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『姉の婚約者を誘惑する悪女』と濡れ衣を着せられ続けた私。もう誰にも信じてもらえないと絶望していたら、十年ぶりに再会した幼馴染の隣国王子様が『ずっと君だけが特別だった』と溺愛求婚してくれました

作者: たまユウ

煌びやかなシャンデリアの光が降り注ぐ夜会。


けれどその光は、リリアーナの足元までは届かない。いつも通り、彼女は壁際に置かれた名もなき調度品のように佇んでいた。

姉セシリアの眩い笑顔と、その隣で満足げに頷く婚約者の王太子アレクシス。彼らを中心に広がる輪は、まるでリリアーナを拒むかのように固く閉じられている。


祝福の言葉だったら蜜のように甘く響くけれど、注がれる視線には棘がある。いや棘というにはあまりに無遠慮で、鋭利な刃物のようだった。


「ご覧になって? 王太子殿下、またリリアーナ様へ視線を送っておいでだわ」


「まさか、本気で姉君の座を…いえ、王妃の座を狙っているとでも?」


「ふふ、お可愛らしい妹君ですこと。けれど“次女”ですものね。お姉様が羨ましくてたまらないのでしょう」


「姉君の婚約者を誑かすなんて、とんだ悪女ですこと」


扇の陰で交わされる囁きは、冗談を装った毒針だ。その毒がじわじわと心を蝕むのを感じながらも、リリアーナは無表情の仮面を貼り付けるだけで精一杯だった。


淑女たるもの、感情を顔に出してはならない──その教えだけが、かろうじて彼女を支えている。


一体いつから、こんな根も葉もない噂の的になったのだろう。始まりは、王太子アレクシスが姉セシリアと不仲であるという公然の秘密だけではなかった。彼がリリアーナと顔を合わせるたび、まるで愛を囁くかのような甘い言葉を投げかけるからだ。どれほど距離を置こうと努めても、まるで逃がさないとでもいうように。


そのたびに、神経をすり減らしながら、当たり障りのない返答に終始する。まるで綱渡りのような日々だった。


姉には幾度となく誤解だと訴えた。けれど、姉の美しい瞳は一度としてリリアーナの真実を映そうとはしなかった。『あなたのせいで私が惨めな思いをしているのよ』と、言葉にならない非難だけが返ってくる。


幼い頃から、輝く姉の影として、ただひたすらに迷惑をかけぬよう、家の名を汚さぬよう息を潜めて生きてきたというのに。


その結果がこれだ。


姉からは『王太子を誘惑した恥知らず』と罵られ、父母からは『ヴァレンティア家の名を貶める気か』と冷ややかに突き放される。彼らにとって、私の言葉は風の音ほどにも意味をなさないのだろう。


(私という存在が、そんなにも邪魔なのでしょうか……)


心の奥でか細い声が呟く。たとえこの場で真実を叫んだとしても、誰が耳を貸してくれるだろう。きっと、”見苦しい言い訳”と一笑に付されるだけ。

それだけは、リリアーナに残された最後の誇りが許さなかった。

自分の魂まで泥にまみれさせるわけにはいかない。



──けれど。張り詰めていた糸が、ぷつりと切れる音がした。


もう、限界だった。



リリアーナは誰にも気づかれぬよう、そっと会場をあとにした。目指すは王宮の庭園。

喧騒から逃れたそこは、月光と夜風、そして微かに漂う花の香りだけが支配する静寂の世界だった。

冷たい大理石の縁に腰を下ろし、細く、長い息を吐き出す。凍てついていた胸の奥で、何かが鈍い音を立てて軋んでいる。

それは怒りよりも深く、悲しみよりも冷たい──やり場のない寂しさという名の感情だった。


(どうして、誰も私を見てくれないの……? 私の心に気づいてはくれないの……?)


