第七話:効率悪ない?
「さあ、行きまっか」
夜8時。アディダスジャージに白虎刀を背負い、ウチは家から出た。
今日は当番制のパトロールの日。いつもと違うのは、1人だということ。まあ、厳密にいえば1人ではないんだけど…………まあ、今は1人だ。
「どこに向かう気なんだべ」
スマホには地図が表示されている。その上を、赤い丸が北に向かってゆっくりと進んでいく。ウチはその後を追いかけるように北に向かって進む。悪いことをしているわけではないけど、なんか罪悪感がすごい。けどまあ気にせずに、街灯が照らすアスファルトの上を、いつものSHEINのスニーカーで進む。
「そっちどうですか?」
念のため青一さんのもラインを送る。「今のところ動きは無し」という返信が秒で来た。動きなし、ということはウチが指定した場所にはもう向かってくれているということだ。ありがたい。持つべきものは機動力のある仕事仲間である。
「…………どこ向かってんだろ、これ」
赤い丸は徐々に、人里離れた場所へと進んでいく。これ、ワンチャン飯盛山じゃね? 会津若松市民のウチですら、小学校の学習旅行以来行ってないんだけど、なんでそんなところに??? 最初はゆっくり歩いていたけど、気持ちかるーく小走りになる。だって、遠いよ。なんでこんなところに行くんだアイツ。
「瑠牙ちゃん、分かったんだよ!」
冷たい夜の風を頬に浴びながら、家を出る前、おとんに言われた言葉を思い出す。
「8年前、軍刀を持った禍祓いが事件を起こしたことがあったんだよ!」
「ほう」
ウチは自分の運を試すような気持ちで、食い気味におとんに詰め寄った。
「もしかして、岩手?」
「えっ」
おとんは近眼すぎて輪郭が抉れて見えるメガネを指で直すと、パチパチとまばたきを繰り返す。「なんで知ってんの?」とでも聞きたいんだろう。答えてあげようではないか。ウチは、自分が立てた仮説とデータベースで見た情報をもとに話を組み立てる。
「実は――――」
画面に表示された赤い丸の歩みがとまった。飯盛山行くのかと思ってたけど、位置的にここは白虎隊のお墓のところだろう。走るたびに、リボンの靴紐がフワフワ揺れる。もう少し。もう少しで赤い丸にウチの位置情報が重なる。まあ今回は完全にウチの予想なので、外れて何も起きなければそれが一番いいんだけど…………
「うわっ! 来た!!」
地図が表示された画面の上部に、「馬氏 みり愛」の文字が現れた。人差し指でタップして、着信に応じる。
「ねえ殿大変なの!!」
みり愛の甲高い声が鼓膜から入り込み、脳みそをグワングワンと揺らす。声、でっか。
「エグいマジエグい死ぬ!! ビビりすぎて死ぬ!!」
「…………こっちには何も伝わらんのだが」
意味不明な言葉を叫ぶみり愛。多分、走りながら電話をしているっぽい。背景で聞こえる足音、風の音、そして上下する声。当たって欲しくなかったけど、ウチの予想は当たったんだと分かった。
「今、零時くんと白虎隊のとこいるんだけど…………」
息を整えながら、みり愛が話を続ける。
「みり愛、零時くんに襲われそうっ!!」
「…………言葉のチョイスやめろ」
まあ、ある意味言葉通りなんだけど。通話を終わらせて、ウチはスマホをポケットに突っ込む。
ピンクのSHEINのスニーカーでアスファルトを蹴り、ウチは数メートル先、こちらに背を向けている男の背中に向かって思い切り突っ走る。
「…………え、なんで⁈」
男の向かいに立っているみり愛が、驚いたように高い声を上げる。いつもの天蓋を被っているから表情は見えないけど、多分目ん玉めっちゃ見開いて、超アホ面してることだけは想像がつく。
「くっ!!」
ウチが振り下ろした木刀を、男は間一髪のところで体を翻し交わす。見覚えのある左右対称の二重。真ん中で分けたK―POP崩れみたいな髪型。真っすぐ伸びた叩き割りたくなる鼻筋。ウチの隣の席に座っている立花零時くんは、いつもの制服の腰に軍刀を巻きつけて、ウチのことを睨みつけていた。
「う、嘘! 殿⁈ なんでここに…………」
「男にそそのかされてるアンタと違って、真面目にパトロールしてただけですけど?」
と、嫌味を言ってみたけれど。
本当は、みり愛の位置情報を追いかけてここまで来たわけで。
コイツはもう忘れてるだろうけど、禍祓いとして2人で活動し始めた時、ウチらは親から強制的に位置情報共有のアプリをインストールさせられた。トラブルが起きて離れ離れにさせられても必ず見つけられるように……っていうことだったと思う。最初はメンヘラカップルみたいでキモすぎて嫌だったけど、まさかこれが役に立つ日が来るとは。やっぱり親の言うことは聞いておくべき。…………時もある。……………………認めたくないけど。
