【第9話】真夏の会見
私たちの初めての会合は、二時間ほどで終了した。これからのためにお互いのラインを交換し合うと、私は帰路についた。今日はバイトはないからまっすぐ家に帰る。
コンビニエンスストアで買ったパンで遅めの昼食を済ますと、私はスマートフォンを手に取っていた。SNSを開く。すると今日はまだ何も投稿していないのに、鍛冶屋さんからのダイレクトメッセージが来ていた。
〝こんにちは。佳蓮ちゃん。新作の制作は順調かな? 佳蓮ちゃんのことだから、きっとまた素晴らしい絵を描いているんだろうね。また目にする日が楽しみだよ。今度はギャラリーで二人きりで話せたらいいよね。そうそう。この前、清澄白河に美味しいフレンチの店を見つけたんだ。値段もそこまで高くないし、次は佳蓮ちゃんと二人で行けたら嬉しいな。返信待ってるね〟
そのメッセージは内容が極めて薄く、送ってこなくてもいいだろと思うようなものだった。鍛冶屋さんは毎日しつこくメッセージを送っているから、話すネタがなくなっているのかもしれない。
どうして私が嫌がっているのが分かってくれないんだろう。二言三言の短い返信でうんざりしていること、もうメッセージを送ってこないでほしいと思っていることが、分かってもいいはずなのに。
もしかしたら鍛冶屋さんは、いいことをしているつもりなんだろうか。
だとしたら、私は鍛冶屋さんの思惑を気持ち悪いなと思う。気にかけてくれるのが嬉しいなんて次元は、とうに通り越している。もはや恐怖しか感じない。
私は嫌だったけれど、それでも我慢して鍛冶屋さんのプロフィールページに飛んだ。プロフィールや二束三文のくだらない投稿をなるべく見ないようにして、手短にブロックを選択する。するとページには、「ブロックしました」という文言しか表示されなくなって、私は一つ息をついた。
これで私がブロックを解除しない限り、鍛冶屋さんがこのアカウントで私にメッセージを送ることはできない。鍛冶屋さんのことだから、新しいアカウントを作ってメッセージを送ってくるかもしれないけれど、それはまたブロックすればいいことだ。そのうち、私がもう話したくないと思っていることが分かってくれるだろう。
鍛冶屋さんにだってそれくらいの思慮はある。そう私は信じたかった。
勢いでラインの登録も解除すると、ひとまず私と鍛冶屋さんが連絡を取れる手段はなくなった。これで鍛冶屋さんが私の住所を知っていない限りは、私たちはしばらく会うことはないだろう。
憑き物が落ちたような、重たい荷物を下ろしたような感覚で、私はそのままラインの画面を眺める。一番上に来ていたのは、浅香さんだった。昨日観た大作映画の感想を伝えてきていたのだ。
私と浅香さんは、今でもたまに連絡を取り合っている。他人から見ればどうでもいいと思われるような話を、気が向いたときにしている。
でも、浅香さんが再び絵を描き始めたという報告はなくて、美術の話題さえ最後に会ってから一回も出ていない。以前は毎週のように美術館に足を運んでいたというのに、何が浅香さんを変えてしまったのだろう。
何をするでもなく、そのまま画面を眺めていると、私の頭の中にはよからぬ想像が去来した。もしかしたらそれは、向ヶ丘さんたちの話を聞いたばかりだったからかもしれない。
浅香さんは何か外的要因があって、筆を折ってしまったのではないか。
そう思うといてもたってもいられなくなり、私は〝今、大丈夫ですか?〟というラインを送っていた。だけれど、いくら待っても既読はつかない。
当然だ。今日は平日でまだ午後の二時くらいだ。浅香さんは仕事中なのだろう。それでも私ははっきりとやきもきしていた。浅香さんの身に何かが起こったんじゃないかと思うと、気が気じゃなかった。
スマートフォンの電源を切って、作品の制作を進めようと仕事場に向かう準備をする。ラインに既読がついたのは、私が今日の制作を終えた夜の八時頃だった。
