第5話:家庭教師セルンと、眠れる大輪の華
数日後、アークライト家の門を叩いたのは、眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性だった。
「お初にお目にかかります、バルト閣下。魔法学校で精霊動態論の講師をしております、セルンと申します」
バルトパパが呼んだ新しい家庭教師。 私は乳母車の中から、その「セルン」って人を【鑑定】してみた。
【名前:セルン】 【職業:魔法学校講師(精霊研究のガチ勢)】 【性格:研究対象を見ると周りが見えなくなるタイプ。でも実力は本物】
……あー、なるほど。 「研究者」って感じが顔に出てる。 でも、お姉ちゃんを見る目が「仕事だから来ました」じゃなくて、何か獲物を探すみたいな鋭さがある。……この人、たぶんガチな人だ。
パパに促されて、お姉ちゃんのフェリスが庭の訓練場へ進み出た。 「……あの、よろしくお願いします。私、伝統的な術式が苦手で……」
おどおどするお姉ちゃんに、セルンさんは無表情のまま告げた。
「バルト閣下からは伺っています。貴女には『型』が合わないと。……では、フェリス様。一度、貴女が一番『心地よい』と思うやり方で魔力を放ってみてください。標的に当てる必要はありません」
「心地よいやり方……。はい」
お姉ちゃんが目を閉じる。 私は、お姉ちゃんの周りの空気が一瞬で「濃く」なるのを感じた。
お姉ちゃんが、ゆっくりと両手を広げる。 前回、私が「あぅー!」って誘導した時のあの動き。
次の瞬間。 キィィィィィン、という、耳鳴りのような高い音が響いた。 炎でも氷でもない。純粋な魔力の輝きが、お姉ちゃんを中心にドーム状に広がっていく。
「…………ッ!?」
セルンさんの眼鏡が、その輝きを反射して白く光った。 彼女の手元にある魔力測定器が、ガタガタと異音を立てて振り切れている。
「な……なんだ、この精霊の集まり方は……! 術者が呼びかけているのではない。精霊の側が、彼女に触れたくて狂奔している……!?」
セルンさんは、お姉ちゃんの放つ光の渦に一歩、また一歩と近づいていった。 その顔は、もう研究者としての冷静さを失って、何かに魅了された子供のようだった。
「伝統的な『弾丸』や『剣』など、この膨大な愛の前では器が小さすぎる……! フェリス様、貴女が今まで上手くいかなかったのは、貴女が『弱い』からではありません。貴女という器が、この世界の常識よりも『大きすぎた』からです!」
「えっ……。私の、器が……?」
光が収まったあと、セルンさんはお姉ちゃんの両手をがっしりと掴んだ。
「フェリス様! ぜひ、私に貴女の成長を記録させてください! 学校の教科書を書き換えるような、歴史的な精霊術師をプロデュースできる……。ああ、研究者冥利に尽きます!」
セルンさんの豹変ぶりに、お姉ちゃんは呆気に取られている。 後ろで見守っていたバルトパパも、あまりの光景に言葉を失っていた。
私は乳母車の中で、少しだけ満足してあくびをした。 ……ふーん、セルンさん。 結構いい目、持ってるじゃん。 パパも、自分の「壁」とは違う、お姉ちゃんの「青天井」の才能を認めざるを得ないみたいだし。 とりあえず、お姉ちゃんの教育環境のアップデートは完了かな。
でも、あのセルンさん。 さっき一瞬、私の方を見て「……今、魔力の流れが干渉したような?」って呟いてなかった? ……マジ、勘が鋭い女は嫌いじゃないけど、あんまりこっちを疑わないでほしいんだけど。
私は、わざとらしく「うあー」と声を上げて、寝たふりをすることにした。