「……松平さん」
イケメン立花は、警戒心剥き出しの目でウチを睨む。いや、イラついてんのはこっちだ。
「俺らのことつけてたの?」
「うん」
「どうして?」
納得がいっていないと言った渋い表情で、立花くんが言う。
「だって、ウチと立花くんそんなに仲良くないじゃん」
「え?」
ウチの答えに、立花くんはますますイラついた様子だった。嘲笑交じりの「え?」をカマされてしまった。うっざ。
「全然仲良くないのになんであんな風に過去の話を急にしてきたのかなって思って。『松平さんには話しやすくてさ!』なんてどう考えても嘘だろって思ったから、立花くんのことを少し探った」
肌寒い夜の空気が、より一層ピリついたのを肌で感じた。それと、禍を見つけた時に感じるあの静電気みたいな感覚も。ウチがこのくらい感じているんだから、みり愛も分かっていると思う。立花くん、多分もうすでに”仕込んでる”んだろう。
「8年前、岩手で禍祓いの女性が殉職した」
何も話さない立花くんに向かって、ウチは気にせず話を続ける。
「その女性には、仕事仲間でもある配偶者がいた。2人とも軍刀を持っていて、岩手の中では実力者だって有名な禍祓いだったらしいね。けど、それよりも強い禍が現れて、女性は死亡。配偶者は事故当時他県に仕事で出ていて、助けに来られなかった」
立花くんは何も言わない。言わないってことは多分、ウチが調べた情報は合ってるってことなんだろう。
「県内の禍祓いでは太刀打ちできず、協会に支援を依頼して、その禍を倒せたのは結局女性が亡くなった1週間後で…………」
「違う」
そこでようやく、立花くんは口を開いた。
「そうじゃない。俺の母親は、アイツら禍祓い達に殺されたんだ……!!」
「え、じゃあ亡くなった女性って」
みり愛が驚いたように呟く。立花くんはぎゅっと拳を握り締めたまま、足元の一点を見つめながら口を開く。
「そうだよ。俺の母親。俺の両親は禍祓いだった。あの事件が起きた時、他の禍祓いたちは早々に戦うことを諦めて自分たちだけで逃げたんだよ。1人で戦っていた母のことなんて誰も考えずに…………アイツらは、自分の保身のことしか考えてない!! 協会から聴取を受けた時も、俺の母親が! 作戦を無視して勝手に突っ込んで自滅したってみんなで口裏を合わせて証言したんだ」
「で、でも、それが」
みり愛は不思議そうに立花くんの話を遮る。
「それが、人を殺して禍体にすることとなんの関係があるの? お母さんのことで復讐をしたいなら、その見殺しにした禍祓い達を襲えばいいだけじゃない??」
「それじゃあ物足りないだろ?」
真っ黒な目で一点を見つめたまま、立花くんはにやりと口を歪ませる。
「そいつらを殺すだけじゃあ、ただの逆恨みと変わらない。何も出来ない、戦う気のない禍祓い達をもっともっと痛めつけて、禍祓い失格の烙印を押してやらないと!!!」
「…………なるほど」
母親を禍祓いたちに見殺しにされた腹いせに、あえて禍の数を増やし強制的に戦わなければいけない状況を作る。そうやって混乱させて、その間に禍祓い同士の戦いに見せかけて禍祓いを手にかけたり、禍祓いの許可証を失効するように仕向けたり…………っていうことか。
「なんか、効率悪くね?」
それが率直な感想だった。要するに立花くんは…………そして、立花くんの父親は、母親が殺された腹いせに、自分たちの力を誇示し他の禍祓いを貶めたかったってことなんだろう。
「なんとでも言ったらいいさ」
そう吐き捨てると、立花くんは軍刀を抜いた。鞘に刃が当たる鈍い音が響く。何だか刀がかわいそうだ。ウチは木刀を体の前に構える。
「…………起きろ」
立花くんは地を這うような低い声でそう呟いた。ウチの背中に感じていた禍のオーラがビリビリと強まる。すると、木の陰や、白虎十九士のお墓の陰から、今さっき切り付けられたばかりの傷がついた禍体がのろのろと起き上がってきた。全部で、8人。わざわざこのために、こんなに人を殺して禍を憑りつかせただなんて。
「マジで頭おかしすぎ」
ウチの呟きに、みり愛が呼応するように笑う。
「それな。『禍を見かけたから助けて欲しい』って電話で呼び出されて、来たらいきなり切り付けられそうになったんだもん。マジ理不尽。それに、なに?さっきの『起きろ(イケボ)』みたいなやつ。何かのアニメの真似?? キモ。普通に蛙化なんですけど」
「まあ、そう言ってやるなって」
ウチは立花くんとの間合いを図りながら、みり愛に言う。
「ウチらだって中学の時、マンガに影響受けて戦う時ドイツ語の技名つけてたりしたじゃん。それと同じだよ」
「黙って聞いてれば好き勝手言いやがって…………」
