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5話 船上の宴、陸上の苦難

登場するゲームの名称は、実際のものとは何の関係もございません。

 ―――海賊船「きゃぷてんのお部屋」


 ひとりの男が、黙々と作業に取り掛かっていた。

 時々額の汗を手で拭い、苦悶の表情を浮かべている。


 きゃぷてんだ。

 どこからどう見ても、(まご)うことなききゃぷてんである。

 初見の人でも、間違いなく認識できるはずだ。


 なぜか。


 別に、彼はコスプレをしているわけではない。

 片目に眼帯をしているわけでも、片手がフックなわけでもない。

 胸に、「きゃぷてん」と書かれた大きな名札(ゼッケンとも言う)を付けているからだ。


 そんな彼が、一体何をそこまで一生懸命やっているのか。

 大船の長らしく、いそいそとデスクワークに励んでいるのだろうか。 答えは否である。


「キタァァァァァァ! テテテ大王撃破!」


 ゲームだった。

 たった今、丁度クリアしたようである。

 先ほどの苦悶の表情はどこへやら、憎らしいほどに爽やかな顔をしていた。


 そんな中、騒がしい足音が近付いて来る。

 足音はしだいに大きくなり、「きゃぷてんのお部屋」の前で止まった。


「き、きゃぷてん! 大変です!」

「うるせぇぇぇぇぇ!!!」


 どっちがだ、とツッコまなかったのは、きゃぷてんに対する敬意の表れか。それとも、それどころではないのか。


 確認する手段はない。


「てめー よく考えろ。もしも今、俺がオナニー中だったらどうしてくれたんだ、あ~ん? ノックぐれぇしやがれ!」

「も、申し訳ありません!」

「まぁ、いい。今の俺はすこぶる機嫌がいいからな。何せ、星のかーびぃを全制覇したんだ!」

「は……い? きゃぷてん、それは『げーむぼーい』ですか?」

「そうだ! 羨ましいかバカめ!」

「ま、また随分と古いものを……」


 部下の言葉に、きゃぷてんの体はヒビが入った(ように見えた)。


「なん……だと?」

「え…」

「古い? もう『げーむぼーい』は時代遅れなのか?」


 自らをゲームマスターと名乗るきゃぷてんにとって、この事実は衝撃であった。

 彼のアイデンティティは崩壊寸前である。

 しかし、ここで腐らないのが、きゃぷてんがきゃぷてんたる所以だったりする。


「よし…」

「き、きゃぷてん?」

船員(クルー)共を集めろ! 今すぐにだ! 早くしろ!」

「はいぃぃぃぃぃぃ!」


 再び、騒がしく走り出した。


 ………15分後


「きゃぷてん! やるなら万天堂DFですぜ! ゾニーには負けやせん!」

「何ほざいてやがる! 音楽から動画まで幅広くこなせるPFPに決まっとるじゃろうが!」

「うるせーぞテメェ等ァァァァ! ……きゃぷてん、如何致しますか?」

「オイ、ひとついいか?」


 その場にいる全員が、きゃぷてんから放たれる圧力(プレッシャー)に押し潰されそうになった。

 船員達の体に、汗が滲む。


「この携帯ゲーム機……」


 ゴクリ…


「し、白黒じゃないだとぉぉぉ!?」

「「「そこからですか!?」」」


 きゃぷてんの、あまりの無知さに目ん玉が飛び出る。