人々の雑踏が遠くに聞こえる。窓の外ではビルの明かりが、たくさんのろうそくのように瞬いているのだろう。
でも、私たちはカーテンを締めきってしまっていたから、外の光景を見ることはできなかった。クリーム色の壁に、天井から吊り下げられた小さなシャンデリアが落ち着いた印象を与える。
この個室は六人まで入れるけれど、今は私たち二人しかいない。食べ終わった御膳はもう下げられて、テーブルの上にはもう飲み終わるドリンクしか残っていなかった。
「美味しかったね。バーニャカウダ」
浅香さんが満足げに言う。その言葉だけで、私は浅香さんが好きそうなお店を探し当てられたという実感を得ていた。
「はい。すごく美味しかったです。どの野菜も本当に新鮮で。高い野菜って、こんなに違うんだって思いました」
「うん。御膳も品数が豊富でどれも美味しかったしね。野菜しか食べてないのに大満足だよ。佳蓮、よくこういうお店知ってたね」
「いえいえ、ネットで調べた結果です。でも、浅香さんに気に入っていただけたようで何よりです。思い切って予約した甲斐がありました」
「ねぇ、本当に佳蓮のおごりで大丈夫なの? 私もホームページ見たけど、あの御膳って四五〇〇円もするよね?」
「それは大丈夫です。一昨日バイト代が入ったばかりなので。今は比較的余裕がありますから」
私は気丈に言ったけれど、本当は大丈夫じゃなかった。四五〇〇円なんて、それこそ一週間分の夕食代に匹敵してしまう。しばらくはカップ麺で過ごさなければならなさそうだ。せっかく美味しい野菜を食べて健康的になったのに、元も子もない。
でも、久しぶりに浅香さんと会えて、その笑顔を見れただけで私は十分だった。清水の舞台から飛び降りるような思いをした甲斐があった。
だけれど、浅香さんはドリンクを飲み干すと、穏やかな笑顔をやめた。「さてと」と改まって言っていて、私の心は軽く震えあがる。
「佳蓮さ、今日はどうしたの?」
「どうしたのって何がですか?」
「なんか私に話したいことがあるんじゃないの? こういう個室に連れてきたことは、それなりに大事な話なんだよね?」
やっぱり感づかれていた。というか普段はファミレスで会っている私たちなのに、こんな格式高いレストランで会いたいと言い出した時点で、浅香さんじゃなくても気づくなと思う。食事中の私の、どこかわざとらしい態度も拍車をかけていたのかもしれない。
なかなか切り出せなくて、私は話を先延ばしにしていた。でも、食事も終わった今、言わないで帰ったら今日の目的は果たせない。私は覚悟を決めて、口を開いた。
「あの、浅香さん。別に答えたくなければ、答えてもらわなくて大丈夫なんですけど……」
「何?」
「浅香さんは、今は絵を描いていないんですよね……?」
そう訊いた瞬間、部屋の明度が一段階下がったような感覚がした。浅香さんは、何度か目を瞬かせている。
あまり訊かれたくないことみたいだったけれど、それでも私は目を逸らさず、浅香さんをじっと見続けた。
「うん。会社に入ってからは一枚も描いてないよ。仕事けっこう忙しくてさ。毎日帰ってからもご飯食べたりシャワー浴びたり、必要なことをしたらすぐに寝ちゃうんだよね。会社勤めって、思ってたよりも大変だよ」
「でも、土日とかはありますよね……? その時間を活用して、また絵を描こうとは思わないんですか……?」
「うーん。そんな思わないかな。というか画材とかは、もう全部売ったり捨てたりしちゃったしねぇ。だから、また絵を描くとしたら一から揃えなきゃなんない。そこまでして絵を描きたいとは、今の私は思えないかな」
浅香さんが口にした事実がショックで、私は閉口してしまう。あんなにも制作に邁進していた浅香さんが、画材を全部手放してしまったなんて。
きっと浅香さんにとっても、断腸の決断だったに違いない。そのシーンを想像すると、私は残酷さに目を背けたくなった。
「……どうしてですか?」
