表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

3話 国外へ

皆様、地震は大丈夫でしょうか。

 ―――大陸『ゆーらしあ』


 チキュウ上で最も広大かつ危険な大陸。

 船を使わないと行けない場所。

 ヒトミはニホンを出て、まずそこへ向かうことにした。

 持ち物はゼロに等しい。

 服装は制服の上に、大きなローブのような物を着てフードを被り、一見男か女か分からないような格好をしている。そうしないと、自分の正体がバレると思ったからだ。

 ヒトミは、ニホンでは有名人だ。普通に歩いていたら間違いなく声を掛けられ、騒ぎになるだろう。そうなったら、最早旅どころではない。また、しっかりと旅の準備をして出掛ける訳にもいかなかった。学校周辺には『ヒトミちゃんふぁんくらぶ』とか名乗るストーカー組織の人間がいる。奴らの観察力(変態力?)は凄まじく、ある時は、突然「ヒトミちゃん、今は生理中?」とか話しかけてきた。(しかも、その通りだった)言うまでもなくセクハラなので、足を払って勢い良く投げ飛ばし、その後職員室に突き出したが、そんな些細な変化すら読み取れる彼等には、正直寒気がした。そのため、荷物もほとんど持たず、半ば紛れるように国を出ることにしたのだ。ちなみに、投げ飛ばされた少年が極度のM体質であり、鼻息を荒くしていたというのは余談である。

 ヒトミは先のことは考えず、とにかくどこかへ行きたかった。決まった日常から抜け出して、なるべく人と交わらない生活がしたかった。


 船乗り場へ着くと、丁度船がやってきた。ヒトミの他に、ここで乗船する客はいないようなので、まさにグッドタイミングという表現がピッタリではないだろうか。


「坊主、金はあるのか?」


 ずんぐりした、船長と思われる男が船の上から身を乗り出して叫んだ。ヒトミがポケットの財布から、お金を取り出すのを見ると、船長はニヤリと笑って手招きする。


「よし、乗れ。客は神様だからな」


 ヒトミは無言のまま大船に乗り込んだ。

 比較的豪華な船だ。部屋は広く、レストランも設置されているらしい。また、十数人の大人が、何やら厳つい顔で歩き回っている。おそらくは勇者の国家資格を持っている人間だ。魔物が出現した時の用心棒代わりだろう。ニホン人は少ない。大体が外国人だ。これは、ニホンでは勇者の国家試験が最近採用されたばかりで、十分な人数がいないことを示している。唯一ラッキーだったのは、あの『勇者の品格』の作者が、『旅をすることは人生で重要なことだ』と主張したおかげで、このような交通機関の利用が、金銭的にも場所的にも楽になったことだろう。彼がヒトミにもたらした、数少ない利益と言える。


「坊主、目的地はどこだ?」

「……『ゆーらしあ』のマガダン」

「あ? 『マガダン』だと? 正気か?」


 そう言うと、船長はヒトミの全身をじろりと見た。生まれてから常に晒されていた舐めるような視線ではない。船長はヒトミを男だと思っているらしい。(女性が一人で船に乗るなど、まず有り得ないことなので、当然と言えば当然だが)


「知らねぇのか? あそこは今危険なところだぜ。どっかの洞窟にいる魔物の動きが活発になったらしくてな、近くの村にも避難勧告が出されてるらしい。勇者学校の実習で来たって訳じゃねえだろう? 坊主が行っても死に行くようなもんだぜ」

「……」


 興味がないと思った。それに、船長の言ったことは当然知っていた。黙ったままの客を見て、船長は思案顔で顎に手を当てると、やがて普通の表情に戻る。


「まあ、俺にはあんたの事情に興味はないし、心配をする義理もない。取り合えず、金は貰ったから乗せるが、自分の身は自分で守ってくれ。俺に責任はない。わかったか?」


 頷くヒトミを見ると、船長は踵を返し、その場から離れていった。


◆◇◆◇◆


 船の中では、努めて人が少ない所にいるように心掛けた。周りには団体や男女のペアが多く、至る所で賑わっている。踊りながらオルガンを鳴らし、それに楽しそうに手を打っている集団もある。普通だったら、興味に惹かれて混じってみるところだろう。しかし、彼女にとってその音は不快なものでしかない。変人だと思われようと、基本的に部屋の隅にいることを選んだ。そもそも、他人からどう思われようと、彼女の知ったことではないのだが。


「なあ、一人か?」


 突然の声に反射的に振り向くと、三人の男子が立っていた。どこかの高校の生徒だろうか。

 一番左は、背の高さがヒトミと同じくらいで、どこか挑発的な雰囲気を感じさせる少年だ。ヒトミの身長は158㎝だから、体格がいいとは言えない。男子であることを考えると、小柄と言っても全く問題ないだろう。

 真ん中にいるのは対照的に一番背が高く、ガッチリとした体格をしている。ラグビー部だったのではないかと思わせるほどの肩幅の広さと足の筋肉は、「守ってくれそう」などという幻想を抱いてしまう女性が多く出てきそうである。もちろん、ヒトミには興味ないが。

 一番右は、どこかの王子様のような容姿をしている。背は高く、すらっとした体系で、高級そうな衣服を身に着けている。やわらかく笑っているその姿は、見ただけで、恋に落ちる女性もいるのではないだろうか。所謂美形というやつだ。

