CHAPTER 03 アラン・スティング
「うん、じゃあまた」
防衛隊の本部施設はアランからしてみればやけに広く感じた。慣れない場所ということもあってかどこに何があるか覚えるのに一苦労していたが、ばったり知り合いと出くわすと迷わず駆け寄って場所を聞くのが当たり前になっていた。
「リアム!」
「アランさん」
公衆電話をかけ終えたリアムにタイミングよく話しかけるアラン。昨日会った時との違いをリアムはいち早く発見する。
「今日は監視の人、居ないんですね」
「ここ最近はずっと敵意がないことを示してたからそのご褒美だろうな。まあでも、相変わらず監視はされてるがな」
アランは左手首にはめていたブレスレットを見せる。仔細はリアムには分からなかったが大方、発信機やそれに類したものが埋め込まれていて変な動きをすればすぐさま人が駆けつけて来る代物だろうと推測した。
「俺には何も無いんですけどね……」
「お前と俺じゃあ経歴が違うからな」
ある程度の区切りを見せていたその話題は自然とリアムが電話越しに会話していた相手へと移行していった。
「誰にかけてたんだ?」
「友達です。コルトっていうんですけど」
「ああ……」
アランは友人、という単語が出てくると眉をぴくりと少しだけ動かす。
「無事かって話と学校あんまり行けなるっていうのも言ってですね」
「へえ、防衛隊預かりってのは余程なんだな」
「それはアランさんもでは……」
サンダルフォン防衛隊。
イリス・グループの管理するこの街を守るため編成された部隊としての仕事は多岐に渡る。アランが得意とするパラディン関連の仕事もまた防衛隊の役目の一つである。
「俺は俺の都合で好きでここに居るんだよ」
人によっては癪に障る言い方をしてしまったアランだったが、リアムはそれに気付くことなく話を続けた。
「都合って……なんです?」
「俺がズイールの技術者だったってのは?」
「……昨日、レーナさんから聞きました」
防衛隊に入ってからは基本的にレーナとヒュージの手伝いを行っているリアム。そういえば聞こえはいいが、与えられているのはどれも取るに足らない雑用ばかりである。
機密情報を知ってしまった少年の扱いは防衛隊としても難しいものであり、今は傍に置くことしか出来ないという現状をリアムも頭では理解していた。
しかし馴染むのも難しいと思っていた時に伝えられたその事実は、リアムが知りたがったものである。
「どう思った?」
「そりゃ、驚きましたよ……」
「なら、三銃士が今どういう状況か知ってるか?」
アランが指した三銃士とは、パラディンの兵器としての価値にいち早く着目し開発を行い、現在、戦闘に採用されているパラディンのシェア率トップを誇る3つの企業のことである。
「一応は知ってますよ。安価で優秀なパラディンを大量生産して市場を独占しようとしてるゴルドビスタ。同族経営だったのをやめて最近まで内紛を起こしてたクレアドール。それと、前CEOが亡くなってからずーっと大変なことになってるズイール……」
「ちゃんとニュースは見てるみたいだな」
「授業でも触れてましたし、友達にもマニアがいるので耳に入ってくるんですよ」
今、リアムが披露した情報の半分はエレナの受け売りだ。しかしそれ自体は間違っておらず、リアムの知らない外の世界は混乱に満ちていた。
「俺が元いたズイールは今、色んな派閥に別れちまってる」
「派閥?」
「先代をなぞった施策を執ろうとする奴ら、それに反対する奴ら……一念発起して独立を画策する者もいるが、そういうのには興味無い。だからやりたいことをやってる」
「やりたいこと……ですか」
「……なんだよ」
暗に聞かせて欲しいという表情を見せるリアム。それがアランの言う都合であることは話の流れから考えても明白だった。彼が人の懐に入るのが妙に上手いと感じたアランはそれを振り払うように拒否する。
「言う気はサラサラ無い」
「ええ、だったらなんでこの話を……」
「…………」
リアムの返しに対して言い淀むアラン、彼に対して己では解釈出来ない何かを感じていたこともあってか、アランは折れて話し出した。
「ハデスがサンダルフォンにある事を偶然知ってな。ズイールのそういう流れに飽き飽きしてたからついでに逃げてきたんだ」
「それって、そんな簡単にいくものなんですか?」
「んな訳ないだろ、色々協力して貰ったりしてようやくだ。それが無かったら今頃……」
「…………?」
リアムは突然、時が止まったかのように口を動かさなくなったアランの顔を、5センチ程の身長差を埋めるようにして覗き込む。
