死後の行先を考えよ〜異世界転生できるという噂を聞きまして〜
「はぁ、異世界転生したいな」
麻子は独り言を呟く。毎朝、起きた後に似たような独り言を言っていた。
麻子は高校生だが、子供の頃からアトピー性皮膚炎や吃音があり、いじめられていた。今日もクラスのいじめっ子達に何を言われるのかと思うと身体が震えてくる。
「異世界転生したい。この世は辛過ぎるよ……」
そんな麻子は深夜にやっている異世界転生アニメを観る時だけが楽しかった。異世界転生してチートして溺愛されたい。フィクションだって分かっていても、死んだら幸せになれるんじゃ無いかとも思っていた。
「異世界転生 方法で検索してみるか」
ネットで検索しても異世界転生出来る方法なんて書いてない。フィクション扱いだ。中にはスピリチュアルや仏教思想と関連づけているSNSの投稿もあったが、一つだけこんな噂があった。
「え、T県のT町の洞窟に入って死ぬと異世界転生出来るの? 女神様の神社が側にあり……」
所詮ネットの噂だ。信憑性は薄いのに、目が離せない。藁をも掴む思いだった。
「もういじめ嫌だし……」
こうして学校をサボり、T県T町に行くことにした。かなりの田舎で、ちょうど山の谷間にあるような村だった。長閑な野菜畑が広がり、土や肥料の匂いが鼻につく。村人も老人ばかりで、麻子に気づく者もいない。
舗装されていない道を歩き、目的地である洞窟を目指す。
「ああ、これで楽になれる。早く異世界転生したいから……」
そう呟いた後、ふと顔を上げると、変な看板があるのに気づいた。
「死後の行き先を考えよ」
そう書いてあった。黒地に白抜き文字。フォントも昭和っぽくてホラー風。
「し、し、死後の行き先?」
ホラー風の看板を見ていたら、急に膝がガクガクしてきた。
こうして異世界転生を目論んでいたが、本当にそれはあるのか?
アニメや漫画の世界の話では無いのか?
それに例え麻子が死んでも、アニメや漫画の関係者は責任を取るだろうか?
異世界転生なんてフィクションだと自己弁護する様子がふっと頭の中に浮かんでしまった。
あれほど異世界転生したかったのに、急に頭が冷えてきた。そしてこのホラー風の看板は一体何なのか。見れば見るほど、変な感覚が襲ってきて、心臓がドキドキとうるさくなってきた。
もしかしたら、この土地に拒否されているのかもしれない。
「こ、こんな看板なんか怖いから!」
麻子はそう叫ぶと、駅の方に向かって走り始めた。
どうやら異世界転生は失敗してしまった模様。明日もきっと学校でいじめられるだろう。アトピーも吃音も治らないだろう。
それでも永遠にずっとそうとは限らない。今みたに逃げたっていい。
麻子が死んでもいじめっ子達は毎日笑いながら生きるのだから、こっちが死ぬ必要も無いはず。
「っていうか死後の行き先って転生以外にあるの?」
その疑問は一つ残ってしまったが、今はとにかくここから逃げよう。