文句を言うから番を解消したのに今更すがらないでください
ジューンブライド、ですね。
「リディア……リディ! 頼む、私の『番』に戻ってくれ!」
悲痛な声で土下座し頭を下げ懇願するのは、それを呆れた目で見下ろしている可憐な女性——リディアの元『番』だった男。そして長年リディアを蔑ろにして嘲笑っていた筆頭でもある。
だが今は『番』も婚約も解消した赤の他人。
なのでリディアは、毎日自分に付きまとっては往来の真ん中で大声をあげるこの男を捕まえてもらうため、巡回中の騎士に声をかける。
「私は彼女の『番』だ! 怪しい者じゃない!」
「そう言ってますが、本当ですか?」
「元、です。私の今の『番』は他の方なので、ほら、『縁の指輪』があの人の魔力に反応しないでしょう。彼は同意の元『番』を解消したのに私に付きまとってる、ただの迷惑な人です」
「……確かに、失礼しました。調べたところ彼は何度も付きまといで貴方から通報されていますね。法的な対策を考えた方が良いかと。では、我々はこれで」
敬礼し去っていく騎士に引きずられるように連行される男は、馬車に乗せられて聞こえなくなるまでリディアを愛称で呼び助けを求めていた。けれどリディアには赤の他人を助ける義理は無い。
「私が『番』なことに散々文句言って、私を蔑ろにして、殺そうとまでしていたから、そんなに嫌だったのねってこっちから解消してあげたのに。今更すがられても……気持ち悪いわ」
リディアはまだ残っている野次馬に聞こえるように、そこそこ大きな独り言を呟いた。
* * *
遡ること、半年前。
数日間小雨が続く雨の月が終わって色とりどりの花が咲き乱れる花の月に結婚式を挙げるのが、この国の慣習のようになっている。
特にこの日は、雲ひとつない青空が広がり、空気も透き通っていて気持ちが良かった。
しかし新郎は、この結婚式——しかも特別な意味を持つ式であるのに、まるでこれから望まぬ婚姻するかのような暗い面持ちでいる。しかも参列者の表情も新郎と同様だった。
長く感じられた待ち時間が入場の音楽で終わり、式場の扉が静かに開く。逆光から父親にエスコートされて新婦が入場するが、しかし二人が歩く衣擦れの音が聞こえるほど、会場内は静かだった。
今日は特別な結婚式、『番婚』だと聞いていたのに、この異様な雰囲気は一体……。
立会人である神父は困惑したが、花嫁を見て更に驚愕した。
この静寂が、バージンロードの先で待つ金髪碧眼で美丈夫な新郎に見合う美しい花嫁に言葉も出ない、というわけではなかった。
新婦は、老婆だった。
薄いベールから透けて見える白髪、落ち窪んだ目。皺だらけで痩せこけた骨のような体。横を歩く父であるはずの男より年上……否、母親と言ってもおかしくない見目の老婆が、愛らしいウエディングドレスを着て、覚束ない足取りで歩いてる。エスコートが補助のように見えてくる。
誰もが無言で、憐れむような空気の中、新婦はようやく新郎の前に辿り着いたが、しかし新郎は彼女に手を貸すことなく、周囲に聞こえるほどの大きな溜め息を吐く。その表情は嫌悪に満ちていた。
……そうか。彼の『番』は、彼よりずっと年上の方で、仕方なく婚姻を結ぶから、皆も暗い雰囲気だったのか。
父親役は新婦の親戚が代理を務めているのだろう。
神父の心中に納得と同時に同情も沸く。
その空気を感じたのか新郎は鋭い視線で「早く始めろ」と急かす。早急に終わらせたいのだろうと神父は頷き、一応新婦が新郎の隣に立つのを待って式が始まった。
『番婚』とは、その名の通り『番』が永久の愛を誓う結婚式のことであるが、通常の結婚式と進行に大差はない。
特徴的なのは『永久結び』という、永久の誓いを魔力をこめた声で述べる儀式。これによって『番』はより固く繋がれ、死が分かつまで別れることが——離婚ができなくなる。
そう。本来『番』を分かつのは死。しかしその繋がりは途絶えず、来世に続いていく。
式が進み、とうとう『永久結び』の時が来た。神父に促され、新郎が渋々といったように誓いの言葉を述べる。
新婦もそれに続くはずだったが、しかし彼女が口にしたのは永遠を誓う言葉ではなく。
『番』の糸を無理矢理引きちぎる、呪言だった。
瞬間、ぶつり、と何かが切れるような、重々しい音が二人には聞こえた気がし、その直後に襲いかかってきたのは、体を傷つけられるのとは異なる、心が引き裂かれる痛みと、濁流のような激しい『哀』。
