ」

「ほら……今の貴女の言葉が、何よりの証拠ですよ?」

 そう言って私が意地悪く口端を上げてわざと笑みを作った直後、頬に一瞬痛みが走った。

「いい加減にしろと言っている!!」

 頬の痛みが引かぬうちに、立ち上がって思い切り叫ぶ罵声が耳へと届く。

 急に怒鳴って立ち上がった事に驚いてか、素早くベッドから飛び降り窓際へと避難する猫の白い影が視界にチラリと映った。


 流石、猫は賢い生き物だ。

 私と違い、我が身を守る事に関しては特化している。

 余程現実から眼を背けたかったのか、ぼんやりとそんな事を考えていると……私の上へと何かが乗る感触が訪れたと同時に胸倉を掴まれた。



「王女ともあろう方が……はしたないですよ」

「うるさいッ!!」

 一応街へ降りる事を考え地味な格好をしていたのだろうが、関係無いとばかりに寝ている男の上へスカートをたくし上げてまたがり、胸倉を掴んで怒鳴り散らすとは……

 もはやこの光景を彼女の従者や父親が見たのなら、間違い無く私は死刑となるに違い無い。

「私が王女かどうかは抜きで答えろ!!」

「それは出来ません」

「何故だ!?」

「……事実は、事実ですから」


 私の言葉に対する返答は、無言で頬を2発殴られただけに留まった。




「気が済みましたか?」

 胸倉を掴む力が弱まったのを確認した後、そっと彼女の手を降ろしてやると俯いたまま肩を震わせている彼女へと声を掛けた。

 私にまたがったまま肩を震わせ、声を押し殺して泣く小さな少女へと掛ける言葉は何も無い。

 ポタリポタリとシーツの上に落ちる涙を、拭ってやる事すらも叶わない自分の立場が歯痒いものの、結局はこれこそが「現実であり事実」であると、私は自分へ言い聞かせる事しか出来無かった。


 そうでもしない限り自分に嵌めている心の枷が、少しでも油断すると外れそうで怖かったのだ。

 道徳だの倫理だの、そんなもので絡め取られている自分の理性が馬鹿げたもののようにも思えるが、その枷を外してしまったら最後、私にとっても彼女にとっても道は一つしか残されていない。

 だがどちらを取っても、私には後悔しか残されていないのはもはや明確だった。



 内清外濁、とはよく言ったものだ。

 私は結局こうして自分の心とは真逆の、粗暴な態度を取る事しか出来無いのだから。

 そうでもしないと、何もかもが全て狂ってしまうのだから。





「私は……私は……悔しい」

 嗚咽混じりに途切れ途切れ、彼女が声を振り絞って呟く。

「私が……私が王女だから……

私は……私なのに……何故私は、私の想いを素直に口にする事すらままならない身なのだ?

私は何も変わらない……私は、人なのだ……皆と同じ人なのに……なのに……なのに……」

 自分の生まれを悔やみ、自分の敷かれた道を悔やみ、自分の置かれた立場を悔やみ。

 口にしたところで、結局それらが決して覆されるわけでは無いのは彼女も充分知っているのだろう。

 それでもなお、言葉が止まらないのだという事も充分過ぎる程分かる。

 震える声でただひたすら独り言のように呟く彼女の言葉は、私の心をも深く抉り取った。





「……アルベルティーナ」

 溜息混じりで私の漏らした名前を聞き、彼女の嗚咽が止まる。

 私が今呼んだ名前は、紛れも無く初めて呼んだ彼女の名前。

 驚いて顔を上げた彼女の眼を静かに見据えたまま、私は言葉を続けた。

 相手を敬う言葉など、今は必要無い。

 なるべく自然に想いを告げれるよう、私はあえて言葉を選ばなかった。

「辛いか? アルベルティーナ」

 ただ一度だけ深く頷く彼女は、何も言葉を発しない。



「俺の存在が、お前にとって障害となるのならば……今俺を殺せ」

「……フォルク!?」

 アルベルティーナが息を呑む。何かを言おうと口を数度開くが、それは言葉にならなかった。

「枕の下に置いてある剣を抜いて、俺を刺すだけだ。

……無理ならば、俺が自分で腹を斬っても構わない。お前が命じれば、俺は喜んで死んでやるよ」

「フォルク……お前、一体何を?」

「お前は他の人間とは違う、例えそれが意図せぬ出来事でも……違う様に生まれてきた。

これは俺の最大限の譲歩だ、今俺を殺せば俺は最期をお前の腕の中で終える。

最期の景色がお前で終わる。……文字通り、お前のモノに俺はなるだろうな」


 なるべく微笑む様心掛けていたが、私は果たして上手く笑えているのだろうか?


「違う、私はお前を殺してまで……」

「違わない、お前には全てを欲していい権利がある。

自分の心を犠牲にする代わりに、全てを欲していい権利が存在している」

「そんな権利など、私はいらない!!」


 悲痛なアルベルティーナの叫びが、余り家具の置かれていない部屋に響く。

 続いて心地良い香りが漂うと同時に、私の首筋に抱きついてきた彼女の顔が埋まった。




「……このまま、私を連れて何処かに行こうという選択は無いのだな?」

「生憎、そんなものは物語の世界にか存在していない可能性ですよ」

「……私を、一日だけ女性として見る選択肢は?」

「その後は? 泣きながら毎晩俺の名でも呼んで、王女様が配下を困らせるんですか?」

「フォルク……お前は、本当に意地悪だな」

「……下手に歳だけを取った結果ですよ」

「お前に迷惑を掛けたのは、私の方だったな……すまない」

「謝る必要はありません、結局は俺も貴女を……」


 私はそれ以上、言葉を発する事が出来無かった。




 私の首に回したアルベルティーナの腕に、力が込められる。

 頬が熱い程熱を帯びているのは、発熱の所為だと思いたい。

 兎も角今は、私が浮かべている情け無い表情と赤みがかった頬を彼女に見られていない事を、ろくに信仰もしていない神に感謝する他無かった。




 いつの間に戻って来たのか、猫が私の枕元に静かに立っている。

 真っ白い彼女は、私達の内心を知ってか知らずか……

 ただ宝石のような緑色の瞳は、抱き合う私達を真っ直ぐ静かに見据えていた。




 アルベルティーナを帰す時、私が彼女にずっと黙っていた秘密を一つだけ打ち明けよう。

 きっと彼女はもう、私の前には姿を見せないだろうから。

 彼女が私に押し付けたこの猫の名を、今なら教えても構わないだろう。







 ……それが私に出来る、たった一つの愛情表現なのだから。









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