自分でも意識せず、声がこぼれ落ちた。まだ相好を保っている浅香さんの、内側にある表情が見たいと思った。
「どうしてって何が?」
「どうして絵を描くのをやめたんですか? それも何の前触れもなくいきなり」
「それは色々な理由だって前に言ったでしょ? 一言で説明できるようなことじゃないよ」
浅香さんは私たちしかいない空間でも、真相をはぐらかそうとしていた。私だって浅香さんがそう言っているからには、言葉を収めたい気持ちはある。
だけれど、ここで引き下がってしまったら、浅香さんが話しやすいようにわざわざ個室まで用意した意味がない。私は口をつぐみたい気持ちを抑えて、懸命に言葉を続ける。
「浅香さん、これだけは教えてください。絵を描くのが嫌になったんですか? それとも飽きたんですか? ひょっとしてそれ以外の理由だったり……」
「ねぇ、佳蓮。画材はもう全部売ったか捨てたって、言ったよね。それだけで察してくれない?」
浅香さんの表情から、少しずつ笑みが消え始める。一歩ずつでも核心に近づいている感覚に、私は黙るわけにはいかなかった。
「……絵を描くのが嫌になったんですね?」
「佳蓮。それをわざわざ私に言わせるために、ここに呼んだの? 佳蓮がそんな性格悪いとは私思わなかったな」
「すいません」と、私は条件反射のように謝ってしまう。確かに無理やり筆を折った理由を訊き出そうとしている私は、傍から見れば悪人だけれど、それでも自分の非を認めたら会話が終わってしまう。
私は「でも」と、何とか言葉をつなげた。少しうんざりし始めた浅香さんの目を、なるべく意識しないように努める。
「どうして絵を描くのが嫌になったんですか? もしかして誰かから否定されたり、ハラスメントを受けたりとか……?」
「何、どうしたのいきなり? そういう映画やドラマでも見た? 心配しなくても、私はハラスメントは受けてないよ」
「『ハラスメントは』ってことは、否定はされたんですか? 誰かから立ち直れなくなるぐらい批判されたり……」
「それもないね。ちょっとやそっとの批判ぐらいじゃ、私は絵を描くのをやめなかっただろうから」
「浅香さん、その言い方だと絵を描くのをやめるくらい、嫌なことがあったってことになりますけど……」
雲をつかむような言い方に私が指摘すると、浅香さんの顔からはさらに笑みが減った。小さく口を開けて、目を瞬かせていて、「まずい展開になったな」と言っているみたいだ。「いや、そんなことないよ」という言葉も、どこか嘘くさい。
かすかに動揺し始めた浅香さんを見て、私は一つの可能性に行き当たる。それは想像もしたくない可能性だった。
「もしかして、熊坂さんと何かあったんですか……?」
「いやいやいや、何でそこで熊坂さんの名前が出てくんの? 唐突すぎんでしょ」
「……否定しないんですね」
そう指摘すると、浅香さんは私から小さく視線を外した。ごまかすように笑うことさえできていなくて、自分が言ったことが間違いではないことを察する。
再び私を向いた浅香さんの目にはかすかに怯えが見えていて、それが熊坂さんにされたことを言外に語っていた。
「もし、もしだよ。私と熊坂さんの間に何かあったって言ったら、佳蓮はどうするの?」
「そのときは熊坂さんの事務所に告発文を送ります。もちろん内容次第ですけど、私はこのまま黙っているつもりはありませんから」
「……佳蓮、なんか漫画の主人公みたいだね」
ぽつりと呟かれたその言葉は、私を褒めているのかどうか、いまいち判然としなかった。「よくぞ訊いてくれた」とも、「なんで訊いてくんだよ」とも言っているように感じられる。
それでも私は、浅香さんから目を逸らさない。今の私ができることは、それくらいしかなかった。
浅香さんは目を何度も動かしていて、迷う様子を見せている。でも、やがて一つ息を吐くと、私に向き直った。
「佳蓮。私は佳蓮を信じるからね」
