第八話:その後の話
立花零時くんが逮捕されて1か月経った。
まさか同級生の、しかも一緒に仙台まで行った仲の人が逮捕されるなんてびっくり。そんなことあるんだね、人生。
「あー、お昼何食べよう」
ウチの右側を歩いていた殿が、腕をぐーんって伸ばしながらそう呟いた。
立花親子による連続殺人&禍祓い襲撃事件のせいで、協会が県内の禍祓いを集めて「講習会」をやることになった。もちろん全員強制参加。どーせ、「気を付けてください」「何かあったら協会に連絡を」とかそういう表面的なことしか言わないくせにさ。交通費かけてわざわざ郡山まで呼び寄せて、つまんない話2時間も聞かせる協会、まさか暇??
「そうだ。フォアが駅前のつけ麵おいしいって言ってたんよ。ここ行かん? 凛々亭」
「んー」
フォアっていうのは、殿のクラスメイトの女の子のあだ名。
ちょっとぽっちゃりしてて、自虐で自分のことを「肉」って言ったところから進化してフォアグラ。略してフォアって呼ぶようになったらしい。当たり前のように呼んでるけど、結構しんどいあだ名だと思うんだけどどうなん?
「普通にマックかタリーズ行きたいかも」
「えぇ~?」
みり愛の言葉に、殿は嫌そうに眉をぎーって変な角度に曲げた。メガネの度が強いから、レンズの奥の輪郭だけが少しきゅってなって見えるのがおもしろい。
「なんでアンタチェーン店そんなに好きなのさ」
「いや、好きって言うか」
水色でふわふわしたリボンが付いたスニーカーでアスファルトを踏みながら、殿の質問に答える。
「安定してるから?」
まあ、みり愛本人もあんまり深く考えたことないんだけどね。
けど、新しいお店に挑戦してあんまり美味しく無かったらショックじゃん? でも、チェーン店選んでおけば確実に美味しいし、悩む時間が必要ないし、いいことばっかりだと思う。
「だから仙台でもスタバ行ったんだ…………」
殿はそう言って、ちょっと気まずそうに下を見た。
別にそろえたわけじゃないのに、今日のうちらは靴がイロチだ。みり愛が、殿の誕生日にあげたやつね。これSHEINだって殿には言われるけど、実はちゃんとダイアナで買ったんだよね。だから仕事中履いて全力疾走しても壊れないし靴紐もほどけない。ジーンズにトレーナーっていうカジュアルな殿の服にも、みり愛が着てるDarichのワンピースにも合うし、マジで最強の靴だと思う。
「今ウチデリカシーないこと言った?」
「ええ?」
何が?
靴がおソロだから気まずいんじゃないの? みり愛が聞き返すと、殿はマジで嫌そうな顔で言った。
「いや、みり愛さ、結局どう思ってたん、立花くんのこと」
「ああ、それね?」
それか。
仙台でスタバに行くって言う立花くんとのエピソードの方に気まずさ感じてたのね。なるほど。
「みり愛もさ、ママいないじゃん」
人をよけながら、頑張って殿の方を見る。
「普通に交通事故で、みり愛生まれてすぐ死んじゃったって話したと思うんだけど」
「うん」
「したんよ、その話。零時くんにね」
それこそ、これは仙台のスタバの話だ。
仙台駅ついて、疲れたからとりまスタバ行こってなった時に話したからめっちゃ覚えてる。
「そしたらさ、なんかすっごいマウント取られて」
「マウント?」
殿は、は? みたいな顔をした。そうだよね、みり愛もそう思ったし。
「俺の方が辛いんだ。みたいな話されて、結構引いたよね」
「小さい男だなあ」
そう吐き捨てる殿の言葉に、みり愛はめちゃくちゃ安心した。
他の友達はみんな、「えー! みり愛ちゃん立花くんと仲良かったよね? 大丈夫? 落ち込んでない? なんかあったら遠慮なく話してね?」みたいにめっちゃくちゃ気を使われて余計にだるかったんだよね正直問題。だって実際はさ、みり愛と殿が立花くんを逮捕させたまであるわけじゃん? でも、それをさすがに言うわけにはいかないし、だからと言って「落ち込んでないよ!」って言っても「みり愛ちゃん無理しないで~」みたいな、めっちゃ引きずってるからあえて気丈に振舞ってるみたいな扱いになりそうだし、マジでいま模索してる。自分の学校でのポジションを。
「だから殿から色々聞いて、なんか腑に落ちた感じだった。ツラは良かったから気にはなったけど、禍祓いの仕事のことめっちゃ聞いて来たり、片親マウントえぐかったりしたあの違和感の正体掴んだって言うか」
「ふーん、じゃ、好きだったわけじゃないんだ」
「…………嬉しいでしょ?」
みり愛がそう言うと、殿は過去一びっくりしたような顔でこっちを見た。
「は?」
「だって、殿、みり愛が立花くんと仲良くするのよく思ってなかったっしょ?」
「いや、別にそんなこと…………」
見てれば分かるっていうのに。
必死に言い訳をしている殿がなんかかわいくて、みり愛はなんか楽しくなっちゃった。
最初は、殿も立花くんを狙ってるからそういう態度なのかと思ってたけど、多分そうじゃないんだよね。
「まあいいや。じゃあつけ麵にしよっか」
「え、マジ? いいの?」
殿のいきなり機嫌がよくなった。単純やなあ、コイツ。なら普通に「つけ麵食べたい」でいいのに。
「うん。マックは今度にする」
殿について大通りからアーケードに入る。殿の首の後ろに、まだ少し内出血の跡が残ってるのが痛々しい。マジでダルい男だったな。立花くん。
「青一さんたち今高速乗ったって」
スマホを見ていた殿がいきなり振り返った。顔は、もうカンペキに傷が治っている。目が小さくて、鼻もあんまり高くない。ブルベっぽい肌の白さだけど、どっちかといえば爆美女じゃなく健康キャンセル界隈って感じの色味しているし、今の美の基準と照らし合わせたら、殿は全然美人じゃないんだと思う。でも、みり愛はこの顔、めっちゃ好きなんだよな。
「殿、」
みり愛は、こっちを見ている殿の黒い目をしっかり見つめて、あの時言っていなかった言葉を伝える。
「ありがとね!」
「……………………何急に。キモ」
まあ、みり愛たちくらいの付き合いになれば、それが照れ隠しだってことくらいわかる。
なんか、めっちゃ気分が良かった。
講習会終わって家に帰ったら、加藤ミリヤの曲で聴こうっと。
ママが17歳でみり愛を生んだ時に大好きだった歌手で、名前の由来にもなった人。ちな、みり愛とミリアはMBTIも同じなの。ENFJ。ネットでは性格悪いとか書かれてるけど、まじそんなことない。殿にもMBTI診断してって言ってるけど、信ぴょう性ないって言って絶対やってくんないんだよね。みり愛の予想だと、ISFJとかその辺だと思ってるんだけど、どうだろ。いつか暇なとき絶対やってもらおーっと。