 皆、共通点がない。

 左から、かわいい、たくましい、美しい、という表現がピッタリ当てはまるバラバラのメンバーだ。その三人が、ヒトミの前に来て声を掛けてきた。


「お前、俺達より年下だろう」


 一番小柄な少年が声を発した。

 だったらなんだ、と思いながらも無言で頷く。彼等が高校生なら、自分より年上には違いない。


「見ろよゴウ! オレより小柄な奴だっているじゃねぇか!」

「本当だな。これは驚いた。まさかお前みたいなチビが他にいたとはな」

「チビって言うんじゃねぇよ」

「チビが嫌か? だったら『ち☆び』に改名しよう」

「☆が入っただけじゃねぇか!」

「違う、よく見ろ。平仮名になってるじゃないか」

「変わらねぇよ!!」

「まあまあ、落ち着いて。……あ、ごめんね」


 冷めた目をしたヒトミを見ると、慌てて謝った。


「でも本当に珍しいね。この船はゆーらしあ大陸行きだろう? 僕達みたいな訓練を受けた者はともかく、君は危険じゃないかな。目的地はどこ?」

「……『マガダン』ですけど」


 別に隠すことでもないし、しつこく聞かれても面倒なので素直に答える。すると、目の前の少年、そしてさっきまで言い争いをしていた二人も、驚いたように目を見開いた。


「馬鹿か!? あそこは今B級の危険地帯だ! 俺の学校の実習だって最上級生の中で一握りの奴しか行かせて貰えない!」

「俺の学校でもだ。シュウはどうだ?」

「……二人と同じだよ。それにしても、君はどうしてそんな危険なところへ?」


 シュウと呼ばれた美しい少年は、三人を代表して尋ねた。視線がヒトミに集まる。きっと、「どうして君のような幼い少年が」という意味だろう。三人の様子を見ると、どうやら船長と同様に、ヒトミが男だと思っているようだった。声を聞けば女だと気付きそうな気もするのだが、先入観というものは恐ろしい。まあ、確かにヒトミの声はソプラノというよりアルトなので、声変わり前の少年のように聞こえなくもないが。


「……特に理由はありません」


 ヒトミの答えに、三人はさらに目を丸くした。

 それは当然の反応だ。

 理由もなく、危険な場所に行くなど、興味本位のバカか、自身過剰のバカ、つまりどちらにしろ「バカ」な人間ということになる。

 しかし、ヒトミはなるべく人と交わらない生活を望んでいる。避難勧告が出されていて、人があまりいないであろう『マガダン』に行くことは、彼女にとってはむしろ当然のことだった。

 そんなことを、この三人が知る訳もない。


「やめておけ。死ぬつもりか?」


 なんとも迷惑な(・・・)忠告をしてきた。


「……別に死ぬつもりなんてありません」

「でも危険だよ。僕達は『アヤン』へ行くところなんだ。学校の実習でね。良かったら君も一緒にどうかな?」

「……何故初対面の人間にそこまで?」


 大きなお世話だ、という意味で言ったのだが、どうやら別の意味にとったらしい。少し照れ臭そうな顔をして言った。


「いや、この船、大人ばかりじゃないか。年齢が近い人がいるなら、折角だから仲良くしようと思ってね」


 ヒトミは周りを見渡した。確かに、大人ばかりだ。歌を歌って賑やかにしている人も、トランプをして怒鳴り声を上げている人も、皆若いとは言い難い。自分だけが浮いたような存在であることに、心細さを感じる気持ちは分からないでもなかった。


「それに、カズもゴウも、ここに来るまでのバスの中で会ったばかりなんだ」


 それは意外だった。先程のじゃれ合いを見る限りでは、三人は旧知の仲のように見える。うまく波長が合ったということだろうか。もしかしたら、皆どこか不安を感じていて、それが仲良くなることに影響したのかも知れない。しかし……


「嬉しいですけど、結構です」


 ヒトミはその提案を拒絶した。


「なんだよ! 折角誘ってやったのに! 俺達はみんな『勇育高』の生徒だぞ!」


 カズと呼ばれた小柄な少年は声を張り上げた。

 彼の台詞は普通なら(・・・・)間違っていない。誘いを断ったヒトミは薄情者だろうし、『勇育高』(勇者育成専門高等学校の略称。ちなみに第一~四校まである)の生徒だというのは、聞く者に畏怖と尊敬を抱かせる。

 しかし、ヒトミは前提(・・)がまるで違う。

 「誘ってやった」というのは迷惑なことだし、「『勇育高』の生徒だ」と主張するのは、彼女にとってはむしろ逆効果である。それ故、カズが叫んだ瞬間、ヒトミの中で彼等は『最も付き合いたくない人間』のカテゴリーに分類された。


「自分の身すら守れそうにないあなた方と、一緒に行動するつもりはありません」


 それは紛れもない本音だった。たかが(・・・)B級の危険度で足が竦むような人に、身の安全を心配される筋合いはなかった。それに、彼等は今この瞬間、他の船が(・・・・)近付いてきていることに気付いている様子もない。

 しかし、自分より明らかに力の弱そうな奴に馬鹿にされたのが気に食わなかったのだろう。ゴウという最も体格の良い男が顔を引き釣らせた。


「ほう、ならお前は大層な力を持っているんだろうな」

「…ゴウ、やめなよ」


 静止の声に、ふんと鼻を鳴らす。


「虫も殺せそうにないガキがよく言う。もう誘わないから、後で言っても遅い。行くぞシュウ、カズ」


 ズカズカと歩き出したゴウの後を、同様にカズが(ズカズカと言うよりトコトコだが)歩き、その後ろを、少し困ったようにシュウが追いかけた。


 ようやく一人になり、ヒトミはほっと安堵の息(・・・・)を漏らす。

 震える体を抑え、天を仰ぎ見た。




 シュウ、カズ、ゴウ




 彼等は後に色々な意味で、自分達の認識が大きく間違っていたことに気付かされるのだった。



 

誤字脱字があったら教えて下さい~

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