その一言だけで、私は浅香さんが心を決めたことを察する。かつてないほど真剣な表情をしている浅香さんを絶対に裏切らないと、私も心を決めて頷く。
浅香さんはゆっくりと話し出した。まるで今起こった出来事を語るかのように。
南海さんが私たちのもとを振り返る。何も言わなくても決意を確認されていることが分かって、私たちは全員で頷いた。久しぶりに着たスーツの、ワイシャツの襟元に首筋が触れて、余計に身が引き締まる。
南海さんは一度頷いてから、ドアを開けた。私たちは南海さんを先頭に室内に入る。
私たちが姿を現すといくつものフラッシュが焚かれ、シャッター音がめいめいに響いた。私たちは自分の名前が書かれた席の前に立つ。五〇個用意された座席にはぽつぽつと空きもあったけれど、それでも八割以上人が座っていて、今日に対する関心の高さを私に思わせた。
南海さんが目配せをして、私たちは椅子に座る。どこにでもあるようなパイプ椅子だったけれど、それでも私たちの背筋はピンと伸びた。
「皆様、お暑いなか本日はここ、弁護士会館にまで足をお運びいただきありがとうございます。私、本日の『美術業界のハラスメントと性被害を考える会』記者会見の進行を務めさせていただく、弁護士の南海と申します。本日はよろしくお願いいたします」
一人立ったまま南海さんが言うと、またシャッターが切られる音がした。人間の目と機械の目。いくつもの目が私たちに向いていて、ただ座っているだけでも私は緊張してしまう。
何も悪いことはしていないのに、なんだか罰せられているような気分にもなった。
「では、まずは当会が設立するに至った経緯を、当会代表の向ヶ丘琉衣よりご説明いただきます」
南海さんに指名されて、向ヶ丘さんは机の上に置かれていたマイクを手に取って、立ち上がった。一礼をして「本日はお集まりいただきありがとうございます」と言ってから。向ヶ丘さんは話を始める。
初めて顔を合わせた日に私たちにしたような話を、改めて述べている向ヶ丘さんを私はなるべく見ずに、前を向き続けた。この期に及んで動じているとは、ここにいる誰にも思われたくなかった。
「当会は現在、二〇人ほどの賛同者を得て活動しています。本来ならば全員がこの場で話をすることが理想ですが、顔や名前を出したくなかったり、被害の性質上まだこのような公の場で喋ることもできない方もいるので、今回は私ども四人が、会を代表してお話しするという形になりました。どうか私たちの声を訊いていただき、記事にするなどしてこの問題を世に問うていただきたく存じます。本日は何卒よろしくお願いします」
そう話を締めて、向ヶ丘さんは再び一礼をしてから座った。会議室の空気はピンと張り詰めたまま緩むことはない。
今この場に座っているのは、私と向ヶ丘さん、それに嘉数さんと永長さん、そして進行を務めてくれる顧問弁護士の南海さんの五人だ。あの日最初に集まったメンバーが、そのままこうして記者会見に臨んでいる。
ホームページや口伝いに集まってくれた、同じような思いをした二〇人ほどの作家たち。そしてまだ見ぬ、被害を受けた大勢の人たちを代表してカメラの視線を浴びていると思うと、私のなかで使命感が燃え上がっていた。
「それでは続いて、美術業界で長らく問題になってきたギャラリーストーカー、および性被害の問題について、当会委員の菰田佳蓮より説明がございます」
事前の段取り通り、南海さんは私を指名した。私がした返事は決して大きくなかったけれど、それでも静まり返った空間に余すことなく広がって、私の緊張を煽る。
それでも、今さら怯むわけにはいかない。私はマイクの電源を入れて、もう一度記者席を見回した。
全員の目が私に向いていて、話をするのにこれ以上適した環境はないと思えた。