男と女はほぼ同時に悲鳴を上げる。息を荒げ、叫ぶ。
だが涙や涎で顔を汚す二人の様子は対照的で、それ故に周囲にいる者達はどうするべきか分からず、ただ狼狽えて見ているしかできなかった。
男は、二度と元に戻らない別離の痛みに慟哭している。
しかし女は、別離への悲しみに、喜びの声を上げている。
「これで! これで私と貴方の『番』の糸は切れて無くなったわ! もう二度と私達は『番』にはならない!」
「どうして……何故だ! リディア!」
確かに愛情なんて欠片もなかったはずなのに、まるで自分の全てで愛した者が離れたかのように、心が『番』を求めて叫ぶ。
死別しても魂が繋がっているほどの強い繋がりを無理矢理引きちぎったのだから、感じる苦痛は想像しがたい。
容姿と甘く響くテノールが相成って、まるで悲劇を演じる舞台俳優のような彼の様子を、薄く頬を染めてうっとりと見つめる場違いな女性もいる。
自分の本意ではない感覚に苦しみもがいて無意識に強く握った胸元を飾る花が潰れても、そんな事を気にも止めず、男は狂ったように笑い続ける女に——リディアに向かって復縁を懇願し、叫ぶ。愛しいからではない、ただ激しい苦しみから逃れるため。
しかしリディアは笑みを消し、よろめきながら立ち上がって、痛みに堪えきれず喘いでいる男を、透けて見える彼の思惑を、侮蔑の表情で見下す。
胸中には男と同じように喪失感が嵐のように暴れまわっているのに、女の表情からは『番』を失った悲壮な様子は一切窺えない。
しゃがれた声で彼に告げる。
「テーオ。あなたから毎日のように『老婆』と罵られて、出掛けても『まるで介護だ』と嗤われて、『番』であった事まで『みっともない女なんか愛せない』と疎まれていたことの方が、こんな痛みなんかよりもずっと辛かったからよ。私は、もうずっと前からあなたから離れたいと思ってたの」
男——テーオと、かつてテーオの言葉に同意して一緒になって嗤っていた友人達が、唖然とした表情でリディアを見る。
その通りなのに、そんな事で? と。
他の参列者もそう思った者が数人いたが、しかしそれは彼らと同類……リディアを見下していた側の感覚で、リディアと彼女を思う側にとっては、胸を痛める言葉だった。
彼らは今にも気を失って倒れそうなリディアを隣や後ろからそっと支えて、涙を浮かべる。
絶対的な『番』という枷から逃れられないなら『番婚』の前に死を選ぶと泣いていたリディアが、想像を絶する痛みを受ける覚悟で『番』の繋がりをちぎると決め、実行した、その決心に。
この国での『番』とは、婚姻を結び、最期まで変わらぬ愛を貫き、魔力を交わし合った前世を持つ者たちのことを指す。
魔力を交わし合うと魂の繋がりが強くなり、転生後も引き合う。そうして婚姻と死別、転生と再会、魔力の交わりを繰り返した魂、繋がりの強い伴侶——『番』のいる魔法使いは、魔力が常に満たされ、魔法の威力が何十倍も上がることが三世代ほど前に判明した。
更に『永久結び』を施せば能力がより強化される。
このため『番』が永久を誓う『番婚』は特別だと言われるようになった。
以降、魔法使い達は自分の『番』を必死になって探し出し、婚姻を結ぶようになる。法改正もされて『番』であると認定されると、両者の合意であること前提で、それまでの交際や婚約の解消で発生する慰謝料や違約金の免除、結婚式の補助金等の恩恵を受けられるため、今では『番』と婚姻することが当然となった。
もちろん『番』の利よりも愛情を優先する魔法使いも少なからずいるが、好んで出世から外れる『物好き』と影で言われてしまい、肩身が狭い思いをしてしまう。
なので魔法使いは自分の『番』を生涯大切にする。例え相性が悪くとも。余程の嫌悪感が無い限りは互いに利の方が大きいからだ。
しかし……。
テーオとリディアも過去に幾重にも結ばれた『番』で、更にその強固な繋がりからテーオは国内指折りの魔法使いだと名を馳せていた。それもこれも『番』であるリディアがいるからなのだが、傲ったテーオは常にリディアを貶めていた。
「顔も俺の好みだったら我慢できるけど、結婚したら毎日あの好みじゃない顔を見るかと思うと今から憂鬱になる」
「町一番の綺麗な黒髪って言われてたのに、なんの魔法病にかかったんだか白髪が混ざってきて年寄りくさくなってきて、みっともないから一緒にいたくもない」