花壇には、月明かりを浴びて銀色に光る薔薇。かつて、まだ幼い姉と手を繋ぎ、無邪気に笑い合った場所。あの頃の温もりは、もうどこにもない。二度と姉と心を通わせる日など来ないのだと思うと、喉の奥が焼けつくように乾き、涙さえも枯れ果てたかのようだった。




どれほどの時間が経ったのだろう。

不意に、静かで落ち着いた声が鼓膜を揺らした。


「──やはり、君は花のそばにいるのが似合う」


はっとして顔を上げると、月光を背に、すらりとした人影が立っていた。銀灰色の髪が夜風に微かに揺れ、深い森の湖のような碧眼が、静かにこちらを見据えている。軍装らしき上着の胸には、見慣れぬ獅子の紋章が月光を弾いて鈍く輝いていた。

この国の貴族ではない。では、一体──。


「……どなた、でしょうか」


絞り出した声は掠れて、自分でも驚くほど弱々しかった。 青年は答えず、ただ微かに口元に笑みを浮かべた。その表情が、遠い記憶の琴線に触れる。


「随分と時が経った。だが、君の瞳の奥にある光は……あのときのままだな」


その一言が、錆び付いていた記憶の扉をこじ開けた。

まるで、止まっていた時計の針が、勢いよく逆回転を始めるように。



──あれは、十年前の初夏。陽光がまぶしい午後だった。 父に供されて王宮を訪れた、小さな隣国の使節団。その中に、年の頃同じくらいの少年がいた。大人たちの堅苦しい挨拶から逃れるように、庭の片隅で独り()()()()を眺めていたリリアーナに、彼は不意に話しかけてきたのだ。


『その花……僕の国の図書室にある本でしか見たことがない。けれど、君がそうして手にしていると、どんな精密な絵よりも綺麗に見える』


しばらく言葉を交わした後、少年は少し寂しそうに言った。


『また、話してくれるかい? 宮廷の人たちは、みんな型にはまったことしか言わないから、少し疲れてしまうんだ』


たった数日の、夢のような出会い。けれど、リリアーナの心には、その少年と交わした言葉の一つひとつが、色褪せることなく宝石のように仕舞われていた。


あの時の穏やかな声、優しい眼差し。

それは、灰色だった彼女の日々の中で、唯一輝く宝物だった。


「……まさか、あの時の……あなた、なのですか……?」


震える声で問うと、彼は静かに頷いた。夜の闇が、彼の表情を曖昧に隠す。


「僕はフィリクス・レインハルト。エルセリア王国の第一王子だ」


「え……王子、様……?」


言葉を失った。あの、庭の片隅で出会った物静かな少年が、隣国のそれも第一王子? あまりにも現実離れした事実に、眩暈すら覚える。夢を見ているのだろうか。それとも、長年の孤独が見せた幻なのだろうか。


フィリクスと名乗った青年は、痛ましげに眉を寄せた。


「君が、このヴァレンティアの地で、これほどまでに寂しい顔をするようになるとは……思いもしなかった」


その眼差しは、ただ静かだった。けれど、硝子玉のように冷たい社交界のそれとは違う。同情でも、ましてや憐憫でもない。それは、リリアーナという一人の存在を確かめるような、真摯で優しげなまなざしだった。


「私は本日、この国に和平交渉という名目で参った」


リリアーナは息を呑む。エルセリア王国といえば、長年緊張関係にあった北の大国だ。


「けれど、本当の目的は──君に会うためだ、リリアーナ」


「……私、に……?」


信じられない、という思いが胸を突く。聞き間違いではないのだろうか。


「ああ。君をずっと探していた。あの日からずっと君に恋してた。国境を越えてでも必ず探し出したいと、そう願っていたんだ」


その言葉と共に、止まっていた心臓が(せき)を切ったように激しく脈打ち始めた。信じられない。けれど、心のどこかで、ずっとこのような奇跡を待ち望んでいたのかもしれない。


彼が、あの頃と変わらない優しい声色で続ける。


「今夜の夜会で、私は全ての者の前で、君を正式に我が国へ迎え入れたいと伝えるつもりだ。もう、君をこんな場所に一人で泣かせてはおけない」


姉からの冷たい視線。

両親からの無理解。

周囲の貴族たちの心ない噂。


誰も彼もが私を追い詰めるこの場所で、たった一人、味方すらいなかったリリアーナにとって、フィリクスの言葉は、乾ききった大地に染み込む雨のように、心の奥深くまで満たしていった。