軍刀を振り上げ、立花くんがウチに向かって飛んでくる。
「禍体の方は任せて!」
後ろでみり愛がそう叫ぶ。鐸を鳴らずと、8人の禍体が一斉に彼女の方を向いた。
「りょーかい! コイツ警察に突き出して感謝状貰おうか!」
こちらに突進してくる立花くんを見ながら、ウチはみり愛にそう言い返す。立花くんが、軍刀を振り上げる。こっちは木刀だから受け止めることは出来ない。右上から左下に振り下ろされる切っ先。ウチは右側に体を翻し、バットを振る要領で木刀を右から左にフルスイングする。
「グッ!!」
よし。わき腹にクリーンヒット。
腹を抑えてうずくまる立花くん。刀を持った右手はだらんと下に垂れている。よし、まず刀を蹴り落そう。勢いよく走り出して数歩したところで、思い切り後ろからジャージを引っ張られる。
「うわっ⁈」
背中に感じる、腹の奥がモヤモヤするような殺気。
立花くんが作り出した禍体の1体が、ウチの服を掴み今にも殴りかかろうとしている。
「殿っ!」
異変を察したらしいみり愛が、金の錫杖を振り回し禍体の頭を打った。ジャラン、ジャラン、と先に付いた金の輪がこすれる音がする。
尺八を吹くときに邪魔になるから……という理由であんまり錫杖を持ち歩かないみり愛が、これを持って来るだなんて。なんだかんだ言ってこいつは、立花くんに頼られたことが嬉しかったんだろう。けど、まさかあの「起きろ(イケボ)」で蛙化して恋が終わってしまうだなんて。いい気味だ。
「助かった!」
「こっちこそゴメン! 禍体制御できんくて…………!」
そう言いながらみり愛は錫杖を回し、迫ってきた禍体の黒い触手を一刀両断する。アスファルトに錫杖の下の部分を2度ほど突くと、左手を天蓋の前に出し般若心経を唱え始める。
「くう……『起きろ』よりアイツの方が厨二心くすぐるやん!!」
立ち上がり、切りかかって来る立花くんと向き合い、ウチはもう一度木刀を構える。右に、左に。刃こぼれの激しい軍刀が風を切る音が耳の横を通り過ぎる。本当はあんまりやりたくないけど……ウチは木刀を持ち換えて、隙をついて立花くんの顔をめがけて突きを繰り返す。
「クッソ、姑息な技使いやがって…………!」
憎々し気に呟くと、立花くんはなんと軍刀を投げ捨ててウチの胴体にタックルをかましてきた。
「ウッッソでしょ⁈」
ウチの体が宙に浮く。そのまま後ろの放り投げられ、後頭部と背中が思い切り白虎隊士の墓に激突した。
「やばいやばいやばい!! マジ罰当たり!!」
くらくらする視界でなんとか体制を立て直す。立花くんは軍刀を拾い上げ、思い切りウチの顔をめがけて切っ先を突き立ててくる。
「ぅわっ!!!!」
ギィィィン! と嫌な音を立てて、軍刀の先が墓に突き刺さる。間一髪。顔面串刺しを逃れたウチは、尻もちをついた姿勢から腕の力を利用し、さっきとされたのと同じように思い切り立花くんの胴体に掴みかかる。
「くそ…………!! ウゼえんだよてめえ!!」
「わっ!!」
軍刀の「頭」の部分で、何度も何度も背中を打たれる。思い切り力を入れて、立花くんを背中から地面に叩きつける。
「放せ! ドリャァ!!!!!」
橘君の右手を踏んづけ、軍刀を持つ手を開かせる。格闘技には精通していないので、とりあえず力いっぱい立花くんの頭を横から蹴る。
「ぅわっ!!」
2度目のキックをかまそうとした時、足首を思い切り掴まれてウチはまた背中から地面に倒れ込んだ。
クソ。
般若心経を唱える虚無僧とかいう世界一キャラが立つ相棒の隣で、ウチは泥まみれのキャットファイトである。何、この格差は。
「最後の一押し…………!」
みり愛はそう叫ぶと、大きく息を吸って尺八を吹き始めた。
空気を震わせる、低くて太い音色。彼女の周りを囲んでいた禍体の中から、真っ黒なオーラが浄化され夜空に消えて行く。
「お前らには分かんないだろ!! 俺たちの気持ちなんて……!! 母を殺したのは禍じゃない! 何もしなかった禍祓いなんだ!!」
「黙れ、マザコン野郎!!」
ウチは背中の痛みに耐え立ち上がる。
「そりゃ親が死ぬのは悲しい。けど、その意味不明な復讐のためにアンタ一体何人を手にかけた?? 過去にとらわれ過ぎて人生終わっちゃうなんて頭悪いんだよ! お前っ!」
頭がくらくらする。手からは血がにじんでいる。でも。
ウチは思い切り木刀を振り上げ、立花くんの脳天めがけて思い切り振り下ろす。
「成敗じゃっ!!!!!」
人生ではじめて口にした言葉だった。
ドゴン…………みたいな鈍い音がして、ウチの手のひらにもじんじんと衝撃が広がる。膝立ちになっていた立花君は、額から血を流し動かなくなった。え、待って無理殺した??