「最近魔法病が悪化してきたのか、ガリガリに痩せてきて、肌もしわしわになってきて本当に老婆を相手にしてるみたいなんだ。ちょっと歩いただけで疲れるし、段差も上がれないし、まるで介護だよ」
「あんなのが俺の『番』だなんて、本当に最悪だ」
これがテーオの口癖だった。
友人にも、婚約していたリディア本人にも、ことあるごとに漏らしていた。自分はとても憐れだろう。とでも言いたげに。
テーオの友人達は、リディアが目の前にいようといまいと、テーオに同意して一緒に嗤った。
しかし、テーオは知らなかった。
同じく、リディアも。
友人たちも。家族も、同僚も、他人も。
『番』を大切にしている魔法使いが多いこの国では、あまり知られていないことだった。
『番』を蔑ろにすると、魔力の供給が相互から一方に変わる。
蔑ろにされた側は相手に魔力を奪われ続け、次第に体が衰弱していく。
まるで水を与えられず枯れていく花のように。
テーオもリディアも急速な老化現象を、そういう魔法病にかかったのだろう、と思っていたが実際はそうではなく、テーオがリディアを蔑ろにした結果だった。
因みに、テーオがリディアを心配していなかったのは、一度『番』だと認められ魔力を交わせば、例え片方が先に亡くなっても強化された能力に変化はないからだ。どうせ死ぬならもっと強化される『永久結び』をした後にしてくれないかな、という下衆な心配はしていたようだが。
死別による多少の消失感はあれど強化した能力は変わらない。『番婚』の後に再婚はできないが、好みの女性を側に置くことはできる。
だからテーオはリディアを医師に見せることも、他に相談することもせず、放置していた。
リディアが自分の変化の原因を知ったのは、隣国から来ていた医師が見たからだ。
自国の医師では原因がわからなかったのだが、偶然研修に来ていた隣国の医師がすぐに原因に気付き、リディアにも家族にも知らせた。
テーオに蔑ろにされていたことは自覚していたが、自身の不調がそのせいだと知ったリディアは激怒し、同時に絶望した。
一度国に『番』だと認められてしまうと双方の合意と複雑な手続きがなければ別れられない。しかしテーオは出世のために絶対にリディアと別れないだろう。自分の体の変化を理由にしようにも、この国では周知されていない事例なため証明が必要になる。
時間がかかるうえに『番婚』は中止も延期できず、衰弱していくリディアがいつ儚くなるかわからない現在、確実な方法とは言えない。
……しかし、危険だが、確実な方法があった。
隣国でも一方的な搾取が、実は長く問題になっていた。その最終的な解決法の一つとして、生命の危機があると判断された場合のみ、医師と神父の立ち会いのもと『番』の繋がりを強制的に切る呪言が使用されるようになったという。
『番』ではなくなることで心身が回復する者もいるが、しかし無理矢理引きちぎるという尋常ではない痛みと喪失感で、衰弱がひどいとそのまま死に至ることもある。
なにより頭では危機的状況だったためやむを得ないと理解していても、離れたいと思っていても、二度と戻らない『番』を求めて理性を失う場合もある。
隣国の医師はそういった様々な危険性を説いたうえで、一切躊躇う事なく了承したリディアに呪言を教えた。
呪言は当事者が唱えなければ効果がないことと、生命の危機ということで、決められた立会人がいることを条件にこの国の使用許可をもらった。
リディアは決行の日を、テーオの自己顕示欲が満たされ、独り善がりの幸福の絶頂にいるだろう結婚式当日を選んだ。この日なら『番』の糸が切れた証明ができる神父も、万一の際に備えた医師も立ち会う。
むしろ、この日しかチャンスは無い。
そしてリディアは覚悟を決めて実行し、成功した。
だが案の定テーオは猫なで声で復縁を求めてくる。
涙まで流しているが、それはリディアを愛しているからじゃなく、自分のため。自分ではどうにもできない喪失感が辛いだけで『リディア』を失ったからではない。
「なあ、お前も『番』を無理矢理解消して辛いだろう? やせ我慢するなよ、な?」
「あなたの態度や言葉の方が、何倍も辛かったわ」