瞳の縁に、熱いものが込み上げてくる。それは、もうずっと昔に枯れ果てたと思っていた涙だった。 けれど、それは悲しみの雫ではない。誰にも信じてもらえず、ただ耐え忍ぶしかなかった暗闇の日々の中で、ようやく差し伸べられた一筋の光──希望の涙だった。




―・―・―




その夜、王宮の大広間は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。全ての貴族たちの視線が一点に集まる中、エルセリア王国第一王子フィリクス・レインハルトは、リリアーナの手を固く握り、朗々と、しかし揺るぎない声で宣言した。


「我がエルセリア王家は、本日この場において、ヴァレンティア家令嬢リリアーナ様を正式に我がフィリクス・レインハルトの王子妃候補として迎えることを希望する。これは私個人の意志であると同時に、エルセリア王国の総意であると心得られよ!」


一瞬の静寂の後、大きなどよめきが広間を満たした。扇で口元を隠す貴婦人たち、目を見開く紳士たち。セシリアの顔からは血の気が引き、その隣でアレクシス王太子は怒りに拳を震わせ、顔を赤黒くさせていた。


リリアーナは、隣に立つフィリクスの横顔を見上げた。彼の瞳には微塵の揺らぎもない。その確固たる意志が、まるで暖かな光のようにリリアーナの心を包み込む。深く息を吸い、彼女は背筋を伸ばすと、震える唇を意志の力で引き結び、はっきりと、しかし凛とした声で言った。


「わたくしは、フィリクス殿下と共に参ります」


周囲の反応が怖い。けれど、握られた手の温もりと心の奥底から湧き上がる勇気が、その恐怖を不思議なほどに溶かしていく。もう、影の中で息を潜める生き方は終わりにするのだ。


「……なんですって? あなた……今、確かにそう言ったの?」


大広間の空気が再び凍りつく。静寂を破ったのは、姉──セシリアだった。その美しい顔は驚愕と怒りに歪み、唇はわなわなと震えている。


「リリアーナ! まさか、本気で……この私を差し置いて、隣国の王子と、そのような不実な関係にあったというの!?」


一歩、また一歩と、セシリアがヒステリックな足取りで近づいてくる。その剣幕に、周囲の貴族たちはさっと道を空け、まるで舞台の観客のように遠巻きに見守る。


「最初から、王太子殿下に見初められるのを避けていたのも、全て計算ずくの演技だったのね! お父様にも、お母様にも、そしてこの私にも何一つ告げずに! 裏でこそこそと何をしていたかと思えば、隣国の王太子と密通していたなんて、この恥知らず!」


その罵詈雑言に、リリアーナは眉ひとつ動かさなかった。かつてなら、この鋭利な言葉の一つひとつが胸に突き刺さり、身も心も竦み上がっていただろう。けれど今は違う。


(私の言葉など、貴女は一度として真摯に聞いてはくださらなかったではありませんか……)


いつからだったか。

姉の言葉は、優しさを失い、命令と非難、そして嘲笑に変わっていった。新しいドレスのための布地が届けられても、リリアーナの分はいつも、申し訳程度の端切れ。夜会に同席しても、招待客名簿の隅に小さく名前が記されるのみで、ヴァレンティア家の令嬢として扱われることなどなかった。


『あなたは地味にしていなさい。それがあなたの身の丈よ』

『次女であることを一度たりとも忘れてはなりません』

『家の恥になるような真似だけはしないで。それが、私たち“家族”のためなのだから』


アレクシス王太子からの執拗な誘いを避けていたのも、自分のためではなかった。

ただ、姉がこれ以上傷つかぬように。

ヴァレンティア家の名誉が、醜聞によって穢されぬように。その一心で、ただ耐え忍んできたというのに──。


リリアーナが反論もせず静かに姉を見つめていると、畳み掛けるように、アレクシス王太子が歪んだ笑みを浮かべて近づいてきた。


「リリアーナ。まさか、君がこのような愚行に走るとは思わなかったよ。セシリアの妹としてではなく、いずれこの国の“王太子妃候補”となるかもしれないという立場を、自ら放棄するというのかね?」