「終わった…………?」
禍体にさせられていたご遺体たちが、白虎隊士の墓の足元に並んで横たわっている。禍を祓った後、みり愛がああしてくれたんだろう。
「禍祓いのせいで、死んだ。か」
さっき立花君がいった言葉を、ウチは何となく繰り返す。
少なくともウチも、みり愛も、青一さんも儀依さんもそんな人ではないけれど…………
こういう能力を持っている以上、うちらには逃げずに戦う使命がある。自分が持つ力の責任を、より強く自覚しなければいけないなって、なんかちょっと立花君に感化されてしまった。
「…………あ゛」
「え?」
完全に油断しきっていたウチの背後で、立花君の呻き声が聞こえる。
「ゆ、ゆ゛る゛せ゛な゛い゛~~~~!!」
「ヒィィィィ!!!!!!!!」
頭から血を流し、完全に目がイってしまった立花君が軍刀を振り上げる。
良かった。殺してなかった……! って、良くない!! ウチが殺される!!
「蛙化男、成敗~~~~~!!!!!」
過去一の大声を出しながら、みり愛が尺八を使って後ろから立花君の首を絞める。
2人して地面に横たわり、じたばた脚を動かしフンフン言ってる姿はなんか、虫みたいでキモかった。
「…………ふう」
口を開け白目を剥き、立花君は気絶した。
みり愛は満足げに息をつくと、天蓋を外しウチを見つめて来た。
「なんだよ」
「いや?」
ピンクの髪が頬や額に張り付いたみり愛は、正直学校で見る時よりも汚くて、全然かわいくなかった。でも。
「いい顔してるね」
ウチは心の底から、そう思った。
「…………お、パトカーだ」
みり愛はバカ長いネイルをした手を目の上に当て、わざと遠くを見る仕草をする。
パトカーから降りてきたのは、迎田さんとその部下たち。
そう。もしかして立花君とそのお父さんが怪しいんじゃね? って思ってたウチは、青一さんたちに父親の方を見張って貰うように事前に頼んでおいたのだ。で、更に。
うちらの位置情報も彼らの共有しておいて、30分経っても連絡が無ければ迎田さんに通報してもらうように頼んでおいたのだ。自分のしごできっぷりに乾杯である。
「…………彼が、立花零時くんかな?」
迎田さんはちょっと引いてそうな表情で、無様な顔で倒れている立花君を指さす。
「彼の父親……立花十時の身柄も先ほど拘束出来ました。彼もこちらで連れて行きます」
「はぁい」
迎田さんの部下たちが、立花君の体を持ち上げパトカーに乗せる。その様子を見守っていた迎田さんは、ウチとみり愛を見て笑った。
「いつもご協力、本当にありがとうございます。さあ、救急車に乗ってください」
「え? ウチら?」
ウチが聞き返すと、みり愛がわらった。
「殿、気づいてない?? アンタ血だらけだよ?」
「ファッ⁈」
自覚した瞬間、体全身がひりひりして痛むことに気が付いた。
痛い。ヤバい。死ぬ。
「た、担架で運んでもらっていいですか?」
救急車の中から現れた、物々しい服を着た救急隊たちがウチを担架に乗せる。
みり愛はそんなウチを、「ウケる」とか言いながらスマホで動画を撮っている。てかそれストーリーに載せてる? マジで??
「あの、救急車でスタバ寄ってもらうことって出来ます?」
救急車に乗り込んだみり愛は、救急隊にそんなことを聞いていた。舐めんな。