「いや、あれは……俺はそんなつもりはなかったよ。ただもうちょっと身綺麗にして欲しかっただけだし、それに、日に日に窶れていってたのも実は心配だったんだ。でもお前は意地っ張りだから、やんわり言っても聞かないと思って……確かにちょっと言い方はキツかったかもしれないが、俺だけだったろ? お前を心配してやってたのは」
「心配? せめて『永久結び』の後に死んでほしいって心配のことでしょうか? そちらのご友人に漏らしているのを何度も聞いたことがあります。できるなら『番』を解消したいと何度も何度も私にも周囲にも言っていましたし、叶って良かったじゃないですか」
吐き捨てるように言われ、反論できずにいるテーオの友人達が代わりに加勢し始めたが、しかしリディアの目も言葉も、愛も冷めたままだった。
「ご心配には及びませんよ。私の『番』になるので、彼女はすぐに苦しみから解放されます」
そう言って恭しくリディアの手を取ったのは、隣国の礼服を着た青年だった。淡い赤の髪に、蒼天を写した目。
庶民の着る礼服でなければ貴族と見紛うような美しい容姿に、周囲の女性達はテーオから視線を奪われ、自然と息を漏らす。
「いきなり余所者が出てきて何を言ってるんだ。『番』は一人だけだろう」
基本的に『番』は一番強い繋がりに引かれるため次第に求める相手が一人になるが、実は転生するごとに別の相手と婚姻し同じだけ魔力を交わすと、後に繋がりの強さが同等の『番』が複数存在することも起こりうる。
リディアの場合はテーオの前世と男の前世、どちらとも過去に数度『番婚』をしたことのある『番』だった。
リディアの『番』である証拠にと男は自分の魔力を通した特別な指輪——『縁の指輪』を取り出す。かつてテーオも贈った指輪が嵌まっていた——解消と同時に割れてその指輪が外れた、リディアの痩せた小指に、そっと近付ける。
『番』以外だと指輪は指に近付いただけで反発する磁石のように弾かれるが、しかし、男の指輪はリディアの指に嵌まり、優しく絡み付く。
これで二人は『番』として繋がった——つまり、男もリディアの『番』であるということの証でもある。
隣国の魔法使いである男は『番』であるリディアを探していて、この国でようやく見つけたが、その時には既にテーオと婚約していた。繋がった『番』を無理矢理引き裂くことはできないからと、男はリディアを諦め、魔法使いも辞めて、実家を継ぎ医師として生きていこうと決めたのだと、治療の際にリディアに話した。
二人は『番』として繋がってはいなかったから、幸いにも互いに執着が薄く、顔を合わせるとどこか少し寂しい気がする、ような、程度の感情だった。
「嘘だ! それは俺の魔力を通した指輪だ!」
「いえ……お二人の繋がり完全に切れてしまったため、もし貴方の魔力が少しでも通っていたら、あの指輪は弾かれています。確かに彼の魔力だけが通っているので、あのお二人は『番』で間違いありません……」
それまで黙っていた神父が告げる。
浮気だ不貞だとテーオは喚くが、『縁の指輪』が嵌まったということはきちんと『番』として結ばれているという事であり、禁じられた方法——浮気や不貞ではないという証明でもある。
男はリディアの枯れ木のようになってしまった手を恭しく取り、彼女の前に片膝をついて、優しく『永久結び』の誓いを立てて口付けた。
テーオの中にだけ残された『番』への執着心が悲鳴を上げる。俺のものに触るなと叫んでも、テーオの友人達は激変した様子に戸惑い、蔑ろにしていたことを知るリディア側の友人達は「今更……」と白けた視線を向ける。
テーオは、それでも『番』を求め、誰の言葉にも耳を貸さず、なおもリディアにすがり付こうとする。しかしすぐにリディアの男友達が押さえつけて、近寄ろうとするのを阻止した。
厄介なことに、死別した場合でも魂が繋がっているため、亡くした悲しみはあるが『番』を失ったという感覚は無いという。だが、魂の繋がりを無理矢理切ってしまうと『番』への本能だけが残る。
個人差はあるが、どうやらテーオは『番』への執着が強いタイプだったらしい。リディアがもし彼の好みだったら、きっと束縛がひどく監禁も躊躇わなかっただろう。
だが好みではなかったから、あまり執着しなかったらしい。若しくは、無意識に手放す気がなかったから、リディアに対して非道になっていたのか。
今となってはどうでもいい事だが。
「はい。私、リディアは、アステア様と生涯番うことを誓います」
