6話 異様と異端
お久しぶりです。
まさかこんなに空くとは思ってませんでした(汗)
綺麗にまとまった文章とは言い難いですが、そこは大目に……
森が思ったより深いことに、ヒトミは奇妙な違和感を覚えた。寒冷な「ゆーらしあ」の気候からすると、ここまで深い森も珍しい。自然がありのままの形で残っている。
ヒトミは、シュウ達が近づいてくる気配を感じ、三つの赤い目を持つ獣たちに別れを告げた。森で自由気ままに生きる魔物たちと、勇者学校などというイタイ学校に所属する彼らを引き合わせることは、決してベストな選択とは思えない。ただ単に「魔物」であるというだけで、大袈裟なリアクションとテンションで、野蛮に武器を振り回す彼らの姿が目に浮かぶ。残念ながら人間という種族に分類される自分と魔物とが、仲良くやっている現場を目撃されるのも、色々と面倒だった。
「ゥゥゥゥゥ……」
悲しそうに鳴く獣の頭を、優しく撫でる。と、その中の一匹が丸い果実を差し出してきた。持って行けということだろうか。ただ座って頭を撫でたりしていただけなのに、妙に気に入られたようだった。ヒトミはお礼を言って、その果実を受け取る。
それはヒトミ自身は見たこともない果実だった。
しかし、懐かしいと感じずにはいられない果実だった。
大きさは丁度リンゴ一個分ほど。ブドウとモモをたして二で割ったような色で、手にすると、甘酸っぱい香りが一面に広がった。
今の世の中で、この果実の名称を知っている人間が、果たしてどれほどいるだろうか。おそらく、ごく少数なはずだ。そして、ヒトミはその少数の中の一人ということになる。
脳裏に再生される景色に、郷愁のような愛しさと溢れんばかりの憎しみを同時に感じたヒトミは、不協和音に軋む胸を抑え、なにもかも追い払うように、その果実に噛り付いた。
◆◇◆◇◆◇
「なんでここで寝なきゃならねぇんだよ!」
「いえ、別にそうしろと強制しているわけではありませんよ? 私はそうすると言っているでけです。あなた方はお好きにどうぞ」
「でも…… 一人は危険過ぎるよ! この森、まだ安全かどうか分からないし、もし何かに襲われでもしたら……」
「男が何を言いますか。寧ろ一人のほうが安全です」
振り向くことすらせずに切り返す。
シュウは最初、意味が分からないとでも言いたげに首をかしげていたが、気まずそうに顔を背けるカズとゴウの態度を見るとようやく理解し、端正な顔を赤く染めた。
シュウもカズもゴウも男性である。それも、お年頃の。
そしてヒトミは女性である。それも、とびっきり美人の。
さらに現在地は人気のない森の中。
舞台が見事に整ってしまっていた。
「「お、襲わない(ねぇ)よ!」」
「そんな必死に否定されても説得力がまるでありませんね」
彼らの弁明を、ヒトミは容赦なく切り捨てる。
そもそも、最初から「襲うよ」などと宣言する馬鹿はいないので(一部の変態は除く)、説得力などあるはずもなかった。
「それはそうと、この森で一晩過ごすことに、なにかメリットでもあるのか? 俺としては、できるだけ早く『アヤン』へ向かった方が得策だと思うが」
話が若干横道に逸れたところで、冷静なゴウの声が、話を本題に引き戻した。図らずも、それは動揺していたシュウとカズへの助け舟となり、気まずかった空気を吹き飛ばす。二人は、こっそりと安堵の息を漏らした。
「今から歩いて向かったら、到着は夜中になります。私は休みなしで歩き続ける自信はありませんし……」
真っ先に逃げ出した船長の言葉を思い出しながら続ける。
「なにより夜中では村の門も開いていないでしょう。現在は洞窟の魔物の活動が活発化していると聞きました。そんな状態で、全く見ず知らずの人間を村に入れてくれるとは思えませんが」
まるで最初から用意していたかのような答えが、口から滑らかに滑り出る。安堵の息を漏らしていたシュウとカズは、今度は感嘆の息を漏らすはめになった。質問したゴウ本人も、ヒトミの深い読みに驚いている。ちなみにこの時、ヒトミだけならば、夜でもなんでも喜んで迎え入れて貰えるのではないかと、陰で三人が同じことを考えていたというのは余談である。
「なるほど……」
ゴウが納得したように頷く。
自分の考えの甘さに若干呆れつつ、そしてヒトミから予想以上に丁寧な説明がかえってきたことにやや驚きつつも、彼女に出会えた幸運に感謝した。
もしヒトミに会わなかったらば、自分の体力のことも考えずに濡れた服のまま倒れるまで歩き続けていたかもしれない。案外、彼女は冷たい態度を取りながらも、しっかり全員のことを考えて行動してくれているような気がした。
「……どうする?」
視線を横にずらして、珍しく無言のカズと、感心しきった表情のシュウに問いかける。
「チッ、しょうがねぇな」
カズが頭を掻きながら、表面上は面白くなさそうに呟く。
「えーっと僕も構わないけど…… ヒトミが良ければ……」
シュウは、少し困ったようにヒトミを見る。
先刻の男発言をまだ気にしているのだろうか。
彼らしいといえば彼らしかった。
「どうぞ、ご勝手に」
そしてこの返答も、彼女らしかった。
◆◇◆◇◆◇
「今から一時間、ここから先へは入れませんから気を付けてください」
「「「は?」」」
男三人衆は、ヒトミの「入るな」ではなく「入れない」という言葉づかいと、地面に線を引くという厨二臭い(?)行動に、素っ頓狂な声を出した。
「……えーと、一応聞いていいかな?」
「なんですか?」
「……入ったらどうなるのかな?」
「ですから、入れないと言っているでしょう。その耳は飾りですか?」
至極当然と思われるシュウの疑問も、いつもの調子で返される。その対応から、別に冗談を言っているわけではないと理解はできたが(そもそも冗談を言うような性格ではないが)、それ故に対応に困ってしまった。
ヒトミは何を言っているのか?