その声は表面上こそ穏やかだったが、目の奥には獲物を見つけた肉食獣のような、昏く粘つく光が宿っていた。彼の言葉の裏には、リリアーナを意のままに操ろうとする明確な“支配”の意志が透けて見える。


「君には、私の隣に立つに足る美しさと、従順さがあると思っていたのだがな……。そう、私に手懐けられる、愛らしい小鳥のようにな」


その侮蔑に満ちた言葉が、リリアーナの中で最後の何かを断ち切った。


(ああ……この方は、初めから、私を“心ある人間”として見てなどいなかったのだわ)


怒りよりも先に、深い絶望と、そして奇妙なほどの冷静さが胸に広がった。

その瞬間、フィリクスが静かに一歩前に出てリリアーナを庇い、アレクシス王太子を射抜くような鋭い視線で睨み据えた。


「王太子殿下。彼女は愛玩用の小鳥ではない。誰かの気まぐれな慰み物でもない。婚約者でありながらその姉君を蔑ろにし、あまつさえその妹君に歪んだ執着を抱くとは、まさに人の道にもとる下劣の極みと申し上げるほかない」


凍りついた空気が、ピシリと音を立てて割れるかのようだった。隣国の王子からの、あまりにも直接的で痛烈な非難に、広間の貴族たちは息を呑み、顔を見合わせる。

だが、フィリクスはさらに言葉を重ねる。その声は威厳に満ちていた。


「私は、リリアーナ令嬢に対し、我がエルセリア国王陛下の正式な許可を得て求婚を済ませている。エルセリア王家の名において、彼女を王子妃として迎える準備は、既に万端整っているのだ!」


セシリアの顔は絶望に青ざめ、アレクシスは屈辱に唇を噛み締める。勝敗は、誰の目にも明らかだった。

そして、リリアーナはフィリクスの隣に再び進み出て、今度はしっかりと姉セシリアの目を見据えた。長年抑え込んできた想いが、堰を切ったように溢れ出す。


「お姉様。わたくしは、一度として貴女を妬んだことなどございません。ただ……ただ、家族として、妹として、ほんの少しでも愛されたかった。温かい言葉をかけてほしかったのです」


その声は震えていたが、そこには確かな芯があった。


「けれど、わたくしがどれだけ我慢を重ねても、どれだけ身を引いて貴女のために尽くしても……お姉様は、私の存在そのものを“邪魔だ”と、その冷たい視線と態度で示し続けました」


「わ、私は……そんなつもりでは……っ!」


セシリアが狼狽の声を上げる。


「いいえ、お姉様。もう結構です」


リリアーナは静かに首を振った。


「だから、もう……許します。お姉様が、この先わたくしを許すことがなくても構いません。けれど、わたくしは、わたくし自身を今日、この場で許してあげたいのです。もう、誰かの顔色を窺って生きるのは終わりにいたします」


その言葉は、セシリアだけでなく、リリアーナ自身を縛り付けていた過去の呪縛を解き放つ、力強い宣言でもあった。




―・―・―




あの嵐のような夜会から、季節は静かに巡った。

王太子アレクシスは姉セシリアと婚約を破棄しそれぞれ社交界での立場を失ったと、風の便りに聞いた。けれど、その話も今のリリアーナには、もう遠い世界の出来事のように感じられた。彼女の心は、新しい日々の喜びに満たされていたからだ。


誰の顔色も窺わず、心のままに笑い、語る。そんな当たり前のことが、これほどまでに自由で輝かしいものだとは知らなかった。リリアーナは、硬い蕾が解き放たれ、陽光を浴びて咲き誇る花のように、日に日にその輝きを増していった。


春爛漫(はるらんまん)のエルセリア王都。離宮のバルコニーは、柔らかな陽光と色とりどりの花々で満たされていた。

リリアーナは胸いっぱいに春の息吹を吸い込んだ。それは、かつて息を潜めていた日々の冷たい空気とは全く違う、自由で温かな生命の香りを感じられた。


「フィリクス様……」


隣で書を読んでいた彼を見上げ、リリアーナは感謝を込めて囁いた。


「あの時、わたくしを見つけ出してくださって……本当に、ありがとうございます」


彼は静かに書を閉じ、深い碧眼でリリアーナを優しく見つめ返した。


「感謝を伝えるのは私のほうだよ。幼い頃、君に出会った輝かしい思い出が今日(こんにち)まで頑張ってこれた理由なのだから。どんなに辛いことがあってももう一度君に会いたい、という気持ちでいたからね」


