CHAPTER 01 サンダルフォン市街戦
身元も分からない男を支えながら歩いて200メートルほど。耳が嫌がるアラート音とどこからか聞こえてくるパラディンの駆動音に囲まれ、大きな川の用水路に辿り着くと、男は鉄格子を力に任せて外す。
「入れ」
これから何かとんでもない物に関わってしまうのではないか。不安が混じりながら、リアムは危険の渦中という状況で視野が狭まり、引き返すという選択肢すら頭に浮かばず、催促されるがままに中腰になって狭い用水路の中へ入っていく。
「ここに、何が……」
「行けば分かる……お前、トロスの学生だよな?」
今リアムが着ているのは学校から支給された課外活動用の濃いオレンジのブルゾンジャケット。それを見て男は判断したのだろうと推測しながらその問いに素直に答えた。
「はい、そうですけど」
「なら好都合だな」
響く轟音に恐怖感を煽られながら、大きな空間に出る。男が持っていたライトで辺りを照らすと、そこは立っても天井に頭がつかないギリギリの広さの水路だった。
「うぅ」
異臭立ちこむ中、ライトが揺れ動く。男が傷を痛む合図だった。リアムは素早く支えて彼の行きたい方向に着いて行った。
「お前、随分俺を気にかけるな」
「そりゃ、道端で人が倒れてたら誰だってこれぐらいしますよ。ましてやこの非常時ですよ」
「だからこそ、普通は出来ねえもんだよ」
「そう……ですかね……」
「でも、それを今から……捨ててもらわなくちゃなんねえかもしれねえ」
「…………え?」
ライトが次に照らしたのは機会の扉とボタンだった。男が躊躇なくボタンを押すと扉が開く。そこは狭いエレベーターになっていた。
壁に寄りかかりながら入っていく男と、彼を支えるリアム。先程、彼が言っていた事を無言で考えているが答えは見つからない。
一瞬にも感じたエレベーターの下降は終わり、再び扉が開く。
「………………!!」
「ようやく会えたぜ……」
水路にいた時とは比べ物にならない、圧倒的な広さの空間。
しかし窮屈感からの解放と、目の前の事実からくる情報量は後者の方が勝っていた。
地上を這うプラグと、乱雑に配置されたようにも見える大量の計器。打ちっぱなしのコンクリート、漂う埃と金属の匂い。
そびえ立つ、12.5メートルの騎士。
「アレに乗る」
「え!? お、俺もですか!?」
「当たり前だろ、何のために来たんだ」
「なんの、為にって……」
あなたを助けるためです、とでも言おうものなら彼はきっと、じゃあこの機械に乗れと言うのだろう。リアムはこの短時間で彼の人となりをそれなりに理解したつもりでいた。
「早く来い!」
言われるがまま、ハンガーユニットの階段から上がりコックピットの近くまで歩く。
漆黒のフレームに、灰色のアーマー。エレナに聞いたら、このパラディンのことも知っているのだろうか。そう考えながら辿り着くと、パラディンのハッチが自動的に開く。
先に乗り込んだ男が搭乗席ではなく、その横に陣取るとリアムはようやく、自分が置かれている状況の危険度を思い知った。
「そんな、俺が操縦するんですか!?」
「いちいち聞くな。俺は操縦はさっぱりなんだよ」
彼がリアムをトロスの学生だと確認してきたのはきっと、これが理由だと気付く。作業マシンの操縦をしてきてたであろう人物に使わせるさせるべきだと、勝手に役割を与えていたのだ。
「でも……じゃあ俺がこれを操縦して……まさか、あの外の敵と?」
「そうだ」
無理難題だ。たかが授業の一環でしか操縦したことの無い1学生が、いきなりパラディンを使って戦えだなんて。目の前の男はリアムの事情など関係ないかのように頼んでくる。
自分では役不足だ。そう言おうとした直前、男が先んじて言葉を発する。
「逃げてもいいぞ。ここは安全だろうからな。だがこれはお前の手でお前の守りたい人を守れるたった一つの手段だ。そこから逃げたらどうなるか。全部わかった上で逃げろよ」