暴れるテーオを無視してリディアが男——アステアの『永久結び』の誓いに応えると、すぐに容姿に変化が現れる。
アステアから与えられる愛情は、水のようにリディアの全身に染み渡り、皺だらけだった肌は張りを取り戻した。痩せこけていた体も程よくふっくらとし、隙間の多かったウエディングドレスも女性的な曲線を魅力的に見せる。パサついた白髪は艶やかな黒に戻り、ステンドグラスからの光彩を纏っている。
何より、つまらない茶色だとテーオが吐き捨てた目は、よく見れば澄んだ紅茶色をしている。その二重の大きな目が、アステアを見つめ、優しく微笑んだ。
何故テーオはリディアをあんなに蔑んでいたのか。
そう疑問に思わざるを得ないほど、誰の目から見ても——テーオと一緒に蔑んでいた友人達から見ても、リディアは愛らしい女性だった。
あんな綺麗な女だったか、とテーオは忘れていたかつてのリディアの姿を思い出す。
町で働いていた彼女は、確かに愛らしいと娘だと評判だった。しかし、どちらかと言えば妖艶な女性が好みだったテーオはリディアの少し幼い容姿にがっかりした。
だからテーオはリディアを軽く扱った。自分のものだから別にどう扱っても良いだろう、『番』だから何があっても離れることはない。そう傲って。
しかしその結果、テーオは、テーオの魂は、『番』を永劫に失った。
同じくリディアも『番』を失った痛みは残るが、しかしテーオと決定的に違うのは、他に『番』がいたことだった。
リディアの中にできた痛みと空白は、新たに『番』となったアステアの真摯な愛が癒し、満たしてくれるだろう。もしアステアの存在がなくともリディアはテーオから解放された証でもある痛みを喜んで受け入れた。
唯一リディアが気がかりだったのは来世のことだったが、『番』の繋がりを切った痛みは現世までで、来世は何事なかったかのように——つまり今後はリディアとアステアの魂が引き合い、テーオの魂は『番』が存在しないか遠い過去に縁のあった魂と引き合う。
ただ一人、リディアを省みずに容姿や在り方を嘲笑い、一方的に力を搾取して傷付け続けたテーオだけが、死ぬまで癒えることのない痛みと満たされない愛に苦しみ続ける。
それだけのこと。
リディアに起きていたこと、その原因。そしてこれからのこと。
全てを説明され、テーオの両親は泣き崩れリディアの両親に謝り続け、一緒にリディアを蔑んでいた友人達はばつが悪そうな顔でこの場でどうするべきか困惑している。例えリディアに謝罪したところで、彼女の苦しみが無かった事にはならない。
取り返しのつかない事を、テーオと、その周囲の人間はリディアにしてきたのだ。
にもかかわらず、テーオは詫びだと言って再度リディアと『番』として繋がろうとする。今度は大切にすると叫ぶが、その『今度』という機会をリディアごと蔑ろにし続けたのは、テーオ自身だった。
「少しでも私に申し訳ないと思うのでしたら、二度と私に関わらないでください」
会えば『番』であった頃に戻ろうとするからではない。単純に、リディアは嫌悪するテーオに会いたくないからそう言った。
しかしテーオは、その言葉を曲解してしまう。
「他に『番』がいても、やはり俺を『番』として求めるから」だと。
そして勝手に期待を抱き、リディアに付きまとい復縁を迫り始めたのだった。
* * *
その後もテーオは、拒絶し続けるリディアにしつこく復縁を迫った。リディアや周囲が何を言っても、無視して、自分の意思を押し付ける様子は、『番』であった頃から何一つ変わらない。
リディアへの接近禁止令が出されてもテーオは付きまとい続け、とうとう辺境の施設に送られ余生をそこで送ることになった。独居房の中でうわ言のようにリディアの名を呟く姿は、看守からも気味悪がられているという。
リディアはテーオが町から離れた後、アステアと共に隣国に渡り、正式に国の医師となった彼を生涯献身的に支え続けた。もちろん、アステアもリディアを生涯愛し、大切にした。
最初の頃にリディアが懸念していたテーオとの『番』の繋がりを無理矢理引きちぎった激しい痛みは、あっさりとアステアの愛情に上塗りされ、癒され、そのうち思い出すこともなくなった。
リディアとアステアの魂は転生後も『番』となり、そして愚かな男の魂は、『番』ではないが愛する者と結ばれ、それぞれ幸せになったという。