「知らなかった。俺の知らぬ間に世界は動いていたのか…」


 などと、かなり大袈裟なことを言う彼に、「いつの時代の人間ですか?」と口にする人がいなかったのは不思議である。

 鍔然とするきゃぷてんに、青いバンダナを巻いた船員が、PFPの画面を見せた。


「そんなことよりも、見て下せぇ、きゃぷてん!」

「あん?」


 ちゃらら~ららら~んら~らららら~らんら~ら~♪


「な、なんじゃコリャぁぁぁぁぁ!!」

「きゃぷてん、これが『えふえふ』ですぜ!」

「え、映画じゃねぇかぁぁぁぁ!」


 きゃぷてんの言うことは一利あった。

 CGの美しさを限界まで求めた昨今の「ふぁいなるふぁんたじー」は、ゲームというよりはむしろ映画に近い。

 また、聞く人によっては「え? ふぁいなる? どこが?」などと致命的なことを言いかねない。

 しかし、今まで白黒の「ぴかちゅう」や「すらいむ」達と戦ってきたきゃぷてんにとって、この事実は飛び上がって雲を突き抜けそうなほどの衝撃であった。


「きゃぷてん、こっちも見て下せぇ!」


 そう言って無理矢理振り向かせたのは、赤いバンダナを巻いた別の男。

 ニヤニヤした面持ちで、DFの画面を見せつける。


「な、なんじゃコリャぁぁぁぁぁ!」


 再度絶叫。

 今、きゃぷてんの中で、「ゲーム=二次元」の構図が音をたてて崩れていった。


「う、浮き上がってるだとぉぉぉ!?」

「これが3DFですぜ!」

「さあ! どっちを選びますか?」


 仲間達に詰め寄られ、「むむむ」と声を漏らす。

 そこで、先程「きゃぷてんのお部屋」へ足を踏み入れ、船員(クルー)を集めた男(副きゃぷてん)は、大事なことに気付いた。


「そうだ! きゃぷてん、大変なんです!」

「あ~ん? どうした?」

「さっき襲った船から、生き残りが数人脱出したとの情報が!」


 船内に動揺が走った。

 所々で、「あいつらじゃないか?」などの囁きが聞こえる。


「……そいつは本当か」

「確かな情報のようです」

「あの状況から逃げ出したか。なかなかのやり手だろうな」

「どうしますか?」


 船員達の視線が、一気にきゃぷてんへと集中する。

 その船の人間全員が、彼の指示を無言で待っていた。

 きゃぷてんは目を瞑り、腕を組む。


「……『アヤン』へ向かうぞ」

「『アヤン』ですか?」

「ああ、俺達が襲った地点(ポイント)から考えて、奴等が行き着く場所はそこしかない」

「しかし、そう都合良く立ち寄りますかね? 通り過ぎる可能性もあるのでは?」

「それはない。おそらく、そいつらは服も荷物も海に浸かっている。疲労もピークに達しているはずだ。体を休め、必要な物を揃えるために、必ずそこへ向かう」

「…了解しました。総員、配置につけぇぇぇ! 行き先はゆーらしあ『アヤン』だ!」

「「ウオォォォー!」」


 雄叫びが上がる。

 海賊船は「アヤン」へ向かって進み出した。


◆◇◆◇◆


 空気が止まっていた。いや、固まっていたと言った方が正しいか。

 シュウ達は目の前の現実に、ただひたすら目を擦った。

 しかし、いくら目を擦っても、自分の目が赤くなる以外に何も変わりはしない。鮮明になるのは、あまりにも美しい少女の「何この人達、馬鹿なの?」とでも言い気な視線だけであった。