そんな彼らの疑問には答えず、ヒトミは歩いて去って行った。
◆◇◆◇◆◇
「なあシュウ、あいつは何やってんのかな?」
カズがシュウに問いかける。あいつとは言うまでもない。ヒトミのことだろう。
先ほど線の向こう側へと消えたきり、姿を現さない。
もちろん、興味がないわけがなかった。
「分からない…… けど『入るな』って言ってたし……」
「正しくは『入れない』だったがな。そんなことより、二人とも手伝え。魚を捕まえるか、穴を掘るか、どっちか選べ」
「はいよ、いくぞシュウ」
「うん……」
ヒトミが消えた方角へ目を向けたまま、シュウもカズに続いた。
◆◇◆◇◆◇
「なあ、やたら……固ぇんだが……どういう……ことだ?」
汗を滝のように流しながら穴を掘り続けていたカズは、途中から明らかに土が固くなったのを感じ、堪らずに抗議の声を上げた。
「なんだ、魚も捕れないかと思えば、穴も掘れないのか? 本当にチビは使えない」
「チビって言うな! そこまで言うならお前が掘ってみろよ!」
憤るカズをなだめながら、シュウが穴掘りに参戦する。が、少しすると同様に顔を曇らせた。
「これ……土が固いというよりは、何かが埋まって……る?」
「どれ、ちょっとどいてろ」
シュウの反応を見て、ただ事ではないと感じたのか。
すぐさまゴウも加わる。
「本当だ。何か埋まってるな」
茶色くて固い何か。端には丸いものがくっついている。
周りを掘っていくにつれ、徐々にその輪郭が露わになってくる。
嫌な空気が漂い始めた。
気づいたのだろう、埋まっているものの正体に。
周りの気温が一段下がったような気がした。
現れたのは人の骨だった。
「何十年……いや、もっと経ってるか。少なくとも最近じゃないな」
目と口泥を大量に詰まらせながらも、笑っているように見える頭蓋骨に、背筋が寒くなる。
「オイ……こっちにもなんか……埋まってるぜ」
「奇遇だな…… こっちもだ」
穴を一つ掘ってしまったせいで、あちこちから他の人骨の断片が見え隠れする。掘り始めた時こそ何も気にしていなかったが、一度気づいてしまうともう人骨にしか見えない。よく見ると、地面の下は人骨だらけだった。
「おかしいよ!」
耐え切れずにシュウが大声を出す。いや、寧ろそれまで耐えていたことのほうが不思議なくらいだ。それほどまでに異様な光景だった。
一体昔、ここで何があったのか……?
「ここは危険かもしれない……」
「そ、そうだな。ヒトミを呼んで来ようぜ」
今度こそ、異論を唱える者はいなかった。
ヒトミの言いつけと身の安全を天秤にかけたら、身の安全を選ぶのが普通だろう。ましてや、あれほど異様な現場を目撃したあとなのだ。
しかし、ヒトミが引いた線のところまで来ると、彼らの足は意図せずに止まる。
「え?」
動揺が走る。体が前に進まない。
「なんだこれ……!」
別になにか壁があるわけではない。線の向こう側の風景はもちろん目に映っているし、手を伸ばして何かに触れるわけでもない。
まるで体が前に進むことを拒絶しているかのような……
「ふんっ!」
カズが大きな石を投げる。
しかし、石すらも途中で物理法則を無視し、垂直にすとんと落ちる。
「ねぇ、僕ずっと疑問に思ってたんだけど、ヒトミってどうやってあの船から脱出したのかな……」
あまり大きな声で喋っているわけではないが、シュウの声はやたらと響いた。
「ボートじゃ……ないよね。僕たち以外にボートに乗ってる人なんていなかったし」
「泳いだわけでもないだろうな。服は全く濡れていなかった。そもそも泳げる距離じゃない」
「あいつ……何者だ?」
「一応人間ですが何か?」
不意に響いた声に、三人とも体を固くした。
顔を上げて振り返り、そして再び固まる。
ヒトミの髪は、風呂上りとしか思えないほど濡れていた。
次も遅くなる可能性がございます~
誤字脱字がありましたら教えてください~