私と彼女と寒空と
私たちは寒空の下、姉妹のようにお互いを支え合いながら生きてきた。
共に頼る者もなく、小さな体で毎日必死に生き抜こうと駆けずり回る毎日。その中で私たちの世話をしてくれる、という人間が現れたことで「少しは楽な暮らしができるのではないか」と私の中で淡い期待が膨らんだ。
毎日、生きるのに必死だった生活が終わる。もう明日食べるもののことも、容赦なく襲い掛かってくる寒さのことも心配しなくていい。ようやく私たちの人生にも、幸せで明るい未来がやって来たのだと思った。
だが――私たちを待ち受けていたのは、狭い檻の中での窮屈な暮らしだった。
最初は「少し窮屈だな」と感じる程度だったが、私たちがそれに慣れ落ち着く様子を見せるとまた狭い檻の中へと入れられる、その繰り返しでどんどん狭い檻に追いやられていくのだ。
さらに私たちを引き取った人間は躾に厳しく、時には拷問道具のような機械を使い様々な「トレーニング」を私たちに課した。そのどれもが負担が強く、私たちの肉体と精神へ着実にダメージを与えていくものだった。
これなら寒空の下、空腹で途方に暮れていた時の方がまだマシだ。
私たちが何をしたっていうんだ、どうしてこんな目に……そうぼやいていたら、彼女は「そんなに落ち込んでばかりじゃいけないわ」と話しかけてくる。
「この星にとって私たちの命は小さいけれど、懸命に生きていればそれはきっと意味がある。だからどんなに苦しくても、絶望や悲しみが待っていたとしても今はただひたすら生きていきましょう」
そうすればきっと、お星さまが私たちを導いてくださるはずだから。
彼女は真っすぐな瞳で、そう語る。
待てども待てども幸せなど来ない、暗い日々。暗闇の中を一人で彷徨っているような、絶望的な日々。それでも彼女は決して、希望を失わなかった。私はそんな彼女の眩しさから、目を逸らすように尋ねる。
「ねぇ。いつか死ぬってわかってるのに、どうしてそんなに前向きでいられるの」
「いつか死ぬから、前向きでいるしかないのよ。どんな状況でも生きているなら、それに向き合って生きるしか道はないんだから」
「……どうせ私たちは、人の都合に振り回されて死ぬのよ。どんなに頑張ったって、意味がないのよ」
「いいえ。生きていること、それ自体にきっと意味があるわ。全ての命はこの世に生まれ落ちた時から、どうにもならない状況で生きることを余儀なくされる。その中で何か大切なものを守り通し、一生懸命に生きたならそれはきっと誰かの心に残り続けるから」
そう語る彼女の円らな瞳は、どんな星よりも輝いていて……私にとっては眩しく、かけがえのない宝物のように思えた。
結局、私たちは辛い日々を互いに支え合いながら生きたが……その中で彼女は一人の男性に引き取られていった。
きっと私たちはもう二度と会えない、私一人がこの絶望的な状況に残される。だが――去り際に彼女は言ってくれた。
「どんなに離れても、私たちはお空で繋がっているよ。だからどんなに辛くても、悲しくても前を向いて生きるって約束して。そうすればきっと、また会えるから」
「……本当に?」
もちろん、と笑う彼女の目に私は真正面から向き合う。
どんな時でも決して光を失わず、常にこちらを見据えるかのような彼女の瞳。その目はまさしく、彼女がいう「お星さま」のように眩しかった。そんな彼女に頷き、私はその後ろ姿を見送る。
『生きていること、それ自体にきっと意味がある』
その言葉を胸にすれば、私もこれから生きていける気がした。
彼女に二度と会えないとしても、遠い空の向こうにはきっと彼女がいる。私の生涯の友、彼女が言う通りお星さまが導いてくださるのなら――私は生きようと思った。
それが誰の心に残るかはわからない。意味があるかもわからない、だが……彼女の存在は間違いなく、私を照らしてくれた。それと同じように、必死に生きていきたいと思った。
見上げた空に、彼女の大好きな星が見えた気がした。
一九五七年、ソビエト連邦。
野良犬だったライカは人工衛星に乗せられ、「地球で初めて宇宙に行った動物」として歴史に名を残しました。
凄まじい衝撃と高温に晒され、打ち上げ後わずか数時間で命を落としたライカ。その命は宇宙開発の歴史の中で、今なお燦然と輝いています。