脅迫だ。そんなことを言われたら誰だって有無を言わさず乗るだろう。
しかし、リアムは後ろめたさで乗るのではなかった。
「守りたい、人を…………」
コルトも、エレナも、大学の友達も、街のみんなも。
自分が乗って、助けられるのならば。
「んっ!!」
リアム・リングドレーンはコックピットに乗り込んだ。
「そういえばお前、名前は?」
「リアムです」
「俺はアランだ。動かせそうか?」
「ええ、まあ……多分……共通規格なので」
作業マシンと同じセットアップを始める。横にいたアランも目を見張るほどの速度でセッティングを進めると、コンソール中央のディスプレイに文字が出現する。
「KK784V-09……ハデス?」
「そうだ、それがこのパラディンの名前だ」
冥府の神の名を冠するそのパラディンが起動する。
だが動かし方は分かるものの、リアムは迷っていた。
「どうした?」
「これ、どうやって出るんですか?」
「ああ……こういうのは大体、川の方に仕掛けがしてあるもんなんだよ」
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「チッ、拍子抜けだぜ……」
増援部隊として食い止めに来たゼノフィリアの残骸がそこかしこに斃れていた。硝煙と炎が渦巻く中心にはドレッドメセタがパイロットの心情を表すかのように肩を竦めていた。
壁を越えてサンダルフォンに侵入から5キロメートル地点。
機能テストを兼ねた戦いにしては彼らの依頼主の満足いく結果になっただろう。
現場にいる者としては、面白いとは言えない面子との戦闘だったとため息をついていた。
「コーラル・ワンよりロージット。そろそろ引き上げる」
「ロージットよりコーラル・ワン、了解した。ドレッドメセタとダクト6機に損傷は無いか?」
「ああ無傷だよ。俺が先陣切って突っ込んだんだ、これでお仲間になんかありゃ━━━━━━━━━━」
次の台詞を口に出す前に、ドレッドメセタは異常を感じとった。
『未確認のパラディンを検知』
電子音とともにモニターに表示されたその文言を目に焼きつけるかのよう━━━━━━━━。
「う、うわあああああ!!!」
考えるよりも先に、悲鳴が聞こえてきた。
「コーラル・フォー、どうした!? 応答しろ!! おい!!」
ダクトに乗っている他のパイロットが必死に呼び掛けをするも、応答は無かった。ブースターを急速噴射するドレッドメセタはコーラル・フォーが陣取っていたポイントへ早急に向かう。
「川の中にスロープみたいなのが……なんだ、こいつは!?」
ポイントに着く前に今度は通信で安否を確認していたコーラル・シックスが襲われる。
作戦をそつなくこなすというイメージを払拭しきれず、ゴルドビスタの歴代量産機でもとりわけ生産数が少ないダクトとはいえ、乗っているのは軍事企業のカンターレが金を払って雇っている傭兵だ。
「ロージットよりコーラル全隊、応答しろ。何があった?」
牛歩の防衛隊という先程までの見立ては誤りだった。
「コーラル・ツー! 所属不明のパラディンが1機せっ……うわあ!」
そんな事があるはずが無い。まさか。
こちらは7機。相手はたったの1機だ。
それが━━━━━━━━━。
「アイツがボスだな。やるぞ、リアム」
「…………はい!」
曇天をその身に浴びた色のパラディンを前にドレッドメセタに乗る男は笑った。
「ようやくマシな奴が出てきたなァ!」
レバーを全力で前に倒し、3次元機動を展開する。飛び回りながらマシンガンを放つドレッドメセタに反応して、河川を飛び越えた反動でハデスも空中へ舞う。
「少し速いな……?」
ゼノフィリアと戦っている際の偏差をつけていたが、ハデスの速度に合わせた修正をしつつ決して目を離すことはなかった。