彼の言葉の一つひとつが、春の陽射しのように温かく、リリアーナの心の奥深くに染み渡っていく。凍てついていた何かがゆっくりと溶け、代わりに言いようのない幸福感が泉のように湧き上がるのを感じた。これこそが、自分が心のどこかでずっと探し求めていた、偽りのない幸福なのだと。



さらに数ヶ月が過ぎた、初夏の月の美しい夜。

寝室の窓辺で、銀色の光を浴びる庭園を眺めていたリリアーナに、フィリクスが気づかわしげに声をかけた。


「リリアーナ、少し顔色が優れないようだね。眠れなかったのかい?」


彼の声には、いつもと変わらぬ優しさが満ちている。リリアーナは、その温もりに安堵し、ふわりと微笑んだ。


「ええ……少し、昔の夢を見たのです。まだ幼かった頃、夜遅くまで泣きながらドレスの刺繍をしていた、あの頃の夢を」


そう語る彼女の声には、もう悲しみや苦痛の色はなかった。まるで遠い昔の物語を語るかのように、穏やかですらあった。


フィリクスは言葉なく傍らに寄り添い、その細い指を優しく握った。そして、大切な宝物に触れるように、そっとその指先に口づけた。


「過去はもう君を傷つけない。君がどれほどの痛みを抱えていたか、私は知っている。これからは、その手で、君自身の未来を、君が望むままに作り上げてほしい。誰にも遠慮することなく」


彼の言葉は、まるで魔法のようにリリアーナの心に勇気と希望を灯す。


「……本当に、わたくしで、よかったのでしょうか」


心の隅にかろうじて残っていた最後の不安の欠片が、小さな声となってこぼれる。


フィリクスは、愛おしさにその碧眼を細め、彼女の潤んだ瞳をじっと見つめ、きっぱりと言った。


「君以外など考えたこともなかった。これからも、ずっと」


その迷いのない、力強い言葉。リリアーナは、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。それは、かつて流した孤独の涙とは違う、歓びと感謝に満ちた温かい涙だった。


「ずっと……わたくしを探していてくださったのですか?」


「何度も伝えてるだろう?」


彼は彼女を優しく、しかし力強く抱き寄せた。


「君は、誰にも気づかれずとも、気高く咲き誇る一輪の白薔薇のようだった。その美しさと強さを見つけ出せたこと、それが私の誇りだ」


彼の腕の中で、リリアーナは安堵のため息を漏らした。もう何の不安もない。この腕の中が、自分の本当の居場所なのだと確信できた。


「君は、もう“耐えるため”だけに生きる必要はない」


フィリクスの声は、夜の静寂に溶け込むように優しく、そして力強く響いた。


「“愛され、心から幸福になるため”に、私と共に生きてほしい」


リリアーナはゆっくりと顔を上げ、彼の瞳をまっすぐに見つめ返した。その瞳にはもう、かつての怯えや不安の色は微塵もない。あるのは、彼への深い愛と信頼、そして自らの未来を切り開くという確固たる意志の輝きだけだった。


「……はい。では、わたくしはまず、フィリクス様、あなたを誰よりもお幸せにいたします。そして、その愛に包まれながら、わたくし自身の幸せもこの両手でしっかりと掴んでまいります」


フィリクスは、彼女の言葉に心からの喜びを込めて微笑むと、その額に愛しさが溢れるような優しい口づけを落とした。


「ああ、そうしてほしい」

「ふふ、では……ふたりで一緒に、私たちの幸せを見つけ出して参りましょうね」


季節の風が、月明かりに照らされた二人を祝福するように、そっと吹き抜けていく。

窓の外では星々が煌めき、まるで二人の未来を明るく照らし出しているかのようだった。




かつて王宮の隅で孤独に耐えた日々は遠い過去となり、彼女は愛する人の腕の中で心から微笑んでいる。




ここまでお読みいただきありがとうございました!


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