「なんですかその反応は。もしかして馬鹿ですか?」


 ビンゴ。

 目は口ほどに、とはよく言ったものだと、ゴウは密かに感心する。


「お、おまっ お、女だったのか!?」


 最初に現実に帰ってきたのは(声が裏返っていて、いささか不格好ではあるが)カズだった。

 ヒトミを指差しながら、大声を上げる。 ヒトミはそれに、あからさまに嫌そうな顔をした。


「別に男だと名乗った覚えはありませんが」

「……普通男だと思うだろ」

「……そ、そうだよ! 僕達が勘違いしてることに気付かなかったの?」


 カズの大声で正気に戻ったのか、ゴウとシュウもヒトミに対して抗議の声を出す。

 動揺する彼等を尻目に、ヒトミはため息をついた。

 一般人だったらば、ブン殴られても文句は言えないタイミングだ。

 しかし、ヒトミの物憂げな表情は、見る者を惹きつけて止まない魅力を放っていた。

 美人がやるだけで、同じ仕草でもここまで違うものか。

 壱万円札及び、「天は人の上に人を創らず」で有名なユキチ・フクザワ先生がこれを見たら、狂気錯乱しそうである。

 逆に、「上下天分の理」で知られるラザン・ハヤシ先生が見たら、どや顔するかも知れない。

 そんな魅力に、彼等が戸惑っているなど、ヒトミが知る由もなく、


「聞かれなかったから答えなかった。そして、今は聞かれたから答えた。それだけです」


 極めて冷静に答えた。


「聞きたいことはそれだけですか? ではさっさと歩いて下さい」

「…え、ちょっ どこへ行くつもりなの?」

「不本意ですが『アヤン』へ向かいます。船での移動手段がなくなったので、仕方ありませんが歩きです」

「ま、待てよ! ここから歩き? 俺達はたった今、目が冷めたばかりなんだぜ! もう少し休んでから……」

「塗れた服を着て、海風の強い所で『休む』とは、随分と物好きですね」


 その瞬間、一段と強い風が吹いた。そのあまりの寒さに、身を震わせる。

 ヒトミの衝撃で忘れていたが、体は冷えきっていた。

 海水を吸い込んだ服が、体力を奪っていく。

 ヒトミは、彼等がくたくたであることなど、とっくに見抜いていた。

 会話を最小限に抑えたことも、早めに行動した方が良いと判断したからである。


「まずは服を乾かして下さい。そのために、森へ入って火を起こします。分かったら、さっさと歩いて下さい」


◆◇◆◇◆


 深い針葉樹林だった。

 シュウとカズは乾いた枝を集め、ゴウは焚き火ができそうな場所を確保して、穴を掘っている。未だ寒さは癒えず、枝を持つ手はうまく動かないが、さっきよりは大分良くなった気がする。木が茂っているせいで海風が届かないことが大きな理由だろう。シュウは、ヒトミの機転に感心した。


「ゴウ、お前… 火なんか起こせるのかよ?」

「ああ、出来る。多少時間は掛かるが、我慢しろ」


 ゴウは細い木を、倒れている大木に押しつけ、高速で回転させている。

 摩擦で火を起こす、極めて原始的な方法だ。


「……ついた!」


 枝の先に起こった小さな火を、集めた枯れ葉に移動させる。枯れ葉は勢い良く燃え上がり、その炎は横の薪に燃え移った。

 激しく燃え上がる火に、彼等は夢中で手を伸ばす。

 冷えきって強張った体と心を、炎の熱がほぐしていく。


「…助かったね」

「ああ。こんな外れた所に森があるとはな。驚きだ」

「って言うか、アイツはなんでこんな場所知ってんだ?」


 アイツとはヒトミのことだろう。

 いきなり現れて、助けてくれた少女。

 どこか冷たく、他人を寄せ付けない空気を持った少女。

 そして、今まで出会った、どんな女性よりも美しい少女。


「ねぇゴウ、彼女のこと、どう思う?」

「…はっきり言って分からん。何がしたいのか、何が目的でこんな危険な所へ一人で来たのか、どうやってあの船から脱出したのか、何もかも全く分からん」

「でも、悪い子じゃなさそうだよね」

「生意気だけどな!」


 目の前にヒトミがいた時は、空気に呑まれて口数が少なかったカズも、今は饒舌である。


「あれ? そう言えば、アイツはどこだ?」


 ヒトミの姿が見えないことに、今更のように気付く。


「きっと、僕達が服を乾かせるように、離れてるんだよ」

「そうだな。あいつが側にいたら、とてもじゃないが脱げない」


 ゴウの遠慮ない台詞に、シュウとカズは赤面した。

 見られたかった、などと言うドMなことを考えていた……かどうかは定かではないが、美少女の前で裸になどなれないだろう。恥ずかし過ぎる。


「今の内に服を干すぞ。そうしたら、早くヒトミと合流しよう」


 彼等は服を脱ぎ始めた。


◆◇◆◇◆


 ヒトミは、シュウ達と離れた所で、魔物達と戯れていた。

 普段の彼女からは想像できない、柔らかい笑み。いや、本来のヒトミはよく笑う少女なのだ。


「ガグルル♪」


 目が三つある、異形の獣がヒトミを取り囲む。

 本来ならば人に懐くことなど有り得ないが、ヒトミが頭を撫でた瞬間、嬉しそうに手を嘗めてきた。

 ヒトミも嬉しそうに笑うが、表情にはどこか陰が差す。


「なんで助けたのかな…」


 魔物の頭を撫でながら、自分自身に問いかける。

 それは、自分の良心との戦い。

 誰にも相談できない、誰にも分かって貰えないであろう苦しみ。


「『瞳』、私は…あなたの仇を討てるかな……」


 普段の冷静で強い「ヒトミ」はそこにいなかった。

 14歳の、か弱い少女だった。


 優しい人間は、他人の痛みを自分の痛みのように感じる。

 故に、優しい人間は常に受難者であると、人は言う。


 ヒトミは、非情になるにはあまりにも幼く、あまりにも優し過ぎた。


 明日もまた、彼女は「無表情」という名の重い仮面を被らされ、人と接するのだろう。


 それは、誰も知らないことだ。

感想お待ちしております~

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