「アイギスは起動してるな!」
「してます!」
マシンガンの弾が何発かハデスに直撃しかけたが、機体の周囲に展開されているバリアに防御される。
「そこまで馬鹿じゃねえみてえだな」
エネルギー装甲『アイギス』は殆どの機体に搭載されている。
ドレッドメセタが最初に対面したゼノフィリアがアイギスを使っていなかったのはエネルギーの削減の為だろう。
駆動効率が悪いことで有名な機体でもあり、防衛隊は滅多に戦闘を行わないのも相まって通常は起動していなかったせいで、あのゼノフィリアはその役目を終えた。
「イリス・グループの新型かァ? まあどうでもいい。ここで情報を取れれば値千金、潰せば追加報酬だッ!」
左腕部の3段展開式ヴィンブレードを見せつけ、アイギスを起動しながらドレッドメセタはハデスに一直線に突っ込む。
「リアム!」
「分かってます!」
宙を舞う蝶のように動くハデスはドレッドメセタに足底を見せながら逃げ回る。
「逃げてばかりじゃあ…………━━━━━━━━ッ!!」
踵と脚部に取り付けられていた銃身がドレッドメセタに向けられる。計4門のマシンガンで弾丸の雨を浴びせられるが、男はアイギスとブレードの刀身で防ぎながらなお、突き進んで来ていた。
普段味わうことの無いGに身体を慣らしながら、相手に次の移動を悟らせない軌道を描くハデスを操るリアム。
ドレッドメセタに大したダメージが入っていないことを8面モニターの背部で確認すると、次の手段に出る。
「スミス式ミサイル4門……腕か!!」
急上昇するハデスに食らいつこうとするドレッドメセタを目視したのち、急停止と同時に両腕に内蔵していたミサイルを全て発射する。
アイギスで全てを受け切るのはエネルギーの消耗に繋がりかねないと判断したドレッドメセタは機動力を活かした回避に転じた。
追尾するミサイルにはマシンガンを喰らわせ誘爆も起こすがその処理に追われていたパイロットはハデス本体を見れていなかった。
「こいつは……」
アランも実物は初めて見る武装をハデスは背中に背負っていた。近付くもう1機のダクトにも目を向けながら、背中からその2本の武装を両腕に自動で取り付ける。
ダクトとドレッドメセタの対角線上に入る瞬間が合図。それまでに照準を定めつつ、確実に当たる距離を探る。アイギスの展開を一瞬解除しエネルギーをその長銃に割く。
「呑気してんじゃねえよッ!!」
「喰らえーーーっ!!」
ダクトのマシンガン、ドレッドメセタの突撃に呼応するように、ハデスは2機の間に位置する。
「今ッ!!」
静かなる世界に鮮やかな一筋の閃光。
遅れてやってくる音は耳をつんざき。
風はダクトの胸に空いた穴を通り抜けた。
光速の実弾は、ドレッドメセタの左腕を真正面から完全に抉りとり、原型を留めていないほどに破壊されていた上、左脚部にもその被害は及んでいた。
アランはダクトの爆発をモニターで確認しながらもディスプレイに表示されていた武装の名前を読み上げた。
「高濃度荷電粒子砲……ヴァロム・ビーム……」
多大なエネルギーの消費を犠牲に使う、高貫通性の実弾。
それを味わったドレッドメセタはこれ以上の戦闘は自分の死を招くと思い知らされ、出力の落ちたスピードでダクト2機と共に撤退していく。
「なんなんだアイツ……全く……ヘヘッ……おもしれえったらねえな……」
リアムは無意識に呼吸をしておらず、撤退していく敵の背中に追撃を入れる余裕も無く深呼吸を繰り返した。
額から垂れてくる汗に構うことも出来ずにその場を乗りきったという安堵感に包まれたリアムと彼の操作するハデスを間近で確認したアランは、傑物たるパラディンに想いを馳せた。
「これが……最初にパラディンを作った企業、『カルノ・ケイノ』が最後に残した遺物……」
灰燼をその身に宿す、最後の剣となりしパラディン。
「ハデス……」