その表情は、哀しみに近かった。それを見られたと気付いたアランは首を振って何事もなかったかのように進める。
「……今、外の情勢は荒れに荒れてる。三銃士が製造したパラディンを民間軍事会社や流れの傭兵、他の企業が買いつけて戦闘を起こし、自分たちの領土や金を欲しいままにしてる」
「つまり、このままじゃ、いずれサンダルフォンに来てもおかしくないって話ですか?」
「そうだ。その前にハデスの存在をサンダルフォンに認知してもらうのが最善だと判断した」
「一体なんで…………」
ズイールの技術者だったアランがそうするまでに至った経緯や心情はついぞ教えてくれなかったが、何故そうしなければならないかを教えてくれたのは彼ではなかった。
「アラン・スティング」
「ク……クランク、隊長」
「ヒュージで構いません、リアム君」
防衛隊第二隊長、ヒュージ・クランクが偶然にもその場に居合わせアランをフルネームで呼んだ。
「すみませんが、彼を少し借ります」
「あ、え、ええ……どうぞ」
「なんだよ。会話も弾ませちゃいけないのか?」
冗談交じりにヒュージを突くような発言をするアランをきっと睨みつける。
「……悪かったよ」
「では、失礼」
「は、はい……」
そう言って離れていく二人の後ろ姿を見届けながら、リアムは難しい顔をしていた。
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「お疲れ様です、ヒュージ隊長!」
「どうも、オライオンは?」
「ここ3日寝ずにハデスを見てたみたいで、今は仮眠室に。起こしますか?」
「いえ結構。みなさんも一度休んでください」
防衛隊本部のパラディン格納庫で作業している技術者達に挨拶と人払いを済ませるヒュージ。
キッチリした髪型と細い切れ目に細いフレームの眼鏡からは真面目で堅物的な印象を受けるが、若干ながら外弁慶の気質があるのはアランもこの数日で感じ取っていた。
ハデスの顔が良く見える高さまで階段で移動しながら、アランが要件について話す。
「んで、何の用だ」
ついさっき、思わず謝らせる程の形相を見ておきながら、まだ呼びつけられた理由が分かってない様子のアランにヒュージは厳格な態度を示す。
「リアム君と話す際には細心の注意を払って頂きたい。彼は機密保持の為にここに居ることを了承した身だが、ハデスの存在以上の情報は出来れば与えたくない」
彼には帰りを待つ家族もおらず、特段趣味と呼べるようなものも、勉学に対する熱意もほどほどである。
身の安全が確保されている場所ならばどこであろうと頷く人物であることはヒュージら防衛隊も把握している。
だが防衛隊預かりと言えどその畑の人間からすれば、彼は一般人だ。
「君がどこまで考えているのかは把握しかねるが、リアム君をこれ以上難しい立場にするのは━━━━」
「分かってる。それは俺も本意じゃない。ただ、あいつは……」
アランは気がかりだった事を口にしかける。
「…………? なんだ」
だがそれを、ヒュージに言ってもどうにかなる訳では無いと気付くと、脱力感に伴って言葉にするのを諦めた。
「……具体的に何を言わなきゃいいんだ?」
「そこまで指定しなければならないくらい口が軽いのか?」
「嫌味な奴だな」
「すまん、今のは仕返しだ」
彼にも考えがあるのはヒュージも分かっている。他人に言えないことが人より多いのも理解しており、それを引き出すには信頼を勝ち取らないことには始まらない。
ヒュージはその為ならば、人より苦手なジョークも親近感を出すために使う。
「似合わないな……で?」
「我々のデータベースには無かったもの全般は防衛隊でも一部の人間にしか明かさないことにした。ハデスの存在自体を隠すことは無理だと考えれば妥当だろう」
歴史的観点から見れば、新参のイリス・グループと三銃士では所持している情報に大きな差がある。
最初にパラディンを創った企業、カルノ・ケイノの後追いや精神的な後継でもなく、ゆかりも無い土地で戦ってきた企業にとっては、それらに関する情報の一つ一つが値千金だ。
「防衛隊からしてみれば嬉しい誤算だろ。俺にとってはカルノ・ケイノや三銃士と太い繋がりがなく、あまりにも攻撃的、侵略的なやつらじゃなきゃどこでも良かったというのが本音だが」
「君は……ハデスをどうしたいんだ?」
「今の俺にはどうしようもない。それに、三銃士……特にズイールに渡したくなかったってだけだ。奴等に渡れば世界は災禍の二の舞になりかねない」
そして、それは彼らの予想を軽々と凌駕することの方が多い。
「対消滅エンジン……永久機関の副産物か」