「ただいまご紹介に与りました、菰田佳蓮と申します。本日はお暑いなか、私どもの記者会見にお越しいただき誠にありがとうございます。さて、ギャラリーストーカーという言葉は、もしかしたら皆さんには聞き覚えのないものかもしれません。その前にまず『在廊』という言葉について、説明させていただきます。作家は画廊で作品を展示し、その作品をお客様に購入していただくことで収入を得ています。そして、展覧会の開催期間中には作家がその画廊に滞在することがあり、これを美術業界では『在廊』と呼んでいます。そして、主に若手の女性作家の在廊中を狙って期間中何度も現れるのが、いわゆるギャラリーストーカーと呼ばれる方々です。この方たちは絵を買ってくださる場合もありますが、それ以上に作家と話をしたがる傾向があり、さらには画廊の外での付き合いも要求するケースが多く見られます。私たちのような一部の作家は、長年そういったギャラリーストーカーの被害に悩まされてきました。本日はまずは私の経験をお話しさせていただいて、その後、私の隣に座っている永長より同じような被害に悩まされた、または現在進行形で悩まされている作家の声をいくつか紹介させていただきます」
そう長い前置きをしてから、私は本題に入った。もちろん話すのは、鍛冶屋さんとのことだ。
在廊の度にギャラリーに来たこと、何度も私を食事に誘ってきたこと、執拗にSNSにダイレクトメッセージを送ってきたこと、しまいには私の住所まで知ろうとしたこと。鍛冶屋さんの名前を出すことはしなかったけれど、それでも私が受けてきた被害について、落ち着いて順序立てて話した。
記者の人たちがノートにメモを取ったり、ボイスレコーダーを向けたりして、真摯に耳を傾けてくれている。
鍛冶屋さんからされたことに意味があるとは思いたくなかったけれど、でもこうして公の場で話していると、私がした嫌な思いはまるっきり無駄ではなかったのだと思える。もちろん緊張はしていたけれど、それとは裏腹にどこか気持ちが落ち着いていく感覚さえした。
「以上が私が受けた被害の一部始終です。その方に私は心身ともに追い詰められていき、言葉にしがたいほどの苦しい思いをしました。そして、私のような被害に遭われた作家は、決して少なくはありません。ギャラリーストーカーは作家にまったく必要のない苦難を与え、酷い場合には作家生命の危機にさえ追いこみます。そのことをどうか、皆さんにも理解していただきたく存じます」
私は自分の話を終えた。でも肩の荷はまったく下りなかった。まだ私にはこの場で話すべきことが、もう一つ残っていたからだ。
私は呼吸を整える。これからする話は、実際に身体的な被害が遭った分、余計に残酷だ。
だけれど、私は再びマイクを口に近づけた。その人から公にする許可は得ているし、何より「お願いね」と託されたのだ。ここで口をつぐむわけにはいかない。
「さて、たった今お話しさせていただいた話は、美術業界の外部の人間からの加害です。ですが、私たちに害を与えるのは外部の人間だけとは限りません。美術業界の内部の人間からの加害は、業界が狭くすぐに話が広まってしまうためより訴えづらく、また同じ業界で仕事をする方にも悪影響を与えてしまうため、余計に深刻だと言えます。これから私がさせていただく話は、ある有名なキュレーターから性被害を受けた女性作家の話です。身体と心に甚大な被害を負ったその方は、まだこういった場に来て話せる状態にはありません。ですので、その方から許可を得た私が、代わりに話させていただきます」
引き続き向けられるいくつもの目たちが、私に覚悟があるのか問うてきている。
分かっている。私がこれから言おうとしていることはほとんど無謀に近い。相手の方が絶対的に権力があって、私のようなしがない一作家は、作家生命をひねりつぶされても何もおかしくない。
だけれど、私は顔を下げなかった。話を聞いたときから、既に覚悟はできていた。
「最初に言っておきます。その方に加害を与えたキュレーターとは、熊坂理人氏、その人です」
(続く)